第四十二話 子どもたちに、どう伝えるか
女名控を読む会によって、記録を読む人は少しずつ増えた。
専門家だけではなく、保存会、役場、十和田家、若い世代。
読める名も、読めない名も、同じ部屋に置かれた。
次に浮かび上がった問いは、学校だった。
アラムは子どもだった。
では、その話を今の子どもたちに、どう伝えるのか。
※本作は、青森県に伝わる「キリストの墓」伝承を題材にしたフィクションです。
※実在の宗教、信仰、団体、地域、人物を否定・揶揄する意図はありません。
※作中の歴史解釈、文書、事件、人物関係は物語上の創作です。
教育委員会からの連絡は、坂本を通じて届いた。
「地域学習で扱えないか、相談したいそうです」
資料館の小会議室で、坂本はそう言った。
三上怜司は、すぐには返事をしなかった。
地域学習。
その言葉は、想像していたより重かった。
アラムは、子どもと伝えられる存在だった。
母の名を呼び、帰る道を失った子。
カヨに手を引かれ、雪と沢の中で帰れなくなった子。
その話を、今の子どもたちに伝える。
必要なことだと思う。
だが、怖い。
大人でさえ、受け止めるのに時間がかかっている。
村の保存会も、資料館も、役場も、十和田家も、少しずつしか進めていない。
それを学校で扱うなら、さらに慎重でなければならない。
「教材化、ということですか」
怜司が尋ねると、坂本は首を横に振った。
「まだ、そこまでは。まず、地域学習でどう扱えるか意見交換したい、と」
資料館の佐野も同席していた。
「小学校と中学校で、地元の歴史や祭りを学ぶ時間があります。これまでも、キリスト伝承やナニャドヤラを簡単に紹介していました」
「簡単に、ですか」
「はい」
佐野は少し苦い顔をした。
「“不思議な伝説がある村”という程度です」
怜司は頷いた。
以前なら、それで済んでいたのかもしれない。
だが、今は違う。
不思議な伝説。
その言葉だけでは、もう足りない。
「子どもたちに、全部話す必要はないと思います」
佐野が言った。
「でも、何も変えないのも違う」
坂本が続ける。
「教育委員会も同じ考えです。ただ、どこまで伝えるかで迷っています」
怜司は手帳を開いた。
その時、十和田澪が部屋に入ってきた。
「すみません、遅れました」
「大丈夫です」
坂本が椅子を示した。
澪は座ると、すぐに資料を見た。
「学校の話ですね」
「はい」
怜司は言った。
「澪さんは、どう思いますか」
澪は少し黙った。
「怖いです」
最初の答えは、それだった。
「何が怖いですか」
「子どもたちが、アラムをかわいそうな子としてだけ覚えてしまうことです」
怜司は頷いた。
澪は続けた。
「それから、カヨをいい人、清之進を悪い人、宗一郎さんを悪い人、久我さんを正しい人、みたいに分けて覚えることも怖いです」
「子ども向けに単純化される」
「はい」
澪は机の上で手を重ねた。
「でも、伝えないのも違うと思います。アラムが子どもだったなら、今の子どもたちに“この村には、帰れなかった子どもの名があった”と知ってもらうことには意味がある気がします」
佐野が静かに頷いた。
「では、どう伝えるかですね」
澪は少し考えてから言った。
「最初から事件として教えない方がいいと思います」
「事件として?」
「誰が悪かったか、何が隠されたか、から入ると重すぎます。まず、“名前をどう大事にするか”から入れないでしょうか」
怜司は顔を上げた。
名前をどう大事にするか。
それは、学校で扱う入口として、とても良い気がした。
坂本もメモを取った。
「具体的には?」
澪は言った。
「アラムという名が、長く別の伝承の中に隠れていたこと。リクという名が、本当の名か分からなくても、母を呼ぶ声として残されたこと。読めない名も、そこにある名として大事にしようとしていること」
佐野が続けた。
「つまり、歴史の真相解明ではなく、名前と記憶の授業にする」
「はい」
澪は頷いた。
「小さい子には、その方がいいと思います」
怜司は手帳に書いた。
名前と記憶の授業。
その表現なら、アラムを悲劇として消費しないで済むかもしれない。
午後、教育委員会との打ち合わせが開かれた。
場所は役場の会議室。
参加者は、教育委員会の担当者、村内小学校の教員、中学校の教員、坂本、佐野、相馬准教授、澪、怜司。
怜司は、取材者としてではなく、連載の経緯を説明する立場で同席した。
教育委員会の担当者は、最初にこう言った。
