求婚される。
全員が朝霧見つめて息を飲み言葉を失っていた。そのあまりの可憐さに語彙を喪失していた。
その無言の状況に、朝霧は何を勘違いしたのかより一層悲しげな顔を作る。
その悲痛な顔に、クラスメイトの胸が締め付けられている時、朝霧がおもむろにしゃがみ込む。
そして…
「ごめんなさい」
そして、地面に手をつき、膝をつき、頭をつけた。
可愛らしいお顔は隠れて、震える小さな背中と、剥き出しの白いうなじが見える。
「今まで、調子のってて、ごめんなさい」
土下座だった。それは見事な土下座だった。
ただでさえ小さな体がさらにコンパクトになり、本当に小さい。
「本当に、調子のっててすみませんでしたぁ…」
そして絞り出すような声で言う。
「家からは勘当されてしまいまして、今の僕には何もありません」
合間にすんすん、という音が混じる。もしかしなくても泣いている。震えているので怯えて泣いているのだろう。
「挙句、性転化して性別が変わり、女子の制服を着ていて気持ちが悪いと思います」
男子の制服を少しだけ検討もした。しかし似合わなくてやめた。今の朝霧はあまりに「女の子」すぎて男性服が合わないのだ。なのでこれ以上悪目立ちしないよう似合う女性服を着ている。
朝霧自身も「可愛い自分」にまんざらでもない。今まで容姿で褒められる事がない人生だったので、可愛いと言われるのが普通に嬉しいのだ。
「今後皆さんの邪魔にならないよう、隅で小さくしてますから…」
朝霧がゆっくりと顔を上げる。
涙でとろりとした瞳、朱に染まってふるえる小さなおはな、いじらしく結ばれたくちびる。
真の美少女は泣き顔も綺麗だった。
「どうかいじめないでいただけると…」
その瞬間のクラスメイト達の情緒はめちゃくちゃだった。
全員が全員、この哀れな美少女を嬲って虐めてやりたいという暴力的な衝動にかられる。
そしてそれと同時に、この可憐な美少女を優しく守ってあげたいという情熱的な使命感にかられた。
相反する感情が同時に暴れ回って挙動が停止する面々。
「ぅぇぇ… だめですかぁ」
ただならぬクラスメイトの様子に、更に怯える朝霧。
そして…
そこで、その沈黙を破る人間が現れる。
「貴女は九醸朝霧だったのね」
そう、久能詩子だ。
彼女の中にも「乱暴にぶち犯してぇ!!」という感情と「丁寧に愛撫して鳴かせてぇ!!」という相反する感情がせめぎ合い一瞬挙動が停止したが、そこは流石の久能詩子。
「大丈夫、もう泣かないでいいわ」
思考より何よりまず、愛しい少女の涙に体が動いたのだ。
「…ふぇ」
ハンカチで、丁寧に涙を拭う。涙を舐めとろうとする本能を強い心でねじ伏せながら。
「うたこ、さん」
久能詩子の優しい挙動に、甘えを含むすがるような視線を送る朝霧。
そんな目をしてはいけない、お前は今、肉食獣の前にいるんだぞ。
「朝霧さん。いや、朝霧」
「は、はい」
久能詩子は地に着いた朝霧の手を取り、汚れを拭ってあげてから、その手を握る。
そして…
「とりあえず結婚しましょう、一生幸せにするわ。今過去は忘れました、綺麗さっぱり」
そして倒錯したのであった。
しん、と静まる教室。
僅か一拍ほどの静寂の後、事態は動く。
「その結婚ちょっとまったああああああ!」
クラスのハイテンション爆弾、市ヶ谷光輝が一歩踏み込む。
「俺は君を幸せに出来ると今朝の占いで言っていた!ちなみに過去は流した、さっき排水溝にね!さあ俺の胸に飛び込んでカモンッ!」
そして飴ちゃんをおもむろに差し出す。なんかとりあえずプレゼントせねばと思ったのだ。
「あいや、待たれいぃ!!」
次に続くのは実家が名門剣術道場で、自身も相当な腕前である古風な女子、太刀川椿である。
「拙者こそが姫と添い遂げるに相応しいっ!過去?なんであったかなそれ、あ、もしかしてさっきゴミ箱に捨てちゃったやつでござろうか!」
彼女は大分キャラが濃いが、ちゃんとTPOはわきまえられるので安心してほしい。
「おいおいおい、僕を忘れてもらっては困るな」
次に現れたのはデータキャラの天宮兵輔。データキャラがらしくメガネをかけているが伊達眼鏡である。
「僕のデータによれば、僕が君を幸せにできる確率は99%、つまり僕を選ぶべきさ。え?過去かい?ふぅむ、どうやら僕のデータには無い様だ。きっと重要な情報ではないのだろうね」
ちなみに彼はTPOをわきまえられない。マジで普段からこうである。
「ふふふ、いけないね、いけないよ。彼女は私の番さ」
更に続くのは無駄に雰囲気のある中二病の少女で羽柴木之実。本当は眼帯とか包帯とかしたいけど、校則違反だからしない良い子だ。
「私達は惹かれ合う定め。運命に身をまかせるんだ。え、過去かい?さっき早退するっていってたよ」
さりげなく朝霧を立たせ、膝とスカートのホコリをはたいてやる。おでこの汚れも拭いてニコリと微笑む。良い子である。
そして…
「実は俺も!」
「私もぉ!」
「我輩も!」
「ワイトも!」
そんな感じの求婚者が続出し、収集がつかない混沌と化してゆく。
「はぁ、やはりこうなりましたか」
それを見てため息をつく吉永。
三御坂は九大家を始めとしたやたらと強い人間が多く通い、そして強い人間と言うのは総じてバイタリティが高い。
このクラスはその中でも特に生命力に溢れた生徒を揃えていた。それはそもそも問題児朝霧への対策であり、同時に彼らのような元気っ子対策でもあった。こういうテンションが高い連中に「盛り下がる」奴を入れることで、ある意味均衡を保っていたのだ。
その均衡が今、激しく崩れた。崩れるどころか、火にガソリンを注いだ感じだ。
もう手がつけられない。
「まぁ、でも…」
吉永は苦笑を浮かべる。
その視線の先には…
「…仕方ないか」
皆んなにめちゃくちゃに構われて、ちょっと楽しくなってきた朝霧がいたのだった。




