軍事兵器の少年
人間には、生まれ持った才能というものがある。
剣が上手いとか、頭が良いとか、走るのが速いとか。
俺の場合は、それが少しばかり面倒な形で生まれてきただけだ。
「――《灼界槍》」
レグナス王国軍でも最高難度に分類される軍用殲滅魔法。
魔法には、術式の複雑さや必要魔力量、制御難度なんかを基準にした階級があり、《灼界槍》は第五階級に指定されている。第五階級ともなれば、軍属の魔法使いでも扱える奴はそう多くないらしい。
無理に使用すれば、莫大な魔力消費の反動でしばらく魔法そのものが使えなくなることになるとかなんとか。
まぁ、俺には無縁の話だ。
この術式を初めて見たのはニ年と五ヶ月十二日前。
王立図書館の地下で探検ごっこしていた時、偶然保管されていた魔導書を見つけて馬鹿みたいに読み漁ったことを覚えてる。
俺は一度見れば術式そのものを忘れることない。完全に記憶すれば頭の中で無限に術式構造を試し、理解、改良ができる。後は自分の莫大な魔力でそれを再現するだけ。
だから、十六歳の俺でもこうやってーー
右手を掲げる。
展開した術式が白銀に輝き、空中に黒い炎が集束した。
一つ。
二つ。
三つ。
それは瞬く間に十二本の大槍へと姿を変える。
「よっこらしょ」
十二本の《灼界槍》が一斉に空を裂き、眼下に群がる魔獣へ降り注ぐ。
地上へ突き刺さった瞬間、腹の底まで響く轟音とともに黒炎が爆ぜ、凄まじい衝撃が大地を揺らし、巻き上がった土煙が一瞬で視界を覆い尽くした。
魔獣の悲鳴すら聞こえない。
やがて土煙が晴れた先に残っていたのは、黒く焼け焦げた大地と、地形そのものを抉った巨大な亀裂。それから、跡形もなく焼き尽くされた木々だけだった。
「ちょいとやりすぎたか」
まあいい。
生き残られるよりはマシだろう。
「全隊、周囲を確認!」
離れた場所から兵士の声が飛ぶ。
王国軍の連中が、俺の魔法で吹き飛んだ現場を恐る恐る確認し始めた。
ここの土地では、最近魔獣による被害が色々と続発しているみたいだった。おそらく、魔獣の巣があるとされていたが、探すのも面倒だからこうして全体的に焼き払ってやった。
「アカナ様」
背後から一人の男が近づいてきた。
王国軍の隊長だ。年齢は四十くらいか?
名前は確か――。
「どうしたの、ロイド・バスティアンさん」
「私の名前を覚えておられたのですね」
「一回聞いたからな」
「随分前に軽く自己紹介しただけなのに相変わらず、すごい記憶力です」
「別に大したことじゃないよ」
そう答えると、ロイドは苦笑した。
俺にとっては本当に大したことではない。
生まれ持っての莫大な魔力量。
これとは別に一度見たもの、一度聞いたもの、一度読んだものは絶対に忘れない。
俺の固有能力――《絶対記憶》。
物心ついた頃から持っていた力で、便利と言えば便利だ。
魔導書を一度読めば内容を全部覚えられるし、教師の説明も一度聞けば済む。
試験勉強なんてした記憶がない。
というか、する必要がない。
生まれつきの莫大な魔力量と《絶対記憶》。その二つのおかげで、俺は昔から大抵の魔法を好きなように扱えた。
ただ、忘れたいことまで忘れられないのは、少し困りごとだが。
「討伐対象、全二百七十三体。生存個体は確認されておりません。というより、肉片は全て炭になっており、区別がつかない状態になっております」
「よかったー、じゃ帰るわ」
「お待ちください」
「んー何?」
俺が振り返ると、ロイドが視線を泳がせている。
「……あの大変申し上げにくいのですが……陛下より、現任務完了次第、王城へ向かうようにとの命令が出ています」
思わず眉をひそめる。
「えーまたー?」
「はい」
「でも三日前も行ったよ?」
「存じております」
「その前も行ったし」
「……存じております」
「俺、一応魔法学校の生徒なんだけどなー」
