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存在しない任務

 

 王都の北門を抜けた俺は、街道を走る馬車の中で大きく欠伸をした。


「ふぁあぁあ、ねむ……」


 向かいに座る王国軍の兵士が、ちらりと俺を見る。


「昨晩は眠れなかったのですか?」


「いや、普通に寝たけど」


「では何故……」


「馬車って眠くならない? なんか母親のお腹の中みたいな」


「……私は任務中ですので」


「真面目すぎ」


 窓の外へ視線を向ける。


 王都を出てから、もう半日近く経っている。

 石畳だった街道はいつの間にか土の道へ変わり、周囲には背の低い森と広い草原が続いていた。


 今回の目的地は北方の小国、エルヴィア公国。


 国土そのものはレグナス王国と比べれば大した広さではないが、古代遺跡の数だけなら世界でも有数らしい。

 そのせいで周辺国から目をつけられることも多く、国境付近では小競り合いも珍しくない。

 今回発見されたロストマジックも、その遺跡の一つから見つかった――という話だった。


「それにしても」


 俺は懐から一枚の紙を取り出し、上から自分の記憶となぞるように確認する。

 王城でもらった資料を、自分で必要な部分だけ書き写したものだ。

 もちろん、本当はこんなもの必要ない。

 一度見た内容は全部覚えている。

 ただ、何も持たずに他国へ潜り込むのも怪しまれるので、形だけ用意した。


「発見されたのは《エルディス旧遺跡》。地下第五層で未知の術式反応を確認……ね」


「何か問題でも?」


「いや。随分詳しいなと思って」


「詳しい?」


「発見からまだ十二日しか経ってないのに、内部構造から術式の特徴まで結構細かく書いてある」


 兵士は少し黙った。


「王国の諜報部が優秀なのでしょう」


「ふーん」


 そういうものか?