「子どもたちへ伝えることには慎重でありたいと思っています。ただ、地域でこれだけ大きな見直しが起きている中、学校だけが以前の説明のままでいることもできません」
小学校の教員が頷いた。
「これまでは、地域の面白い伝承として紹介していました。今後は、その言い方を変える必要があると思っています」
中学校の教員は少し眉を寄せていた。
「ただ、中学生ならある程度扱えますが、小学生には難しい部分も多いです。死、隠蔽、事故、責任。どこまで話すか」
相馬が答えた。
「年齢ごとに分けるべきです」
全員が彼女を見る。
相馬は続けた。
「小学校では、“地域には長く語られてきた伝承があり、その中に、今まで十分に語られてこなかった名前がある”というところまででよいと思います。具体的な事故や責任の話は、無理に扱わない」
「中学校では?」
「資料の読み方を扱えると思います」
相馬は資料を示した。
「本帳と外控。書かれたことと、書かれなかったこと。資料には限界があること。未確定のものを断定しないこと。これは歴史学習にもつながります」
中学校の教員は、少し表情を変えた。
「資料を読む授業としてなら、できるかもしれません」
怜司は、その言葉に少し希望を感じた。
事件を教えるのではない。
資料との向き合い方を教える。
それなら、子どもたちにも渡せる。
澪が静かに言った。
「歌はどうしますか」
部屋の空気が少し硬くなる。
かよ節。
学校で歌わせるのか。
聞かせるのか。
紹介するのか。
教育委員会の担当者は慎重に答えた。
「現時点では、歌わせることも、音源を聞かせることもしない方針がよいと思っています」
澪は少し安堵したようだった。
「はい」
「ただ、ナニャドヤラについては、これまで通り祭りの歌として扱うことになります。その説明をどう変えるかですね」
村内小学校の教員が言った。
「“由来不明の不思議な歌”ではなく、“いくつもの記憶が重なっている歌”と説明するのはどうでしょう」
佐野が頷いた。
「資料館の表現とも合います」
中学校の教員が言った。
「中学生には、なぜ一つの由来に決めつけないのかを考えさせてもいいかもしれません」
相馬が微笑んだ。
「とても良いと思います」
坂本がホワイトボードに整理した。
小学校。
名前を大事にする。
伝承には、長く語られなかった名前がある。
由来を一つに決めつけない。
現地を面白半分で扱わない。
中学校。
資料を読む。
書かれたこと、書かれなかったこと。
本帳と外控。
未確定を断定しない。
伝承と記録の違い。
故人の尊厳と地域生活への配慮。
高校生以上、または希望者。
女名控を読む会への参加。
資料館の更新コーナーを使った学習。
専門家講話。
取材と発信の倫理。
怜司は、その整理を見ながら思った。
これは、新聞記事よりも長く残るかもしれない。
子どもたちが、地域の話として学ぶ。
アラムを謎としてではなく、名前として知る。
リクを確定した母名としてではなく、呼ぼうとされた名として知る。
カヨを美談ではなく、守ろうとして守れなかった人として知る。
読めない名を、読めないまま置いておくことを学ぶ。
それは、村の未来に関わる。
会議の途中、小学校の教員が言った。
「一つ心配があります」
「何でしょう」
坂本が尋ねる。
教員は少し言いにくそうにした。
「子どもたちが家に帰って、親や祖父母に質問すると思います。家によっては、聞かれたくないこともあるかもしれません」
部屋が静かになった。
その通りだった。
学校で扱えば、子どもは聞く。
「アラムって誰?」
「カヨって本当にいたの?」
「どうして隠したの?」
「うちは知っていたの?」
その問いは、家庭に戻る。
それに耐えられるのか。
澪が、ゆっくり口を開いた。
「全部に答えなくていい、と一緒に伝えられませんか」
「全部に答えなくていい?」
「はい」
澪は言った。
「子どもに質問された大人が、分からないと言ってもいい。まだ考えていると言ってもいい。学校で、そう伝えてもらえれば、少し楽になる気がします」
怜司は、深く頷いた。
分からないと言っていい。
それは、ここまで村が学んできたことでもある。
小学校の教員がメモした。
「家庭向けのお知らせにも入れましょう」
教育委員会の担当者も頷いた。
「保護者向け説明文が必要ですね」
坂本が言った。
「役場と学校で作りましょう。資料館の表現とも合わせます」
少しずつ、形になっていく。
学校で教えるだけではない。
家庭へも、分からないまま受け止める余地を渡す。
