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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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唐突な死

 尖塔から自室に戻って来たミーガンは、命からがらという感じだった。それでも、どうにか持ってきた一冊の本を手に取り、夢中になって読んだ。夕食も自室で済ませ、ようやく皆が寝静まったと思われる頃に、こっそりと部屋を出ると一階のリベカの部屋に向かう。

 階段の明かりも消され、近くに誰かがいてもわからないほどに薄暗い。

 幼い頃から住んでいる屋敷であるため、薄暗くとも大体の位置を把握しており、リベカの部屋に向かうことくらい難しくはなかった。

「お祖母様」

 ノックをしてみるが反応はない。

 もし、リベカが眠っていたとしても、彼女付きの使用人たちがすぐに気がつくだろうと思われたがその気配もない。ミーガンは良くない予感がしていた。

 扉を開けると、リベカが気に入っている東洋風のついたてが置かれている。それを避けて部屋の中を覗き込み、そこに広がっていた光景に、愕然とした。

 ソファーに口から血を溢れさせ、リベカがもたれている。

 事切れた様子なのは言わずもがな。

 床にはホットココアのドロっとした液体とカップが無惨に広がっている。ふっと嗅いだことのあるような、香りがして戦慄していたところだった。

「リベカ様」

 その名前を呼んだのはミーガンではない。

 後ろに、エイブリルがお盆にココアを持って入ってきたところだった。ミーガンとリベカを交互に見て、

「人殺し」

 と、叫んだ。

 ミーガンは何を言われているのかまったく理解できず、ぼうっとしていたのだが、寝静まっていた屋敷が騒がしくなり、ガヤガヤとリベカの部屋に人が集まってくる。

 エイブリルの物言いに、誰もがミーガンに奇天烈な視線を向けた。

「一体、何があった?」

 カンニガム伯爵は寝巻きにガウンを急いで羽織った出立だった。

「旦那様、あの女がリベカ様を殺害したんですよ」

 エイブリルが金切声をあげ、ミーガンを指差した。

「ミーガン、本当なのか?」

 伯爵は驚きに目を見開きながらこちらを向く。

「いえ、……ちがいます」

 ミーガンは気が動転しており、そう言うだけで精一杯だった。

「旦那様、騙されてはいけません。リベカ様付の使用人たちは夕方から皆、暇を出されていたんです。リベカ様はお部屋に一人しかいない状況で、ミーガンお嬢様がここにいたということは、もうそれしか考えられないじゃないですか」

 エイブリルは自信満々に言い放つ。

「ミーガンお嬢様」

 ケナードの声だ。部屋に入ってくると中を一瞥し全てを察したようだった。ミーガンはケナードから視線を逸らす。彼にまで信じてもらえないのだろうかと思うと心が軋む音を立てる気がした。

「ミーガンはどうしてここに?」

 伯爵の声はあくまでも冷静だった。

「お祖母様とこの時間に約束を」

「わざわざこの人目につかないような深夜の時間を? 一体、どんなお話をされる予定だったんです?」

「それは……」

 エイブリルの意地の悪い質問にまさか今、ここでカンニガム家の影華の君について調べていたなんてとてもじゃないけれど、言える雰囲気ではなかった。

「失礼致します」

 焦った様子で部屋に入って来たジョグは、床に溢れた飲み物の残骸とリベカの様子を確認し、

「影華の君で間違いありません。ほのかにあの植物独特の香りが残っています。多少時間が経過しているようですから、ここにいる皆さんに悪影響を及ぼす訳ではありませんので、ご安心ください。ですが、万が一、体調が悪く感じることがあればすぐに教えてください」

