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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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不幸な偶然

 翌朝、ミーガンが自室の扉を開けると、廊下を勢いよく男の子達が走って行き、その後ろからアシュリーが声をかけながら、追いかけてくるのが見えた。

「おはよう、ミーガン」

 アシュリーはミーガンに、笑顔を見せた。

「おはようございます。朝から元気ね」

 ミーガンは走り抜ける子供達に目をやった。

「ええ。とにかく元気が余っているみたい」

 アシュリーは目を細め、子供たちへ愛しむ視線を向ける。

「お祖母様やアレシア様が亡くなって……ちょっと心配していたのだけど、大丈夫そうでよかった」

「亡くなったという事実は、子供達の中でなんとなく理解はしていると思う。だけど、子供たちがリベカ様やアレシア様と直接、接する機会はそこまでなかったから」

 淡々と話すアシュリーの態度が意外だと思った。

 彼女が自分の子供たちに愛情深い気持ちを向けているのだから、それは当然、屋敷のものにも向けられているのだとミーガンは多分、勝手に思ってしまっていた。だけど、そうではないのだ。

 そんなミーガンの心の内を察知したのか、アシュリーは急いで口走る。

「別に、リベカ様やアレシア様、ユーラ様が亡くなったことを悲しいと思っていない訳ではないの」

 以前のアシュリーがどうだったのかはわからないけれど、ミーガンの中で彼女は嘘をつく人ではないとそう思っていたので、その言葉を額面通りに受け取るのだが、その態度と表情を見る限り、彼女の本心はどこか別な場所にあるようにも思われた。

「私は、アレシア様は時折、厳しい言葉を仰られることもありました。だけどそれはアレシア様の信念に基づいて仰られた言葉であって、お話しになる言葉に一貫性があると、私は思っておりました」

 ミーガンはそう言って、アシュリーを横目に見た。

「そうね。ただ――あの方は多くのことを望みすぎたのだと思います。だから、命を落としてしまった。私は多くを望まない。子供たちと過ごせるこの生活があればそれ以外は何も――ごめんなさい、なんだか変なことを言ってしまって。そういえば、ケナードさんが朝早くに私の部屋に来て、伯爵様から話があるから朝食の後集まるように、って言われたのだけどミーガン、何かご存知?」

「……いえ」

「私はね、もしかしたら今回の一連の犯人はケナードさんではないかと思うの」

 アシュリーはそう言って、ふふっと笑った。屈託のない笑顔から、もしかして冗談で言ったのだろうかと思いながらも、それが本心なのだろうかとも思わせられた。

「ケナードが、ですか?」

「事件の詳しいことは、わからないけれど、私が思うに、犯人は頭が良くて尚且つ屋敷の事情を熟知している人物だと思うの。ケナードさんはその条件に全て当てはまるでしょう?」

「ええ、確かに」

「それに、今回狙われたのは全て女性。もしかしたら、ケナードさんとどこか深く結びつきがあったのかもしれない」

 そんなこと考えつきもしなかったから、アシュリーのその言葉にぞくりとしながらもふと、ミゲルの存在はと声に出しかけたが、彼は生きており、アシュリーの中では被害者のうちに入らないのかもしれないと思うと、ミゲルのことを言葉にするのはやめた。

「でも、さすがにお祖母様は」

「リベカ様は、そうね……ケナードさんにとって、不都合になる何かを掴まされていたとか」

「……」

 アシュリーの考えは確かにと思わせる何かがあって、ケナードに対して持っていた絶対崩れない何かが少しだけ崩れそうになるのを感じた。

「でもそうすると、ミゲルのことは」

「あれは事故だったんじゃないかしら」

「事故?」

「ええ。犯人は本当は別の人物に手をかけようとしていた。だけど、たまたま運悪くミゲルさんのもとに、影華の君の毒が行ってしまった」

 ミゲルのことについては、アシュリーの意見はかなり信憑性がありそうだと思う。ミーガンも色々考えてみたが、ミゲルが命を狙われる理由が見当たらないのだ。

 もし、犯人の動機が伯爵の地位とか、金銭に関するものだとしたなら、ミゲルの継承権は離れているので彼に行くはずがない。そもそも、真っ先に狙われるのは伯爵だろう。しかし、彼が命を狙われた場面はないと聞く。だとすると、ミゲルが不幸な偶然の一致でという可能性は捨てきれないのだというのも頷ける。

「これは全部私の空想、思いつきだから気にしないで。それに、影華の君がもたらした災いの可能性も捨てきれないものね」

「さすがにそれは」

 笑みを深めたアシュリーの表情を見ると、彼女の本心はミーガンが踏み込めない、もっと奥底にあるのだと感じた。そこから、伯爵家に住まう誰もが、ミーガンの理解の範疇にいない、別の異世界に心を住まわせている住民なのかもしれないとも思った。ミーガンはたちまち、周囲が真っ暗になり、一人その闇に突き落とされていくような孤独を感じた。

「もしもの話、もしも、ですけれど」

「なあに? ミーガン?」

 アシュリーはまるで自分の子供に語りかけるように、顔を寄せる。

「子供たちのために、伯爵家の地位を、手に入れたいとは思いますか?」

 言ってから、これじゃあアシュリーを犯人だと疑っているような発言と変わらないじゃないかと思ったが、出てしまった言葉は戻らない。恐る恐るアシュリーの方を見ると、彼女は先ほどからの笑みを絶やさないでいた。

「夫のリッチが伯爵家の地位にふさわしいかどうかってこと?」

「えっと……」

 ミーガンは視線を彷徨わせる。

「私は、自分の夫を悪く言うつもりはないけれど、その器はないと思うわね。あの人、腕っぷしは強いけれど――だからこそ、今回も北まで遠征に行って……ミーガンも子供じゃないから、あの人が遠征先でどんな風に振る舞っているか、噂には聞いているでしょう?」

「………………はい」

 兄のリッチは遠征先で、随分と羽を伸ばし、色々な女性と楽しく過ごしているという話は、チラリと耳にはしていた。

「私は、子供たちがこのまま平穏に過ごすことが出来るならそれでいいの。そうね――子供達がその地位を欲したとしたなら、私も応援するかもしれない」

 そう言ったアシュリーの瞳と表情は笑っているのだが、彼女の本心は湖のもっと深い底にでもあるようで、はっきりと汲み取ることはできない。ミーガンが言葉に詰まっていると、

「じゃあ、子供たちに食事をさせないといけないから、先に行くわね」

 アシュリーは、そう言って前で待っている子供たちの元に駆けて行った。


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