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雪のゴルゴタ ― 青森に眠る男 ―  作者: たむ


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第十二話 燃える座帳

十和田悠一が残した最後の声。

その地図が示していたのは、旧集会所だった。


そこには、村の寄合座が残した「座帳」がある。

アラムの死、伊佐衛門の冤罪、清之進の罪。


すべてを記した最後の記録を、榊原道隆は燃やそうとしていた。


※本作は、青森県に伝わる「キリストの墓」伝承を題材にしたフィクションです。

※実在の宗教、信仰、団体、地域、人物を否定・揶揄する意図はありません。

※作中の歴史解釈、文書、事件、人物関係は物語上の創作です。

旧集会所の屋根の上に、黒い煙が立っていた。


雪の白さの中で、それは異様なほどはっきり見えた。


三上怜司は、息を切らしながら坂を駆け上がった。足元の雪が深く、踏み込むたびに膝まで沈む。肺が痛い。喉が焼ける。けれど止まれなかった。


旧集会所は、森の外れに建つ古い木造の建物だった。


かつて村の寄合に使われていた場所だという。今はほとんど使われておらず、屋根も壁も雪と風に晒されて傷んでいる。だが、そこに村の意思決定の記録――座帳が残されている。


罪は血にあらず、座にあり。


伊佐衛門の誓いに刻まれていた言葉。


怜司には、その意味がようやく分かりかけていた。


罪は、清之進一人の血筋にあるのではない。

十和田家だけにあるのでもない。

三上家だけにあるのでもない。

葛原家だけにあるのでもない。


村が決めたのだ。


アラムの死を隠すことを。

伊佐衛門に罪を背負わせることを。

清之進を身代わりとして葬ることを。

その後、すべてを美しい伝承に変えることを。


座帳は、その証拠だった。


それが燃えれば、残るのはまた口伝だけになる。


誰かが都合よく語り直せる。

誰かが切り取り、売り、飾り、利用できる。

アラムも、伊佐衛門も、悠一も、また物語の中へ閉じ込められる。


「急いで!」


澪が叫んだ。


彼女は怜司の少し前を走っていた。足取りは危ういが、迷いはない。十和田悠一の和紙を読んでから、彼女の中で何かが決まったようだった。


久我透はさらに前を走っている。


額の傷から血が滲んでいるのに、速度を落とさない。父・久我玲一の死を隠した記録。その周辺にいる者たちの名前。彼にとって座帳は、父がなぜ消えたのかを証明する最後の手がかりでもあった。


「榊原!」


透が叫んだ。


旧集会所の引き戸は半分開いていた。


中から、赤い光が漏れている。


火だ。


怜司は扉の前まで来ると、熱を感じた。


中はすでに煙で満ち始めていた。畳の一部が燃え、壁際の古い棚にも火が移りかけている。炎はまだ建物全体を包むほどではないが、時間の問題だった。


そして、その奥に榊原道隆がいた。


片手には古い帳面。

もう片方の手には、火のついた紙束。


顔には煤がつき、防寒着は破れている。それでも榊原の目は異様な光を帯びていた。


「来たか」


榊原は笑った。


「三上宗一郎の息子」


怜司は咳き込みながら中へ踏み込んだ。


「座帳を渡してください」


「これは村のものだ」


「だから燃やすんですか」


「村のものだから、村のために処分する」


透が叫んだ。


「ふざけるな!」


榊原は透を見た。


「久我玲一の息子か。お前の父も同じだった。記録があれば真実が守られると思っていた」


「違うのか」


「記録は使う者次第だ」


榊原は手にした帳面を掲げた。


「これが外へ出ればどうなる。村は罪の村と呼ばれる。十和田は人殺しの家、三上は罪を被った家、葛原は隠蔽の家。アラムは悲劇の子、伊佐衛門は冤罪の聖人。結局、また物語になる」


