不可思議な行動
カンニガム家の屋敷に戻ったミーガンが、玄関を開けると聞き慣れた強い声の、やりとりが聞こえ、足を止めた。
「おばあさまは僕の何がそんなに気に入らないのです?」
「気に入らないわけではない。むしろ気に入っている。怖いのはお前さんの頭が良すぎる。その点だ」
誰かと思ってみると、ミゲルとリベカの二人だ。面食らった表情で見ているミーガンにいち早く気がついたのはミゲルの方だ。
「お帰りなさい。姉上」
ミゲルの言葉に笑顔を作る。
「ただいま戻りました。ミゲル、元気な姿を見られて何よりだわ、本当に。貴方が影華の君の毒を口にして倒れた時は、どれだけ心臓が止まると思ったか」
ミーガンの言葉に、ミゲルはキリッと真面目な表情を見せる。
「僕はまだなすべきことを成し遂げておりません。そのような状況で命を落とすことは絶対にありませんから姉上、ご安心下さい」
「頼もしいわ。お祖母様もお元気そうで何よりです」
リベカはミーガンに顔を向けると、祖母としての優しい表情を見せ、また後方、ミーガンのトランクを持って立っているケナードの方にも視線をやると、ほっとした表情を見せた。もしかしたら、ケナードにミーガンを迎えにいくように申し付けたのは、リベカだったのかもしれないと、ふっと思う。
「純粋にミーガンの帰りを喜べればいいのだけれど……針の筵の様な屋敷にお前を帰らせるのが忍びない」
リベカの言葉尻に被さって、女性のキラキラとした笑い声が聞こえた。誰かと思って振り返ると、リディアとギャレットが腕を組んで、こちらに向かって歩いて来ていた。
ギャレットはミーガンの存在に気が付くと、一瞬顔をこわばらせ、無理やりにリディアから体を引き剥がし、こちらに駆け寄ってくる。
「ミーガン、帰ってくるなら知らせてくれたらよかったのに」
「今、帰ってきたばかりなの」
ギャレットの後ろからリディアが忌々しそうにミーガンに視線を向ける。本当はそうではなかったのかもしれないが、少なくともミーガンにはそう見えた。なぜ、ほとんどミーガンのことを知りもしない、リディアにここまで敵意を向けられなければならないのか。ギャレットが原因なのだろうということくらいはわかる。しかし、好意を仄めかしてきたのは、向こうからでミーガンはそれに対して、はいとも、いいえとも、言っていないのに、どうしてミーガンが連絡をしなければならないのか。そんなに知りたいのならギャレットから連絡をしてきたらいいだけのこと。でもそれを言葉にしたところで、どうにもならないことはわかっている。
「人が亡くなるたびに帰ってくるなんて、死神みたい」
誰が、そう言ったのかは、わかっていた。でも、誰がとは言わない。追求する気もない。
ただ、心に重たい石が落ちてくるように感じる。
「ミーガン。これからお茶を飲もうと思っていたんだ。一緒に飲まないかい?」
リベカの声が響き、ミーガンはようやく顔を上げることができた。
「ええ、お祖母様。部屋で上着を脱いだら、すぐに参りますわ」
「じゃあ、お茶の用意をして待っているよ」
リベカが歩き出そうとしたところで、どこからか彼女付の侍女が現れて、リベカを支え、一階の廊下の向こう側、彼女の部屋に戻って行った。その後ろ姿を見ながらも、そう言えば先ほどまで居たはずのミゲルの姿が見えなくなっていることに気が付く。
「ミゲル?」
ミーガンは小さく名前を呼びながら、周囲をキョロキョロと見回してみるが、彼の姿はない。
「ミゲルはずっと部屋に閉じこもって、よくわからない書物を読んでいるのでは?」
口にしたのはリディアだった。
「よくわからない書物?」
その棘のある言い方が、引っ掛かる。いつもなら、聞き流すのだが、今のミーガンの精神状態ではそれができず、あえて聞き返してしまった。
