第73話 魔王国で夕食
マオの庭園にあるレンガ道に桜の苗を植え終え――
使った道具を片付けているうちに、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
「それではマオ様、私どもはこれで失礼いたします」
「今日はありがとうございました」
農家のおじさんやおばさんたちが、マオへ順番に頭を下げていく。
「ん。ありがと」
「いえいえ。世界樹の実までいただいてしまって……こちらこそ、本当にありがとうございました」
昼間まで腰が痛いと言っていたおじさんも、今は背筋をピンと伸ばしている。
最後にもう一度深く頭を下げると、農家の人たちは連れ立って庭園をあとにした。
続いて、深緑色のつなぎやオーバーオールを着た庭師のお爺さんたちも帰るようだ。
「マオ様、我々もこれにて」
「桜の様子は、明日からしっかり見ておきますぞ」
「お願い」
「お任せください」
お爺さんたちは嬉しそうに笑い、俺たちにも頭を下げてから帰っていく。
「今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
俺と良太も挨拶を返し、その背中を見送った。
残ったのは、俺たちとマオ、バンポーさん、それにエルデだ。
レンガ道へ目を向ける。
今日一日かけて植えたカワヅザクラが、道の両側へずらりと並んでいた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「はい。帰りにドワーフ王国へ行って、ランクルを隠させてもらいましょうか」
「ああ。バンデランテに、置かせてもらえる場所を訊かないとな」
今日初めて訪れたドワーフ王国には、まだ俺たちの拠点になるような場所はない。
マオに【転移】で送ってもらうついでに、バンデランテへ相談してみよう。
そんなことを考えていると、バンポーさんがこちらへ歩いてきた。
「拓海様、良太様。本日はありがとうございました」
「いえ。俺たちも楽しんでやっていましたから」
「はい。桜が育つのも楽しみですしね」
「そうおっしゃっていただけると、ありがたく存じます」
バンポーさんが穏やかに微笑む。
「よろしければ、お二人も夕食を召し上がっていかれませんか?」
「夕食ですか?」
「はい。ささやかではございますが、ご用意させていただきます」
「いや、そこまでしてもらうのも――」
「食べていく」
断ろうとしたところで、マオが当然のように言った。
「いや、マオ。俺たちは明日も来るし――」
「エルデも」
「私もですか?」
「一緒に、食べる」
「はい! ありがとうございます、マオ様」
エルデが嬉しそうに頭を下げる。
マオだけならともかく、今日ずっと一緒に作業していたエルデまで誘われている。
ここで俺たちだけ帰るというのも、なんだか気が引ける。
良太を見ると、同じことを考えていたのか小さくうなずいた。
「じゃあ、お言葉に甘えてご馳走になるか」
「そうですね」
「きゅ~♪」
バハも嬉しそうに声を弾ませる。
「ありがとうございます。それでは、ご案内いたします」
バンポーさんに続いて、俺たちは庭園の奥へ向かった。
◇ ◇ ◇
少し歩くと、花木に囲まれた開けた場所へ出た。
「おお……」
そこには、かなり大きな東屋が建っていた。
屋根の下には大勢で囲めそうなテーブルと椅子が並べられ、庭園を眺めながら食事や休憩ができるようになっているらしい。
その周囲では、夕暮れとともに魔導具らしき明かりが灯り始めていた。
柔らかな光が近くの花や木々を照らし、昼間とはまた違った色合いを浮かび上がらせる。
さらに少し離れた場所には大きな噴水があり、絶え間なく水が噴き上がっていた。
ライトアップされた水がきらきらと輝きながら落ちていく。
「すごいですね……夜はこんな感じになるんですか」
「ああ。昼間とは全然雰囲気が違うな」
さっきまで俺たちが汗をかきながら桜を植えていた庭園とは思えない。
「ここ、好き」
マオが東屋へ入っていく。
「マオ様は、こちらで庭園を眺めながらお過ごしになることも多いんですよ」
エルデが教えてくれた。
「なるほどな。これだけ庭が好きなら、こういう場所もあるか」
マオはさっそくいつものように椅子に座っている。
「エルデ、こっち」
「はい、マオ様」
エルデもその隣へ。
俺と良太も向かい側へ座り、バハも空いている椅子へちょこんと腰を下ろした。
少しすると、城の方から料理を運ぶ人たちがこちらへ向かってくるのが見えた。
さて――
魔王国の夕飯か。
マオが俺たちの飯を食うことは何度もあったが、逆はほとんどない。
いったいどんな料理が出てくるのか。