 周囲の空気がその言葉で少し和らいだようにも感じたが、ミーガンに浴びせられる視線は依然として厳しいものだった。

「ミーガン、君を疑いたくはないが……まず話を聞こう。執務室に」

「はい」

 ミーガンに拒否権はない。ただ、今になってようやくリベカが亡くなったという事実を理解し始めて、心にぽっかりと穴が空いたようだった。

「ジョグ。リベカ様を丁重に、頼む」

「かしこまりました」

 ジョグは重々しく頷いた。

 伯爵の後ろについて、部屋の外に出る時、

「やっぱりそうなのね」

 リディアの声が聞こえた気がした。いつもなら全く気にならない言葉なのだが、今のミーガンには心に突き刺さる。

 重たい自分の心を抱えながら、歴代の伯爵が使う執務室に辿り着き、伯爵からも辛辣な言葉を投げかけられた。

「ミーガン。先ほども聞いたが、どうしてあの時間にリベカ様の部屋に?」

「夜にお話をしようと約束をしていたからです」

 その言葉に嘘偽りはない。しかし、伯爵は全く信じていない様子で、いらいらと部屋を歩き回った後、執務机に座ると、鋭い視線をミーガンに浴びせる。

「ミーガン。質問に答えてくれないとますます君を疑わなくてはならなくなってしまう。一体、何があったのかいい加減に答えてくれないか?」

 伯爵の言葉を正面から受け取ったミーガンは、どう答えたらいいのかと言葉を失ってしまった。

「伯爵様」

 殺伐とした空気を断ち切るように部屋に入って来たのは、ケナードだ。

 伯爵はケナードの方を一瞥したが、すぐにミーガンに視線を戻したのだが、

「リベカ様の葬儀はどのように?」

 ケナードのその言葉に頭を抱えた。

「そうだな……アレシアの葬儀も終わっていないと言うのに……この家はどうしてこんなにも葬儀が重なるのだろう」

 伯爵はミーガンが聞いたこともない程、やるせない声を出していた。その様子を見てふと、この人も愛する人を失ったばかりなのだと思うのと同時に、孤独であろう彼の心境を考えると、どうしようもなく悲しみが溢れてきた。

「アレシア様の生家に連絡は行っているのですが、向こうの参列者選定に時間がかかっているようです。ですから、到着までにはまだ少し時間がかかるかもしれません」

「どうしてそんなに時間がかかっているのです?」

 ミーガンはふとケナードを振り返る。

「つまり……彼女は、アレシア様は生家との関係があまりよくなかったと」

「そうなのですか?」

 ミーガンは初耳で、思わず声が大きくなる。

「事情はよく知らないが、あまり良く思われていなかったらしい」

「そんな」

 伯爵のその言葉に悲痛な声で答える。

「ですから、リベカ様の葬儀を先にされるか。もしくは、許されるのでしたら合葬してはどうかと。お二人をそのままにされるのもどうかと思いますので」

 ケナードの声はあくまでも冷静だ。

「そうだな。至急、アレシアの生家にもそのように連絡を。いや、葬儀の日程を入れた書状を送ろう。それで来られないと向こうが言ってくるのだとしたなら、それまでの話ということだ」

「承知しました。それと、差し出がましいことですが――お嬢様がリベカ様に呼ばれていたのは本当です。お昼にお嬢様は一度、リベカ様のお部屋を訪れていらっしゃいます。その時、私もお茶を持って行くため、リベカ様の部屋におりましたので、その時の様子を見ております」

 ケナードがしれっと言うのを、

「本当か?」

 と、疑う様子もなかった。体を乗り出し、ケナードとミーガンを交互に見る。

「はい。お嬢様が今回屋敷に帰られて、リベカ様の部屋に呼ばれまして。私は紅茶を持って行きました」

「でも、なぜケナード。お前が?」

「以前から、お嬢様が帰ってきた時に出したいと特別な紅茶の茶葉をリベカ様はこっそり用意されていたのです。それを知っているのは私だけでしたから」

「お祖母様がそんなことを……」

 ミーガンはそこまで気づくことができなかった自分を悔やんでも悔やみきれない。


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