罠にかかる。
「文目さん、カッコよかったぁ」
くふくふと笑いながら回想する朝霧。
思い出すのは先程まで行われていた朱色合戦だ。
朝霧が応援合戦でチアリーダーを務めたあと、翔輝祭のメインイベントである朱色合戦が始まった。
朱色合戦では文目が小学生ながら無双していた。
先祖返りを果たし、伝説の武人の力の一端を手にした文目はまさに鬼神の如き強さであった。
並み居る強者を、刹那のうちに朱に染めていく。
どの武人も文目の動きに一拍遅れて反応していた。皆が、文目の残像しか追えていなかったのだ。
だが、そうでない人間もいる。
そう、九大家の懐というのはそう浅いものではない。
たかが、先祖返りした程度で最強になれるほど甘くはない。
「貴様に妹はやらんっ!」
そう、又従兄弟である朝霧を妹と言い張る男、五業芳一である。
まぁ、朝霧の保護者の主家は五業であるので、妹的立場と言えばそうなのだが、多分なにか色々違う。
とはいえ、五業芳一は強かった。
見た目は地味なのに、ありえないほど強かった。
彼は超高速で動く文目の動きを完璧に捉えていて、己へと向かうそのスピードを全く殺すことなく投げ飛ばしてみせた。
超スピードのまま投げ飛ばされた文目は、百メートルほどふっ飛ばされ、校舎に突っ込んで破壊した。
トラックでも突っ込んだかのような破壊規模だったが、文目は当然無傷だ。その程度で損傷するような肉体強度ではない。
無傷なので合戦は継続可能。そう思われたが、そうはならなかった。
「終わりだ」
「…………くそ、いつか負かす」
吹っ飛ばした先に待ち構え、校舎破壊の際の滅茶苦茶に紛れ、ここぞとばかりに斬撃を浴びせまくったのだ。
投げ飛ばした物体より早く動いて先回りするとか、訳がわからない。
わかるのは、現時点の文目より芳一の方が数段上の実力であるということだった。
「あはは、文目さん朱まみれになってる」
執拗な芳一の斬撃により朱色まみれになった文目を見て、濡れタオルを持って彼の元へと向かう朝霧。
動体視力が凡人以下の朝霧は、文目の行った戦闘の、その殆どを捕捉できていない。
なんなら、ちゃんと見えたのは芳一に負けを認めた今この時だ。つまり合戦の文目の勇姿を見れていないのだ。
でも朝霧は満足だった。
戦いが始まる前にチラリとこちらを見た時の、凛々しい眼差し。
そして全てが終わった後の、悔しそうで男らしい表情。
その二つしか、ちゃんと見えていないが、十分であった。
なぜなら朝霧はどんな文目だって好きだからだ。
その一瞬一瞬の文目を愛しているからだ。
たとえ無様に負けていたのだとしても、朝霧にとっては、一番かっこ良くて一番愛しい人なのであった。
「文目さーん!ふいたげるー」
ーーーー
「九醸朝霧先輩、よろしいですか?」
朱色合戦も終わって、体育祭も終わろうとしていた時。
不意に朝霧は声をかけられる。
「ん、誰だっけ?」
「…っ、四天雛子と申します」
一瞬だけ、四天雛子が腹ただしげな顔をする。
それは「私はお前を知っているのに」という感情からくる怒りであった。
だが、それを瞬間で隠して無邪気で無害な小学生の皮を被る。
「…そういえば文目さんのそばにいるのを何回か見たことあるね」
「そ、そうです」
実のところ朝霧は四天雛子の事を知っている。というか文目に近づく害虫は全部、顔と名前を覚えている。知っていて惚けたのだ。相手の調子を乱す為に。単に地味な嫌がらせをしたかったというのもある。
「それで、なに?」
「実は、文目様が朝霧先輩のことを呼んでおりまして、案内をするように申しつかっております」
「そっか、じゃあいこうか」
「えっ、あ、はい、こちらです」
なんの疑いも躊躇もなく了承した朝霧を訝しむも、朝霧が脳天気な表情で着いてくるので「そうか馬鹿なんだな」と四天雛子は勝手に納得した。
ちなみに今現在、武蔵は朝霧の着替えを取りに場を外している。
この場から動かぬよう約束しから離れ、その直後に四天雛子が来たというわけだ。
さて。
当然だが、朝霧は四天雛子及び天使詩子が自分をおとしいれようとしているのを知っている。
知らない訳がない。こちらの布陣は強者だらけなのに対して、アンチ朝霧側の布陣はしょうもない俗物ばかり。情報収集力においても勝負にならない。
当たり前の様に、天使詩子が中心となって暗躍しているのを把握していた。
天使詩織、一生直幸、二界正司、体育教師の獅童、そして四天雛子。
この五名が中心となって、朝霧アンチを裏から操っているのは調べがついている。
というか、朝霧側の陣営からすれば「本当に隠してるの?」と聞きたくなるような杜撰さであり、つまり奴らの行動は筒抜けなのだ。