 でも、何となく引っかかる。


 資料には術式そのものの詳細は書かれていなかった。ただ、遺跡内部の位置、発見者、周囲の警備状況、エルヴィア側が現在どう管理しているかまで載っている。

 他国で発見されたばかりの情報としては、少し出来すぎている気もする。


 まあ、考えすぎか。


「アカナ様」


「何?」


「今回の任務ですが、我々は国境まで同行した後、帰還するよう命じられています」


「うんー、知ってるー」


「エルヴィア国内では単独行動になります」


「それも知ってる」


「危険では?」


「今さら? でも命令だからどうにもならないでしょ」


「そう……ですね」


 兵士は苦笑した。


「でも、少し意外です」


「何が?」


「もっと嫌がるかと思っていました。来ないことも覚悟してましたよ」


「うん、嫌だよ。行きたくない、めんどくさい、帰りたい」


「そうは見えませんが」


「あの国王に命令されたままが嫌なだけ。ロストマジック自体は一度も見たことがないし、興味はめちゃくちゃある」


 正直、そこだけは楽しみだった。

 既存の魔術体系では説明できない魔法。

 現在では失われた術式。

 魔術オタクとして、興味を持つなという方が無理だ。


「本物ならいいけどな」


「本物でなければ?」


「王宮、燃やそうかな」


「……そこまで?」


「嘘、燃やすのはまだ我慢しとく」


「まだ?」


「いつかは王宮を消し飛ばしたいくらいには本気で思ってるよ。理由は聞かなくても分かるだろ?」


 兵士は何も言わなくなった。


 夕方。

 俺たちはエルヴィアとの国境へ到着した。


 レグナス側の検問所を抜け、さらに少し進むと、小さな砦のような建物が見えてくる。石壁の上には青と白の旗が掲げられていた。


 エルヴィア公国の国旗だ。


「では、我々はここまでです」


「はいよ。ありがと」


「くれぐれもお気をつけください」


「はいよー」


 馬車を降りる。


 小さな鞄を肩へ掛け、国境の門へ向かった。


 エルヴィア側の兵士が二人、こちらへ近づいてくる。


「身分証を」


「ほい」


 魔法学校の学生証と、王国から発行された通行許可証を渡す。

 兵士は書類と俺の顔を何度か見比べた。


「アカナ・インリアス……十六歳?」


「そう」


「目的は?」


「魔術研究」


「一人で?」


「一人で」


 怪しいよな。俺でも怪しいと思う。

 兵士は少し眉を寄せたものの、通行許可証に刻まれたレグナス王家の印を確認すると、それ以上は追及してこなかった。


「滞在期間は?」


「長くても数日かな? 多分五日以内には帰るよ」


「分かった。あと北東地域には立ち入らないように」


「分かったけど、何で?」


「魔物の活動が活発化している。先週も商隊が襲われた」


「そりゃ大変」


「絶対に観光気分で近づくなよ」


「俺、観光客に見える?」


 兵士は呆れたように通行証を返してきた。


 門を抜ける。


 エルヴィアへ入って最初に思ったのは、静かな国だということだった。

 レグナスの王都みたいに派手で巨大な建物はない。道幅も狭く、石造りの家が低く並んでいる。

 夕方だからか、店先では住民たちが食事の準備を始めていた。

 この雰囲気、悪くない。むしろ俺はこっちの方が好きかもしれない。

 老後はここに住もうかな。


「さて」


 目的地はここから北へ二日だったか。

 でも、その前に一つ確認したいことがある。

 俺は近くにあった宿屋へ入り、適当に部屋を取った。

 荷物を置いて、そのまま一階へ戻る。


「おっちゃん」


 受付にいた中年の男が顔を上げた。


「何だい?」


「《エルディス旧遺跡》って知ってるー?」


 男の手が止まった。


「もちろん知ってるが、何でそんな場所を?」


「ちょっと興味あって」


「やめとけ。あそこには何もないって話だ」


「何もない?」


「ああ。随分前に調査が終わった遺跡だ。魔石も古文書も、大したものは出なかったって」


 俺は一瞬黙った。


「最近、何か発見されたって聞いてない?」


「最近?」


「十二日くらい前かな」


 男は首を傾げた。


「いや。聞かんな」


「本当?」


「この辺りじゃ遺跡の発見なんて珍しくないが、大きなものが出りゃすぐ噂になる。少なくともエルディスで何か見つかったなんて話は聞いてない」


「……ふーん」


 少しだけ嫌な感じがする。


「ありがとう」


 宿を出る。まだ偶然かもしれない。

 田舎の宿屋の主人が知らないだけ。

 そう思って、近くの魔導具店へ入った。


「エルディス旧遺跡?」


 店主は首を横に振った。


「知らないな。それに最近はあそこに誰も行ってないと思うよ」


 次。

 酒場。


「ロストマジック? エルディスで?」


 笑われた。

 次。

 冒険者組合。


「先月から調査依頼すら出ていませんね」


 次。

 街の警備兵。


「エルディス旧遺跡は現在封鎖されていない。自由立入区域だ」


 そこで俺は足を止めた。


「……自由立入?」


「ああ」


「えっ、国が管理してるんじゃないの?」


「何の話だ?」


 資料にははっきり書いてあった。


『新規術式発見後、エルヴィア公国魔術院が遺跡を封鎖。現在は公国騎士団が周辺を警備』


 一字一句間違いない。

 忘れるはずもない。


「いや、何でもない」


 警備兵から離れる。

 街の外れまで歩いたところで、俺は立ち止まった。

 夕陽が沈み始めている。

 資料の内容を頭の中でもう一度最初から並べる。


 発見日。

 発見者。

 遺跡内部の構造。

 ロストマジックと思われる術式反応。

 エルヴィア魔術院による封鎖。

 周辺警備。


 全部覚えている。

 でも、現地ではその事実自体が存在していない。


「……なるほどね」


 俺は小さく笑った。


 ハメられた。多分。

 いや、ほぼ確実か。


「あのじじい、やってくれたな」


 腹が立つ。

 ただ、問題は何のためにこんな面倒なことをしたのか。

 俺を国外へ出したかったからか?

 王都で何か大規模な襲撃でも起こすために、邪魔な俺を遠ざけた……? いや、それはないな。

 王国は俺を戦力として利用している。

 何か起こすつもりなら、むしろ俺を手元に置いておきたいはずだ。

 それに、俺をエルディス旧遺跡へ向かわせたいだけなら、ここまで詳細な偽資料を作る必要があるのか?


 発見日。

 発見者。

 地下第五層。

 魔術院による封鎖。

 公国騎士団による警備。


 全部、存在しない。

 遺跡へ行かせること自体が目的じゃないとしたら。


 重要なのは――。


「俺がエルヴィアに来ることそのもの、か」


 少なくとも、ここまで来させる必要があった。

 となれば。


「……罠」


 普通ならここで帰る。

 少なくとも一度レグナスへ戻って、事情を確認するのが定石。

 ただ、俺が早急に連絡を取ったところで、「情報の行き違いだった」とか「王国側の早とちりだった」とかで、うやむやにされて終わる可能性もある。


 俺は北の空を見る。

 エルディス旧遺跡がある方向。


「それに、ここまで来て帰るのもなぁ」


 罠だとして。

 その罠に何があるのか。

 ちょっと気になる。いや、かなり気になる。

 どんな罠で俺をハメようとしてるのか。


「見てから帰ればいいか」


 我ながら賢明な判断だ。


 その時。

 懐に入れていた通行許可証が、微かに熱を持った。


「……ん?」


 取り出す。

 王家の紋章が刻まれた部分だけが、淡く光っている。

 俺は目を細めた。確かに魔力反応。


 しかもこれは――。


「なんだこれ? 綺麗……ん、見たことない術式……」


 呟いた瞬間。

 足元に巨大な魔法陣が広がる。


「ありゃ?」


 反射的に魔力を練り、手をかざす。


「《術式破――》」


 遅かった。

 まさか、俺の術式起動速度が負けるなんて。

 視界が白く染まり、あっという間に地面が消える。

 身体が落ちる感覚。上下も左右も分からない。


「ちょ、おい――!」


 叫び声すら途中で掻き消される。

 そして最後に見えたのは。

 空でも。街でも。エルヴィアでもなく。


 果てが見えないほど巨大な本棚だった。

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