約束
三日後に任務へ出ると言っても、それまでずっと王宮に詰めているわけじゃない。
俺には俺の生活があるし、一応これでも魔法学校に通う学生。
というわけで翌朝。
「アカナ・インリアス。何回目の遅刻だ?」
「今日は三分だけでしょ」
「三分でも遅刻です」
「それくらい誤差じゃん?」
「では次回の試験時間を三分短くしましょうか」
「それはちょっと困る」
まぁ、正直このレベルくらいなら速攻終わらせることもできるが、先生からの心証を悪くするわけにはいかない。俺にはここを卒業する目的があるからだ。
教壇の前に立つ女教師――エレナが、呆れたようにため息をつく。赤茶色の髪を後ろで束ね、細い銀縁眼鏡をかけている。年齢は二十代後半くらいだろうか。教師陣の中ではかなり若い方に見える。
「早く席に着きなさい」
「はいはい」
「返事は一度」
「昨日も同じこと言われたな……」
王宮での昨日のやりとりを思い出し、小声で呟く。
「何か?」
「何でもありません」
教室の奥へ向かうと、何人かの生徒がこっちを見る。すぐに目を逸らす奴もいれば、露骨に嫌そうな顔をする奴もいる。
逆に興味深そうに眺めてくる奴もいた。まあ、いつものことだ。
俺の席は窓際の一番後ろ。腰を下ろすなり、隣の席にいた友人レオンが声を潜めた。
「アカナ、また王国軍の仕事か?」
「昨日な」
「昨日って、魔獣討伐の翌日に学校来るなよ……で、今回は何匹だった?」
「二、七、三」
「とんでもないな、そのうち何匹倒した?」
「全部」
レオンが数秒黙った。
「……王国軍いらなくない?」
「俺もそう思う。それにまた勅命を受けた、ニ日後だけど」
こいつはレオン。
同じクラスの魔法学校生で、金髪に整った顔立ちをしている。
性格は軽く、人付き合いが異様に上手い。成績はそこそこ優秀だが、妙に俺とノリが合う。
「静かにしてください。アカナ」
「なんで俺だけ?」
「あなたがいる日は、大体あなた中心にうるさいからです」
「差別だ!」
「事実です」
反論できなかったので口を閉じる。
エレナは何事もなかったように黒板へ向き直った。
「では昨日の続きです。本日は魔力圧縮について、実践形式で進めます」
昨日、王国軍の仕事のせいで受けられなかった授業だ。
昨日は座学メインだったみたいで、今日は実践形式で進めるらしい。新しい術式を扱うと聞いていたから少し楽しみにしていたが、魔力圧縮か。
初歩の初歩の初歩の初歩の初歩レベルだな。
「魔力圧縮は、単純に魔法の威力を上げる技術ではありません。同じ量の魔力でも密度を変えることで、放出時の性質や術式への干渉率が変化します」
エレナが右手を掲げると、掌の上に淡い青色の魔力が集まり、拳ほどの球体を作った。
そこから少しずつ魔力球が縮み始め、やがて親指ほどの大きさになる。
「当然、圧縮率を上げるほど制御難易度も上昇します。無理に圧縮すれば魔力が暴発する危険もあるので――」
説明を聞きながら、俺はエレナの手元を眺める。魔力の流れ、中心へ押し込むタイミング、外側へ逃げようとする魔力の抑え方。
回転を加えて流れを安定させているらしいが、先生も全然だな。魔法のなんたるかを理解できていない。俺なら今の何倍も圧縮できる。
だが、ここからが面白いところ。
軍事利用されている俺でも、一応クラス内では力を抑えながら授業を受けるようにしている。
なんでもかんでもできてしまうのは、反感や嫉妬を多く買ってしまうからな。
でも、俺はアカナ・インリアス。
年頃の男の子だ。授業中にクラスがテロリストに襲われて、最強の魔法で返り討ち! とか未だに想像するし、そろそろ隻眼にだってしたい。
だめだ、今日はやけに承認欲求が疼く。我慢できない。
「ふむふむ、なるほど! そういうことかー! でもこれって……」
「……アカナ、急にわざとらしく大きな声を出さないでください。またいつもの発作ですか?」
さすが先生。
もう入学してから何回も授業を承認欲求を満たすために利用させてもらってただけある。
「それに、まだ説明中なので静かにしてもらっていいですか?」
「いやもういいですよ。色々と分かりました。先生も相変わらず説明がお上手で」
「はぁ……お褒めいただきありがとうございます、アカナ。では、あなたの茶番に付き合ってあげましょう。それで今ので何がわかったんです?」
「魔力圧縮の構造……だよ」
教室が少し静かりになり、クラスの人たちの注目が俺に集まる。
これこれー! 任務明けに染みる!
