次の一手
リベカの部屋は大きく窓が開けられ、外から強く入り込んだ風に、ミーガンの髪の毛が大きく揺れた。
「ジョグさんが、万が一があってはいけないので換気をしておいた方がいいと仰られたのです」
ケナードが窓を閉めようとしたが、ミーガンはそのままで良いと伝えた。
部屋の中は、ミーガンがリベカを発見した時とほぼ変わらない状態だ。床に倒れていたリベカだけは、ベッドの上に運ばれていた。
「リベカ様はまだ……」
ケナードがそう言ったのは、リベカの体内に毒が残っているのを懸念し、誰もまだリベカに触れることを許されず、綺麗に整えられていないという意味なのだろうと思われた。
ミーガンはゆっくりとリベカの元に向かう。閉じられた瞳、リベカの表情はミーガンが思っていたものよりも落ち着いていた。もしかしたら、自身がこうなることを予測していたかのように。
「実は」
「ん?」
ケナードが神妙な声で話し出すので、ミーガンは思わずケナードを見上げる。
「リベカ様から、とある方について、注視して様子を見ていて欲しいと言われていたのです」
「それは? 一体、どなたの……?」
ミーガンの問いかけに、ケナードは首を横に振った。
「今は申し上げられません。リベカ様との約束ですので」
その言葉に、それならわざわざミーガンに聞かせる必要はなかったのではと、少々納得のいかない気持ちが湧いたが、ケナードとしては道半ばで命を落としたリベカに対しての彼なりの誠意なのかもしれないと思う。
「お祖母様はそのせいで命を落とされたのでしょうか」
「今は……わかりません」
ケナードがそのような言い方をするということは、リベカが疑っていた人物はよっぽど意外な人物なのだろうと思われた。今のケナードにそれ以上の言葉をかけても何も聞くことはできないと思ったミーガンは、リベカに祈りを捧げ、部屋の中を見回すと、首筋に冷たい風が通り抜けていった。
部屋の中は荒らされた様子はない。つまり、リベカは一人でココアを飲み、異変が起こったのだろうか。はたまた、他に誰かがいたのだろうか。
床に落ちた、リベカが飲んでいただろうカップに目をやり、それから他に何か目ぼしいものが落ちたりしていないか、キョロキョロと周囲を見回したが、特に見当たらなかった。
「ユーラ様、アレシア様、ミゲルにお祖母様」
「影華の君の被害者ですね」
「ええ。何か共通点が見えないかしらと思って」
ミーガンは腕を組んで考えて見たが、カンニガム伯爵家にまつわる人物以外の共通点を見出すことは難しかった。だからこそ、あの花が咲くと伯爵家に災いが降りかかると言われているのだろう。
「……ある意味、本来の意味で伯爵家の血を受け継いでる方は無事でいらっしゃいますよね」
ケナードの言葉に、ミーガンは顔を上げる。
「ミゲルは?」
「一命と取り留めております」
「確かにそうね」
ケナードは自分から振った話題なのに、神妙な顔で何か考え込んでいるようだった。彼から視線を外し、リベカの部屋に視線を戻す。何か犯人に向かう糸口が見つからないかと思ったのだ。
「失礼致します」
ドアから息を切らせて、顔を覗かせたのは、メイド長のマリヤックだ。
「マリヤック?」
思わず名前を呼んだミーガンを一目見て、すぐにその視線はケナードに向けられた。
「リベカ様付きの侍女たちが戻ってきたのですが、どうしましょう?」
「この部屋にはまだ通さずに、休憩室に」
「わかりました」
マリヤックは呼吸を整えると、部屋を出て行こうとして、
「一つだけ聞きたいのだが」
ケナードの声に引き止められる。
「なんでしょう?」
マリヤックは冷静に答えていたが、血走った目を隠すことはできない。
「リベカ様自身が、侍女たちに暇を与えていたのか君は聞いたか?」
「…………いいえ」
マリヤックはケナードの問いかけにたっぷりの間を置いた。
「じゃあ、どうして?」
「エイブリルです」
「エイブリルが?」
ミーガンは声を上げた。
「詳しく説明してほしい」
ケナードの言葉にマリヤックは頷く。
「エイブリルが、彼女たちにリベカ様から夕方から暇を出すから。絶対に部屋には近づかないように申しつかったと話していました。使用人たちは、エイブリルにはあまり反抗しません。彼女に言いがかりをつけると面倒ですから。私が口を出すこともできましたが、仕事が立て込んでおりまして、そちらまで手を回す余裕がなかったのです。もっと気にかけていればこんなことには……」
マリヤックの声は涙に、滲んでいた。
「エイブリルから直接、話を聞く必要があるか」
「おそらくそれも無駄なことだろうと。リベカ様は亡くなられ、真実を証明する方がいませんから。それと、エイブリルは前々からそうやって権力のように自分の言葉を振りかざすことが時折あったんです。それで、ごく稀にですが、大きなミスにつながったことも……」
「どういうことなの?」
「エイブリルは気に入らないことがあると、多少そういったことが……」
「気づくことができず、申し訳ない」
「ケナード様の責任ではありません。本当は、……今回報告をしなかったのは、状況を知っていただきたいと思ったからです。リベカ様がその事を知れば、適切な処罰をされるだろうと。そう踏んだ私が甘かったのです。申し訳ありません」
マリヤックの声はもう震えていなかった。ケナードはマリヤックを責める訳でもなく、そのまま仕事に戻るように伝えた。
ケナードは腕を組んで、少し考え込んだ後、ミーガンを見た。
「私に考えがあります」
「考えとは?」
「ある人物に協力を仰ぐのです。あとは、お嬢様にも少し協力を」
「私はもちろん。でも、ある人物とは?」
もったいぶった言い方をするケナードにミーガンは首を傾げる。
「ええ。今考えられる中で一番の方法だと私は思います」
「その人物が協力してくれない可能性もあるんじゃない? 勝算は」
「ございます。その方は諸手を挙げて協力してくれるはずです」
ケナードの言葉には確信があり、迷いのない表情を見せている。
「お祖母様から犯人が誰かを聞いていたの?」
「いいえ」
「じゃあ、どうしてそんな犯人がわかった様な口ぶりで」
余裕があるのだろうと、言葉は続かなかった。
「もし一つ懸念があるとしたなら、お嬢様の協力が不可欠であること、そして、お嬢様を危険に晒してしまう可能性があることです。そこについては」
「私は、問題ない。お祖母様の無念を晴らすためにも」
ミーガンは大きく頷いた。
「そう仰られるのだろうと思っておりました。それでも、今回の犯人は非常に狡猾です。ほとんど隙も見せずに、犯行に及んでいるのですから」
「犯人の一手を待っているよりもこちらから動いた方がいいって訳ね」
「それもあります。向こうの思い通りにさせないようにこちらから切り込んでいく必要があるかと」
ケナードの言葉にミーガンは重々しく頷く。
「お祖母様まで手にかけた犯人を到底許すことなんてできないわ」
ミーガンは息巻いてそう言ったのだが、次のケナードの言葉に一瞬、時間が止まる。
「犯人が屋敷の者だとしてもですか?」
ミーガンは両手を握りしめる。
「そうだとしても」
「わかりました。では私の考えを話しましょう。おそらく、今回の一連の犯人については、伯爵の地位を狙っているものだと思われます。ですから……」