今回、天使詩織は朝霧を拐かしてから殺す計画を立てていた。
はっきり言って「それで足がつかない訳ないよね?」というような穴だらけの計画である。
しかし天使詩織は「朝霧を殺しさえすればなんとかなる」と思い込んでいる様で、計画は最低限の隠蔽はしてあるものの実にザルだ。
加えて天使詩織を助ける他のメンバーは「九醸朝霧を殺さねば、天使詩織が殺されてしまう」と思い込んでいるらしく、自分達は正義であると信じている。正義と信じるが故に、計画の稚拙さが気になっていない様だった。だって、正義の行いならバレても問題ないから。
実に、全てが、愚かである。
今にして思えば、九醸明咲は入念に準備をしていたものだ。明咲は曲がりなりにも有能であり、そして天使詩織達は低能であるということだろう。
本当はこんな低能な輩なら、放っておいても問題ない。
別にこの程度の奴らが何をしたところで、その牙が強者に届くことは無い。
朝霧陣営の実力は天使陣営に比べ、それだけ隔絶的なのだ。
ではなぜ今回、奴らの策略に乗る様な真似をしているのかと言えば、それは朝霧がそうしたいと望んだからだ。
アンチ朝霧の者達は、今、積極的に流している噂がある。
そう、件の「朝霧淫乱説」だ。これは朝霧が元男でありながら、その美貌を活用して男を喰いまくっている変態だという噂だ。
もちろん、こんな噂を信じているのはアンチ朝霧の者達だけだ。
朝霧の親衛隊を始めとした、朝霧に近しい者達はそんな噂を毛ほども信じていない。
だがこの噂に、他ならぬ朝霧がブチ切れていた。
実は朝霧、男としての感性を未だ多く残している。
朝霧は元々、所作だけは優雅だったので、女性化しても立ち振る舞いにさほど違和感は無い。
だが言葉使いは、語調が柔らかくなっただけで変わっていない。
食べ物の好みも変わっておらず、ハンバーグとかが普通に好きだ。(量は格段にたべれなくなっているが)
要するに、人間的にいくらか成長してはいるものの、中身は割とと変わっていないのだ。
そして、実は性の対象は女性のままだ。
朝霧が文目を好きなのは、あくまで出会いが女性であったからだ。
朝霧は文目との出会いの膝枕で、年下美少女にバブみを感じ、最初から好みの異性として見ていた。そして、好きから始まった文目への好感度は天井知らずのうなぎ登り。
そこに、命を救われた際の吊り橋効果で、恋へと叩き堕とされたのだ。
朝霧は、というか九醸は「好きになった人が好きなタイプ」という人種の究極系。
愛した人を愛し抜き、好きになった人を好きになり続けるのだ。
朝霧が「この人の子を産んでもいい」と思うほどに文目を愛しているのは、一重に「男になる前に好きになっていたから」だ。
そんな朝霧に対しての「朝霧淫乱説」である。
これは最早、朝霧に対しての侮辱以外の何者でも無い。
ただただ、気持ちが悪かった。
朝霧は男が好きなのではない。
文目が好きなのだ。
だから、朝霧は噂の出所を潰したかったのだ。
この手で、速やかに潰したかったのだ。
だが、腐っても九大家のいるグループだ。勝手には潰せない。
天使詩織だけなら、簡単に潰せる。
だが、それでは片手落ちだ。
一生直幸と二階正司と獅堂豪太と害虫の四天雛子。
朝霧は全部まとめて潰してたかったのだ。
だからこそ、この計画だ。
相手の「朝霧殺害計画」に乗る。
その第一段階である「朝霧の拉致」が成功した時点で、現行犯として捉える。
これならば九家法的にも、障害なくスムーズかつ合法的に処せる。
一生と二界と獅堂と四天の家の方にも話しは通してある。
こういう「見込みの無い九大家子息」を処する際は、話を通しておけば向こう様は黙認してくれることが多い。
こういう才の無い「九大家子息」は野放しにしておくと害にしかならない。だから、こうやって前科をつけて「幽閉」するのだ。理由無き「幽閉」は九家法に引っ掛かるが、罪を犯した者ならば黙認されるので都合が良い。
今回、全ての家から良い返事をもらえていた。
「早く文目さんのところに連れてって」
「……いまお連れしますので、急かさないでくださいませ」
そう。
もう、こいつらは詰んでいるのだ。
あと二話!
以下『じみじわ』イントロ。
年に数十件「世界のバグ」と呼ばれる現象が起きる。
この「世界のバグ」の症状は多岐にたり、無駄に強くなったり弱くなったりと色々だ。
見た目が変わってしまうことも結構あり、近年の「世界のバグ」では狼男になったなんてのもあった。
「ロ、ログに世界のバグを受けましたって書いてあ、る?」
そんな中で、性別が変わるバグなど、わりとよくある方といえよう。