「そちらも存じております」
「じゃあ断っていい?」
「私に聞かないでください。陛下へ直接お伝えください」
「ったく、それやったらお前たちが困るだろー」
「はい、非常に」
「なら最初から言うなよ」
「申し訳ありません」
俺はため息をついた。空を見上げる。
夕方にはまだ早い。
今から戻れば、授業の最後くらいには間に合うと思っていた。
今日は魔術理論の授業だったはずだ。
新しい術式を扱うと教師が言っていたから、少し楽しみにしていたのに。
「はぁあああ、面倒くさ」
思わず口から漏れる。ロイドは何も言わなかった。
当然だ。
王国の命令を面倒だなんて堂々と言える奴は、この王国にたぶん俺くらいしかいない。
けど、仕方がない。
行かなければならない理由もあるから、行ってすぐ帰ろう。
◇
王都へ戻ったのは、ニ時間ほど後だった。
王城は相変わらず無駄に大きい。
白い石造りの城壁に金色の装飾、巨大な門。
初めて見る人間なら感動するんだろうな。
俺はもう百回以上見ているから何とも思わないけど。
衛兵たちに案内され、城内を進む。
長い廊下が続き、真っ赤に仕立てられた絨毯が目に映る。
壁にはよく知らんじじいの肖像画がずらりと並んでいる。
誰一人知らないし、興味もない。
「アカナ・インリアス様をお連れしました」
「入れ」
扉の向こうから声がして、衛兵が重々しい扉を開く。それなりの家が何個も入りそうなほど無駄に広いだけの謁見の間。
奥には、肘をつきながら俺を偉そうに見下ろす一人の老人が玉座に座っていた。
この国の王。
ヴァルド・レグナスだ。
五十を超えた男で、白髪混じりの髪を後ろへ流している。いかにも偉そうな顔をしている。実際偉いんだけど。
「久しいな、アカナ」
「三日と一時間二十四分四十五秒前にも会いましたよ、ボケたんですか」
「貴様、陛下に向かって――!」
近くにいた騎士の一人が耐えかねたように、剣の柄へ手をかけた。
俺はその騎士を睨みつけ、ほんの少し殺気を乗せる。
「……下がれ!」
国王の低い声がそれを遮る。
騎士は「ですが!」と食い下がるが、国王の鋭い一瞥を受けて苦々しく身を引く。
王が部下を制したのは、俺の無礼を咎めるためではなく、「それ以上刺激するな」という本能的な制止だろう。その証拠に、玉座の肘掛けを握る国王の指先は、ほんのわずかに白くなっている。
「相変わらず口の減らぬ子供だ」
国王は威厳を保つように息を吐いた。怒鳴ったところで俺が素直になるわけじゃないし、事実、俺は先ほどの騎士をビビらせようと、死角で術式を構築していた。
悔しいが、王なだけあってこの男は俺の脅威と扱い方をよく知っている。
「今回呼んだのは他でもない」
国王が指を動かした。
一人の文官が進み出て、一冊の資料を俺へ差し出す。それを受け取り、数ページずつ目を通してすぐに閉じた。
「……ロストマジック?」
「そうだ」
資料には、古代遺跡から発見された魔術に関する報告が書かれていた。
現在では失われた魔法で、既存の魔術体系から外れた術式。その総称がロストマジック。もちろん存在自体は知っている。
ただ、魔術オタクの俺でも未だ本物を見たことがなかった。
「北方の小国、エルヴィアで新たなロストマジックが発見されたとの情報が入った」
「へえ」
「それを持ち帰ってこい」
「嫌ですよ」
即答し、今度はさっきより明確に空気が凍ったのを感じた。
「……一応、理由を聞こう」
「他国ですよね」
「そうだ」
「つまり、他国から盗めってことですよね」
「必要であれば、な」
「それ立派な犯罪じゃないですかー」
「国同士の問題に犯罪という概念を持ち込むな」
「便利な言葉だなぁ」
欲しいものがあれば奪う。
それを国家の利益と呼べば正当化されるらしい。
俺がやったら泥棒。王様が命令したら外交。
