第22話 晩餐の逆転劇
支援を得るための晩餐は、町でいちばん立派だった空き宿を借りて開かれた。
かつて商隊の定宿だったという大広間は、今では椅子の数も足りず、窓辺の布も色褪せている。だがクヌーティラは入った瞬間に言った。
「豪華さでは勝てない。ならば、手際と中身で勝つ」
その一言で空気が決まった。
呼ばれたのは近隣の商人、職人頭、小領主の代理、寄付に慎重な旧支援家系の者たちだ。
白銀騎士学校へ金や資材を入れる価値があるか、腹の中で秤にかけに来ている顔ばかりだった。
アルシャールは昼から食堂に籠もっていた。
大皿料理ではない。むしろ逆だ。
片手でつまめて、冷めても味が落ちにくく、会話の邪魔をしないものを並べる。
燻し芋の薄切りに香草塩を振ったもの。肉皮せんべいに辛味油を一滴落としたもの。干し豆を三種の味で和えたもの。迷宮浅層の薬草を刻んだ白いソース。安価だが、手をかければ印象に残るものばかりだ。
キンバリーが皿を拭きながら笑う。
「酒飲めない人の発想じゃないんだよなあ」
「だから飲まない側の速度で考えられる」
アルシャールは包丁を置かずに答えた。
「口に入れて、話して、もう一つ取るまでが早いほうが勝ちだ」
「怖い。つまみ理論が怖い」
「今夜はそれで資材を取る」
その言い方に、キンバリーは楽しそうに頷いた。
ジェシーは会場側で帳簿台を整え、寄付誓約の書式を用意していた。
晩餐で気分がよくなった相手は、その場なら判を押す。翌朝まで待つと半分は冷静になる。そういう冷たさを彼女はよく知っている。
クヌーティラは入口で客を迎え、相手の肩書きと癖を小声で伝えてきた。
「毛織物商は見栄っ張りだが計算に弱い。薬種問屋は逆。あの夫人は味より清潔さを見る」
「全部覚えてるのか」
「社交の学校では最初に習う」
「嫌な学校だな」
「実に役立つ学校だよ」
晩餐が始まると、最初の数十分は案の定、空気が硬かった。
「辺境の学校再建に、どれほどの見返りが?」
「迷宮が荒れている土地へ資材を送るのは危険では?」
「そもそも差し押さえ寸前の建物だと聞くが」
質問はどれももっともだ。
もっともだからこそ、曖昧に答えれば終わる。
アルシャールはひとつずつ返した。
迷宮浅層の安全地帯がどこまで確保されたか。
食堂売上が何日で暖房費の何割を埋めたか。
石工補修で若者何人が継続就労へ移ったか。
数字と段取りで話すと、鼻で笑っていた客の視線が少しずつ変わる。
そこへ料理が入った。
大仰な銀蓋ではない。木皿に小さく盛られたつまみが、温度の順に運ばれていく。
最初に軽く、次に香りを立て、最後に温かい一皿で締める。飲み過ぎさせる晩餐ではなく、もう少し話を聞かせるための流れだ。
薬種問屋の主人が、燻し芋を一口食べて眉を上げた。
「これは」
キンバリーが即座に答える。
「迷宮浅層の乾いた風で仕上げた芋です。今の学校なら安定して作れます」
少し盛っている。
だが嘘ではない。
白銀騎士学校が手を入れた保管庫だからこそ、この乾き具合が出せた。
別の卓では、肉皮せんべいを摘まんだ元支援家系の老人が、二枚目へ手を伸ばしていた。
「脂が軽いな」
「湯引きを二度しています」
アルシャールが答える。
「贅沢をしているわけではありません。無駄を減らしただけです」
老人は皿とアルシャールを見比べる。
「校舎も、そうやって立て直すのか」
「そうです。足りないものを嘆く前に、使えるものを使い切る」
その言葉へ、老人は静かに頷いた。
後半に入るころには、広間の空気はすっかり変わっていた。
酒の勢いではない。実務の匂いが相手へ伝わったときの、あの独特の熱だ。
クヌーティラが合図を送り、ジェシーが帳簿台を少し前へ出す。
今だ、とアルシャールにも分かった。
「白銀騎士学校は、昔の看板を買ってほしいわけではありません」
アルシャールは広間の中央で言った。
「今ここで動いている、食堂、教室、診療室、迷宮対策の流れに金と物を入れてほしい。入れれば、返します。利益だけではなく、人手と安全と、次の商いの場として」
誰も口を挟まない。
聞く価値がある話になったからだ。
「俺たちは立派な夢を売るつもりはない。明日も回る仕組みを売る」
最初に席を立ったのは、毛織物商だった。
彼は見栄っ張りらしく、皆の前で大きな声を出す。
「毛布二十枚、冬前に入れよう」
続いて薬種問屋が薬草乾燥棚の資材を、鍛冶師頭が釘と蝶番を、旧支援家系の老人が小口の銀貨を約した。
ジェシーの羽根筆が忙しく動く。
キンバリーは配膳のふりをしながら、誓約の多さに目を輝かせていた。
晩餐が終わるころ、机の上には資材目録と誓約書が山になっていた。
ジェシーが最後の署名を乾かしながら、小さく言う。
「取った」
アルシャールも息を吐く。
「ぎりぎりな」
「いいえ」
ジェシーは顔を上げた。
「勝った」
その言葉に、アルシャールはようやく肩の力を抜いた。
広間の隅ではクヌーティラが満足そうに杯を回し、キンバリーは残った肉皮せんべいを勝手につまみ食いしている。ズドラフコヴィチは搬出の順番まで考えていた。
帰り道、夜風の中でジェシーが誓約書の束を抱え直す。
「これで主機構の修復と防衛準備、間に合う」
「間に合わせる」
アルシャールが言うと、彼女は少しだけ笑った。
「さっきも似た顔してた」
「どんな顔だ」
「勝つ前にもう勝ち筋を見つけてる顔」
アルシャールは苦笑する。
「参謀だからな」
「知ってる」
白銀騎士学校へ戻る道の先で、止まった掛け時計が月を背に立っていた。
今夜集まった銀貨や釘や毛布は、それ自体は小さい。
だが小さいものが積み上がると、止まったものを動かすだけの力になる。
晩餐の勝負は、もう次の戦いへつながっていた。