俺はライトアップされた庭園を眺めながら、料理が運ばれてくるのを待つことにした。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、城の方から料理を載せたワゴンが何台も運ばれてきた。
「おお……結構な量だな」
「きゅ~♪」
料理が見えた途端、バハが嬉しそうに声を弾ませる。
東屋の大きなテーブルへ、次々と皿が並べられていった。
最初に置かれたのは、香ばしく焼き上げられた大きな肉の塊。
表面にはこんがりと焼き色がつき、切り分けられた断面から肉汁が滲んでいる。
その隣には、丸ごと焼かれた川魚。
色鮮やかな野菜を使ったサラダや温野菜、焼きたてらしいパンも籠いっぱいに盛られていた。
さらに、深皿には具だくさんのスープ。
見たことのない料理もいくつかあり、どれから食べようか迷うほどだ。
「おいしそうですね、先輩」
「ああ。腹も減っているしな」
「きゅ~♪」
「バハちゃんは、もう待ちきれないみたいですね」
バハの視線は、さっきから大皿の肉に釘づけだ。
マオも料理が並んでいく様子を眺めている。
「マオ、どれがおすすめだ?」
「肉」
「やっぱり肉か」
「これ、おいしい」
マオが大きな肉料理を指す。
「じゃあ、それからいただいてみるか」
全員の前に食器が揃ったところで、俺たちもさっそく料理をいただくことにした。
「じゃあ、いただきます」
「いただきます」
「きゅ~♪」
まずはマオに勧められた肉を一切れ取って、口へ運ぶ。
「ん……うまい」
柔らかい。
噛むたびに肉汁が広がり、ほどよく効いた塩気と香草の香りがあとから抜けていく。
「これ、おいしいですね」
「ああ。マオがおすすめするだけあるな」
「ん」
良太が肉をもう一切れ取りながら、バンポーさんへ尋ねた。
「バンポーさん、これはなんのお肉なんですか?」
「この地方で飼育されている角牛の肉でございます」
「角牛ですか」
「はい。魔王国では古くから食されております」
「へえ。脂もしつこくないし、うまいな」
俺も肉を追加で皿へ取り分ける。
バハもすっかり気に入ったらしく、夢中になって頬張っていた。
「きゅ~♪」
「気に入ったか?」
「きゅ!」
「よかったな」
「先輩、この魚もおいしいですよ」
「どれどれ」
良太に勧められ、今度は丸焼きにされた魚へ箸を伸ばす。
白身をほぐして口へ入れると、ふっくらと柔らかな身から脂の旨みが広がった。
「こっちもうまいな。川魚か?」
「はい。この辺りの川で獲れる魚ですよ」
エルデが教えてくれる。
「へえ。この辺りにも川があるのか」
「ありますよ。庭園からは少し離れていますけど、大きな川が一本流れています」
「そこで獲れるのか」
「はい。私もこの魚、好きなんです」
エルデが笑いながら、自分も魚を一口食べる。
「塩焼きにするとおいしいですよね」
「ああ。身そのものがうまいから、これくらいシンプルなのが合うな」
「先輩、こういう魚なら釣ってみたくなりません?」
「それはちょっと思った」
良太とそんな話をしながら、もう一口魚を食べる。
魔王国にはどんな食材があるのか、まだ俺たちはほとんど知らない。
こうして現地の料理を食べてみるのも、旅の楽しみの一つだな。
「きゅ~」
ふと横を見ると、バハは相変わらず肉ばかり食べていた。
「バハ、ちゃんと野菜も食えよ」
「きゅ?」
なぜそんなことを言われるのかわからない、とでも言いたげな顔をされた。
仕方なく温野菜を少し皿へ載せてやる。
「ほら」
「きゅ~……」
「肉だけ食うな」
渋々といった様子で野菜を口に入れたバハだったが、すぐにまた肉へ手を伸ばした。
「バハちゃん、本当にお肉好きですね」
「きゅ~♪」
好きなものを食べているときだけ、返事がいい。
ふと隣を見ると、マオも黙々と肉を食べていた。
「マオも肉好きだよな」
「好き」
「バハと気が合うわけだ」
「きゅ~♪」
マオが自分の皿から肉を一切れバハの皿に載せる。
「きゅ!」
「よかったな」
食事を続けているうちに、空はすっかり暗くなっていた。
けれど、庭園は暗くない。
あちこちに灯された魔導具の明かりが花木を柔らかく照らし、昼間とはまったく違った景色を作り出している。
噴水も光を受けてきらきらと輝いていた。
「夜の庭園もいいですね」
「ああ。昼間とは別の場所みたいだな」
「夜も、好き」
マオがライトアップされた花々へ目を向ける。
「なるほど。ここで飯を食いたくなるのもわかるな」
涼しい風が東屋を抜けていく。
花に囲まれ、噴水の水音を聞きながら食べる夕飯。
それだけでも十分贅沢だ。
「エルデは、よくここでマオと飯を食うのか?」
「たまにご一緒させていただきます。庭のお話をしているうちに、そのまま夕食まで、ということもありますね」
「庭の話、いっぱいする」
「はい。マオ様、新しい花を見つけるとすぐに教えてくださるんですよ」
エルデが楽しそうに答える。
