2 カルメ11歳【一目惚れなんです】
カヤロナの学校に留学が決まった私とイオは、バロッキー家の末っ子ラルゴ・バロッキーと一緒に学校の寮に入ることになった。
イオとラルゴはすでに何らかの絆が芽生えているようで、微笑ましい。
学校に行くことに不満はないが、陥落すべきアルノに、付きまとう時間が減ってしまうのが心配の種だった。学校に行っている間に、誰かに割って入られても困る。
姉はカヤロナに来て、すでにバロッキー家の一員として働いている。バロッキーから絶対的に必要とされている姉の在り方は私の理想だった。
バロッキー家での生活にも慣れ、入学を次の週に控えたある日、私は姉と一緒にイオとラルゴが庭を散歩するのを室内から眺めていた。二人で季節外れに咲いた花を見に行くらしい。
離れた場所からイオのブルネットを、こんなにゆったりと眺められたのは初めてだ。
私の横に座り直した姉からも、昔のような緊張感は感じられない。
少しの時間、二人を見送って、姉は少し表情を引き締めて私の方を向いた。
「カヤロナではあなた達の目を狙う変態はいないわ。万が一、マルスが追いかけてきても、私が守るから」
姉はここに来てもまだ、私たちを一番に気にかけてくれている。私たちの為に犠牲にした姉の青春は、もう帰って来ないのに。
迂闊な父は、姉が去った時、自分に宛てられた手紙を私に見せた。そこからは、姉の時間のすべてが私たちの未来に捧げられてきたことがうかがえた。
時間だけじゃない、命だって散らす覚悟で姉はここに来たのだ。
ここに来て、私たち双子は姉に報いるために決意を新たにした。イオも自分でできることを始めている。私だって動き出さないと。
これからは、自分達の庇護くらい自力で獲得しなければ。
そう思うのに、なかなか決心がつかず、私は何度も自分を奮い起こさなけれればならなかった。
「――姉さま、私、本当は、姉さまが隠れて働いていたのを知っています」
やっと言い出した時には声が掠れていた。姉は視線をあげて目を見開く。
「カルメ、知っていたの?」
「それが私たちの生活を守るためだとは知らなかったのですけれど……」
そう告げると、姉は複雑そうな顔をした。
ここから先を告げるのはもっと勇気が要った。これを言ってしまえば、私が本当は無垢で純粋な愛らしい妹ではなかった事がバレてしまう。
小賢しい振る舞いが知れれば、姉は私を警戒するかも……そう思うと一層怖くなった。
「姉さま――わたし、本当はそろばんが出来るんです」
「カルメ――?」
「姉さまは、自分では読む時間もないのに、私たちにたくさん本を用意してくれました。わたし、姉さまみたいになるつもりで、こっそり読み書きも、そろばんも出来るようにしたんです」
驚いたのだろう、姉は口元に手を当てて二の句を継げないでいる。
姉は私たちを溺愛していたけれど、私の擬態を見抜く時間がないほどに、忙しく働いていた。
私はイオを真似ていたけど、本当はイオほど優しくも愛らしくもない。好きなものへの興味関心などは真逆だと言ってもいいくらいだ。
「それで、一つお願いが――今、姉さまがアルノの仕事を手伝っているのでしょう? わたしに代わりをさせて欲しいの。アルノといる時間が欲しいんです――わたし、本当にアルノが好きなので」
言い切って両手で顔を覆う。どんな顔をしているのか姉に見られたくなかった。
「そうなの?!」
「はい、一目惚れなんです……」
大嘘だった。
本当は、イオを危険にしない強力な大人が欲しいだけ。
しかし、恋する乙女という肩書きは、姉を迅速に動かした。
私が週末にアルノの手伝いが出来るように、約束を取り付けるまで、そうはかからなかった。




