表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時間よ止まれ、俺は寝る!――追放参謀、廃校騎士学校と迷宮の町を立て直す――  作者: 乾為天女


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/28

第26話 教室から始まった反撃

 地下講堂は、学校の底に沈んだ教室だった。

 階段状に石机が並び、正面の黒板代わりの壁面には、消えかけた白墨線が幾重にも残っている。封印術式、迷宮層の断面図、時間同期の注意書き。かつてここで講義を受けた者たちが何を学んでいたのか、今なら分かった。

 白銀騎士学校は騎士を育てるだけの場所ではなかった。

 町を守る仕組みそのものを、受け継ぐ場所だったのだ。


 講堂中央の石卓には、封鎖教室から運び出した設計図と、クヌーティラが押収した調査記録を広げられるだけの広さがあった。

 ジェシーはすぐに紙を並べる。

 「旧講義録、主機構設計図、地下監督回廊の保守記録、去年までの迷宮脈動表」

 カトリーナも診療録用の板を裏返し、空いた面へメモを取る姿勢になった。

 ズドラフコヴィチは工具袋を石卓へ置き、崩落時にどこが持つか、どこから先は危ないかを石片で示していく。

 キンバリーは講堂入口の見張りに立ちながら、必要な道具を走って取りに行ける距離感を頭へ入れていた。


 アルシャールは石卓の前へ立つ。

 眠気は重い。

 だが頭だけは妙に冴えている。

 こういう時のために、参謀は倒れる前に考える。


 「核を砕くだけじゃ駄目だ」

 彼は設計図の一点を指した。

 「迷宮核は主機構と噛み合っている。力任せに割れば、止めてる時間が戻る瞬間に全部が跳ね返る」

 ジェシーが頷く。

 「順番がいる。同期を外して、負荷を逃がして、それから殻を割る」

 「殻?」

 キンバリーが聞き返す。

 クヌーティラが記録紙を一枚抜き出した。

 「迷宮核は鉱物殻と時間層の二重構造。旧記録ではそう書いてある。外側は石工道具で割れるが、内側は音を合わせないと弾くそうだ」

 「面倒だな」

 ズドラフコヴィチが鼻を鳴らす。

 「だから学校が要るんだよ」

 クヌーティラは苦笑した。


 アルシャールは黒板壁に残る古い講義図へ目を留める。

 そこには、円を三つに分けた単純な図とともに、短い文が残っていた。

 『止めるな。ずらせ。受けるな。流せ。ひとりで持つな。手順に渡せ』

 掠れた字だ。

 けれどその言葉は、ここまで自分がやってきたことと同じだった。


 「これだ」

 彼は言った。

 「核を止めるんじゃない。主機構との噛み合いを半拍ずらして、負荷を講堂側へ逃がす」

 ジェシーがすぐに補う。

 「副針共鳴を逆向きに使う」

 カトリーナが記録へ書く。

 ズドラフコヴィチは石片を三つ並べた。

 「なら、逃がした衝撃は俺が受ける壁へ寄せる。講堂北側の控え壁なら持つ」

 キンバリーが入口から顔を出す。

 「で、誰が何するの」

 アルシャールは一人ずつ見る。

 ここから先は、作戦本部だ。


 「ジェシーは副針合わせ。俺と一緒に監督回廊へ入る」

 「うん」

 「ズドラフコヴィチは講堂北壁の補強。衝撃が逃げた瞬間、二段目の支柱を落とせ」

 「分かった」

 「キンバリーは走者。工具、油、縄、布、水。必要になったものを最短で運ぶ」

 「いちばん得意」

 「カトリーナは時間が戻った瞬間の負傷対応。それと、俺が倒れたら優先順位を決めろ」

 「倒れる前提で話さないで」

 「前提じゃない。備えだ」

 カトリーナは睨んだが、頷いた。

 「クヌーティラは書類と封鎖扉。バルディエンが逃げ込む道を塞げ」

 「任せて。証拠も本人も、両方逃がさない」


 手順が決まると、空気が変わった。

 怖さは消えない。だが怖さの置き場が定まると、人は動ける。


 監督回廊の先は、銀青色の光で満ちていた。

 迷宮核は人の背丈を超える鉱塊で、無数の細い脈が根のように床と壁へ伸びている。その拍動だけが、この停止世界でもなおわずかに動いていた。完全停止を拒む心臓みたいに、気味が悪い。

