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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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リベカの部屋

 ミーガンはよそゆきから、ゆったりとしたワンピースに着替え、息をつく暇もなく、階段を降りて、一階にあるリベカの部屋に向かう。

 カンニガムの屋敷は三階建の造りとなっており、ミーガンの部屋は二階。三階は使用人たちの部屋と、客間。カンニガム家の人々の部屋は大体ミーガンと同じ二階にある。

 祖母のリベカも元々は二階の一際豪奢な部屋に住んでいたのだが、年齢を重ねるごとに足が悪くなり、階段の上り下りに難儀するようになったことから、二階から一階に部屋を移した経緯があった。

 階段を降りて、リベカの部屋の前に立つと、そのドアが薄く開かれていることに気がついた。

「おばあさま、しかし……」

「しかしだなんて、口ごたえするもんじゃないよ」

 いつも優しいはずのリベカの口調が張り詰めていることにミーガンはどきりとした。

 口論の相手、その声色から察するに、弟のミゲルだと思った。

 ミーガンはここで少し、自身の選択を迷う。見て見ぬふりをして一旦立ち去るべきか、それとも二人の仲裁のために立ち入るべきか。

 ミーガンが取った選択は後者だった。

「失礼致します」

 ノックもそこそこに、ミーガンがドアを開けると、ソファーに体を預けるようにもたれて座るリベカの正面にミゲルが立っていた。

「ミーガン帰っていたんだね。おかえり」

 真っ白になった髪の毛は綺麗に結われ、暖かい毛布を膝に被っている祖母のリベカはミーガンの姿を目に映すと、優しく微笑んだ。

「おかえりなさい。お姉様」

 ミゲルも先程とは打って変わり、落ちついた声で丁寧に挨拶を述べる。二年ぶりに会った弟は背が伸び、大人びた顔つきになっていた。兄とミーガンはどちらかと言うと、母親似であったが、久しぶりに会った弟は父の面影がさらに強くなったと感じた。ミーガンは覚えていないが、ミゲルが生まれた時に、父が自分に似ていたため、珍しく驚いた表情をしていたというエピソードを妙に思い出す。

 母も父も鬼籍に入り、屋敷に残っているのは二人の肖像画だけ。ミーガンも目を閉じれば薄いグレーの瞳をした母の姿をうっすらと思い出すことが出来た。目の前にいるミゲルは朧げな記憶の中の父と同じ容姿をしている。

 だからだったのか、父はミゲルに対して取り立てて優しい態度を示していた。昔はそんな父の態度を見てチクチクと胸が痛むこともままあったのだが、その度にミーガンは姉で、ミゲルは弟だからと自分を諌めてきた。しかし、今になって思う。父のあの態度はそれだけの感情からなるものではなく、ミゲルに別の何かを見出していたのかもしれないと。

「こっちへきておくれ」

「ええ。おばあさま」

 リベカに言われるがままに、彼女が座るソファーの隣に腰を下ろす。間近で見るリベカの顔や、手には皺が増え、一回り小さくなったようにも感じた。

「じゃあ、僕はこれで失礼します」

 ミーガンが声をかける隙もなく、ミゲルはそう言った後、スタスタと部屋を出て行った。ミーガンとしては彼を追い出したいと思っていた訳じゃない。出て行ったドアの方を見ていたからか、

「気になるか?」

 リベカの声に振り返る。

「ええ。久しぶりに会った弟ですから。見ない間に随分、背も高くなったのだと」

 何を話していたのかとはなんとなく聞かない方がいいと思ったから、聞かなかった。聞きたい気持ちはもちろん、あったけれど。

「そりゃあ、あのくらいの年齢だったら、一ヶ月見ないだけで、変わっているものだよ。ミーガンだって随分綺麗になって」

 リベカは心からミーガンを愛しむ表情を見せた。ただ、ミーガンの心の中にはやっぱりモヤモヤが消えない。良くないと思いつつも、やっぱり聞いてしまう。

「ねえ、おばあさま。ミゲルと先ほどは何を言い争っていたの?」

 ミーガンは自分の気持ちに嘘をつくことが出来ず、気になって仕方のないことを真っ直ぐ言葉にして、リベカにその聡明な瞳をむける。リベカは表情を変えずに、ミーガンの髪を撫でた。

「聞いていたのかい?」

「ごめんなさい。聞くつもりはなかったの、ケナードからおばあさまが待っていると聞いて、それで真っ先に来たの。わずかに扉が開いていたものですから、思わず耳に入ってしまって」

