苛立ち
「ランディ様もすぐに吐き出したとは言え、口に含んだことは事実です。現在、症状はなくとも、体調が急変することがあればすぐに、仰ってください。せめて、一日ほどは安静に」
医師の有無を言わせない、圧力を感じる言い方に、ミーガンは同意の意思を示し、ランディの言葉を待った。
「わかった」
と、ランディは頷く。その場に居た誰もが、ランディはそれ以外の言葉を言うはずはないだろうと、彼の性格から感じていたと思うが、それでもミーガンとしては兄のことも心配だった。ケナードはすぐに、ランディの隣に行くと、
「部屋までご一緒します」
と、申し出る。
ミゲルのことに気を取られ、気がつけていなかったのだが、ランディの顔色は悪く、疲れ切っているように見えた。それは、一度死の淵に行く可能性があったことに対する恐怖か。それとも医者が懸念するように、影華の君の毒がわずかな量ではあっても、体内にまだ残存しており悪影響を及ぼしているからか。
「お兄様、何かあればすぐに」
どちらにしろ、ランディには安静と休息が必要だとミーガンも感じ悲痛な声をかけるのだが、言ってからすぐにもっと明るい声で言えなかったのかと後悔する。ランディの方が、辛いはずなのに、ミーガンに対して、悲しそうなそれでいて心配そうな表情を見せるから。
「うん。ミーガンも帰って来たばかりで疲れているはずなのだから、今は何も考えず、しっかり休むように」
心配するべきは、ランディの方なのに逆にミーガンの方が心配されてしまった。
ケナードがランディを支える格好で二人は廊下の向こう側に向かう。ミーガンは二人の後ろ姿を見送っていると、隣にいた医者から、
「お嬢様もランディ様が仰られたように、しっかりとお休みください。お嬢様の身に何もないとは言え、屋敷の中で、葬式や病人が出ているのですから、その心労も計り知れません」
「ありがとう。貴方も」
医者はキリッとした表情を保ってはいるものの、年齢には敵わないと見える。本当に一瞬、緊張が緩むと疲れ切った表情を見せるので、ミーガンも思わずそう声をかけたのだが、ミゲルが目を覚ますまでは、そうも言っていられませんと言って、部屋の中に戻っていった。
一人、残されたミーガンは息を吐く。部屋に戻る前に、ある人物を探しに歩き始める。
ギャレットだ。
ケナードたちの言葉が心に引っかかっていた。
先日、屋敷に戻った際、確かにギャレットは妙に何かを仄めかした言動や態度を見せることはあった。だけど、ただそれだけで、二人の仲が深まったことも親密になったこともない。ミーガンの中ではギャレットとの関係性も距離感も、何も変わらないのにどうしてこんなことになっているのか。
モヤモヤ考えるよりも、本人に聞くのが一番手っ取り早いと思い、彼を探して屋敷の中を彷徨うのだが、見当たらない。
さっきの様子からリディアと一緒にいるのだろうかと思って、彼女の姿も探してみるのだが、やはり見当たらない。
歩いているとギャレットはどうしてミーガンとの仲を自ら広めたのかと、疑問に思われて来た――カンニガム家の一員に滑り込もうとしているのでしょうね。と、いつかのエイブリルの言葉が思い出される。彼女は時々、鋭い発言をするのだ。
兎にも角にも本人に確認するのが一番だと思い、一生懸命に探しているのだが見つからない。庭の方にいるのかもしれないと思い、外に出た。
屋敷の東側。花が生けられた大きな水を張った水盤の近くで抱き合う二人の男女が月明かりにボヤッと映る。そのシルエットから、ギャレットとリディアの二人だとわかった。
ギャレットはミーガンに対して背を向けているので、その表情は見えないが、リディアはこちらを向いていた。ミーガンと目が合うと、あろうことかニヤリと笑みを浮かべた。ミーガンは彼女の表情に我が目を疑った。自身の母親が亡くなった直後だというのに、そんな笑みが浮かべられるものだろうかと。リディアはギャレットに対して何かを囁く。二人してミーガンを見た。その時のギャレットの表情といったら、驚きと困惑と、決まりの悪い歯痒さを孕んでいた。