会議の最後に、教育委員会の担当者が言った。
「まずは試行的に、資料館見学と組み合わせた地域学習を一回行いましょう。対象は中学生の希望者から」
「希望者?」
怜司が尋ねると、担当者は頷いた。
「いきなり全員必修にするのではなく、関心のある生徒と小さく始めたい」
坂本が少し笑った。
「この村は、小さく始めることが増えましたね」
澪も笑った。
「その方が合っている気がします」
小さく始める。
かよ節の共有もそうだった。
資料館展示もそうだった。
読む会もそうだった。
学校も、そう始める。
その日の夜、怜司は原稿を書いた。
仮題。
――子どもたちに、どう伝えるか
冒頭は、会議室のホワイトボードに書かれた「名前を大事にする」という言葉から入った。
本文では、学校で扱うことの難しさを書く。
アラムが子どもだったこと。
だからこそ、今の子どもへ伝える意味があること。
しかし、悲劇として押しつけてはいけないこと。
善悪を単純化してはいけないこと。
家に問いが戻ること。
小学校、中学校、高校生以上の段階分けも書いた。
歌は歌わせない。
音源は聞かせない。
かよ節の歌詞も扱わない。
まず、名前と記憶、資料の読み方から始める。
澪の言葉を入れた。
――子どもたちが、アラムをかわいそうな子としてだけ覚えてしまうことが怖い。
相馬の言葉。
――年齢ごとに、扱う深さを分けるべきです。
教員の言葉。
――子どもたちの問いは、家庭に戻る。
そして、澪のもう一つの言葉。
――全部に答えなくていい、と一緒に伝えられませんか。
記事の最後に、怜司はこう書いた。
――地域の歴史を学ぶことは、答えを覚えることだけではない。分からないことを分からないまま扱うこと、名前を急いで物語にしないこと、大人もまだ考えていると伝えること。それもまた、次の世代へ渡す学びになる。
翌朝、第十八回が公開された。
――雪の下の名 第十八回
――子どもたちに、どう伝えるか 地域学習が向き合う名前と記憶
反応は大きかった。
教育関係者からのコメントが多かった。
「未確定を学ぶ授業は大事」
「小中で扱う深さを分けるのは現実的」
「全部に答えなくていい、を保護者にも伝えるのは救い」
「地域学習は美談になりがちなので、この視点は必要」
「歌を歌わせない判断がよかった」
一方で、反発もあった。
「子どもに重すぎる」
「学校で扱う必要があるのか」
「地元の誇りを傷つけるのでは」
「逆に隠す方がよくない」
怜司は、その意見も記録した。
学校で扱う以上、反発は避けられない。
だからこそ、小さく始める。
昼過ぎ、澪から連絡が来た。
「記事、祖母が読みました」
「何と?」
「“アラムも、子どもたちに怖がらせるために戻ってきたわけじゃない”と言っていました」
怜司は、その言葉に目を閉じた。
「はい」
「それから、“名前を大事にするなら、いい”と」
「ありがとうございます」
電話を切った後、怜司はしばらく机の前で静かにしていた。
アラムは、子どもたちを怖がらせるために戻ってきたのではない。
その通りだった。
では、何のために。
たぶん、問いを渡すために。
名前を呼ぶとは何か。
帰る場所とは何か。
分からないものをどう扱うか。
誰かを面白い話にしないとはどういうことか。
それを、次の世代へ渡すために。
夕方、教育委員会から連絡が来た。
中学生希望者向けの資料館学習の日程が決まったという。
二週間後。
対象は十数名。
怜司は、取材として同席を依頼された。
ただし、子どもたちの名前や顔は出さない。
発言も、本人と保護者確認が必要。
授業を記事の材料にしすぎない。
その条件で、怜司は了承した。
夜、手帳を開いた。
次の仮題を書く。
――名前を学ぶ日
中学生たちが、資料館でアラム、カヨ、リク、読めない名と向き合う日。
子どもたちは、何を聞くだろう。
大人たちが長く避けてきた問いを、まっすぐ言うかもしれない。
その時、大人はどう答えるのか。
怜司は少し怖くなった。
しかし、その怖さは悪いものではなかった。
次へ渡す時の怖さだった。
お読みいただきありがとうございます。
第42話では、地域学習として子どもたちにどう伝えるかが話し合われました。
小学生には「名前を大事にする」ことから。
中学生には「資料を読む」ことから。
そして、大人も「分からない」と言っていい。
次回は、中学生希望者が資料館で学ぶ日へ進みます。
子どもたちの問いが、大人たちをもう一度試します。




