真犯人
ミーガンは自室のソファに腰かけ、ぼうっとしていたところ、控え目に扉をノックする音と共に、
「姉さん」
ミゲルが顔を覗かせた。ミーガンは驚きながらも、ミゲルを部屋に招き入れる。その手にはミーガンへの飲み物がトレイの上に乗せられていた。
「さっき姉さんがあまりにも傷ついた表情をしていたから、なんとなく心配になって」
ミゲルは運んできた、アイスティーを机に置く。
「あれ、エイブリルは?」
ミーガンにアイスティーを運んできてくれるのはエイブリルの役割だった。
「廊下で会ったんだ。だけど、ちょうど伯爵様に呼ばれたみたいで、姉さんのところにアイスティーを運ぶ役目を僕が引き受けたんだよ」
ミゲルは優しい笑顔を見せる。しかし、今のミーガンにはそれに答えるだけの余裕がなかった。
「ありがとう。来てくれて嬉しいわ。でも、……ごめんなさい。今は自分の中で色々なことが整理しきれなくって……一人でいたいの」
「そっか」
そこで口をつぐんだミゲルの顔をどうしてだか見ていられなくなって顔を逸らす。
「姉さんは伯爵家の後継者として指名された訳だけど、受けるの?」
「え?」
心なしか、ミゲルの声が変わったのがわかった。
先ほどまでの優しさは、見当たらなくなり、その声には鋭いナイフが見え隠れしているように感じる。
「…………前向きに考えようと思っている」
ミーガンの返答に心なしか空気が殺気立つ。
「意外。姉さんがそんな風に思っていたなんて。伯爵家の地位なんて興味ないって顔していたのに」
「そうだけど……。でも、指名されたのであれば私は」
「ギャレットだって他の女を侍らせているのに? 愛人をこの屋敷でまたのさばらせるの?」
ミーガンは目を見開いた。
ギャレットとのあらぬ仲を指摘されたのと、ミゲルがそんな物言いをするとは思わなかった。
「私はギャレットと婚約すらしていないわ。候補だと話に聞いていただけだもの」
「それにしては仲が良さそうな話を、聞いているけれど」
「ギャレットがどんな風に話したのかは、わからないけれど、向こうが勝手に言っているだけのこと」
「向こうが、って……姉さんはちゃんと、それを伝えたの?」
「それは……」
「伝えてもいないのに、いまさらのようにそんなことを言って。姉さんだって、自分が相当にひどい人間だってわかっている?」
ミゲルに面と向かって言われて、愕然とした。自分はそれほどに冷たい人間なのだろうかと。
「私はただ……」
ミゲルは殺気立つ表情を緩め、テーブルに持っていたアイスティーを置いた。
「疲れてるんだよ、姉さん。アイスティーでも飲んで」
やさぐれだった心に優しくなったミゲルの言葉が染みた。ミゲルに勧められ、アイスティーのグラスを手に持った。
「ミーガン!」
慌てて入って来たケナードに驚くと同時に、そちらに気を取られ、気づくことができなかったが、いつの間にかミゲルはミーガンの目の前にいた。手に持っていたアイスティーを無理やりに口の中に流し込まれる。
アイスティーの茶葉の香りと、独特の香りが口の中に入り込み、鼻を通り抜けて行った。
「姉さん?」
今、目の前にいるミゲルは悪魔の所業をやってのけたのに、今度は天使のように心配そうな声を出す。ああ、これが彼本来の性質なのだと、はっきりと気が付き、ミーガン自身、家族と向き合うことが出来ていなかったのだと、今更ながらに後悔の念が巻き起こる。
けれど、ミーガンの意識はただ遠のいていくばかりで、最後にケナードの焦ったような悲しげな表情が見えた気がしたけれど、もうそれが現実なのか、夢なのか。判断がつかなかった。
ただ、ミーガンが感じたのは繋がれた鎖が、花びらがはらはら舞い散るように断ち切れていくような、そんな何かを感じていた。




