学園
「ねえ、ミーガンはどんな殿方が理想なの?」
学園で一番の友人とも言えるカリナは最後のホームルームが終わると、ミーガンの隣に座り、不意に聞いてくるので、ミーガンは首を傾げた。
「考えたこともないわ。急にどうして?」
授業で配られたプリントを揃え、しまいながら、そう答えた。自身の結婚について希望を持ったことはない。伯爵から言われれば、その言われた人と婚姻するまでだと思っていた。だけど、ギャレットのことを思い出すと、両肩に重みがのしかかる。
「なんとなく。だってミーガン、学園に入ってから浮いた話なんて一つもないじゃない?」
「学園は勉強するところだし」
「まあ、真面目なのはいいけれど、そうじゃない人もたくさんいるわよ」
カリナの言う通りだ。貴族の子息令嬢が奥ゆかしい存在なのかとミーガンは認識していたのだが、この学園に入って気がついたことは、わりと皆、積極的だということ。
「じゃあ、カリナは?」
「私はね、優しくて私のことをきちんと想ってくれる人がいいわ」
「それはアレンワーズ卿のことを指していらっしゃるのですか?」
「いえ、そんな」
卿の名前を出すとキラキラと透ける金の髪を揺らし、白い肌を染めるカリナは女のミーガンから見ても可憐だった。
ランス・アレンワーズ卿。
この国に三家しかない公爵家のうち、一つの家柄で、その家格に相応しい国政を担っている。現公爵はランスの父だが、彼も次期公爵として、学園を飛び級で卒業し、もう国政の仕事に関わっている。年齢はミーガンやカリナとそう変わらないのだが、ミーガンたちが学園に入学した時点では、最終学年で、卒業間近であった。通称、氷の貴公子とも言われ、仕事の際は無表情から鋭い命令を繰り出し、側近を戦慄させているという噂を耳にする。
カリナから時々、呼ばれたお茶会にアレンワーズ卿が来ることがあるのだが、その時に見せる彼の表情は、その通称からは想像もできないほどで、カリナにとってのアレンワーズ卿が優しい人の代表格になるのも頷ける。
「確かに、幼い頃からずっと変わらずいてくれる人ですけれど」
カリナの話では、幼馴染だったので幼い頃からよく二人で遊んでいたそうだ。大切なことだからもう一度言う。二人でだ。
婚約者ではないとカリナは言うのだが、ミーガンの予想では、公にはしていないだけで、家同士ではそれなりに話が進んでいるのではないかと思っている。公にしないのは、恐らくカリナが学園の生徒だからではないだろうか。
カリナは薄く染まった頬に手を当てて、目を閉じた後、手を離しミーガンを見る。その時には、もういつものカリナの表情に戻っていた。
「ねえ、ミーガン。今日の放課後は予定あるかしら?」
「いいえ、特には」
授業はこれで終わりだ。寄宿舎に戻る前に、図書館で自習をしてから帰ろうと思っていたくらい。
「じゃあ、私の家でお茶会をしない? お客様はミーガンだけなのだけど……ちょっと珍しい茶葉が手に入ったの。だから誘いたいと思っていて。どうかしら?」
「もちろん。伺うわ」
カリナの優しい言葉に釣られて笑顔になった。
最近はカンニガム伯爵家で様々な事件が起こり、学園と生家を往復してばかりで、カリナは何度か誘おうとしてくれていたのは知っていたが、応じるだけの時間も余裕もなかったのだ。そう考えてまたカンニガム家のことを思い出すと笑顔が薄れてしまう。
「もうすぐ、我が家の馬車がやってくるから行きましょう」
「え、でも手土産も何も持っていないわ。だから、後から」
「そんなの要らないわ。ミーガン、お家のことで色々大変だったのも知っているの。だからそんなことは気にしないで。さ、行きましょう」
カリナはキッパリとそう言う。ここでゴリ押しするのもよくないと判断し、
「じゃあ、お言葉に甘えて」
ミーガンはそう言って、カリナの後について学園を出ると、彼女の家の馬車に同乗した。
こうやってお茶会に誘われ、何度かマックイン侯爵家の屋敷を訪れたことがあるため、馬車で待機していたカリナ付きの侍女や、御者とは顔見知りだ。皆、ミーガンに対して好意的であるため、あれこれ気を遣ってくれるのだ。もしかして、カンニガムの屋敷にいるときよりも居心地がいいのではないかと思われるほど。そう思った時、やはりミーガン自身、疲れているのかもしれないと感じる。だから今日は友人の優しさに甘えようと、正面に座るカリナに微笑んでから、窓の外に目をやった。
「ん?」
思わず声が漏れた。
「どうされたのですか?」
「いえ」
ミーガンは目をぱちくりとさせた。
先ほど、見慣れた桃色の髪が視界に入ったような気がしたのだが、瞬きをするともう見えなくなった。
「ううん。知り合いに似ている人を見かけたような気がしたのだけど、気のせいだったみたい」
ミーガンはそう言って、笑うとカリナも微笑んでくれた。
もう一度、窓の外を見てみるが、やはりいない。自分の見間違いだったのだと思い、小さく息を吐く。
「ミーガンは」
「ん?」
窓の外から視線を外し、カリナを見た。
「ミーガンは、もし何も自分を制約するものが何もないとしたなら、どんな未来を選びたいと思いますか?」
カリナの不思議な問いかけに、ミーガンは首を傾げた。
「考えたこともないわ」
一応は考えを巡らせてみたものの、何も思いつかなかったというのが本当の答えではあったけれど。
「私は、世界を旅したいと思っています。もっと色々なものを見聞きして、知ってみたいと思うのです」
カリナの生き生きとした言葉に、ミーガンはふっと心の中が色付くような何かを感じたが、すぐにその色は消える。
「素敵ですね」
「ミーガンも、考えてみてください。もし、身分とか色々なことが何もなかったら、本当はなにがしたいか。そして、もし見つかったら教えてください」
「わかったわ」
カリナの優しげな微笑みに、ミーガンも笑顔になって頷いた。