「亡くなったお母様が言っていたのよ。ミゲルはおかしな本ばかり読んでいるって」
「勉強熱心だってことじゃない?」
ギャレットが軽い笑いを交えてそう口にする。
「いえ、そうだったならお母様はそう言うはずだもの。でも、妙な顔をしてそう言うのだから私、よく覚えている」
「なぜ、ユーラ様はそんなことを言ったのかしら?」
その時は、リディアやギャレットに対しての感情から出た言葉ではなく、純粋な疑問だった。リディアはわずかに目を潤ませるような表情をみせ、口を開く。
「亡くなったお母様は、ほら。伯爵夫人になる予定だったじゃない? もちろん、いきなり現れて、そうなるのだから、屋敷の人から不審な目で見られるだろうってことはわかっていたの。だから、大きな摩擦が起こらないように、お母様自身から歩み寄ろうと、なるべく屋敷の人たちに声をかける様にしていたの。義姉様はすぐに学園に戻られてしまったからご存知ないかもしれませんけれど」
後ろに立っているだろう、ケナードを振り返るとリディアの話を肯定するように小さく頷く。なんとなく状況が読み込めてきた。ユーラは自らこの屋敷に溶け込もうと、声をかけていったのはいいが、アレシアとその過程で口論になってしまったのだと。
「ごめんなさい、知らなかったわ。それで、ユーラ様はここに住まう方々と話をして、打ち解けることができたということね」
その話にどうしてだか、興味が湧いたミーガンは、リディアに話の続きをしてもらうため、機嫌を損ねることのないように、やんわりと笑みを浮かべる。
「お母様は努力をされていたわ。だけど、この屋敷の人は皆、閉鎖的な人ばかりで、ほとんど相手にはしようとしなかった」
「アシュリー様もでしょうか?」
ミーガンはちょっと意外だった。確かに、アレシアは元々の出自が貴族の家であることもあって、ユーラとは水と油の関係であったのは、わからなくはない。しかし、アシュリーはどちらかというとユーラに近い境遇である。
「あの方は、……お母様に言わせると、他人に対して興味がないという感じらしいわね。ご自身の家族――夫というより、子供ね。自分の子供にしか興味がわかないみたい」
「そうだったのですね――その言い方ですと、ミゲルとも打ち解けることが難しい状況だったのでしょうか?」
「ミゲルはほとんど部屋から出てこないでしょう? ですから、お母様は直接部屋に何度か赴いたようなの。ノックをしても応答がなくて、声をかけて部屋に入ったそうなのです。そうしたら、薄暗い中でたくさんの本が積まれた机に向かうミゲルの姿があって、声をかけたら、『なんで許可なく入ってきた』と、激昂したそうなんです。私の家族にこんなことを言うのはなんだけど、本当におかしな人たちばかりね。貴族ってこんな人ばかりなのかしら」
それ以上は聞けることがないと思ったので、小さく礼をして自身の部屋に向かうため、階段を上がった。後ろから、ケナードが付いてくる足音がして、ギャレットとリディアから見えなくなったところで、後ろを振り返る。
「先ほどの話、ユーラ様がミゲルやアシュリー、他もだけど屋敷の人と積極的に話していたというのは本当なの?」
「はい。私のところにも何度かお見えになりましたので」
「そうなのね」
ため息まじりに返事をする。
「ですが、ミゲル様がそのような態度に出たのは初耳です」
「ミゲルは自分の部屋に人を寄せ付けない様にしているのかしら?」
ケナードは首を傾げる。
「ミゲル様の部屋の掃除を担当しているのはエイブリルなのですが、そう言った話は聞いたことが、ありませんでしたね」
「そう」
肯定の返事は示したものの内心、ミゲル付きの侍女がエイブリルだったことを意外に思う。エイブリルは確かにミゲルに心酔しているから、自ら望んだだろう。しかし、ミゲルがそれをよく許したものだと。




