幕間 ヒロインの悲劇 後編
ゲームのストーリーでは、とっくに朝霧が天使詩織を拐かそうとして、それを偶然居合わせた三世雄一郎が助けてくれている筈なのだ。
しかし現実の朝霧はヘタレ過ぎて襲ったりはしない。なのでストーリー通りにはならない。
「あの豚っ!さっさと襲って来なさいよ!」
いつまでたっても、どれだけ待ってもヘタレの朝霧は襲ってこない。当然だ、ゲームの登場人物とは違うのだ。そうやすやすと犯罪を犯す筈もない。
「ああっ!もう!夏休みに入っちゃったじゃない!」
そうしているうちにもう夏休みだ。ゲームでは四月中に出会えているはずなので、これはとんでもない遅れだ。
もちろん天使詩織は三世雄一郎に直接会おうともした。しかし無理だった。
天使は一年、雄一郎は三年。天使は四天の分家、雄一郎は三世の本家。天使はただの生徒、雄一郎は鳳雛会で運動連の総代。
立場が違いすぎて、接点がないのだ。
立場が違いすぎて、近寄れないのだ。
もちろん空気を読まずに突撃すれば会えただろう。しかし、それは難しかった。
天使詩織は夢見がちだがそこまで馬鹿ではないので、キャラ性を逸脱する行為はしなかった。というかできなかった。前世を思い出しても、高校生まで生きてきた天使詩織の意識と記憶はそのままある。なので天使詩織という自分のキャラを壊すことはできなかったのだ。
「どう、すれば」
天使詩織は焦った。しかし、何もできなかった。何をすればいいのかわからなかった。
そしてそのまま、悶々と日々を過ごすのだった。
そのせいで、蛮行に走ったのだ。
「豚が、襲いさえすれば、きっと戻れる」
夏休みに悶々とし続けたせいで、天使詩織は取り憑かれてしまっていた。
自分が主人公であるという妄執に囚われていた。
それだけ、主人公でいられたわずかな日々が刺激的だったのだ。
九大家の子息が次々と(三人だけだが)自分に惚れ込んでいく様は、本当に快感だった。
顔はそこそこ可愛いけどそれだけな人間の、ありきたりで退屈な日々を、塗りつぶしてしまうほどに。
だから、天使詩織は自分を襲わせた。自分の異能を無自覚なままフルに使って。
林間学校に三世雄一郎は来ていないのに、助けに来るのは不可能なのに、襲われさえすれば話しが動くと信じて、朝霧を誘ったのだ。
「やった!お話が動いた!」
最初は喜んだ。
助けに来たのは三世ではなく一生だったが、ストーリーと同じような展開を見せたからだ。
きっとここから変わっていく。いや、元に戻っていくのだと、信じていた。
が。
結局そんな事はなかった。
心配してくれるのは相変わらず一生とニ界だけ。
三世雄一郎が天使詩織を訪ねてくることは、ついぞなかった。
そして。
確信する。
「あの豚が、バグだったんだ!」
全くもってどうしてか心底意味がわからないが。
豚が美少女になっていた。
自分より美少女になって、自分より周りからチヤホヤされていた。
そして。
何故か。
三世永久子と仲良くなっていた。
三世雄一郎の妹である三世永久子と仲良くなっていたのだ。
「あいつ!雄一郎様に近づこうとしているっ!」
天使詩織は三世雄一郎が好きだった。前世より好きだった。
三世雄一郎になんとか出会おうと追いかけ回しているうちに、もっと好きになってしまったのだ。
それは仕方のない事であった。何故なら、ゲームの雄一郎より現実の雄一郎の方が魅力的だからだ。
ゲームより現実の雄一郎の方が力強く思慮深く覇気がある。ゲームの時点で好きだった雄一郎を、天使詩織は現実でより深く愛してしまったのだ。
結局のところ、彼女の妄執の正体はこれだ。
彼女は「三世雄一郎に愛される主人公」でいたかっただけなのだ。
だから、この世界がゲームであると信じたいのだ。
「バグは、消して、修正しないと」
天使詩織は切り札を出すことに決めた。
実は彼女はもう一人、魅了済みの人間がいる。
その人間は教師である。
波長が合いたまたま堕とせてしまっただけなのだが、教師と生徒という立場上、変に噂されては困ると極力学園では会わない様にしていた。
だが、もう、なりふり構ってなどいられない。
使えるものは何でも使うのだ。
「あのぉ、獅童先生ぇ、実は私、虐められててぇ…」
その教師は獅童と言い、朝霧が天使詩織に嵌められた際に、朝霧の言い分を全く聴かずに断罪した教員である。
吉永センセの説教のくだりでちょっとだけ出てきた獅童センセ。
皆様覚えておいででしょうか?




