幕間 父の葛藤
朝霧の父、九醸八切は、朝霧の更生を任されていた。
事の起こりは、八月の終わり。三御坂学園の林間学校である。
三御坂学園の一年時に行われる林間学校は、毎年夏休みの最後の方に行われる。
その林間学校で八切の息子、朝霧が大問題を起こしたのだ。
朝霧は意中の女生徒を空き部屋に連れ込み、乱暴しようとしたのである。
本当にありえないことだ。八切の周りの人間にその様な卑怯な人間はいなかっただけに、彼は強い憤りを覚えた。
幸い、事は未遂に終わった。
一生家の子息に制裁を受け、阻止されたのだ。
息子をやや過剰に痛めつたてことに関しては思う所があるものの、八切はおおむね感謝していた。
むしろ過剰に痛めつけられたことで、朝霧の処遇が良い方に首の皮一枚繋がったと言える。
九醸家の密偵により事実確認もして、本当に朝霧がやらかしたのだと知ると、八切の妻と義父が明らかに狼狽えていた。
朝霧に激甘な二人だが、この時ばかりは流石に庇いきれないと思ったのだろう。それだけの行いである。
基本的に朝霧さえ関わらなければ公明正大の二人であるので、この時ばかりは苦悶の表情を浮かべていた。いつものように甘やかしで処理できる範囲を超えていたからだ。
その状況で八切は絶好の機会とばかりに提案をする。朝霧の更生を任せてくれと。
八切はかねてより思っていたのだ。妻と義父への朝霧の甘やかしは目に余ると。
どう考えても良くはない。だが、良くないと分かっていても止めきれなかった。
妻と義父の抱える亡き義母への強すぎる思い、その行き場が朝霧だった。
愛する妻と尊敬する義父の抱える悲しみを、それを慰めるための生贄が朝霧だったのだ。
ソレをまずいと思いながらも、八切は黙認していたのだ。
婿養子の立場もあって、強く言えないと言うのも確かにある。だがそれだけではない。
ただただ妻と義父の悲しみが深かったのだ。失った義母への想いが、深かったのだ。
それを思うと、咎めきれなかった。
しかし、状況は変わった。
散々甘やかしてきた二人は口を出せず、八切が直接朝霧を指導できる状況が、ついに巡ってきたのだ。
八切は二人を海外への出張へ行かせた。あとは自分に任せて欲しいと、自分が朝霧を更生させてみせると。
近くにいては、絶対にまた甘くしてしまうからと、二人を遠くへと追いやった。
事が事だけに、二人は渋々従った。
こうして八切の朝霧更生プログラムが始まる。
八切の考えはこうだ。まず、朝霧を徹底的に追い詰める。朝霧を過酷な環境に起き、いかに自分がどうしようもない無力な存在であるかを自覚させる。
そして、一回自尊心を完全に打ち砕いてから、優しく丁寧に物を教え、更生していくのだ。
まあ、一種の洗脳であるのだが、女子を強姦しようとするほどに間違ってしまった人間だ。
正すにはそれくらいしなくてはならない。
こうして始まったのが、件の「朝霧勘当」の一幕である。
そして。
ここから八切の受難は始まることになる。
まず翌日。
朝霧が暮らすアパートから謎の美少女が突然現れる。
この時点で現場と八切は大パニックである。
何せずっと監視していたアパートから、いるはずのない美少女がでできたのだ。驚かないはずがない。
しかもその美少女が推定九大家の度を越した美少女であったので、もう現場は大混乱である。
下手すれば九大家同士の全面戦争だ。流石に日和るしかなかった。朝霧こと謎の美少女が切羽詰まった様子でなかったことも様子見する要因である。
加えて朝霧の行方がわからなくなったのが混乱にさらに拍車をかけてしまった。
八切はこの時、九大家同士の全目戦争を避けるために、いざとなれば朝霧を切捨て、そして妻と義父に殺される運命を覚悟した。せめて九醸の家への被害を最小限にすべく慎重に動いた。
とにかく、朝霧の捜索と美少女の監視を続けるしかなかった。妻と義父のに連絡すれば朝霧の人命優先の指示が飛び全目戦争待った無しになる可能性があるので言えなかった。
この時点で誰も性転化の可能性は考えていない。見た目も言動も違いすぎるので、同一人物という発想がなかったのだ。まさか勘当初日にいきなり性転化するとも考えていなかった。
ーーーー
そして混乱は収束する。
それは星河大学病院からの電話によりもたらされる。
その内容は朝霧が性転化したため、本人証明するために両親の毛髪を病院に送って欲しいというものだった。
そう、かの美少女の正体は朝霧本人だったのだ。
八切は驚愕するとともに、これは好機と考えた。
勘当され、心細い一人暮らし、女性化してより非力となる。
これは自尊心崩壊まったなし、再教育が捗る、と。
勿論、監視の目は倍以上に増やす。万一自殺などされては敵わない。どんなになっても可愛い子供であることは変わらない。今度こそ何が起きても大丈夫なよう、万全を期すのだ。
そして、朝霧が自身を顧みることが出来たその時は、仕事を休んでも時間を作り、手づから教え導こう。
自分の毛髪と、夫婦の寝室から見つけた妻の毛髪を回収して、部下にソレを直接持っていかせ、八切は再教育プランを練り直すのであった。
そして。
八切の思惑は外れる。
朝霧は「冷静」と「忍耐」を獲得したことにより、既に己を顧みていた。
そして、まさか自罰の為に「自尊心崩壊の為の最低限生活」を音を上げずに続行するとは欠片も思っていなかったのだ。
加えて。
亡き義母と瓜二つになった朝霧が帰って来ないことに憤怒した妻と義父に、激しく詰られることになろうとは…
この時の八切は、知る由もなかった。