「一応言いますが、まだ完成形しか見せていませんよ? それでも構造まで理解したと?」
なかなかに良いパス……!
よくぞ聞いてくれた! ナイス先生!
「途中の魔力の流れを見れば誰でも分かるでしょ。この結果現象が全てを物語ってる」
「……誰でも分かるなら、私は教師を辞めた方がよさそうですね?」
「いやいや、先生は先生で頑張っていると思います! 少し控えめですが、小綺麗な魔力球でした」
「その慰め方が一番腹立ちますね」
エレナはこめかみを押さえたあと、何かに諦めたように小さく息を吐いた。
「では、そこまで言うなら実際にやってみなさい。昨日の授業を受けていないあなたが、どこまで理解したのか皆さんに見せてもらいましょう」
「いいんですか? そこまで言われちゃしょうがないなぁ!」
「どうぞ。ただし魔力球を暴発させた場合、教室の修繕費はあなた持ちでお願いしますね」
「学生にそんなものまで請求していいんですか? 保険はないんですか!」
「あなたの場合、王国軍からたんまりと報酬を貰っているでしょう?」
「個人情報!」
「もうすでに自分から毎回喋っているでしょう。毎日休み時間に廊下までレオン君との密談がしっかり聞こえてますよ」
周囲から笑い声が漏れる。
確かにそれなりに貰ってはいるが。
さて、盛り上がりは上々だな。
俺は右手を机の上へ出す。
魔力を集めると同時に、再度クラス全員の視線も俺の右手に集まる。
最高だ。この程度の出力なら何も考える必要すらない。呼吸するのとほとんど変わらない感覚で魔力を集束させると、掌の上へ青白い球体が生まれた。
「まず先生と同じくらいね」
拳大。
ここまではわりと誰でもできる。
問題はここから。
さっき見たエレナのやり方は、魔力の外周を回転させながら中心へ圧力をかける方法だった。安定性は高い。
ただ、外へ逃げようとする魔力を外側から無理やり押さえ込んでいるせいで、僅かに損失が発生しちゃってるのは確か。
なら。
外から押すんじゃなくて、最初から中心へ流れ込むように内部の流れを組み直して、定義を変える。
「……こうかな」
魔力球が縮む。
拳ほどだったものが、親指ほどへ。
そこまではエレナと同じ。
「ア、アカナ、それ以上は――」
「まだいけるよ先生」
さらに縮める。豆粒。米粒。いやもっと。
最後には、爪の先に乗るほどの小さな光点になった。
ざわざわしていた教室が静まり返る。
「……ほい、鼻くそ魔力球の完成」
「……」
「先生?」
「少し待ってください」
「はい」
エレナが眼鏡を外し、布で拭いた。
もう一度かけ直して、俺の指先を見る。
「……何ですか、それ」
「言ったじゃん、鼻くそ魔力球」
「名称を聞いたんじゃありません!」
「じゃあ何を聞いてるんです?」
「どうしてそこまで圧縮できるのかを聞いているんです!」
急に怒鳴られた。
先生それは俺を乗せてくれるいつもの芝居だよね?
