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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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無関心

 その日の午後、影華の君の付近に急いで厳重なバリケードが設置されるのを、ミーガンは部屋の窓から眺めていた。

「何もないといいのだけど」

 しかし、ミーガンの憂いは的中することになる。

 知らせをもたらしたのは執事のケナードだ。

「明日、旦那様とリッチ様が屋敷に戻られるようです」

 急な知らせに驚きながらも、ミーガンは笑顔を忘れない。

「本当? 北の戦線は上手く退けることができたのかしら?」

 それであればミーガンの憂いが少しは晴れるものだと最初は思った。

 災い。

 その言葉で一番に感じていたのが、北の戦線での作戦が失敗し、負傷者や負債が増え、領地がだんだんと衰退し、やがて大きな戦争に発展してしまうのではないかということだった。しかし、伯爵が帰ってくるというのなら、その最悪のケースは恐らく免れたということだろうと思われる。

「私が受け取った知らせにはそれ以上のことは書かれていませんでしたので、詳細については……」

 ケナードは言葉を濁す。

「そうよね。私ったら」

 ミーガンはそう言うものの、ケナードのその言葉に妙な胸騒ぎがしていた。影華の君のあの漆黒を思い出したからだろうか。ケナードは何も言わない。

 彼がいつも冷静で、どんなことがあっても顔色ひとつ変えるような人ではないことをミーガンも知っている。だけれど、それにしても彼の態度はあまりにも静かすぎた。逆にその沈黙に耐えられなくなったのはミーガンの方で。

「帰りが明日なんて、ずいぶん急なことよね。私に手伝えることが何かあれば」

「いえ。ミーガンお嬢様のお手を煩わせる訳にはいきませんので」

 ケナードは仕事に戻らなければならないと言って、そのまま行ってしまった。

 部屋に残されたミーガンは一人、もやもやとした気持ちを抱えながら、机に向かい、学園の宿題に手をつけるのだが、集中力に欠いて、なかなか捗らない。

 大きく息を吐き、天井を見上げて目を閉じる。

 今は一人でいたくないと思った。一人でいると、不要なことまで色々と考えてしまいそうで。

 祖母のリベカのところに行こうかと思ったが、祖母はこの時間はうつらうつらとして休んでいる時間だと、思い出す。

 年齢的に、一度に長く眠ることが難しい様子で、夕食前の午後のこの時間には休んでいることが多いのだと、帰ってきてすぐに訪れたリベカの部屋を立ち去る際に、専属の侍女からそう話を聞いたことがあった。

 どうしようかと思った時、ミーガンは部屋を出て階段を降り、一階にあるサンルームへ向かった。

 天気が良かったこともありサンルームは明るい光と空気に包まれ、無邪気な子供の声が飛び交う。

 次兄のリッチは、妻であるアシュリーとの間に、三人の子供がいる。

父であるリッチの勇姿に憧れて将来は騎士になりたいという八歳の長男。全員男の子で、五歳と三歳の下の二人も、長兄の言動に憧れてか、普段から木の枝を一生懸命に振り回して庭を駆けているのだとか。

 本当に騎士を目指すのであれば十歳から入学可能な騎士学校に入る必要がある。騎士とは言っても勤め先は王国やそれなりの爵位のある貴族の専属になるので、文武両道。ある程度の水準の学問の知識も必須であり、騎士学校に入る際にはテストをパスする必要があった。

 三人の兄弟は家庭教師について、熱心に読み書きをしながら先生の言葉に耳を傾けている。

 このくらいの年齢の子供なら大人しく座っているだけでも大変だと言われるが、家庭教師のシャーロット先生は若いのに優秀なようだ。その子供たちの様子を少し後ろから微笑ましそうに見ている、アシュリーの姿を見つけ、ミーガンは足を向ける。

「ご一緒してもいいでしょうか?」

 ミーガンも学園で嫌と言うほど教えられた、貴族令嬢の仕草を取り入れながら、アシュリーに笑顔を向けた。

「ミーガン。久しぶりね、もちろんよ」

 アシュリーはふくよかな体を、たっぷりとドレーブのかかったドレスにつつみ、金糸のような髪の毛をまとめ上げ、キラキラとした瞳をミーガンに向けた。

 詳しくは聞いていないが、アシュリーは次兄のリッチと結婚する前は、夜の店で仕事をしていたらしい。現在は完全に足を洗い、家族のことに専念しているのだとか。そんな過去は、今のふわふわと柔らかな雰囲気からは想像もできず、彼女にそんな過去があるなんて話は、誰も信じないだろう。ミーガンだってそれとなく何かの話の折にアシュリー自身から聞いて、淑女の仮面が外れるほど、驚いたのだから。

