方法
ミーガンがリベカの部屋に入ってすぐに、
「待っていたよ。顔を見せておくれ」
優しい声のリベカの呼びかけに、彼女の目の前まで歩み寄り、体を屈める。
「長旅で疲れただろう。お茶の用意を――ああ、お茶はケナードに持ってこさせてちょうだい」
「かしこまりました」
リベカ付の侍女は少し、頭をひねるもすぐに肯定の意を示し、部屋を出ていった。ミーガンもどうして、リベカがケナードを指名するような言い方をしたのか、その意図を測りかねた。
部屋の扉がきっちりとしまったところで、ようやく息がつけるような心地がした。
「アレシア様も亡くなられたと、伺いました」
ぽつりと言葉を吐く。
「彼女の死について、カンニガムの屋敷の中では、ユーラに対してあからさまな態度を取っていたせいだとまことしやかに言われているね」
「アレシア様は……確かに、時折厳しい言葉を仰られる時はありました。けれど、それはやはり高位貴族のご令嬢として振る舞っていらっしゃるからだと、私にはそう見えました。だからそれだけで、命を奪おうとするなんて……」
「私もね、それはないと思っている。だから、アレシアもこの屋敷に巣食う残虐な犯人に殺害されたのだと」
リベカが”残虐”と放った言葉に、ミーガンは驚きのあまり体に力が入った。
「このカンニガム家の屋敷の中に家族を殺害した、犯人がいると、お祖母様はそう仰られるのですか?」
重々しくリベカは頷く。
「ミーガンもそう考えていたのだろう? まさか、影華の君が出現したからといって、勝手に人が亡くなる訳でもない」
「ええ、確かにお祖母様の言う通りです。私もそのように……」
ミーガンがそう言いかけたところで、控えめなノック音が部屋に響く。
「失礼致します」
静謐な声。ケナードがリベカの言いつけ通りにお茶を運んできた。二人が座る前の猫足の華奢なテーブルの上にそれらを置いて、ケナードはそのまま出て行こうとしたのだが、
「ケナード。貴方もここに居なさい」
リベカに引き止められ、ミーガンの隣に座るように勧められたのだが、流石にとケナードは遠慮をし、ミーガンの後ろに立った。
「二人に聞いてもらいたい話があるんだ。話せる時に話しておかないと。多分、私はもうそんなに長くはない」
「お祖母様? 一体、どうしてそのようなことを……どこか体調が? 何か違和感を? それでしたら、お医者様に」
ミーガンの剣幕に動じる様子はない。ただ、何も言わず、出されたお茶を勧める仕草を見せただけ。仕方なく、ミーガンはティーカップに口をつける。
「美味しい」
「良かった」
リベカは満面の笑みをこぼす。花の香りと、甘みがあり、ミーガンの好みの味だ。カリナの家でも飲んだことがないもので、どこの茶葉なのだろうと聞こうと口を開きかけたが、先に言葉を発したのはケナードだった。
「リベカ様はもしかして、一連の事件の犯人に心当たりがあるのですね?」
リベカはこくりと頷く。
「本当なの? お祖母様?」
ミーガンは一安心したような気分になった。リベカが犯人を挙げて、捕まえることができれば、事件はひと段落し、カンニガム家にも平穏な日々が戻ってくるとそう思ったから。しかし、事態はミーガンが思っているほど、単純なものではなかった。
「リベカ様は……犯人に狙われている、ご自身が殺害されるかもしれないと。そう思っていらっしゃるのですか?」
ケナードの言葉はミーガンの心に鋭く突き刺さる。
「さすが。ケナードは鋭いね」
リベカは苦笑いを浮かべる割には、満足そうだった。
「そんな、まさか……でも、犯人がわかっているのなら、今すぐにその者を捕らえたらいいのではないですか?」
「犯人に当たりは付いている。しかし、犯行方法がわからない」
リベカは困った笑みを浮かべる。
「犯行方法ですか?」
「影華の君の取り扱い。そして、どうやって、毒をユーラ達が飲んだグラスに混入させたかという点だ」
リベカの言葉に、ミーガンとケナードは顔を見合わせる。
「アレはカンニガム家では、取り扱いに非常に注意しなければならない。ミーガンも知っていると思うけれど」
「はい。幼い頃、あの植物には決して近づいてはならない。触れてはならない。掟を守らなければカンニガム家に厄災が降りかかる。心してかからなければならない。と学びました」
厳格に教えられた掟だった。
当時のミーガンは、どうして現実にありもしない植物に対して、そこまで気を配る必要があるのだろうかと思ったものだが、実際に影華の君を発見してから、この一連の出来事に遭遇し、それほど厳格にする理由がわかった。そもそも、掟を守っていても、こんな事件が起こるのだから。
「あの植物を人殺しに使おうとは、その掟があるかぎり、誰も考えないと思っていた。しかし、実際にそれをやってのけた人物がいるのだから。その人物は狡猾で頭がいい。心してかからなければならない」