「いや、先生のやり方を少し変えただけですよ。外側から押し込むより、内部の魔力を螺旋状に中心へ向かわせた方が損失少ないじゃん?」
「少し?」
「はい、少し」
「圧縮率は?」
「んー」
感覚で計算する。
最初の体積から考えると――。
「えーどうだろ? 感覚的には大体九十五パーセント前後くらいかな?」
「……」
また静かになった。
レオンが隣で小さく呟く。
「お前、またやったな」
「何のこと?」
「『できるけど目立たないようにしてます』みたいな顔して、結局めちゃくちゃ目立つ芸」
「芸言うな、今日はちょっと承認欲求が我慢できなくて」
「最低の理由だな」
「年頃の男子だから」
「便利な言葉だ」
エレナがこちらへ歩いてきた。
「アカナ。その状態を維持したままにして、絶対に放出しないでください」
「え、なんで? 空とか打ち上げたら結構綺麗だよ? 異国では確かハナ……ビ? と言うらしくて、記念にここで俺の鼻くそハナビを……」
「いいから、今すぐ消しなさい!!」
「わかった、わかったから、落ち着いて先生」
指先の魔力を散らす。
ぱちん、と小さな音がして光が風となって霧散する。
せっかくの鼻くそハナビが。
エレナはしばらく俺を睨んでいたが、やがて教壇へ戻った。
「……今のは決して参考にしないように。普通の生徒が真似すると身体が吹き飛ぶ可能性がありますので。普通はできないと思うので、そこは心配していないですが」
クラスの何人かが俺から視線を逸らした。
そんな危険物を見るような目で見なくても。
「では改めて実習を始めます。二人一組になってください。圧縮率三十パーセントを目標とします」
クラスのみんなが動き始める。
俺は当然横にいるレオンと組む。
「三十パーセントだってさ」
「頑張れー、俺にお前の至高の鼻くそを見せてくれ」
「お前もやるんだよ」
「俺もう九十五いったし」
「せめて授業なんだから付き合えよ!」
「しょうがない」
レオンが掌に魔力を集める。
こいつは魔力量そのものは平均より少し上くらい。制御も悪くない。魔力球の形もまぁまぁ綺麗だ。
でもまぁ、さすがにエレナ先生の方が上かなー。
「そのまま中心へ押し込めばいいんだろ?」
「……先生のやり方ならね」
「お前の方法教えろよ」
「身体吹き飛ぶって」
「そんなの教えるな!」
「じゃあ先生のやり方でいいじゃん。魔法は基本に忠実なのは大事だよ、レオン」
「でもなんか負けた気がする」
「俺と張り合うのが間違いだよ。俺は天才魔法使いだから」
「一回くらい謙虚になれ」
「謙虚だろ?」
「どこが?」
「世界一とか言ったことないし」
「言ってるようなもんだろ」
レオンの魔力球が少しずつ縮んでいく。
途中で外周が少し揺れた。
「あ、そこ違うよ、レオン」
「え?」
「押し込むタイミング早い。外側の回転が安定するまで待ってから圧力かけた方が魔力のロスが少なくなって圧縮率も高くなりやすい」
「……こ、こうか?」
「そうそう。あと右側だけ魔力薄い。もっと均等に圧力をかけて」
「そんなのも見えるのかよ」
「見えるでしょ」
「普通は見えねえよ」
「お目目ついてる?」
「殴るぞ」
言いながら修正していくと、レオンの魔力球がさらに一回り小さくなった。
「おお……!」
「おーいいじゃん。多分今ので四十パーセント前後かな。これなら外に出しても恥ずかしくない」
「まじ?」
「まじ」
「先生! 俺四十いきました!」
「どうせアカナの入れ知恵でしょう?」
「はい!」
「潔い即答ね……」
「でもなんで分かるんですか?」
「さっきからどうでもいいお話と一緒に色々聞こえていました。それに昨日のあなたは二十二パーセントだったでしょう」
この先生あまりにも地獄耳すぎるな……。
でも、この人はなんだかんだ生徒思いのような気がする。
しばらくクラス全体の実習状態を見てみるか。
へったくそだな、思うのが八割くらい。レオン含めセンスありそうな奴は一割、残り一割は魔法学校卒業後宮廷魔法師とかになって俺の部下になれそうって奴が何人かいる、くらいだ。