「だから燃やす?」


怜司は一歩前へ出た。


「それは守ることじゃない。あなたが語り直す余地を残すためです」


榊原の目が細くなった。


「何?」


「記録がなければ、あなたはまた好きなように話を作れる。村を守るため、観光のため、伝承文化のため。きれいな言葉で、何度でも死者を利用できる」


榊原は笑みを消した。


「若いな」


「さっきも聞きました」


「記録があれば救われると思っている」


「救われるとは思っていません」


怜司は煙を吸い込み、咳をした。


それでも目を逸らさなかった。


「でも、記録がなければ、何度でも殺される」


その言葉に、榊原の顔がわずかに歪んだ。


澪が中へ入ろうとした。


煙に咳き込み、膝をつきかける。


怜司は振り返った。


「澪さん、外に」


「嫌です」


澪は立ち上がった。


「これは十和田の罪でもあります。外で待つわけにはいきません」


「危険です」


「分かっています」


彼女は榊原を見た。


「その帳面には、清之進の名がありますね」


榊原は答えない。


「十和田清之進がアラムを殺したこと。寄合座がその罪をどう処理したか。伊佐衛門に何を背負わせたか。全部、書かれているんですね」


榊原は帳面を握りしめた。


「知ってどうする」


「背負います」


澪は即答した。


「ただし、あなたの都合のいい形ではなく」


「十和田の娘が、先祖の罪を世に晒すのか」


「晒すのではありません」


澪の声は震えていた。


だが、確かだった。


「名前を戻すんです。清之進の罪も、伊佐衛門の冤罪も、アラムの死も。きれいにしない。隠さない。売らない」


榊原は低く笑った。


「理想論だ」


「はい」


澪は認めた。


「でも、理想論を捨てた結果が、この墓です」


炎が畳を舐め、ぱちぱちと音を立てた。


集会所の柱に火が移り始めている。


外から警官の声が聞こえた。


「全員、外へ! 消防が来るまで危険です!」


だが、榊原は動かない。


「榊原さん」


怜司は言った。


「座帳を渡してください」


「渡せば、お前は記事にする」


「します」


怜司は嘘をつかなかった。


「ただし、すぐには出しません。確認し、専門家を入れ、関係者に話を聞き、現場の保全が済んでからです」


「遅い」


「早ければいいものではありません」


「久我玲一もそう言われて止められた」


その名に、透の目が鋭くなる。


榊原は続けた。


「あの男は正しかった。四十年前に全部出していれば、今のようにはならなかったかもしれない。だが宗一郎は止めた。葛原は隠した。十和田は歌に戻した。そして村はまた嘘を重ねた」


