鋭い視線
カンニガム家の敷地内には屋敷から少し離れたところ、一説には初代伯爵が建てたとされる小さな教会がある。
珍しい木造で、中は薄暗いが、厳かで神聖な雰囲気がある。
ミーガンは時折、祈りを捧げるためにこの場所に来るのだが、その度にゆったりとしながらも、どこか背筋を伸ばさなければならない張り詰めた気持ちを感じていた。しかし、今日はただただ、居た堪れない。そんな思いだけが渦巻いている。
「なぜ、どうしてこんなことに……ユーラ……」
伯爵が泣き崩れ、棺桶に縋りついたのを、喪服としてかぶっている黒いレースのヴェール越しに見た。
牧師はひたすらにユーラが安らかにという言葉と祈りを捧げている。
ユーラのために涙を流しているのは、伯爵とリディアの二人だけで、他の人々は俯いた姿勢を見せるものの、ただ息を押し殺しているだけに見える。
ユーラの後ろの席に、アシュリーと子供たちがいるのだが、誰が亡くなったのかあまりわかっていない様子だ。
リディアはギャレットに支えられながらしずしずと涙を流していた。
ケナードに言わせると、ユーラの葬儀の執り行いについても、一悶着あったそうだ。
アレシアは正式に婚姻関係を結んでいないユーラは、カンニガム家の縁者ではないのに、伯爵家で葬儀を執り行うのかと異を唱え、伯爵と言い合いになったとか。冷静に考えて、ミーガンもユーラを気の毒と思いながらも、アレシアの意見に賛成できる部分があると思う。
二人の言い争いを止めたのはリベカで、カンニガムの伯爵家の墓には血族でしか入れないと言ったそうだ。
『じゃあなんです? 私もカンニガム家の墓に入れないと言いたいのですか? 私を伯爵に押し上げたのは、リベカ様、貴女だ。私は貴族ではなく平民の出身であることはご存知ですよね? 私はリベカ様から先の提案をされた時、前伯爵様から出自に関係なく良くしていただいた恩からそのお役目を引き受けましたが、決して楽な道のりではありませんでした。それでもやると決めたのは自分自身ですから、不平不満を言わずここまで必死にやってきました。ですが、ここまでやってきた私に対しての仕打ちがこれですか? あまりにも……ただ、私が一つだけ願った彼女のことです。それすらも許されないのでしょうか?』
普段リベカに対して、絶対に争う姿勢を見せない、伯爵がこの時ばかりは、声を荒げたそうだ。それでリベカは葬儀だけは許したという話らしい。ただ、葬儀への参加は強制ではないとしたので、この場にミーガン以外の兄弟とアレシアの姿はない。
伯爵の深い悲しみもわからなくもない。だけど、感情を押し殺して、家門の誇りのために生きる。それが貴族で、その宿命はミーガンも生まれた時から背負っているから。
小さく息を吐いて、目を閉じる。
粛々と葬儀は執り行われるのだが、次第に重々しくなる空気。これ以上ここにいると、ミーガン自身が壊れてしまいそうな気がして、音を立てないように席を立った。
「ミーガン」
教会の外に出たところで呼び止められる。ギャレットだった。ミーガンは返事をせず、ただ後ろを振り返って、ギャレットと視線を交わした。
「急に出ていったから、体調が悪いのかと思って。大丈夫?」
「ありがとう。少し外の空気が吸いたくなっただけだから」
葬儀の最中に歯を見せて笑うのは良くない。ヴェールに顔が隠れているからと言って、ミーガンは気を抜くことなく、表情は変えないままで、会釈をしてその場から立ち去ろうとしたのだが、ギャレットに手首を掴まれた。
「ミーガン。貴女に誤解されたくない。誤解を解こうと君のところへ行こうとしたんだが、すぐに学園に戻ってしまうし、帰ってきてからも……僕の話を聞いてくれないか?」
「誤解ってなんのことですの?」
ミーガンは首をかしげる。
「リディアとは何もないんだ。本当に何も。ジブソン領で同郷だから、顔見知りで。本当にただそれだけなんだ」
「そうですか」
