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カルメ・トーウェンの打算に満ちた求婚  作者: 砂山一座


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1 カルメ11歳 【幾久しく】

 カヤロナ国の南、シュロの国民は、皆一様(いちよう)褐色(かっしょく)の目をしている。

 南方の島国からトーウェン商会に嫁いできた母は、シュロの人々とは少し違う見た目をしていた。第一子である姉は母によく似た銅色の目で生まれ、私達双子は、母や姉よりもっと派手な色彩で生まれ、家族を驚かせた。

 私の目は孔雀石(くじゃくいし)、イオの目は瑠璃(るり)のよう――私たちは、商人たちに双子の宝石姫として賛美されるようになった。

 シュロ国では、珍しい目の色は幸運や商売運を運ぶものとして尊ばれている。それを理由に、姉に縁談を持ち込む豪商(ごうしょう)がいたくらいだ。

 私は、本能的にそういう人々の視線を恐ろしいと感じていた。


 七歳の春、私たちが外で遊んでいると、父の知り合いの商人、アグランがやってきた。

 疑うことを知らないイオは、父が後からやって来ると言う言葉を信じて、アグランの馬車に乗ってしまった。

 何度か訪れたことがある商家だったので、イオは安心しきっている。けれども、私はアグランの熱心な視線がずっと苦手だった。

 客間で菓子をふるまわれた後、アグランは本が好きなわたしを図書室へ、愛らしいものが好きなイオを美術品や宝石が置いてある宝物庫へ、案内した。

 私が落ち着きなくイオの身を案じていた頃、好奇心の強いイオは宝物庫の続きに小部屋があることを発見した。ちょっとした冒険のつもりで入った小部屋からは、消毒と鉄の匂いがしたと、後になって聞いた。

 小部屋には、日の光を嫌う絵や美術品に混じって、ガラス扉の棚も置いてあって、珍しいものがたくさん並んでいる。

 イオはその中に、一際目を引くガラス瓶が飾られているのを発見した。

 切子きりこ細工のガラスにさらに色とりどりの色石があしらわれていて、中に液体が満たされている。

 液体に宝玉を入れるなんて変わってるなと、伸びあがって、よく見ようとすると、イオは液体の中身と()()()()()

 液体には様々な色の目玉が浮いていた。自分の目と同じ色のものもある。

 イオはその中に私の目と同じ色を見つけて、卒倒(そっとう)した。


 追いかけてきた姉がすぐに見つけてくれて事なきを得たが、イオはその日から外に出られなくなった。

 しばらくして、口数も減って塞ぎ込んでいたイオが、思い詰めた顔をして私の手を握ってこう言った。


「カルメの目が狙われていたの。もう私たち、離れないでいましょう」


 それは丁度、私が考えていたことと同じだった。

 あの時、私がイオと同じものが好きだったら、別の部屋に通されることはなかった。

 あの時、私が感じた違和感をイオに伝えていたら、もう少し危機感を持てていたかもしれない。

 

「わたしたち、安全に生きられるようになるまで、絶対にはなれないわ」


 私たちは誓い、それから、互いに双子らしく振舞うことを意識した。

 私はイオと同じように喋り、同じようにほほ笑み、二人で一つだということを心がけて過ごすようになった。

 姉もより一層外の世界への警戒を強め、商人との接触を(さえぎ)ってくれるようになったので、しばらく私たちの世界は平和になった。


 私たちが十一歳になった秋、姉はトーウェン商会が出資する安全な学校を用意してくれていた。

 入学を心待ちんにしている最中(さなか)、私たちの生活を守ってくれていた姉のサリが突然家を出た。

 遠い昔の契約書に定められた通り、借金返済の代わりに外国に嫁に行くことが決まったらしいのだ。

 姉が既に旅立ったあとに父から知らされたことに、私は首を傾げた。

 もともと、我が家は、隣国カヤロナ国の富豪、バロッキー商会に莫大な借金があった。

 けれど、もうすぐ姉が富豪のマルス・ハンガンと結婚して、返済の支援を得られることになっていた。

 利に聡い姉が、富豪の結婚を蹴って異国の地に行ったのは、なにかおかしい気がする。

 姉を気に入っていたマルス・ハンガンは、引き裂かれた悲劇の恋人たちであるかのように私たちに話して聞かせ、姉の居場所を探ろうとしている。

 私には、姉がマルスの恋人だったなんて嘘だと分かったけれど、イオの動揺は激しかった。

 姉は私たちとマルスを直接合わせるようなことはしなかった。それどころか、マルスのことを話題にすると、苦虫を噛み潰すような表情をしていた。

 マルスはなにかおかしい。

 仮に姉がマルスとの結婚に不都合があってバロッキー家を選んだのだとすれば、なにか考えのあってのことだ。

 姉が私たちの明るい未来のために残した財産や計画は、一応機能しているように思えたけれど、保護者が父に変わったことには不安しかなかった。

 私たちは、商才のない父より、影で父の商いをサポートしていた姉のほうに全幅の信頼をおいている。

 平和を望むあまり、私たちを守りきれない父より、少し過激でも姉のそばにいた方が安全なのだ。

 マルスの言葉に乗せられたフリをして、イオとふたりで姉を追って異国の地を目指したのは、大きな賭けだった。


 私たち双子は、賭け事で負けたことがない。子供二人の旅路は、驚くほど幸運に恵まれた。

 道中で出会った優秀な傭兵(ようへい)に助けられて、たどり着いたバロッキー家は、見たことのないほどの豪邸だった。

 異国の嫁ぎ先で、姉の境遇はマルスの話とはまるで違っていた。

 マルスは、二回りも年の違う化け物のような男に奴隷にされ売りさばかれるのだと、私たちを脅したけれど、(ふた)を開けてみれば、姉の婚約者は文句のつけようがないほど立派な青年だった。

 ただ、カヤロナ国ではバロッキーの竜の一族は不遇な目に合っていて、嫁の来手がないらしい。それで、借金を帳消しにする代わりに、竜の一族に妻を迎える契約を結んだのだそうだ。


 姉もそうだが、私も商人気質なのか、利害を考えるのは得意だ。

 この場合、私にとっての得とはイオが一生危険に晒されないことだ。

 イオと仲良くなった末弟のラルゴは、まだ子供で、イオを庇護する存在としては頼りない。

 それなら私は、ここで一番強そうな相手を得て、イオを補おうと考えた。

 バロッキーの資産の潤沢さは、目を見張るばかりのものだった。姉の安心しきった様子も手伝って、私は、バロッキーに保護を求めることに躊躇がなくなった。

 姉に促されるままにバロッキー家の婚約者候補として手を挙げたのも、そういった打算からだ。

 バロッキー家には未婚の竜の末裔が何人もいた。竜といっても少し目に特徴があるだけで、育ちの良さそうな坊っちゃんばかりだ。

 優しそうな長男も軽薄そうな次男も少女のような赤毛もピンとこない。

 それに対して、姉が有望だと指し示したアルノ・ベリルは、厳格で気難しそうで、偉そうだ。

 分家の出身だが、仕事でも重要な役職に就いているらしい。

 イオを守る傘として申し分ない。

 歳は離れているけれど、大人ならば世間に口が効く。


「カルメと申します。幾久(いくひさ)しくよろしくお願いします」


 綺麗に整えた黒髪は光の加減でカラスの羽のように緑がかった艶を纏って、お話に出てくる魔王のようだと思った。

 私が微笑めば、銀縁メガネの向こうの美貌が困ったように歪む。

 この時、アルノは庇護者となるべき相手にすぎなかった。



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