まぁ、それでも俺の足元にも遠く及ばない。
にしても、暇だな。
ふと、窓の外を見る。校庭。
そのさらに向こうには、塀を挟んで騎士学校の訓練場がある。
この王都では魔法学校と騎士学校が隣接して建っている。世界的に見ても騎士学校と魔法学校が併設されているのは珍しいらしい。レグナスの場合は両学校の理事長が同一人物だからとか。
基本的に魔法適性が高い奴はこっち側、剣術や身体能力に秀でた奴は向こう側に入学する。
もちろん両方できる奴もいるし、授業によっては合同訓練もあるらしい。ちなみに俺は全く剣の才が無いから合同訓練とかは無縁だ。
剣もそのうち練習してみたいなーなどと考えていると、ちょうど今、騎士学校側の訓練場で何人かが剣を振っているのが見えた。
人差し指と親指で丸を作り、その穴を覗く。簡易的な望遠魔法。
と、その中に見覚えのある黒髪を発見。
「……おーティアナいるじゃん」
「ん?」
つられてレオンが望遠魔法を展開し、窓の外を見る。
「ああ、レストか。相変わらず速いな。剣筋が全く見えない」
「だよね、レオン目ついてないし」
「おい」
遠目でも分かる。
ティアナが一歩踏み込むと、一瞬だけ姿がぶれる。
《神速剣》。
まだ完全に力を引き出しているわけじゃないだろうが、それでも同年代では頭一つ抜けているのが、素人目でも分かる。
「そういえば、アカナはレストと昔から知り合いなんだろ?」
「まーね」
「付き合ってんの?」
「なんでそうなる?」
「幼馴染の美少女騎士とか、普通付き合うだろ」
「どこの普通だよ。まぁ、確かに可愛いけど……可愛いな、可愛いわ」
うん、可愛い。
「だろ? じゃあラスティは?」
「ニルヴァー?」
「そっちは可愛い系というより美人系じゃん」
「レオン、お前ほんとそういうことしか考えてないのな」
「十六歳男子として健全です」
「それ俺の言葉」
「便利だから借りた」
俺はもう一度窓を見る。
ティアナの少し離れたところで、灰色がかった髪の少女が剣を構えている。
ニルヴァだ。
二人とも今日も元気そう。
「そういえば任務のこと、レストとラスティには言ったの?」
「まだ」
「今日言っとけよ。お前いきなりいなくなると、レストあたりまたキレるぞ」
「なんでティアナだけ?」
「ラスティは怒るより先に説教始まるから」
「確かに」
二人でクスッと笑う。
一応、後で顔出すか。
「アカナ」
急に真後ろからエレナの声が聞こえる。
「は、はい?」
「窓の外を見る授業ではありません」
「バレたか」
「あなた方はもう課題を終えたのでしょう?」
「まぁ」
「でしたら、周囲の補助をしてください」
「それは先生の仕事じゃーん、俺たちはまだ可愛い子たちを眺めてたい!」
「先ほど教師を辞めた方がいいと言われたので、先生の手本をお見せいただければと」
「根に持ってる!」
仕方なく席を立ち、クラスメイトの魔力球を順番に見て回った。
入学してから一年くらい経つが、まだ名前も知らない人が多くいる。
こいつ誰だっけな、こんな女々しい男いたか。
「えーっと、君。そこ歪んでる。形汚い」
「え?」
「左側」
「わ、分からないよ」
「じゃあ一回散らして最初から」
「なんか厳しくない?」
「爆発して身体ぶっ飛ぶよりいいでしょ?」
別の生徒。次は女の子。
「圧縮しすぎ」
「まだ二十パーセントだけど……」
「魔力制御が追いついてないから、一回十五まで戻して」
「なんでそんなの分かるのですか!」
「見れば分かるじゃん。さてはお前もレオンと同じでお目目無し族だな」
「だから見えないのが普通だって……」
そんな感じで授業が終わる頃には、なぜか俺が補助教師みたいになっていた。
鐘が鳴る。
「では本日はここまで。次回は圧縮魔力を術式へ組み込む実習を行います。アカナ」
「はい」
「あなたは次回から勝手に先に進まないように」
「善処します」
