ケナードとミゲル
ケナードは自身でも驚くほど、素早い動きで、倒れゆくミーガンをなんとか抱きとめた。顔を近づけた時に、あの独特な植物の香りがして、心臓が凍りつきそうになる。
「大丈夫。姉上が命を落とすことはないよ」
頭上から降ってくるのは、ミゲルの冷静な声。その温度差にケナードは思わず言葉を失い、ただ執事としてはあるまじき鋭い視線を向けるだけ。
「僕が生き証人じゃない? その毒を喰らっても生き延びているのだから」
「……貴方は一体、何をおっしゃっているのですか?」
「ケナードはさすがに気づいたんじゃない? 今回の亡くなった人物の共通点を」
ミゲルは悪びれもない言い方だった。面と向かってそう言われたケナードも答えない訳にはいかなった。ミゲルの顔を見て、そうせざるを得ないと思ってしまったから。
「伯爵家のものでありながら、直系――本来の意味でカンニガム伯爵の血筋を持っているものではない」
ユーラ、アレシア、リベカ。
この三人は外からカンニガム伯爵家に来た人たちばかり。例外はミゲルだけだが、ミゲルは何故か生き延びている。
「あの毒は、カンニガム伯爵家の本当の血族には効かない」
「そうなのですか?」
ケナードは思わず、呆気に取られるような返事をしたのと同時に、ミゲルは自分が被害者の中に加わることで、疑いの目を背けようとしたのだということにも考えが行った。
「うん。もちろん、症状は出る。しかし、二、三日安静にすれば、回復する。ケナードも読んだのではないの? 姉上が見つけてきた文献に書いてあったよ」
「お嬢様の持ってきた本を持ち出していったのはやはりミゲル様だったのですね」
ミゲルは当たり前だというように頷いた。
「どうしてこんなことを?」
ケナードが口をついて出た言葉に、ミゲルは表情を重くするばかり。
「黙っていてもどうしようもありません。ともかく、何か話していただかないと」
ケナードは、ミゲルの様子を見て、現在の彼に敵意がないとわかり、ミーガンをそっと抱えベッドの上に寝かせた。
「伯爵や兄上たちにこのことを話す?」
「当たり前です。それが私の務めですから」
「どうか、僕のことをかわいそうだと思って、話すのを踏みとどまってくれないだろうか」
ミゲルの必死の物言いに、ケナードは耳を疑った。
「どういうことです?」
努めて冷静にするが、ケナードは沸々と怒りが込み上げてくる。
「こんなことになるはずじゃなかったんだ……」
「なぜ、わざわざ影華の君の毒を抽出する必要が?」
「僕はただ、認めてほしかった。誰に何も言われなくとも、一人で影華の君の毒を抽出することができるだけの能力があるんだって。やり方は、たまたま尖塔の本棚で見つけたんだ。エイブリルは色々と詳しくて、僕にとってためになるようなことを教えてくれた。それで……ケナードは姉上が持ってきた本を、本当に読んでいないの?」
「ええ。見る前にミゲル様が持って行ってしまわれたので」
「そうか。じゃあ、後で読んでみてよ。ともかく僕は、僕こそが次の伯爵に相応しい思って、リベカ様に相談したら、苦い顔をされて、きちんと、自分の実績を積まなければ無理だと言われた。それで、色々やってみたけど駄目だった。でも、影華の君が出現して、僕の番だと思った。なのにどうして……」
ミゲルは項垂れる。
「ユーラ様やアレシア様に毒を盛ったのはミゲル様なのですか?」
「それは違う。エイブリルが勝手にやったんだ」
ミゲルは涙目になりながらそう言った。
「エイブリルが?」
「僕が作った影華の君の毒を勝手に持ち出して使ってしまった」
「……エイブリルからも話を聞かなければならないですね」
「無理だよ」
ミゲルの叫びに思わず目を見開いた。
「どうしてです?」
「……」
「まさか……」
ミゲルはただ、こくりと頷いた。ミゲルはエイブリルにも手をかけたのだと、ケナードは気づいてしまった。
「僕はただ、認めてほしかった。ただそれだけなのに」
庇護欲をそそる声と表情。エイブリルはこの姿に全てを委ねてしまったのだと想像しやすい。
「本当は、エイブリルを利用して、ミゲル様が殺害したのではないですか?」
ケナードの辛辣な一言で、ミゲルの表情は大きく変わり、そのまま部屋を飛び出してしまった。ケナードにとって、それがミゲルの姿を見た最後だった。