「その人物――犯人がどうやって、影華の君の取り扱いについて知ったのかが、リベカ様はわからないということなんですね」
ケナードの言葉にリベカは頷く。
「研究所でもお手上げ状態で、だから――考えられるとしたなら、取り扱い方法を突き止めたが、あえて黙っているか」
「そんな方がいる訳が」
「ミーガン、私だってそう思いたいよ。だけど現実問題として、殺人が実際に起きていて、そこには影華の君の毒が実際に使われている。解毒方法もわからない未知の毒だ」
「犯人も、命がけだと思うのですね」
ケナードがこぼした言葉に、リベカはふっと考え込む。
「そうだね。犯人だって、自分の命は大切に思っているだろうから危険な真似は犯すはずがない。だとすると……もしかしたら犯人は、自分は絶対に安全だと思っているのかもしれない?」
「安全?」
ミーガンはそう聞き返してみたのだが、リベカから返事はなかった。影華の君について、近寄るなという教訓だけで、取り扱いの仕方については、学んだこともないし、考えてみたこともなかった。もし、自力でその答えに辿り着けそうな人物がいるとしたなら――ミーガンはふり向きたかったが、後ろにいるケナードのことを思った。彼のことを疑いたいわけじゃない。ただ、リベカの話す人物像に当てはまる要素が限りなく多いと感じたからだ。でもそうなると、リベカはどうしてケナードをこの場に呼び出したのか。
ミーガンは一度だけ首を横に振った。信じたい人は、今は信じていよう。そうではないと、ミーガン自身が何も信じられなくなってしまいそうだったから。頭の中でその考えを霧散させた時、あるひらめきがあった。
「前に影華の君が発生したのは数百年前だと聞いたことがあります。その頃まで歴史を遡れば何かわかるでしょうか?」
ミーガンは思いつきで言葉にしてみたのだが、リベカは目を見開きながらも頷く。
「そうだね。そうだ、まずはその当時のことをもう少し詳しく調べてみたなら、今の状況に共通してくることもあるだろう。もっとわかることが増えるはずだ」
「私、書庫に行って調べてみるわ」
ミーガンが声を張り上げる。リベカは顔を明るくした。
「お願いできるかい? 私はこの体だ。書庫に行けたとしても目もほとんど見えない。私の待女たちはまめまめしくお世話をしてくれるが、その依頼をするのは彼女たちには肩の荷が重いし、難しいだろう」
「心配しないで。私が役目を果たすわ」
「これはミーガン、お前にしか頼めないことだ。だけどくれぐれも気をつけておくれ」
「わかりました。お祖母様の代わりに立派に務めて見せます。ですから、死ぬなんて悲しいことは言わないでください」
ミーガンはしわしわに縮こまったリベカの手を両手で包み込む。
「ありがとう。この屋敷の中でこんなに私のことを気遣ってくれるのは、ミーガン。お前だけだ」
「そんなことは……」
「いや、お前も感じているだろう? カンニガム家には不穏な空気が流れている。異分子がこの家に入り込み根付いてしまって、もう誰が異分子かもわからなくなってしまっている」
「ですが、この屋敷に集まってきたのは、仕方のないことでもあると。カンニガム家は伯爵家ですから。貴族というのはそういった使命を常に背負っているものだと」
リベカは目を見開いた後、愛しむようにミーガンに手を添えた。
「そうだね。お前の言うとおりだ。いつの間にかミーガンもそんなことを言えるようになったんだね」
「お祖母様、これでも私、学園ではそれなりの成績を維持していますのよ」
ミーガンはリベカに甘えるように頬を膨らませる。ミーガンが本当の意味で甘えられる家族は、もうリベカしかいなかった。
「そりゃ、大変失礼したね。でも、気を付けるんだよ。何度も言うけど、この家には人を殺すことをなんとも思わない殺人犯がいる。その犯人の毒牙がいつお前に向くのか。それは私にだって予想ができないことだ。だからこそ、くれぐれも、気を付けるように」
「わかったわ――そうね、書庫で学園の課題の調べものをしたいといえば、不自然ではないわよね」
「そうですね。もし、お嬢様の動向について聞かれましたら、私もそう答えます」
ケナードもそう言ってくれた。
なぜそんな細かい設定をわざわざするかというと、カンニガム家の書庫は屋敷の中ではなくちょっと離れた尖塔にあるのだ。だからこそある程度の理由づけがあった方がいいと思ったから。
「書庫に行った後、そうだね、今夜、人払いをしておくから、この部屋に来ておくれ」
ミーガンは頷く。
「書庫を探して、夜にまた来ます」
リベカにそう言って立ち上がると、部屋を出ようとした。
「ケナード。私はお前のことを信じている」
リベカが小声で囁いたのを聞いた。




