幕間 理事長の思惑
理事長室。
「ふふ」
理事長刀子は契約済の書類を見てほくそ笑む。
これで九醸朝霧という「異能者」を囲うことができる。
異能者。
それは九大家の血統に度々現れる、特殊な力を持つ者達だ。
異能と言っても、ゲームやアニメ等のフィクションに出てくるような、魔法的な超常現象を意図的に引き起こす力ではない。
あくまで、人の力。
誰しもが持つ人の機能が、異常なまでに発達している。
そう言った力を持つ者を「異能者」と呼称するのだ。
九大家の純血統や従族家の上澄みが人外じみて強いのも、まあ異能といえる。
しかし単に武力という点では、九大家周りで割とありふれているため、あまり異能とは言われない。
では何が異能かといえば、例えば理事長刀子の観察力だ。
刀子は「才能を見抜く目」を持っている。
これは三世の血統に度々現れる異能で「才覚視」と呼ばれる異能だ。
これは、対象の人物を観察して、人なりをみて、会話をして、動きをみていると…
唐突に、その人物の秘めた才能や隠したる能力を理解するのだ。
看破するための所要時間は人によって異なるが、いつも突然に「ああなるほど、この人は…」という感じに、納得し理解するのだ。
この「才覚視」を持って理解した朝霧の異能。
それは「魅了」である。
これはフィクションに良くあるような洗脳じみた力ではない。
ごく単純に魅力的なのだ。その人なりが、雰囲気が、言動が、人を惹きつけるだけなのだ。
ただ、それが「異能者」と呼ばれるレベルにあると言うだけだ。
そして朝霧の魅了はただの魅了ではない。
朝霧の魅了は「弱さ」を根源とした魅了。
庇護欲、儚さ、可憐さ、あわれみ。
そう言った、人の心の柔らかな部分を掻き毟るような魅了なのだ。
そしてこの魅了の恐ろしいところは、相手が「強者であればあるほど嵌りやすい」と言う点だ。
人は自分には無いものに強く惹かれるもの。手に入らないものに焦がれるもの。
相手が強く気高く誇り高い人間であればあるほどに、弱く儚く愛くるしい朝霧に惹かれていくのだ。
要するに、九醸朝霧という少女は幾人もの強者が勝手に味方をしていく、あまりにも厄介な存在なのである。
ちなみに、そんな魅了を持つ彼女なので「弱い」人間達にはただの美少女にしか見えない。至高の美少女であることには違いないが、心が渇望するような衝動は芽生えない。
そして「悪い」人間達には獲物にしか見えない。悪い人間は弱者を食い物にするからだ。
「ああいうのには、優しくするだけでいいから楽だな」
三世刀子。
彼女の元々は弱い。愛の無い親に育てられ、愛を求めていた人間だ。
幼少期に今の夫となる人物に救われ、愛され、愛を知り、強くあろうとして、強くなった人間だ。救われなければ、何処かで壊れた筈の弱い人間である。あくまで強いのは夫の方であり、そんな夫に似ている娘はもう彼女の虜であった。
朝霧という少女は、強い者達にはさぞ魅力的にうつるのだろう。
だが、根源が弱者である彼女には、ただの美少女にしか見えない。
刀子は知っている。ああいうのは敵対しないで優しくするのだ。恩を売るだけで、アレが敵に回ることは無い。
上手く立ち回る。
異能者は扱いを間違えなければ利をもたらす。
せいぜい、やり過ぎない程度に美味しくいただくとしよう。
「ふふ、私は少しだけ、悪い人間でもあるからね」
刀子は書類を然るべき機関に提出する手はずを整えるのであった。




