部屋を移る。
丸一日寝て過ごした翌日。
大分回復してきたものの、まだ大分ふらふらしている。
今も永久子に付き添われて歩いていた。
「この部屋を使ってくれたまえ」
そこは六畳間の和室であった。
元々は鳳雛館に専属で勤めていた老婆が暮らしていて、老婆が没して以降、長らく使われていなかった。
ここが、今後朝霧が暮らす場所となる。
「あら、狭くはないですこと?」
こじんまりとした畳の部屋をみて永久子は言う。
「ううん、素敵な部屋だよ」
狭いながらも日当たりは良好、鳳雛館の立派な中庭も望める部屋で、朝霧は自然とほころんだ。
「見て、縁側もあるよ。今は暑いから秋になったら、一緒にお茶とか飲もうよ」
「あら、それはいいですわね」
嬉しそうな朝霧を見て微笑む永久子。彼女は丸一日つきっきりで看病をしてすっかり朝霧にはまってしまっていた。
「前のアパートは解約するよう私から言っておくよ」
理事長がそう言えば、そこで朝霧はハッとする。
「言われてみれば前のアパートの解約とか、この部屋への住所の変更とかってどうなるんです?」
区役所で戸籍の変更などをこなしていた朝霧は、住所変更という当然の行政手続に思い至った。
「ああ、後日ちょっとした面談はあるね。でも、それほど急ぎではないから次の休みにでも手配しておくよ」
「面談があるんですか?わかりました、よろしくお願いします!」
とはいえ社会経験の足りない彼女は、この「面談」という言葉に疑問を持つことはなかった。
ーーーー
朝霧には詳しく説明はしてないが、九家省と言う九大家専門の省庁に「貴種の緊急保護」の申請をして昨日のうちにそれが受理されている。
これは九家法にある条項の一つ「九大家直系貴種の保護保全に関する条項」を行使した結果だ。
細かい経緯は省くがこの法は過去に九大家の一つである二界家が、身内同士の後継者争いで殺し合い、血統が途絶えかけた事に端を発する。
九大家はどの家も大変に力が強いので、潰れたりすると社会へ影響が計り知れない。
なので、それを防ぐために九大家の後継者の可能性がある者を、保護する為の法がいくつかあるのだ。
件の「貴種の緊急保護」はその内の一つ。
適用要件はいくつかあるが大雑把にいうと「九大家の現当主から二親等以内の者」が「生命の危機に貧する状況」にあれば概ね適用される。
先日、朝霧が運ばれて来た時、理事長刀子はめちゃくちゃ高い点滴こと仙霊薬と、九家省の監査役員を手配した。
そして、監査役員に朝霧の現状を確認させ「貴種の緊急保護」を適用させたのだ。
実際、朝霧の衰弱はそれほど酷く、あのまま放置していたら翌日には死んでいたほどだ。
まぁ、あの時に永久子が来なくても、その二時間後には朝霧の警護兵が様子を見に行く予定だったので、結局死ぬことはなかったのだが、とはいえ死にかけたのは事実である。なので要件の適用には十分であった。
朝霧の父八切は当初、勘当という立場に朝霧を追い込むことで反省を促し更生をさせる予定だったのが、その全てが悪手となり、朝霧の親権を凍結されてしまったのだ。
なぜ彼はこんなにも勝手に追い込まれていくのだろうか、別にそこまで悪い奴ではないのに…
ちなみに、この「貴種の緊急保護」は迅速さが必要な性質上、申請と適用と受理は非常に速いが、解除にはとてつもなく手順が多く大変で金と手間がかかる。
それは生家から保護対象を守るためでもあり、他家からの乗っ取りを防ぐためでもある。
なので現状的には、保護側にとって手間と暇をかけるだけの価値がある人間にしか行使されない法である。
あと、この法による生家側のペナルティは無いが(あっても実質なしにされるため)、代わりに以後保護対象の親権を凍結される。
要するに朝霧は実質、三世家の子になったのだった。
ーーーー
和室にお布団をひき、そこに座る朝霧。
今日一日は安静にするよう医者に言われている。
朝霧の横では永久子が林檎を剥いてあげていた。
そこで「そろそろお暇するよ」と刀子が席を立つ。
そして去り際に言った。
「朝霧くん、明日の始業式から学園に行っていいよ」
「え?謹慎あと三日ありますけど…」
「いや、もう実質無いようなものじゃないか。君、全然謹慎していなかったし」
「……たしかに」
「君の処罰は鳳雛館での無償奉仕ということにしておくよ、建前上は」
「わかりました、お手伝いいっぱい頑張ります!」
隣で「明日は一緒に登校しましょう!」と言う永久子と微笑み合い、永久子の向いた林檎をかじる朝霧。
そして。
波乱の学園生活が始まる。




