栓
ミーガンはケナードと連れ立って、足早に歩く。
「すみません、せっかくご友人との時間を過ごされていたというのに」
ケナードが申し訳なさそうに呟いた。
「いえ。それよりも、一体何があったの?」
ケナードは周囲を見回した。
「……ここでは言いにくいので、後ほど詳しく話します。ただその前に――私の方から一つ伺ってもよろしいですか?」
「ええ。何かしら?」
ケナードがチラリとこちらを見たのがわかった。
「先ほどあの席にいた男性はどなたです?」
「ランス・アレンワーズ卿ですけど、何かあったかしら?」
「ああ、あの方が」
ケナードは合点がいったように頷いているのだが、ミーガンにはさっぱり理解ができない。
「お茶会はカリナ様に誘われて、二人でって最初は聞いていたのだけど、途中であの方がいらしたのね。カリナ様とは懇意にしているようなの」
「そうでしたか」
ケナードは興味深そうに頷く。あまり他者に対して、関心がないのだと思っていたから、こんなふうに質問するケナードは珍しいと感じた。
「どうかしたの?」
「いえ――ただ時々、伯爵家での書類仕事の中にアレンワーズ卿のお名前を拝見させていただくことがあったので、国の中枢を担う方だと認識はしておりましたが、あの方だったんですね」
ケナードの言葉を聞いて、彼が茶会の席に居た、貴族に興味を示した意味がわかった。ミーガンだって、例えば教科書に名前が掲載された人物が目の前に現れたとしたなら、この人なのかと同じように思うだろう。ただ、引っかかるのは、ケナードがアレンワーズ卿を妙に知っているような口ぶりであるということ。
「ケナード」
「はい?」
「カリナの、マックイン侯爵の屋敷に来る前にどちらかに行かれた?」
不意にミーガンはカリナと一緒の馬車からケナードらしき人影を見たことを思い出す。
「いえ。王都に到着してから、まっすぐに学園に向かって、それからこちらに来たのでそれ以外はどこにも」
「……そう」
ミーガンはそう答えたが、もやもやした気持ちが残った。もしかしたらミーガンの見間違いだったのかもしれないと思ったが、ケナードの髪の色はそうそうない色だから、見間違えるはずがないと思う。だけど、それを問い詰めたところで何になるのだろう。
ふと伯爵家で、桃色の髪がタブーだと言いかけた使用人の話を思い出す。ミーガンにはその意味はわからなかったが、もしかしたらカリナなら何かを知っていたかもしれないと思って、せっかくなら聞いてみたらよかったと後悔の念にかられる。それと同時に、ケナードがとてつもなく遠い人に感じた。小さい頃から知っていた、家族と同じくらい身近にいた人なのに、彼のことを何一つ知らないのだとも思ってしまう。
ケナードは侯爵家の前に馬車を用意していた。
「どうぞ」
ミーガンはケナードの手をとって馬車に乗り込み、駅へと急ぐ。
⭐︎
「それで、ケナードがここまで来たのはどういうことなの?」
列車の個室席に乗り込んだところで、ミーガンは再度その質問を投げかける。
「アレシア様が亡くなりました」
「アレシア様が? ……どうして?」
ケナードに対しての疑念は一瞬で去り、驚くことしかできない。
「影華の君で」
「…………本当に亡くなったの? だって、王都にはアレシア様のことは何も」
アレシアの生家はそれなりの地位がある家柄だ。嫁いだとはいえ、その家の娘が亡くなったとなれば、王都の方にもそのニュースは流れてくるだろうと思ったのだが、ミーガンはまだその話を聞いていない。
「じきに王都にも伝わるでしょう。ただ、そうなるとお嬢様お一人で様々対応しなければならなくなるとお辛いでしょうから、少し情報を遅らせています。私たちが伯爵家に到着する頃に、王都にも訃報が届くでしょう」
ケナードの言葉を聞きながらも、ミーガンの気持ちが沈む。もし、自分があのまま屋敷に留まっていたなら、アレシアが命を落とさずに済んだのではないか。もっと何かできることはなかったのかと、そんな考え達に攻め立てられる。
犯人を捕えると息巻いたのは自分ではなかったか。なのにまた、こんなことになるなんて。
「お嬢様」
「はい」
ケナードの呼びかけに、ビクッとして顔を上げる。
「お嬢様が悪いわけではありません。あまり気を落とされないよう」
彼にはミーガンの心情などお見通しのようだった。
「ありがとう。順を追って話を聞きたいわ。あれから、私が学園に戻ってから伯爵家で何があったのか」
ケナードは居住まいを正すと、咳払いをして話を始める。
「まず、お嬢様がいなくなった後の屋敷の様子から順を追って、説明しますと」
「ミゲルはもちろん良くなったのよね?」
ミーガンはケナードの話を遮り、一番聞きたかった疑問を投げかけた。
「はい。目を覚ましてからの回復は目覚ましいもので、現在は以前と変わらない生活をしております」
「よかった」
その言葉だけで、ほっとした気持ちになったのは言うまでもない。
「ミゲルは影華の君の毒について、犯人は誰だとか、何か言っていた?」
目を覚ませば、何か違和感などに気づいていて、犯人への手がかりを聞けるのではないかと思っていた。小さなことでも。もしかしたら、その小さなことがおそらく、今回の事件の核心に迫るだろうと。
「それがさっぱりわからないと」
「え? 何も? 本当に?」
「はい。私も、ミゲル様が目を覚まされてから、確認しました。しかし、不審に思った点はなく、何の疑念も抱かずに、ワインを飲んだと」
「デキャンタを用意したのは?」
「ミゲル様自身だそうです」
「ミゲルが?」
「はい。実はそのあたりのことはキッチンにいた使用人から確認が取れております。ミゲル様自身がキッチンに地下貯蔵庫からワインのボトルを持ってこられて、ミゲル様が選んだデキャンタとグラスで――何でも、ランディ様との弔いのためのお酒であるから、ご自身で全て選んで用意したのだと周囲に話していらしたそうです」
「ワインボトルの栓が開いていた……なんてことはないのよね?」
「ボトルの栓を開けたのは、使用人だったのですが、ワインが年代物で、開けるのにかなり難儀したと話していましたから、事前に混入したというのは考えられないかと」
「じゃあ、影華の君の毒は、魔法のようにミゲルが持っていたデキャンタに入ったということなの?」
ミーガンは自分で言葉にして、そんなことが現実的にあり得るのだろうかと思ってしまう。
「屋敷中の使用人に当時のことを確認しましたが、もちろん誰も影華の君の毒が混入されたような異変を感じるものはいませんでした。そして、あの独特の香りを嗅いだものもおりません」
「じゃあ…………」
デキャンタに毒を混入できるとしたら、ランディが?
口元までその言葉が出かかって、言えなかった。言葉にしたならそれが現実になってしまうようなそんな気がして。
しかし、本当にランディが?
ミゲルを殺害しようとする理由なんてあるだろうか。
ユーラを殺害しようとする理由があるだろうか。
いつものミーガンなら、ないと。断言するだろう。しかし、今はそうはっきりと言えない。目の前にいる、ケナードだって彼の全ての事柄をミーガンは知っている訳ではない。だから、ランディだって、もしかしたら…………
「ともかく、続きをお話しします」
ケナードの言葉を聞いて。違うとはっきりと心に思う。だって、ランディがアレシアを殺害するはずない。
「ええ、話して」
ミーガンは迷いなくその言葉を口にした。