「しない人の返事ですね。十年以上教師をやっていれば分かります」
「でも先生、二十代後半じゃ――」
「アカナ」
「何でもないです」
殺気を感じた。俺が王城で兵士に発した殺気とは比べ物にならない。
女性に年齢の話はするもんじゃないな。
授業が終わると、レオンが大きく伸びをした。
「昼どうする?」
「今日は騎士学校の方行こうかな」
「レストたちのところ?」
「うん。レオンの言う通り、あいつらには任務のこと伝えておくよ」
鞄を肩へ掛ける。
教室を出ようとしたところで、また後ろからレオンが声を掛けてきた。
「アカナ」
「ん?」
「今回は何日くらいだ?」
「んーどうだろうなー? 分かんないけど、多分一週間もかからないんじゃない?」
「そうか」
「何?」
「いや」
レオンは笑った。
「今回もちゃんと帰ってこいよ」
「何それ。俺が任務で死ぬわけないじゃん」
「知ってるよ。お前が死ぬところ想像できないもん」
「でしょ?」
「むしろ向こうが可哀想」
「俺を何だと思ってんだ」
「王国軍より強い天才魔法使い様、だろ?」
「否定しづらい」
軽く手を振り、教室を出た。
◇
魔法学校の正門を出て、塀沿いに数分歩く。
すぐ隣にある騎士学校は、魔法学校と比べて建物の造りが少し無骨だ。
こっちが研究棟や講義棟を中心に造られているのに対し、向こうは訓練場、演習場、武器庫なんかが敷地の大部分を占めている。
門番とは顔見知りなので、そのまま通された。
「ティアナとニルヴァなら第二訓練場だぞ」
「おっちゃん、ありがとー」
「今度はまた勝手に入るなよ」
「この前のは急ぎだったから許して」
「大体毎回勝手に侵入してるだろ、お前は」
「でもおっちゃんは通報しないから好き」
「いいから早く行け」
追い払われた。
第二訓練場へ向かう。
扉を開けた瞬間、訓練用の剣同士がぶつかる甲高い音が響いた。
中央にいるのはティアナとニルヴァ。
ティアナが低い姿勢から踏み込み、ニルヴァの右側へ回り込む。
「はぇー、どんな筋肉してんだ」
ニルヴァが訓練用の剣で受ける。
それでもティアナは止まらない。
一撃。二撃。三撃。
刃が連続して交差する。
こうやって見ると二人とも強いんだな。色んな方面からスカウトされたり、期待されたりするのも分かる。
魔法使い相手なら、距離を詰められた時点でかなり厳しいな。
「おーい」
手を振る。
二人がこっちを見る。ティアナの表情が少しだけ緩む。
「アホナ」
「第一声それ?」
「授業中じゃないの?」
「さっき終わった」
「アカナ、今日はしっかりと授業を受けましたか?」
ニルヴァが訓練用の剣を下ろしながら聞いてくる。
「失礼な。今日とて先生に褒められたよ」
「何と?」
「魔法についての説明がお上手だって」
「ふっ、嘘ですね。先生を褒めたのはあなたですよね? それに皮肉をたっぷりと込めたことは容易に想像できますよ。エレナ先生が可哀想でならない。」
「なぜバレた」
透視能力でもあるのかこいつは。
「アカナ、ですから」
「理由になってない」
ティアナが俺の制服を見る。
「怪我してない?」
「怪我? ……あー昨日のやつ?」
「うん」
「おいおい、俺が魔獣程度で怪我するわけないじゃん。開始五分経たずしてこんがりと焼いてやったよ」
「二百匹以上いたって聞いた」
「二百七十三、な」
ニルヴァが小さくため息をついた。
「一人で全て倒したそうですね」
「情報早いねー」
「王国軍の騎士団内部でも話題になっています」
「俺のプライバシーはどこへ」
「王国の任務でプライバシーを主張するのは難しいかと」
「正論やめて」
俺は近くにあった長椅子へ腰を下ろした。
「それより、二日後からちょっと出かけるから、それを知らせに来たんだ」
ティアナの目が細くなる。
「また……任務?」
「うん」
「どこ?」
「それは――」
少し間を置く。
「ひ・み・つ♡」
「……」
「……」
「何その顔」
「気持ち悪い」
