幕間 ヒロインの悲劇 前編
天使詩織は転生者である。
それもちょっと現実が見えていない、イタい感じの転生者であった。
「やっぱり私は推しの雄一郎と結婚したいわっ!」
高校生になった直後に前世を思い出した天使詩織はそう言い放った。
ちなみに彼女の言う雄一郎とは三世雄一郎の事で、運動連の総代を務める永久子の兄だ。三世雄一郎は彼と永久子の父である行雄に似ていて、豪放磊落で爽やかな男であった。何より顔が良くて、非常に詩織好みなのだ。
「まさか、大好きなハッピーエンジェルポエミーの世界に転生できるなんて!」
この世界は天使詩織が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界である。
…と、彼女は信じ込んでいる。
実際にはこの世界の情景を部分的に受信して「イメージが降りてきた!」とのたまったクリエイターがその勢いのままにゲーム化しただけで、世界観は似通っているものの全体的にゲームナイズドされているため、現実との乖離は大きい。
具体的にはゲーム「ハッピーエンジェルポエミー」では一生、ニ界、三世、四天、そして隠しキャラの五業が攻略対象だが、現実では当然攻略対象などいない。現実なので当然いるはずもない。
そして性格も結構違う。
一生は俺様でニ界は腹黒眼鏡と、ここまでは比較的合っている。この二人に至ってはゲームの設定より社会的地位が低いという致命的な違いはあるものの、見た目と性格は概ね似ていた。
しかし三世以降は結構違う。ゲームの三世雄一郎は豪放磊落で爽やかなところは同じだが、基本的に脳筋で細かいことは気にしない。しかし現実の雄一郎は三世の嫡男として育てられていて甘いところがない。豪胆でいながら、細かいことはしっかりと詰めてくる恐ろしい男だ。当然、浮ついたところもないので、文字通り夢見がちな天使詩子ではまず脈はない。
ゲームの四天こと四天小平次はクールな大学生という設定だが、現実の四天小平次は偏屈な学者肌の男である。クールといえばクールだが、どうみても偏屈なめんどくさい男である。そして高校生の天使詩織とは接点が全く無い。
そしてゲームの五業はミステリアスな美形だが、現実は五業芳一その人であり、ビジュアルはただの地味メガネで、又従兄弟である朝霧に「お兄ちゃん」とどう呼ばそうか画策しているような男だ。こいつが一番ゲームとの乖離が大きい。
所詮、ゲームはゲームで、現実は現実なのだ。
ゲームは売り物であるため、ある程度の攻略人数と、そして攻略対象のキャラ分けが必要だ。だから当然この世界の情景を受信したクリエイターも、受信したままゲームにする訳にはいかない。ちゃんとゲームとして成立するように変えたり足したりしなくてはならない。その結果、芳一なんて全然違うキャラである。
だから、よく考えればこの世界がゲームの世界では無いと気がつくはずなのだ。
「やっぱりここは私の為の世界!」
しかし天使詩織は気がつかない。
それは彼女の性格が夢見がち過ぎるせいでもあるが、もうひとつ要因があった。
それは彼女が持つチート異能だ。
この世界の人間の九大家周りの人間に都度現れる、特殊な身体能力である異能。
彼女の天使家は九大家の一門である四天家の分家の一つで、かつ彼女の曽祖父は九大家の直径である。九大家の血は確と流れていて、異能に目覚めても不思議ではない。
そんな天使詩織の持つ異能は、なんと朝霧と同系統の魅了であった。
しかし、同じ魅了であってもその性質は大きく異なる。
朝霧の魅了は本人の「弱さ」を根源とした魅了であり、主に「強者」を強く魅了する。その効果は非常に強力で、朝霧と相性の良い強者であれば会った瞬間に肉親レベルの親しみを感じる程だ。
だが強力過ぎる反面、「悪人」や「弱者」からは強い嗜虐性を引き出してしまうというデメリットもある。
対して天使詩織の魅了は本人の「媚び」を元にした魅了であり、主に「愚者」に対して有効だ。相手が「愚者」であればあるほど、その魅了は浸透していく。優しく声をかけたり、ボディタッチを重ねると更に魅了は加速し、完全に魅了し終わった人間は、魅了者の「媚び」をスイッチに、どんな命令も聞いてしまう。そういう異能である。
要するに、デート商法の様な恋人関係を餌に相手の思考力を奪う詐欺の強化版みたいなものだ。普通にタチが悪い。
だが、この手の異能は意外と例があり、別にこの異能自体がチートというわけでは無い。
天使詩織のチートは、異能の秘匿性にある。
異能は、理事長刀子の持つ「才覚視」のような看破系の異能により、その実態が明らかにされ対策が取られるものだ。
そしてこの看破は長くても五時間ほどの観察で看破できる。
だがしかし、天使詩織の異能は引っかからない。何故か看破ができない。
見る人が見れば看破は出来ずとも「異能の有る無し」は瞬時に解るものだが、それすらも引っかからない。
異能の完全なる秘匿性。
この秘匿性こそが転生者である天使詩織に与えられたチートであった。
無情にもこのチートにより、天使詩織の思い込みが加速する。
当初、天使詩織は一生直幸とニ界正司を容易く籠絡し、ゲームのシナリオ通りに九醸朝霧に付き纏われた。
実際は愚者を魅了しているだけなのだが、天使詩織の異能は看破出来ないので、周りもそれを止めようとはしない。あくまで自然な交友と認識している。
だからそこまでは、ゲーム通りと思っていたのだ。
「なんで豚は私を襲ってこないのかしら?」
彼女の思い描くストーリーと違ってきたのは、そのあたりだった。




