1-2-2(電話によるとある男女の会話)
女性というのは本当によくわからない。
女性からすると男って本当によくわからないって事になるんだろうか?
1-2-2(電話によるとある男女の会話)
「遅くにすまない。私だ」
「もう定時過ぎてますよ。残業代を請求します!」
「報告書を読んだものでね。あとここでは住み込みで仕事をしてもらっているのだから残業代は出ない。わかっていると思うが。ついでに変形労働時間制とかいう便利な物もあってね、一応二十時間は残業代を先払いしているという形になっているのだよ。その変更があった時に給料が上がったとかいう事はまったくなかったが」
「ああ、すいませんそんなに詳しく言わないで私がどれくらいがんじがらめに利用される存在になっているか言わないで! ええ、と。もう残業代の事はいいんです。私も仕事に対するやりがいだとか、そういう言葉で自分自身を納得させて献身するのが公務員の仕事だと思えるようになりましたから!」
「民間の方がよっぽどひどいようだが、まあいい」
「そうなんですか?」
素っ頓狂な声。
現実を知らない女だ、と男は思った。
彼女はその生まれと優秀さゆえに最初の就職先が極秘の軍事開発所というエキセントリックな人生を歩んでいる。
多少の常識の欠如はいたしかたないのかもしれない。
「ああ。しかし君が報告書の中であの子供の事を絵美と呼んでいたのは驚いたよ」
「いまは礼美と呼び名を変えましたけど、あの時はまだ同じ名前でしたから」
「人は名前があるものしか認識できないという。それと彼女の名前と関係はあると思うか? 外見は、違うが」
「さあ……。ただ、恐らくあれは彼女にとって私なのでしょう」
「というと?」
「ストレスから逃げる時の人間の対応方法の一つです。ストレスの対象を貶める事によって傷付けられた自分のプライドを補填する事ができます」
「君は彼女に何かひどい事をしているのか? 私に報告していない何かを」
一心拍の間。呼吸音。
「いえ、別に何も?」
「そうか。ならいい。くれぐれも『丁重』に扱ってくれ」
「それは、『彼女』の為ですか? それとも、前の奥様との……」
そこまで言って女性は口をつぐんだ。
過去にこの男が誰を愛していようが、関係はない。
肝心なのは、今だ。
「彼女はクラス5の中で限りなく正常に近い精神を維持できている唯一の存在だからだ。それ以上でもそれ以下でもない」
そして『今』の懸念も払拭され、彼女は安堵する。
「わかりました」
壮年期に入ろうかという男に二十半ばの自分が恋をしている。
エレクトラコンプレックスみたいなものなのだろうか。
過去を省みてみても特に自分にそのような原因は思い当たらなかった。
彼女は生まれた時から父親も母親もいなかったからだ。
研究の過程で生まれた、研究の為の人間。
もちろん普通に学校にも通わせて卒業までさせてもらっていたが、それはあくまで集団生活と人としての常識を身に付ける為のもので、常に監視を受けていた。
当然、異性と付き合った事など無い。
「では『機関』に対する報告は私の方でやっておく」
そんな彼女にとって仕事の上での関係とはいえ、自分に様々な命令をしてくるこの男はとても魅力的だった。
幼い時から管理下にあった彼女にとっては上下関係がはっきりとしている事は重要だった。
「よろしくお願いします」
「セカイシステムの方はどうだ?」
「異常ありません。被験者の脳内活動に関しても順調にDDPも上がっています」
「では『対象』の夢の方も引き続き調査を頼む」
また新しい夢がカタチになるのだろうか。
電話口の男の声が消え、ツー、ツー、という音が聞こえる。女はそれでもしばらく受話器に耳を当てていた。
彼女にとってはこの男だけが生きがいなのだ。
ちょっと今回は短かったね。