 核の手前には古い制御輪があり、その中心に主機構と同系統の針受けが見える。

 ジェシーが息を呑む。

 「ここだ」

 アルシャールは頷き、懐から小さな懐中時計を出した。封鎖教室で再び見つけた、戦場の遺物だ。

 主機構との系譜が同じなら、最後のずらしに使える。

 そのために、ずっと捨てずにいた。


 「まだ持ってたの」

 ジェシーが見る。

 「捨てたら負けな気がした」

 「負けず嫌い」

 「今ごろ気づいたか」

 ほんの少しだけ、笑う余裕が戻った。


 作業は一気だった。

 ジェシーが副針部品を制御輪へ差し込み、銀線の共鳴を整える。

 アルシャールは懐中時計を核の拍動へ合わせ、半拍遅らせる瞬間を待つ。

 講堂ではズドラフコヴィチが支柱へ楔を打ち込み、キンバリーが油差しと布を走って運び、カトリーナが担架と包帯を開き、クヌーティラが扉の閂と文書袋を確認する。

 授業で身につけたこと、修理で覚えたこと、診療所で積み上げた手順、食堂で鍛えた足、帳簿で拾った不正、社交場で得た繋がり。全部が一度に働いていた。


 「今」

 ジェシーが叫ぶ。

 アルシャールは懐中時計の蓋を開き、核の表面へ叩きつけるように当てた。

 銀青の拍動が一瞬だけずれる。

 その瞬間、ズドラフコヴィチが北壁の支柱を落とした。逃がされた衝撃が講堂側へ走り、キンバリーが投げた縄でジェシーの腰を支え、カトリーナが倒れかけた石灯を蹴って避け、クヌーティラが封鎖扉を半分閉めて逆流を防ぐ。


 核の外殻に、一本の亀裂が入った。


 「まだ!」

 ジェシーの声。

 アルシャールは眠気で揺れる頭を無理やり前へ押し出す。

 もう一度、半拍ずらす。

 今度は懐中時計の針がばきりと折れた。

 代わりに核の亀裂が蜘蛛の巣みたいに広がる。

 銀青の光が講堂へ溢れ、全員の影を壁へ叩きつけた。


 「アルシャール!」

 ジェシーが叫ぶ。

 「最後だ!」

 彼は返す。

 「ズドラフコヴィチ!」

 「おう!」

 石工槌が振り上げられる。

 ただの力任せではない。石の目を読み、割れる筋へ最小の衝撃を入れる打ち方だ。授業で若者へ何度も見せた、あの正確な一撃。

 槌が核へ落ちる。


 甲高い破裂音が地下講堂いっぱいに走った。


 外殻が砕け、内側の時間層が白い霧となって散る。

 主機構との噛み合いが外れ、停止世界の奥でずっと鳴っていた唸りが、すうっと弱くなった。

 迷宮核は、もう脈打っていない。


 次の瞬間、町の時間が戻り始めた。

 風が一気に吹き抜け、空中に止まっていた砂が落ち、遠くで人々の悲鳴と鐘のない鐘楼の軋みが重なる。

 だが今度の音は、終わりの音ではなかった。

 止まっていた朝が、先へ進む音だった。


 アルシャールの膝が折れる。

 ジェシーが飛び込んで支えたが、重さは隠せない。

 カトリーナがすぐに駆け寄る。

 「担架!」

 キンバリーが走る。

 ズドラフコヴィチは崩れ始めた回廊へ最後の支えを入れ、クヌーティラは砕けた核の破片を証拠袋へ拾い上げた。


 教室から始まった反撃は、ここで勝ちになった。

 学ぶための場所だった地下講堂で、町を守る手順が最後まで働いたのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