執務室
ミーガンは執務室の扉の横に置かれたサイドテーブルにティーセットのトレーを一度載せると、
「失礼致します」
扉をノックして開き、トレーを持ち上げる。
正面の執務机には、必死に形相で書類に向かうランディと、その横で彼の妻であるアレシアが一生懸命にとやかく言い立てていた。
「当主の権限がないとはどういうことですの? ねえ、聞こえておりますの?」
「アレシア。そんなに大きな声を出さずとも十分に聞こえている」
ランディはアレシアの方を向かずに机を見て、声だけで答えた。
「いえ。貴方はただあの偽カンニガム伯爵の言いなりになっているだけ。何もわかっていないわ」
「そうは言うが、この国で正式にカンニガム伯爵と認められている人は、あの人なんだ」
優しい性格のランディもこの時ばかりはわずかにイライラした口調を隠せなかったらしい。その言い方にアレシアはあからさまに反論する。
「貴方が、正統な血族である貴方が、はっきりと言ってしまえば良いのよ。どうしてそれが言えないのかしら」
「……」
ランディは何も言わない。言葉が見つからないのか、言わない方が得策だと思ったのか。どちらかはミーガンには読み取れなかった。
「ふんっ。まあ、いいわ――あら、ミーガン。帰っていたのね」
アレシアはようやく開いた扉の真ん中に立っていたミーガンに気が付くと、先ほどまでのイライラとした態度をスッと消し、貴族特有の雰囲気を身に纏う。
「お久しぶりです。アレシア義姉様」
アレシアは国王の血族に近しい侯爵家出身の令嬢だ。なぜ、格下のこのカンニガム家に嫁いだかというと、ランディがこの伯爵家をいずれ継ぐにあたって、しっかりとした家柄の女性を望んだ時、候補に上がったのが彼女だった。侯爵家としても、伯爵夫人の座が約束されているならばと、とんとん拍子に話が進み、アレシアがこの家に来た。貴族という言葉を体現したかのような女性で、それはカンニガム家が望んでいたので良いのだが、あえて欠点を挙げるならば、その強気すぎる性格と浪費家な性格であることであろう。
青いドレスを美しく翻し、ミーガンに微笑む。上位貴族が持つ独特のオーラを纏った彼女は文句なしに美しいと思った。兄はアレシアのこの美しさを目の前にすると、何も言えなくなってしまうのだろうと、二人の様子を見ていつも感じる。それと同時に、貴族同士の結婚の末路が目の前の二人なのだろう。言葉には出さないが、物心ついた頃から思っていた。
ミーガン自身もいつかはそうなるのだろうと思いながらも、学園で聞く令嬢たちの淡い恋の話を聞いてもしかしたらと期待を寄せてみるのだが、この夫婦を目の前にすると、それは無理なことなのだと思ってしまう。
「お兄様もお久しぶりです」
ミーガンは慣れた手つきで、紅茶を差し出した。アレシアはいらないと言って、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「ありがとう。学校はどうだ?」
ランディは何事もなかったかのように声をかけた。
「問題ありません」
「試験は?」
「もちろん、パスしました。じゃないと帰って来られませんから」
ミーガンの通う学園は王都の中でもレベルが高く、勉強量もかなりある。内容もちょっと勉強したぐらいでは、身につかないほどの難しい科目が多いのだ。ミーガンがこの二年、屋敷に帰って来られなかったのも、そのせいだった。
「おめでとう。何より元気そうで安心した」
ランディは紅茶を一口飲んで、執務に戻ろうとしたのだが、何かを思い出したのだろう。動きを止め、顔を顰めるともう一度ミーガンを見た。
「そういえば、ミーガン。庭には行ったか?」
「いえ。本当に先ほど帰って来たばかりですから」
ミーガンは首を傾げた。
「口で説明するよりも、一度行ってみた方がいい」
「庭にですか?」
ランディは柔らかな笑みを浮かべるのだが、その声色には刺々しいものが含まれていた。リベカの部屋で耳にした“災い”という、言葉が蘇る。