 聞いてしまったのは、ミーガンの意図しないところだった。もしも、リベカとミゲルが二人で話していることを予め知っていたとしたならば、部屋に入らず、時間を置いてからリベカの部屋を訪れただろう。

 あえて部屋に入ったのは、入らずに躊躇ってしまった方が後ろめたい、そんな気持ちになると思ったから。

「大したことない。まあ、言うなら……ミゲルの今後のことを考えると、学問だけではなく、もっと剣の腕ももう少し磨いた方がいいと、そんな話をしていただけさ」

「まあ、ミゲルもそんな年齢になったのね」

 カンニガム家では、幼い頃から剣の授業を習い始めるが、本格的な稽古に入るのは、十五歳を超えてからと決まっている。

「そんなもんさ。それより、ミーガン。この屋敷に帰って来て、ギャレットには?」

「会いました。帰って来て最初に会ったのがギャレットでしたから」

「まさか、あの男がミーガンを迎えに行ったのか?」

 珍しくリベカは真顔になる。

「いえ、ポプラ並木のカナールのところで偶然に」

「そうかい。ギャレットに何か言われたかい?」

「何か、ですか?」

 ミーガンはそう言って、リベカと視線を合わせるのだが、リベカは何も言わずただ、真っ直ぐにミーガンを見ただけだった。先ほどのギャレットとのやりとりを思い出すけれど、リベカが求めるような言葉はなかったかのように思われた。でも、そういえば。

「屋敷に入った時に何か言いたそうに私を見てたように思われたけれど」

「それで?」

「その時ちょうど、ケナードが私を迎えに来てくれたのです。それで、気が付くとギャレットはいなくなっていて。私のトランクを――入学の時におばあさまにもらったものですわ――それを持っていてくれたのですけれど、トランクを置いてどこかに行ってしまったようで」

「そうかい」

 リベカは何か面白そうな様子で無邪気な笑顔を見せた後、再度、表情を固くして何かを考え込む素振りを見せる。

「何かあるのですか?」

 リベカの表情に不穏なものを感じ、そう聞いてみるのだが、

「ある意味そうなのかもねえ」

 と、白とも黒ともつかない言葉を返しただけで、ミーガンはその言葉に何と答えるのが正解なのか分からず、少し首を傾けながら、リベカを見つめ返した。

「お前は素直で聡明で、私はこの屋敷の中でお前のことを本当に信頼している」

「私もお祖母さまが大好きですわ。私が困ったときにいつでも手を差し伸べてくださいますし」

 母が亡くなってから、同性で一番身近にいる人物がミーガンにとって、祖母のリベカだった。

 ミーガンにとって祖父に当たる、今は亡き、元カンニガム伯爵は、若い頃は仕事の関係で、領地を不在にすることが多かったと聞く。その時に領地の一切を引き受け、支えていたのが、リベカである。祖母は元々皇帝陛下に近しい家柄の出身で頭もよく、様々な見識と経験を持っていたので、ミーガンとしてもリベカのことを心から信頼していた。

「帰ってきたお前に話さなければならないことがある」

「なんです?」

 スッとリベカの笑顔が無くなり、いつもとは違う雰囲気を身に纏った彼女にミーガンは自ずと、体に力が入った。

「この屋敷に災いが降りかかろうとしている」

「災いですか?」

「そう」

 リベカは予言めいた言い方をした。

「この屋敷に悪いことが……?」

 リベカが何を言わんとしているのかが、分からなかった。それでも、それは冗談ではなく、真剣な物言いだったので、祖母がそもそもこういった言い方をする時は何らかの核心があって言葉にしているのだろうと言うことは、今までのことからわかっていた。だから、リベカの言葉を無視できないことも知っている。

「災い転じて……という諺もあるから、悪いことが全て悪とは限らない。しかし、何かが起こることは間違いないね」

「ミゲルとの先ほどのやりとりが、何か関係があるのですか?」

 リベカは否定も肯定もせずに、ただ見つめ返すのみだった。

「私は、災いなんて迷信は信じないわ」

 ミーガンのはっきりとした物言いにリベカは顔の表情を和らげた。

「本当に、お前がいるから、心強い。ミーガンの言う通り、悪いことが起きる前には予兆があることがほとんどだ。だからミーガン、よく観察するんだ。私の代わりに。頼めるかい? もう目があまり見えないからねぇ」

 ミーガンは戸惑うことなく大きく頷いた。

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