「お久しぶりです。みんな元気そうですね」

「おかげさまで」

「明日、お兄様もおかえりになるそうですね、無事であればよろしいのだけど」

「ええ、そのようね」

 アシュリーはそう言うものの、ずっと視線は三人の子供たちに注がれていた。心はそこにはなく、夫の帰りなどどうでも良いかのように。

「伯爵が明日、帰ってこられたらまた、戦勝パーティーが催されるのでしょうか」

 戦線から騎士達が帰ってくると、騎士達を労う意味も込めて帰ってきたその日に屋敷で大規模なパーティーが開かれるのが通常だった。その時ばかりは身分も何もかもが無礼講で、戦地での死の恐怖から解放されたかのように、騎士達は大いに笑い、酒を飲み交わす。

「どうでしょう。どちらにしろ、私は子供達のことがあるから関係のないことだわ」

 次兄のリッチとアシュリーの夫婦関係があまり良くないとちらりと使用人たちの噂に聞いたのは数年前だ。二人が結婚した当時、アシュリーはまだ幼かったが、身分を乗り越え結ばれた二人の絆と関係は、涙が出るほど美しいものだと思った記憶がある。しかし、それでも生まれ育ってきた身分の壁は変わらない。過去は変えることができないのだ。貴族であるリッチと平民であるアシュリーのお互いの普通はそれぞれ大きな隔たりがあり、少しずつだが掛け違えたボタンが大きな歪みになった。

 三人の子供達の前ではもちろん、そんな素ぶりはおくびも出さないが、寝室は別々であるし、夫婦二人だけでいる時、本当に他人のようだったのをミーガンも見たことがある。その大きな原因はリッチの素行の悪さにあると言っても過言ではない。

 今回のように、腕を見込まれ地方の遠征に行くのだが、いつも現地で仲の良い女性を作ってしまうのだ。そう言った女性は時にカンニガム家の屋敷にまで押しかけて来たことがあったらしい。ミーガンはその場に居合わせたことは流石にないが、それで二人の関係がどうなるかなんて結果は言わずもがな。アシュリーはまさか自分の元同業者の女性に夫を取られると思っていなかったのだろう。

 貴族の爵位。

 家族。

 今までのアシュリーなら望めなかったものだ。アシュリーはきっと自分に与えられた地位に安心してしまって、まさか過去の自分に今更、足を引っ張られることになろうとは夢にも思わなかったのだと思う。それから彼女は自分と自分の子供のことだけにしか興味が無くなってしまった。

 そんなアシュリーに対して、ミーガンはどう言葉をかけたらいいのかわからず、正直なところ今までは彼女を避けてしまっていたのも事実。

 しかし、今は体が震えるほどの胸騒ぎがあって、一人ではいられなかった。

 だからと言って、もう一人の義姉のアレシアと居るのは息が詰まってしまうように思われて、アシュリーと居ることを選んだ。

「庭に、影華の君という珍しい植物が花を咲かせた話はお聞きになりましたか?」

「影華の君? なんだか素敵な名前ね」

 アシュリーは素っ頓狂な態度を見せた。彼女は何も知らないのだ。いや、ただ単純に知ろうとしていないのかもしれない。彼女の世界には自身と子供達しか存在しないのだろう。

「そうかもしれませんが……毒性の強い植物なので、かなり危険です。万が一ということもありますので、子供たちが庭に行く際は目を光らせておいた方がいいかと」

 ”子供”のフレーズを出したことによって、アシュリーの関心がようやくこちらに向いたのがわかる。同時に、事態を重く受けとめ深刻そうな表情を見せた。

「ご親切にありがとう。誰もそんな事、言ってくれなかったから」

 アシュリーはそう言うけれど、使用人の誰かは絶対に伝えているはずだから、初耳ではないと思う。多分、アシュリーには自分には関係のないことだと、そう思って耳にも入っていなかったのかもしれない。それでも、アシュリーがそう言うのだからそうなのだろう。

「……カンニガム家では幻の植物だと言われていたの。だから、私も実際に見るのは初めてで」

「でも、そんなに危険な植物なら、早いこと植物を根から引っこ抜いて、処分してしまえばいいのに」

 はっきりとした物言いで、アシュリーはそう言った。しかし、表情はどこかあどけなく、頼りなさそうにも見え、その表情だけ見ると、まさか子供が三人もいる母親だとは誰も思わないだろう。

「それが出来たらいいのだけど、何せ触れることもできない植物だから、撤去するのも難しいのです」

「まあ、厄介なのね。そうなると、触れずにそっとそのままにしておくことが有効策なのかしら……なんだか今の……いえ、なんでもないわ」

 アシュリーはふっと笑う。

 ミーガンはどう答えていいものかわからずに、一生懸命に笑顔を作って熱心に勉学に励む、子供達に視線を向けた。


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