何を言い出すのかと思えば、そんなことかと息を吐く。わざわざ引き留めて言わなければならないことなのか。掴まれた腕が不快だった。
「僕が本当に想っているのは……」
「お嬢様」
ギャレットがそう言いかけたところで、別の使用人が血相を変えて、こちらへ走って来た。ギャレットの手の力が緩んだのを見計らって、わからないように手を振り解く。
「ミゲル様が、ミゲル様が……」
ただ事ではない使用人の様子にミーガンは、足元が崩れ落ちそうなほどのとてつもない不安を感じた。
「ミゲルがどうかしたの?」
「毒を……影華の君の毒を……」
その言葉に頭の中が真っ白になった。
「ミゲルはどこ? 何があったの? 案内しなさい」
「はい」
目の前の使用人に続いて、ミーガンも小走りになる。ギャレットが後ろから追いかけて来る気がしたが、そんなところにまで気を配る余裕はなかった。
使用人が行き着いたのは、ミゲルの寝室だった。部屋の中にはベッドに寝かされたミゲルの横に、医者が厳しい表情でつきっきりになっている。その後ろには執事のケナードが、その横にはやはり難しい表情をして、ランディが付き添っている。
ベッドに寝かされた、ミゲルは苦しそうな表情を浮かべ、息も絶え絶えの様子だ。
「お嬢様、現在処置が行われている最中でございますので」
無意識にミゲルの枕元に行こうとしたのを、ケナードに腕を引かれ、止められる。
感情が先走ってしまい、周囲が見えていなかった。
「先生、どうでしょう? 弟は助かりますか?」
ベッドのそばで忙しくしている老齢の医師はカンニガム家専属の人で、ミーガンも小さい頃から何度もかかっており信頼のおける人だった。
「できるだけの処置は行いました。あとはどこまで本人が……」
近くで見ると、ミゲルの苦しさがより一層伝わって来る。医者はケナードに目配せをする。
「安静が一番ですので、ここは先生に任せて、私たちは部屋の外で待ちましょう」
辛い表情を見せるミゲルをこの部屋に一人、残していくことは忍びないが、ケナードにはっきりとそう言われてしまうとどうすることもできない。そう言って、ケナード自身も部屋の外に向かうので、その後ろをついていくように、部屋を出た。
「君、手伝って欲しいから残って」
「わかりました」
声をかけられたのは、ミーガンをここまで案内してくれた使用人だった。その使用人と医者とミゲルだけが部屋の中に残り、パタンと扉は閉ざされた。
「一体、どうして……何があったの?」
ミーガンはケナードを見上げた。
ケナードは口を開きかけたのだが、すぐに唇は一文字に結ばれる。
ミーガンは後ろを振り返る。そこにはギャレットと、黒いドレスを身に纏ったリディア。
「ギャレット、ここに居たのね。私一人じゃどうしてもつらくって」
リディアはしだれかかるようにギャレットに寄りかかる。そして彼女のその双眸はミーガンの方に一瞬向く。黒いベール越しなので、はっきりとはわからないものの、明らかな敵意を向けられたのはありありと感じ取れた。その敵意がミーガンを突き刺すようで、思わず、ミーガンは助けを求めるように、ケナードの服を掴んでしまった。
「ギャレット様とリディア様が懇意にしていることがお辛いですか?」
耳元で囁かれ、不覚にもどきりとして言葉が出ない。ケナードがそんな発言をするなんて思いもよらなかった。
「リディア、ミゲルが死の淵に立たされている。本当に大変な状況なんだ」
ギャレットの言葉にリディアは、全身の毛が逆立つような殺気を纏ったのが、ミーガンもその気配でわかった。
「どうせ、私の母に手をかけた人たちでしょう? 報いを受けて当然だわ」
「リディア、そんな言い方は……」
「貴方まで私を責めるの? ここから追い出そうとするの? 誰も私の味方なんていないのよ。貴方がいなくなったら、私は誰を頼ればいいの?」
「……」
ギャレットは何か言いたげな表情をしていたが、口をつぐみ、あやすようにリディアの背中をぽんぽんとして、彼女の肩を抱え、反対方向に歩いて行った。




