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影華(えいか)の屋敷  作者: 沙波


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痛み

 ミーガンはリベカに依怙贔屓をされていると時折、影口を言われることもあったが、ミーガン自身はそんなことはないと思っていた。リベカは優しい言葉だけではなく、ミーガンに対して厳しい言葉を投げかけることも、もちろんあった。でもそれはミーガンのことを思っての言葉だったのだと思う。どちらにしても、ミーガンに対して愛情を注いでくれていた事実は変わらないのだと思うと、自然と涙が溢れてくる。

「リベカ様から話が尽きないのだから、夜にも部屋を訪れるようにと。話しているのを伺いました」

「そうか」

 伯爵はケナードの話と、ミーガンの涙を見て、毒気を抜かれたようだった。そんな伯爵の表情を見たことと、精一杯の愛情を示してくれていたのだと思うと、悲しんでいられない。リベカの無念を果たさなければと顔を上げる。

「伯爵様、私としては気になる点があります」

 声を上げたのはケナードだった。

「気になることとは?」

「エイブリルは先ほど、リベカ様は専属侍女たちに暇を出したと話していましたが、私はそんな風には聞いていません。ただ、人払いをするとしか聞いておりませんでした」

「急遽リベカ様の方でそうされたとは考えられないか?」

「もちろんそうかもしれません。ですが、……」

「お祖母様はお一人でご自身のことをされるのは、とても難しいこともありますから、全員を暇に出すのは、ちょっと考えにくいことかと」

 ケナードの言葉を遮りそう言ったのはミーガンだ。

「お嬢様の仰ることも一理あるかもしれません。私も少々引っ掛かりを感じますので、少し調べてみてもよろしいですか?」

 ケナードの言葉に伯爵はにべにもなく頷く。

「リベカ様は――時折、無理難題を仰られ私自身、大変な目にあったことも数えきれない。それでも、たとえ私が失敗してもあの方は私を見捨てなかった。あの人の恩に報いたいと私だって思っているんだ――ケナード、そのことは任せる。ミーガン、お前も部屋に帰って休みなさい。後のことは、また話し合って考えよう」

「……おやすみなさいませ」

 ミーガンはそう言うのが精一杯だった。


⭐︎


 部屋に戻り、一度、ベッドにダイブしてみるも、何をする気にもなれない。

 本など探しに行かずにずっとリベカのそばについていたなら良かったのではないかと思うと、ジクジクと胸の辺りが痛みを増した。

ひとしきり泣いたら少しだけ心がスッキリとしたような気がしてベッドから立ち上がる。

 生き残ったミーガンはリベカを殺害した犯人を探し出さなければいけない。それが生き残ったものの使命だとそう感じ、命からがら尖塔に眠っていた書棚から持って来た本の続きを読まなければならないと。何かに取り憑かれたかのように机に向かう。尖塔から戻ってからずっと読み続けていたのだが、何せ文体が古めかしいもので読むのに時間がかかり、まだ一冊全てを読み終えることができていなかった。目次もないので、何が書いてあるのかは、読み進めなければわからない状態だ。

「あれ?」

 机の上に積み上げられた本の中から、その本を探すのだが、見当たらない。

「え?」

 悲しみと痛みの感情が一気に忘れ去られ、パニックになる。何度も机の上を見返し、仕舞いには部屋の中をひっくり返す勢いで探したのだが、姿、形すら見当たらない。

 どうしようと、部屋の中を彷徨っていた。気がつくと、ケナードが扉のところにいた。

「すみません。何度か、お声がけしたのですが、反応がなかったので……ですが、部屋からやけに物音がしたので、何かあったのかと思い勝手ながら入らせていただきましたが……何かあったのですか?」