「あなたも重ねた」


怜司が言った。


「違う。私は嘘を活かした」


榊原は帳面を胸に抱いた。


「伝承とは、そういうものだ。事実の死骸に、人が意味を着せる。それが文化だ」


「違います」


「違わない」


「少なくとも、アラムはそれを望んでいない」


榊原は怒鳴った。


「死者が何を望むかなど、生きている者には分からん!」


その叫びに、一瞬だけ全員が黙った。


榊原の本音だった。


死者の意志は分からない。

だからこそ、生きている者が意味を決める。


それは傲慢だ。


だが同時に、避けられないことでもあった。


怜司も、アラムの望みを本当に知っているわけではない。

伊佐衛門の望みも、悠一の望みも、父の望みも。

すべて、残された断片から推し量っているだけだ。


それでも。


「分からないから、勝手に決めないんです」


怜司は言った。


榊原の目が揺れた。


「分からないから、記録する。分からないから、断定しない。分からないから、名を消さない」


怜司は一歩進んだ。


「あなたは、分からないことに耐えられなかった。だから物語にした」


榊原の手が震えた。


火のついた紙束が床へ落ちる。


炎が広がる。


透が動いた。


「もう時間がない!」


彼は榊原に飛びかかった。


榊原は帳面を抱えたまま身を引く。二人がもみ合い、古い机にぶつかった。机が倒れ、灰と書類が舞い上がる。


「透さん!」


怜司が駆け寄る。


その瞬間、天井から焦げた木片が落ちた。


澪が叫ぶ。


「危ない!」


怜司は反射的に身を伏せた。


木片が床に落ち、火花が散る。


煙が濃くなる。


目が痛い。

息が苦しい。


榊原は透を振りほどき、帳面を火の方へ投げようとした。


「させない!」


澪が走った。


彼女は煙の中を抜け、榊原の腕にしがみついた。榊原は振り払おうとする。澪は倒れそうになりながらも離さない。


「十和田の娘が!」


榊原が怒鳴る。


「離せ!」


「離しません!」


澪の声が炎の音に混ざる。


「十和田は、もう歌で隠さない!」


その瞬間、彼女は歌い始めた。


ナニャドヤラ。

ナニャドナサレノ。

ナニャドヤラ。


煙の中で、澪の声が響いた。


掠れている。

咳き込んでいる。

それでも歌は途切れなかった。


ウミノコ、ツミノヒト、コエノモリ。

ミツガソロエバ、ユキハトケル。


海の子。

罪の人。

声の守り。


三つの名が揃えば、雪は解ける。


怜司は、文箱の中の和紙を思い出した。


アラム。

三上伊佐衛門。

十和田悠一。


三つの名。


「澪さん、歌って!」


怜司は叫んだ。


澪は咳き込みながらも続けた。


「アラム!」


彼女は名を呼んだ。


「三上伊佐衛門!」


怜司も続けた。


「十和田悠一!」


透が叫んだ。


三つの名が、燃える集会所の中に響いた。


その時、奇跡が起きたわけではない。


火が消えたわけでも、雪が溶けたわけでもない。


ただ、榊原の手が止まった。


帳面を火へ投げる直前で。


彼は呆然と、三人を見た。


「なぜ……」


榊原の声は小さかった。


「なぜ、そこまで死者にこだわる」


怜司は煙の中で答えた。


「死者にこだわっているんじゃありません」


彼は榊原に向かって手を伸ばした。


「生きている僕たちが、これ以上嘘で生きないためです」


榊原の顔が崩れた。


ほんの一瞬だけ、彼は疲れた老人に見えた。


村を残したかった男。

嘘を利用した男。

死者の名を商品にしようとした男。

だが、その奥にあったのは、消えていく村への恐怖だったのかもしれない。


それでも、許されるわけではない。


透が榊原の腕を掴み、帳面を引き剥がした。


怜司が受け取る。


古い帳面は熱を帯びていた。表紙の端が少し焦げている。だが、中はまだ燃えていない。


「取った!」


怜司が叫ぶ。


外から警官たちが飛び込んできた。


「全員出ろ!」


今度こそ、逃げなければならなかった。


怜司は帳面をコートの内側に抱えた。澪の腕を掴み、透が榊原を押し出す。警官たちが後方を支えながら、全員で燃える集会所を出た。


外へ出た瞬間、冷たい空気が肺に流れ込んだ。


怜司は雪の上に膝をつき、激しく咳き込んだ。


澪も隣で咳をしている。

透は肩で息をしながら、榊原を睨んでいた。

榊原は警官に押さえられ、雪の上に座り込んでいる。


集会所の中では、まだ炎が揺れていた。


消防のサイレンが近づいてくる。


怜司はコートの内側から座帳を取り出した。


焦げている。