「冗談でも笑えよ、お前ら」
ティアナが訓練用の剣の柄を俺の肩に軽く当てる。
「危ない?」
「いやいや、全然。今回は温泉旅行みたいなもん」
「任務で?」
「温泉のついでにロスト――」
言いかけて口を閉じる。
「あぶね」
「今、ロストって言いましたね」
ニルヴァが即座に食いついた。
「言ってない」
「言いました」
「絶対言ってない」
「私の聞き間違いですか?」
「そうそう」
「では何と言おうとしたのです?」
「ローストビーフ」
「任務で?」
「温泉地の名物にあって」
「苦しいです」
「しーっ! お願いだからこれ以上追及しないで!」
ティアナが小さく笑った。
ほんの僅かに口元が上がっただけだが、こいつの場合かなり分かりやすい。
「アホナ」
「だからそれやめろ、俺は天才魔法使いだ」
「無事に帰ってきてね」
急だった。
「……」
俺はティアナを見る。
さっきまで笑っていたのに、今は真っ直ぐ俺を見ている。
「何だよ急に。いつものことだろ?」
「アカナはいつもそう言う」
「実際帰ってきてるじゃん」
「今までは」
その言葉だけ、少し引っかかった。
「お、おい、ティアナ?」
「……何でもない」
この子は、本当に綺麗なフラグを建てるな。
剣士じゃなくて建築士になった方がいいんじゃないか?
ニルヴァもこちらを見る。
「私からも一つだけ。任務内容は聞きません。ただし、違和感を覚えた場合は王国の命令より自身の安全を優先してください」
「それ兵士相手なら怒られる発言じゃない?」
「私はまだ騎士学校の候補生で、王国軍人ではありません。それにあなたが王国から危険な仕事を任されていることくらい、私たちも知っています」
ニルヴァはそこで少し言葉を切った。
「アカナは自分が強いから問題ないと思っていますが、強いことと死なないことは同義ではありませんよ? どんなに強くても、死ぬ時は……死にます」
「……」
「珍しくまともな心配してる」
「いつもまともです」
レオンもそうだが、まじでどうしたこいつら?
なんでこんな次の任務で俺が死ぬ流れになってんだ?
ティアナが隣に座る。
「帰ってきたら」
「ん?」
「三人でご飯」
おい! やめろ!
それ以上フラグを立てるな!
「あー……うん、いいね。行こうご飯。最高のローストビーフを食べよう」
「約束」
「はいはい」
「はいは一回」
「それ国王にも先生にも言われたような」
「普段から直して」
俺は笑った。
「分かったよ。帰ってきたら三人で飯な」
「うん」
「高い店?」
「アカナのお金で」
「なんで俺!?」
「王国軍の仕事、いっぱいしてるから」
「俺の命の対価をたかるな! それにそれも言われたの二回目」
「大丈夫です。今回は私も払います」
「ニルヴァー!」
「アカナの分は払いません」
「おい!」
二人が笑う。
俺も笑った。
二日後。
ちょっと隣国へ行くだけ。
それが終われば、またこうして学校へ来る。
だから俺は、何の気なしに右手を上げた。
「じゃ、約束な」
ティアナがその手を見る。
「何?」
「ほら、こういうのって指切りとかするんじゃないのー? ティアナはそういうの好きなタイプだろ?」
「子供?」
「嫌ならいいけど」
「……やる」
「やるんだ」
ティアナが小指を差し出す。
俺も絡める。
「絶対帰ってきて」
「だから帰ってくるって」
「約束」
隣でニルヴァが呆れたように見ていた。
「十六歳にもなって何をしているのですか。みてるこっちが恥ずかしいです」
「ニルヴァもやる?」
「やりません」
「じゃあ帰ってきたらニルヴァだけ飯なしで」
「参加します」
「早っ」
三人の小指が、妙な形で絡まった。
「これ指切りなの?」
「知りません」
「ニルヴァが知らないなら誰も知らないじゃん」
「アカナが言い出したのでしょう」
「なんとなく雰囲気でいけそうだったから?ニルヴァも混ぜて欲しそうだったし」
「「アホナ」」
「アホナ言うな」
三人の笑い声が訓練場へ響いた。