 荒れ果てた部屋の中を見て、ケナードは呆然としていたようだが、ミーガンはそんな彼の様子など気遣う余裕もなかった。

「本が、あの本が無くなってしまったの」

「本?」

 ミーガンの慌てた様子にも驚いた素振りは見せず、ただ少し目を見開いただけだった。

「尖塔から……」

「すみません、部屋の扉を閉めてもいいですか? あまり話の内容が外に漏れてはよくないと思うので」

 ケナードはまだ扉を開け放ったところに立っていたため、彼の言う通り話している内容は近くに誰かがいたのなら、丸聞こえになってしまっていただろう。ミーガンはそこまで気が回らず、そして、焦りのため言葉もうまく出てこないため、こくこくと頷いて、口を閉じる。

 パタリと扉が閉められ、部屋の中に静寂が戻ると、ミーガンは先ほどよりも幾分か気持ちに落ち着きを取り戻していた。

「すみません、現状ですとどこで誰に聞かれるかわかりませんでしたので」

「貴方の言う通りだわ。ごめんなさい、気が動転していて」

「それで、何があったのかもう一度伺っても? 本というのは?」

 ケナードの問いに今度は落ち着いて言葉を口にすることができた。

「尖塔から持って来た、カンニガム家について書かれた本。その他にも本を持ってきて、紛れさせるように机のここに置いたの。それらはあるんだけれど、カンニガム家のその本だけ見当たらなくなって」

 ミーガンの話を聞くケナードの表情が心なしか厳しいものに変わる。

「その本を机の上に置いていたのは、間違いないのですね?」

「もちろん」

「どこにも持ち出していない?」

「ええ、もちろんよ。本を持って帰って来てから、部屋を出たのは先ほど、お祖母様の部屋に行く時だけ。それ以外は部屋からも出ていないし」

「じゃあ、事件の騒ぎに乗じて、誰かが持ち出した……という可能性が高そうですね。何か心当たりはあります?」

 ミーガンは少し視線を逸らし、彷徨わせた後、小さく息を吐きケナードに向き直る。

「当てつけと思われるかもしれませんが、エイブリルのことが気になります」

「エイブリル?」

「ええ。尖塔で鉢合わせたのも気になるし、それとお祖母様の部屋に入って、絶妙なタイミングでエイブリルが来たの」

「確かに、彼女の行動には少し疑問に思うこともあります。状況を整理しましょう。お嬢様はこの部屋を出て、リベカ様が倒れているのを発見した――この間のエイブリルの動きを考えた際、お嬢様が部屋を出てすぐに、エイブリルが忍び込んで、本を取って出ると、その本をどこかに隠し、厨房に行ってココアを用意してリベカ様の部屋に入った。ということになると思いますが、それだと状況的に難しいかと……」

「そうじゃなくて、その後。私が伯爵様に呼ばれた時、エイブリルはどこに?」

「確か、リベカ様のために用意したココアを、このまま持っていられないので、キッチンに下げてくると言って……」

「それから彼女を見た?」

「いえ」

 ケナードも思うところがあるよう、含んだ表情を見せた。

「私は伯爵様に呼ばれていたから、もちろん部屋に戻れないわけで、その時を利用して、この部屋に入って本を持っていた可能性は考えられないかしら?」

 尖塔から出て来た時、彼女に声をかけられギロリと手元を見られたときのことが鮮明に思い出されていた。あの時は、大丈夫だ。難を逃れたと思っていたが、実際はそうではなく、エイブリルはこの本を奪う機会を伺っていたのではないか。そんな考えが浮かぶと、スッと背筋が薄寒くなる。

「可能性としては十分にあり得るでしょう。お嬢様がリベカ様と夜に約束をしていたということも、リベカ様付きの侍女は恐らく知っていたでしょうし、そこからエイブリルが知り得たことも十分考えられます――ともかく今、使用人たちを呼び戻しております。しかし、エイブリルはどうしてお嬢様が持って来た本に執着したのでしょうか」

「見られたくない、なにかがあったのかもしれません……」

「……エイブリルが犯人だとお嬢様は思っていらっしゃるのですか?」


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