濡れている。

だが、残っている。


澪が震える手でそれを見た。


「開けますか」


警官が近づいた。


「現場資料として保全します。ですが、内容確認は必要です」


怜司は頷いた。


「写真を撮ってください。すぐに」


警官が記録用のカメラを準備する。


澪は手袋をはめた。


「私がページをめくります」


「無理しないでください」


怜司が言うと、澪は首を横に振った。


「これは、十和田も見るべきものです」


座帳の表紙には、古い筆文字があった。


寄合覚書。


年月は、かなり古い。


澪が慎重に表紙を開く。


乾いた紙の匂いと、煙の匂いが混ざる。


最初の数ページは、村の土地や水路、祭りに関する記録だった。やがて、あるページで澪の手が止まった。


「ここです」


文字は古く、読みづらい。


だが、名前が見えた。


阿良牟。


「アラム……」


澪が呟いた。


当て字だった。


阿良牟。


その隣に、三上伊佐衛門。

十和田清之進。

そして、寄合座の名。


怜司は息を止めた。


警官が写真を撮る。


澪が震える声で読み上げた。


「阿良牟、海辺より来たりし童。十和田家にて匿う。異言を話し、布に異字あり……」


ページの下へ目を移す。


「清之進、恐れにより童を害す」


澪の声が詰まった。


それでも、彼女は読んだ。


「伊佐衛門、これを咎め、童を海へ返さんとす。寄合、村の乱れを恐れ、事を秘すことを決す」


怜司は拳を握った。


記録だ。


ついに、口伝ではない記録が出た。


「続きは」


澪はページをめくった。


「伊佐衛門、罪を負うことを拒む。されど童の墓を荒らされぬため、沈黙を選ぶ」


怜司の胸が痛んだ。


伊佐衛門は、完全に受け入れたわけではなかった。


拒んだ。

咎めた。

それでも、アラムの墓を守るために沈黙した。


その人間らしい葛藤が、そこにあった。


澪はさらに読んだ。


「清之進、表向きは身代わりの者として葬る。伊佐衛門、後に聖なる者の名を被せ、村外の問いを避けること……」


「ひどい」


透が呟いた。


「ひどすぎる」


怜司は頷いた。


だが、ページはそこで終わっていなかった。


さらに後年の追記がある。


昭和四十八年。


怜司の心臓が強く鳴った。


澪も気づき、ページを押さえた。


「ここから、筆跡が変わっています」


葛原老人が、警官に支えられながら近づいてきた。


その顔は蒼白だった。


「それは……わしの字だ」


怜司は葛原を見た。


「あなたが書いたんですか」


葛原は頷いた。


「宗一郎に、書けと言われた」


「父が?」


「座帳に残さなければ、また繰り返すと言っていた」


怜司は息を呑んだ。


父は、隠しただけではなかった。


記録させていた。


葛原は震える声で続けた。


「だが、わしは全部を書けなかった」


澪が昭和四十八年のページを読んだ。


「久我玲一、海見の場に至る。三上宗一郎、これを止む。葛原修二、揉み合いの末、久我玲一を崖下へ落とす。十和田悠一、これを見届け、村へ告げんとす……」


怜司の指が震えた。


「続きは」


澪は読み進めた。


「悠一、雪崩に巻かれ沢へ落つ。宗一郎、救助を試みるも、修二これを止む。宗一郎、一度退く」


一度退く。


その言葉が、怜司の胸を抉った。


父は一度、退いた。


助けを求める悠一を置いて。


澪は続けた。


「夜半、宗一郎戻り、悠一を発見。悠一、己が歌を墓へ納めることを望む。宗一郎、これを受ける」


怜司は目を閉じた。


父の罪。

父の弔い。

父の弱さ。


すべてがそこにあった。


だが、最後の行で澪の声が止まった。


「どうしました」


怜司が聞く。


澪はページを見つめたまま、顔を強張らせていた。


「ここに、もう一行あります」


「読んでください」


澪はゆっくり読み上げた。


「榊原道隆、この記録を外へ売ることを提案。宗一郎、これを拒み、座帳を封ず」


全員が榊原を見た。


榊原は雪の上で俯いていた。


怜司は理解した。


榊原は四十年前から、同じことを考えていた。


村の罪を売り物にすることを。

伝承を商品にすることを。

アラムも、伊佐衛門も、久我玲一も、すべてを「物語」に変えることを。


父は、それを拒んだ。


しかし、公表もできなかった。


だから、座帳を封じた。


父は正しかったのか。

間違っていたのか。


答えはまだ出ない。


だが、父が何と戦っていたのかは、少し分かった。


怜司は榊原の前に立った。