それに、おそらくヘマ打ったら俺が個人的にやったこととなり、その責は全て俺に回される。良い世の中だ。
「第一、盗むだけなら他の人に頼めばいいじゃないですか。盗むだけなら俺より向いてる人はそこら辺にいっぱいいますよ」
「不可能だ、今はお前にしか頼めん」
「「今は」ね、俺なんか足元にも及ばない十帝もいるでしょ」
「彼らには彼らの役目がある。それにこんなことにいちいち労力を割かせるわけにはいかん」
「俺にも授業があります」
「魔法学校の授業など、今のお前にはもはや時間の無駄だろう」
少し腹が立った。それを決めるのは俺だ。
確かに俺と魔法学校の授業じゃ、天と地との差がある。それは認めるが、それでも俺には大切な友人もいるし、魔法の根本的な部分でなんだかんだ学びも多いのも事実。
「必要かどうかは俺が決めます。それに」
「……アカナ」
国王の声音が低くなる。
「あまりこういうことを何回も言いたくないが、お前は自分の立場を忘れているようだな」
「忘れてませんよ」
忘れられるはずがない。俺は全部鮮明に覚えている。
初めてこの城へ連れて来られた日のことも。
母さんが兵士に囲まれ、「アカナだけは」と懇願し、泣き叫んでいたことも。
その時、国王が俺に言った言葉も。一言一句。
『お前には王国のために働いてもらう。もし断るようなら、賢いアカナ君は理解できるな?』
当時、十二歳の俺は当然断りたかった。
知らない大人に「今日から国の武器になれ」と言われて、分かりましたと答える十二歳がいたら怖い。大規模な人殺しだって実行させられるかもしれない?
でも王国は、俺が断れない理由を用意した。
母親だ。
俺が命令に従っている限り、母親には何もしない。だが、逆らえばどうなるのか。
そこまで直接的に言われなかったが、言われなくてもさすがに分かる。
「お前が我々に協力的である限りは、母親とお前の命と生活は保障しよう」
俺は資料を文官へ返した。
「……はぁ、分かりましたよ」
「ほう」
「行けばいいんでしょう、行けば」
「賢明だ」
「ただ、一つだけ」
「何だ」
「ロストマジックの術式内容だけ持って帰ればいいんですよね?」
「そうだ」
「方法は問わない?」
厳しい目で国王が俺を見下ろす。
「……可能な限り騒ぎは起こすな」
「可能な限り、ね」
なら問題ない。
向こうが素直に渡してくれるなら、それでいい。
もし正体がバレたり、渡してくれないなら――
まあ、その時考えよう。
「出発は三日後だ。準備をしておけ」
「はいはい」
「返事は一度で充分」
「はーい」
玉座へ背を向けると、後ろから騎士たちの視線を感じた。
礼儀がないとか思っているんだろう。
でもまだ、最後にもう一つ聞きたいことがあったことを思い出す。
「陛下」
「何だ」
振り返る。
「もし、この先俺が役に立たなくなったら、母をどうするつもり?」
本当に少しだけ。
国王の表情が動いたように見えた。
「……何故今そんなことを聞く」
「んーなんとなく? でもまぁいいや、まともな答えは期待できなさそうだし。退散〜」
最後まで答えを聞くつもりもなかった。
俺はそのまま謁見の間を出ると、重たい扉が閉まる。
「ロストマジック、ね」
元々少しだけ興味はあった。見たことのない魔法。
一度でも見ることができれば、俺は覚えられる。
もしかしたら、未だ発見されていない術式とかいっぱいあるかもしれない。
そう思うと悪くない。あのくそじじいの命令というのが気に食わないけど。
「さっさと終わらせるか」
三日後。
俺はまだ知らなかった。
この任務が最初からまともな任務ですらなかったこと。
俺が誇っていた魔力の九割を失い、神々の領域へ足を踏み入れてしまうことも。
そして――。
そこでの出会いが、俺と世界最強の悪魔たちを結びつけることになるなんて。
この時の俺は、欠片も想像していなかった。




