自殺?
「屋敷の中では、ユーラ様の死に対して、不穏な噂が飛び交っておりました」
ケナードの神妙な声にミーガンは頷く。
「それはどんな?」
「殺害したのはアレシア様ではないかと」
「そんな乱暴な。アレシア様が影華の君についてそこまでお詳しいとは思えませんし」
「仰るとおりです。そもそも、研究所でもまだ影華の君について、ほとんど解明には至っていない状況ですから」
「それに、アレシア様を犯人だとするなら、ミゲルにまで手をかける理由がわからないわ。状況的には、夫であるランディまで命を落とす可能性だってあったのだし」
ケナードはミーガンの意見に同意しながらも、険しい表情を浮かべる。
「正直あの時、お嬢様が学園に帰られるのは少し早すぎるのではないかと、内心思っていましたが、あの時帰られて正解だったと今では思います」
「貴方がそんな風に話すなんて。よっぽどだったのね」
ケナードは苦い表情を見せる。
「自分自身の力不足を晒すようで……本来であれば私がきちんと屋敷の統制をしなければならない状態でした……ですが」
「使用人たちは、かなり混乱しているのね」
無理もない話だ。
「なかなか手が行き届かず」
「人が立て続けに亡くなって、疑心暗鬼になるのはわかるわ。そして、この状況をさらに加速させたのが、エイブリルってところかしら」
ケナードは小さく頷いた。
「普段であれば、エイブリルの話にそこまで耳を傾けるものは多くないのですが、今回ばかりは、不安に思う心がそうさせたのではないかと。使用人たちの矛先はアレシア様に向けられました」
「アレシア様が? 一体どうして」
「ユーラ様とアレシア様のお二人の口論の様子を思いの外、多くの使用人たちが聞いていたようなのです。元々高位貴族のご令嬢であろう人が、平民上がりの女性を罵るような様子を見て、使用人たちが同情を寄せるのは、やはり自分達の境遇に似ている女性なのです」
「確かにそうかもしれないわね。でもそうすると、……まさか使用人のどなたかがアレシア様を?」
「……詳しいことはまだはっきりしておりません。ですが、使用人の者の中でアレシア様に対して殺意を抱く者がいたとは、少々考えにくいかと。もしかしたら私がそう思いたいだけかもしれませんが」
「ごめんなさい。私が言いすぎたわ。万が一、アレシア様に不満を抱いていたとしても、それが殺意になるかと言われると、少し違うわよね」
「まあ、まだどの可能性も否定はできません。一部の者は自ら命を絶ったのではと話す者も」
「アレシア様が? 私は、あの方が自殺されるような方だとはどうも思えないのですが」
「私もそう思います。でもそうじゃないとすると」
「殺された。ということになるのよね」
ミーガンはそう口にして、わずかに体が震えるのを感じた。ケナードはその言葉を否定しない。彼もやはりそう思っているのだろうか。
「ご自身でとされても、影華の君の入手方法に疑問が残ります。ですから……」
「アレシア様はどのような状況で亡くなられていたの?」
「ユーラ様が亡くなったのとほとんど同じ状況です。夜、就寝前にアルコールを飲まれたようで。朝、侍女に倒れているところを発見されました」
「お兄様は、一緒におられなかったの?」
「ええ。その日は視察で屋敷を開けられた日だったのです。ですから、寝室にはアレシア様お一人で」
「夜、アレシア様の寝室にグラスを運んだ使用人は? 何か異変を感じてはいなかったのかしら?」
「それが……おかしなことにどの使用人に聞いても、誰もアレシア様にグラスを運んでいないと、口を揃えてそう話すのです」
「アレシア様付きの侍女は?」
「その日はもう下がっていいとアレシア様自身に言われ、着替えて自室にいたと。そのことは、他の使用人から事実確認が取れているので間違いないかと」
「じゃあ他の使用人の誰かがアレシア様の部屋に飲み物を運んだのね? でも、誰もそうとは証言しないと……自分が疑われることを恐れているのかしら」
「そう思います。それまでは、アレシア様に対して、明らかな反発心を誰もが抱いておりましたから。もし自分が運んで行ったことが露見すれば、一番に疑われるとそう思っているのでしょう」
「そうね。だけど、私が一番不思議なのは、アレシア様がお酒をお召し上がりになったと言うことだわ。公の場ではもちろん飲まれていらっしゃるお姿を見たことはありますけれど、好まれているイメージがなかったので」
ミーガンの記憶では、アレシアはお酒があまり好きではなかったはず。飲めない訳ではないので、公式な席では付き合いでむしろ率先してグラスを傾ける様子を見たことがあったけれど。
「実は……」
ケナードはそう言葉にしたが、一度口をつぐんで、視線を彷徨わせた。ミーガンは、何を言いかけたのかと聞きたい気持ちに駆られていたが、辛抱強くケナードが次に言葉を告げるのを待った。
ひどく屋敷の者たちからご自身の噂をされることに、表には出さなくともかなり心を痛められていた様子で。次第に、お酒を飲む量と頻度が増してしまって……」
ケナードはさらに表情を暗くした。
ミーガンは彼に対して、なんと言っていいか、わからずに窓の外に目をやる。使用人たちが、アレシアの死を自殺だと言う、理由がそこにあるのだと思うのと同時に、手が震えた。しっかりと自分自身を握りしめるように力を込めた時、ハッとアレシアの横顔が思い浮かんだ。
「最近」
「はい?」
ケナードが首を傾げる。
「アレシア様から、何か話を聞いたりしていない?」
「話ですか?」
「ええ、気になることとか、些細なことでもなんでもいいの」
ミーガンは自身の中のモヤモヤをどう説明していいのかわからずに、言葉に迷っていた。
「そうですね」
ケナードは腕を組んで少し考え込む仕草を見せた。ミーガンはそれをじっと見つめ、彼の言葉を待った。その時は、なんとなくそれが、今回のことを解決する道筋につながるのではと思っていたから。
「あえて言うのならば、使用人の統制に対して、きっちりとするようにと最近、何度か念を押して言われることがありました」
「使用人の統制?」
今度はミーガンが首を傾げる番だった。
「はい。あえて何かと言われればそれかと」
「でも、アレシア様なら普段から言ってそうな言葉よね」
「いえ、私は言われたのは初めてでした」
「そうなの?」
ミーガンは意外だと言わんばかりに目を見開く。
「アレシア様は、もちろん厳しい側面もお持ちでいらっしゃいましたが、信用に足る行動であれば、常に尊重してくださいましたので、私の仕事に口を挟むことなんてほとんどなかったんですよ。ですが、今思えば急に、どうしてそんなことを仰られたのだろうと」