「あなたは、四十年前からアラムを売ろうとしていた」


榊原は顔を上げない。


「村のためだ」


その声は、もう弱かった。


「いいえ」


怜司は言った。


「あなた自身のためです」


榊原は反論しなかった。


消防が到着し、集会所の消火が始まった。雪と水と煙が混ざり、朝の空へ上がっていく。


座帳は警察の証拠袋に入れられた。


その前に、怜司はページの写真を一枚だけ見た。


阿良牟。

三上伊佐衛門。

十和田悠一。

久我玲一。

三上宗一郎。


名前が並んでいる。


もう、ただの伝承ではない。


人がいた。


選んだ人がいた。

間違えた人がいた。

隠した人がいた。

語ろうとした人がいた。


怜司は雪の上に立ち、深く息を吸った。


煙の匂いが混ざっていた。


だが、その奥に、わずかに水の匂いがした。


海ではないかもしれない。


それでも、アラムの名を呼ぶには十分だった。


「阿良牟」


怜司は、座帳に記された字でその名を呼んだ。


澪が続いた。


「三上伊佐衛門」


透が、少し迷ってから言った。


「十和田悠一」


葛原老人が、震える声で続けた。


「久我玲一」


最後に、怜司は言った。


「三上宗一郎」


父の名を呼ぶと、胸が痛んだ。


許したわけではない。


許せたわけでもない。


だが、父を沈黙の中へ閉じ込めることだけは、もうやめようと思った。


父もまた、名を返されるべき一人だった。


弱かった者として。

間違えた者として。

それでも、最後に記録を残そうとした者として。


澪が隣で静かに言った。


「雪が、少し解けていますね」


足元を見ると、火の熱と朝日のせいで、雪が泥水に変わり始めていた。


三つの名が揃えば、雪は解ける。


歌の言葉は、奇跡ではなかった。


けれど、確かに雪は解け始めていた。


怜司のスマートフォンが震えた。


編集部からのメッセージだった。


――続報、待っている。だが無理に急ぐな。お前の判断で書け。


怜司は画面を閉じた。


書くべきことは増えた。


だが、今すぐ全部を書く必要はない。


座帳が保全された。

名前が記録された。

榊原は止められた。


次に必要なのは、物語ではない。


証言だった。


澪が言った。


「これから、どうしますか」


怜司は燃える集会所を見た。


消火の水が、黒い煙を押し流している。


「聞きます」


「誰に?」


「生きている人たちに」


怜司は答えた。


「葛原さんに、あなたのお祖母さんに、透さんに、村の人たちに。そして、父の残したものをもう一度調べます」


「記事は?」


「書きます」


怜司ははっきり言った。


「ただし、結論だけを書く記事にはしません。誰が何を恐れ、何を守り、何を間違えたのか。そこまで書きます」


透が近づいてきた。


「父のこともか」


「はい」


「宗一郎のことも?」


怜司は少しだけ沈黙した。


そして頷いた。


「はい。父のことも」


葛原老人が目を伏せた。


十和田の祖母が、小さく歌を口ずさんだ。


ナニャドヤラ。

ナニャドナサレノ。

ナニャドヤラ。


その歌は、もう秘密の歌ではなかった。


少なくとも、怜司にはそう聞こえた。


火は少しずつ弱まっていく。


旧集会所は半分ほど焼けてしまったが、座帳は残った。


完全ではない。

きれいでもない。

焦げて、濡れて、ところどころ欠けている。


けれど残った。


人間の記録として。


怜司は、父の文箱を胸に抱いた。


その中には、父の手紙と、悠一の歌が入っている。


真実を暴くな。

名を返せ。

村を裁くな。


そして。


見ていた者は、いつか語らねばならない。


怜司は静かに頷いた。


自分は、見てしまった。


ならば、語らなければならない。


ただし、奪わない形で。


雪の向こうに、朝の光が広がっていく。


第一章の夜は、ようやく終わった。


けれど、記事を書く朝は、ここから始まる。

お読みいただきありがとうございます。

第12話では、榊原が燃やそうとした「座帳」が守られ、アラム、伊佐衛門、清之進、久我玲一、十和田悠一、そして三上宗一郎に関わる記録が明らかになりました。


これで第一章の大きな謎は一区切りです。

次回からは、怜司が記事を書くために証言を集める第二章へ入れます。


次章では、

「真実をどう書くか」

「村はどう変わるのか」

「父・宗一郎を怜司がどう受け止めるのか」

を中心に進められます。

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