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時間よ止まれ、俺は寝る!――追放参謀、廃校騎士学校と迷宮の町を立て直す――  作者: 乾為天女


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23/28

第23話 差し押さえ当日

 差し押さえの当日は、空がやけに高かった。

 朝の風は冷たいのに、陽射しだけは明るい。そんな日に限って、嫌な客は目立つ。

 白銀騎士学校の正門前へ、バルディエン家の紋章をつけた馬車と兵が現れたのは、鐘のない朝としてはずいぶんきっちりした時刻だった。


 先頭の馬から降りた男は、整えすぎた髭を撫でながら校舎を見上げる。

 バルディエン本人だ。

 噂どおり、笑っていないのに笑って見える顔をしていた。


 「さて」

 彼は手袋を外し、書状を掲げる。

 「長く放置されていた不良資産を、ようやく整理できる日が来たわけだ」

 その声はよく通った。

 わざと校舎だけでなく、町の人間にも聞かせるための声だ。


 だが正門の内側には、彼が思っていたのとは違う景色が並んでいた。


 東棟前にはカトリーナと診療所の手伝いたちが、負傷者搬送用の台車を整えている。

 食堂前ではキンバリーが売店窓を開け、元兵士たちが鍋を運んでいた。

 訓練場跡ではズドラフコヴィチが若者へ合図し、補修用の材木を柵のように組み替えさせている。

 講習室の窓には、読み書きの授業を受けていた子どもたちまで顔を出していた。

 そして中央塔の階段口にはジェシーが立ち、帳簿と封書を抱えたまま一歩も引かない。


 アルシャールは校舎の玄関から出る。

 上着は質素だが、姿勢だけで十分だった。

 「用件は分かっている」

 「話が早くて助かる」

 バルディエンは書状を差し出した。

 「債務不履行に伴う接収手続きだ。建物、周辺地、地下権益を含む」

 アルシャールは書状を受け取らない。

 代わりに言う。

 「異議申立書は昨日提出済みだ」

 「受理前だろう」

 「控えはある」

 後ろからジェシーが一歩前へ出て、書類束を掲げた。

 乾いた風が端を鳴らす。

 「燃料費の不正流用、修繕費の迂回抜き、寄付金転送、旧支援家系への虚偽報告。全部、日付と印付き」

 バルディエンの目がわずかに細くなった。


 「面白い」

 彼は笑みを崩さない。

 「だが書類があることと、今ここを守れることは別問題だ」

 合図と同時に、後ろの兵が前へ出ようとした。


 その瞬間、材木が地面へ落ちる乾いた音が響く。

 ズドラフコヴィチたちが、朝のうちに組んでいた仮設柵を正門の内側へ滑らせたのだ。戦うためではない。馬が一気に踏み込めない角度と幅へ、通路を変えたのである。

 同時に食堂側からは湯気の立つ鍋が運ばれ、待機していた住民へ温かい汁が配られ始める。誰も散らない。腹が満ちているほうが人は踏ん張る。


 キンバリーが大声で言う。

 「食堂利用者は右に寄って! 鍋ひっくり返したら損害請求するから!」

 緊張を割るには十分な声だった。

 元兵士たちが噴き出し、その笑いが思いのほか効く。兵の側だけが妙に肩に力を入れたままになる。


 クヌーティラはゆっくり前へ歩み出た。

 今日は珍しく派手な上着を着ている。

 つまり、見せるためだ。

 「旧支援家系の名代として申し上げる。白銀騎士学校はすでに再稼働している。差し押さえ対象ではなく、公益機能を持つ施設として保全請求を出した」

 「没落家の請求に価値が?」

 バルディエンが鼻で笑う。

 「価値なら昨夜の署名で補ったよ」

 クヌーティラは懐から誓約書の写しを見せた。

 「商人組合、薬種問屋、鍛冶師頭、旧支援家系。全部そろっている」


 バルディエンの笑みが、そこで初めて少しだけ薄くなった。


 正門の外と内で、空気が変わる。

 ここはもう、崩れた古い建物ではない。

 教室があり、食堂があり、診療室があり、働き口がある場所だと、そこへ立つ一人ひとりが身体で示していた。


 だがバルディエンは引かなかった。

 むしろ静かに言う。

 「なら、もう一つ整理しよう」

 彼が視線を向けたのは中央塔ではなく、校舎の地下へ続く石造りの排気口だった。

 「君たちは、あれが本当に町を守っていると思っているのか」


 アルシャールの背中に冷たいものが走る。

 次の瞬間、地面が微かに震えた。


 最初は誰も気のせいだと思った。

 だが二度目の震えで、食堂の窓硝子が鳴り、東棟の壁から砂が落ちる。中央塔の止まった針が、動いていないのに金属音だけを返した。

 地下だ。

 迷宮核に、何かした。


 「何をした」

 アルシャールが低く問う。

 バルディエンは手袋をはめ直す。

 「私は何も。放置されていたものが、少し早く限界を迎えるだけだ」

 兵の何人かが顔色を変えた。つまり、全員へ話していたわけではない。

 引き際を残した自分だけが、最初から分かっていた顔だ。


 ジェシーが叫ぶ。

 「主機構へ!」

 ズドラフコヴィチは若者たちへ向けて怒鳴った。

 「北棟の支え木を回せ! 東棟は人を入れるな!」

 カトリーナは即座に診療所組へ指示を飛ばす。

 キンバリーは子どもを講習室へ押し戻しながら、売店窓を叩き閉めた。


 差し押さえの朝は、そのまま崩壊の朝へ変わる。

 バルディエンが後ろへ下がるのを見て、アルシャールは追うのをやめた。

 今は敵を捕まえるより、町を落とさないほうが先だ。


 中央塔へ走る途中、彼は思う。

 ここまで来た。

 誰も持ち場を間違えずに動いている。

 なら、最後に必要なのは、覚悟だけだ。



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