「ミーガン」
「ごめんなさい。取り込んでいるところ。少しだけ聞きたいことがあって」
「ミーガン……」
ギャレットは何かを言おうとしていたが、ミーガンはその隙を与えず、言葉を続ける。
「どうしてあんな噂を広めたの?」
「え?」
「根も葉もない話。私たちがいかにも婚約をしてるようなことを」
「君は僕のことをずっと想ってくれていたじゃないか」
「え?」
今度はミーガンの方が驚く番だった。
「だって、きみはいつも僕のことをこまごま気にかけてくれていただろう?」
「怪我をしている人を気に掛けるのはあたり前のことよ」
「それだけじゃない。僕が領地にいる時も、伯爵家からわざわざ君が書面を書いて送ってくれたことが多くあった」
ギャレットの言葉にミーガンは困惑するばかりだった。彼の言葉の意味が全く持ってわからなかったのだが、思考を最大限に働かせ、もしかして、伯爵家からの定期連絡の書類について言っているのだろうかと理解する。
「伯爵様から領地経営の学びの一環として、書簡をしたためたことはありました。しかし、それはジブソン領だけではなく、他の領地にもですし。私が勝手に送ったのではなく、伯爵様から指示があって行ったことですから」
ギャレットは一瞬、目を大きく見開いただけだった。ミーガンの言葉に答えたのはリディアの方だ。
「私はジブソン領にいる時からずっとギャレット様をお側で見てまいりました。ジブソン領は北方戦線の要とも言える場所です。ですから、年中様々な小競り合いも含めて、戦が起こります。その度に民も領地もすり減るような思いで、ギャレット様がどんなお気持ちをされていたか私は胸の痛くなる思いでした。そんな中でギャレット様は義姉様から来た書簡を大切そうに眺めておりました。なのに、義姉様はそんな風におっしゃるのですか? 傷心のギャレット様に対して」
リディアはミーガンを悪者にし、怒らせるような言い方をする。一瞬、その口車にのせられそうになったが、冷静に冷静にと息を吐く。恐らくリディアはあえてそういった言い方をしているんだと。
「悪く言うつもりはなかったわ。ただ事実を言ったまでよ。そう聞こえてしまったのならごめんなさい」
ミーガンはあくまでも冷静だった。まだ呆然としていたギャレットの腕を掴んだリディアは、
「ギャレット様、お気になさらずに。義姉様は貴方と一緒にいる私のことが気に食わない。ただ、それだけなのです。だから、わざと貴方の気を引くような物言いをするのですわ」
リディアの言葉にギャレットは自分自身を取り戻したような表情を見せる。
「そうか、そうか……ミーガン、君も知っての通り、リディアは今、家族を亡くしてひどく傷ついている。しかもカンニガムの家に来たばかりでとても辛い気持ちでいるんだ。僕は同郷だから、彼女は僕を頼りやすい。ただそれだけなんだよ。君だって両親を亡くしているから、その気持ちはわかるだろう?」
「私が言いたいのはそこじゃない。どうして……」
ギャレットのミーガンのことをまるでわかっているとでも言いたげな物言いに不快な気持ちしか感じない。彼にミーガンの何がわかると言うのだろう。そして、もし本当にギャレットと婚姻するとなったら、こんなにも話の噛み合わない人とこの先の人生を一緒に過ごさなければならないのかと思うと、頭が痛くなる。
「…………もういいわ」
言いかけてやめた。これ以上、何を言っても無意味だと思ってしまった。
なんだか全てがどうでも良くなって、トボトボと一人、部屋に向かう。後ろでギャレットが何かを言っていたような気もしたが、そこまで気が回らなかった。
部屋に戻ると、ベッドに身を投げる。
とめどなく涙が溢れてきた。