マオもどこか満足そうだ。
今日も桜を見つけた途端に欲しがっていたくらいだから、この二人なら庭の話だけでいくらでも続くのかもしれない。
「じゃあ、これからは桜の話も増えそうだな」
「はい。私も楽しみです」
「早く、大きくする」
「魔力水もあるし、普通に育てるよりは早そうだな」
「明日から私たちでも、さくら号を使って水をあげてみますね」
「ああ。わからないことがあったらマオに聞いてくれ。だいたい使い方は覚えているはずだから」
「覚えた」
「頼もしいな」
そんな話をしながら、魔王国での夕食はゆっくりと過ぎていく。
魔王城での食事と聞いたときは、どんなものが出てくるのかと思ったが――
実際にはマオやエルデと庭の話をしながら飯を食う、ずいぶん穏やかな夕食だった。
◇ ◇ ◇
夕食を終え、食後のお茶を飲みながら庭園を眺めていたところで、今日のうちにやっておきたいことを思い出した。
「そうだ、マオ。どこかにランクルを隠して置ける場所はないか?」
「隠す?」
「ああ。ドラレコでのぞかれても、マオが困らない場所で頼む」
これからグレーの105を一台ここへ置かせてもらい、ドワーフ王国に置いてある茶色の80と【車両入れ替え】をするつもりだ。
そうすれば、俺たちはグレーの105と一緒にドワーフ王国へ移動できる。
マオは周囲を見回すでもなく、すぐ近くを指さした。
「ここでいい」
「ここって……この東屋のところか?」
「ん」
俺も改めて周囲を見渡す。
ライトアップされた花木に噴水、その中に建つ大きな東屋。
「景観を損なわないか? せっかくきれいな場所なのに」
「いい」
「マオちゃんがいいなら、ここに置かせてもらいましょうか」
「そうだな。じゃあ、出させてもらうぞ」
俺は【車両召喚】を発動する。
呼び出すのは、グレーのランクル105。
――ドン!
「えっ!?」
何もなかった場所へ突然大きな車が現れ、エルデが目を見開いた。
「こ、これは……?」
「これもランクルだよ」
「これも……」
エルデが椅子から立ち上がり、興味深そうにグレーの105へ近づいていく。
昼間に見たピンク色のさくら号とは、見た目も大きさもまるで違う。
「エルデ、これ乗る」
マオが助手席を指した。
「これにですか?」
「ん。疲れ、治る」
「疲れが?」
「汚れも」
相変わらず説明が短い。
エルデはマオとグレーの105を交互に見ていたが、長い付き合いだけあって、それ以上細かく聞くこともなく助手席へ乗り込んだ。
「では……失礼します」
深緑色のオーバーオールのまま、シートへ腰を下ろす。
その直後――
「あれ?」
エルデが自分の服を見下ろした。
朝から桜を植える作業を続けていたため、オーバーオールやガーデンブーツには土がついていた。
それが、シートへ座った途端に跡形もなく消えていく。
「服が……きれいになりました」
「本当ですね。靴の土まで全部消えてますよ」
良太が外からのぞき込む。
エルデは自分の袖を確かめてから、今度は不思議そうに肩を回した。
「あ……」
「どうした?」
「体も軽いです」
両腕を伸ばし、続けて腰をひねる。
「世界樹の実をいただいたあと、またずっと作業していたので少し疲れていたんですけど……それもなくなりました」
「そっちもちゃんと効いているみたいだな」
「ん。健康になる」
「乗っている人の疲れを取ったり、体の調子を整えたりしてくれるんだ」
「すごいですね……」
エルデは感心したようにシートや車内を見回している。
「それと、車内に持ち込んだ汚れもきれいになる。だから泥だらけの服や靴で乗っても大丈夫だぞ」
「庭仕事のあとでも、そのまま乗れるんですね」
「それに――」
俺は、さくら号を置いてきた方角を指した。
「さっきのピンクのさくら号も同じだよ」
「さくら号もですか?」
「ああ。神様仕様のランクルだからな。疲れも取れるし、汚れたまま乗ってもきれいになる」
エルデがさくら号へ目を向ける。
「じゃあ、庭仕事が終わったあとに乗れば……」
「ああ、体も楽になるし、服や靴についた泥も落ちる。マオだけじゃなくて、庭師のみんなも使っていいようにしてあるから、遠慮せず使ってくれ」
「はい! ありがとうございます」
「そっちは庭園で使うために買った車だからな」
今日一日、広い庭園を歩き回って作業してみて、そのありがたさは俺にもよくわかった。
移動に使えて、水も撒ける。
荷物も運べて、乗れば疲れも取れる。
庭師たちにとっては、思っていた以上に便利な車になるかもしれない。
エルデが助手席から降りる。
「本当に疲れがなくなりました」
「それならよかった」
「マオ様、明日からさくら号、使わせていただきますね」
「ん」
マオも満足そうにうなずいた。
さて――
これで105を置かせてもらう場所も決まった。
あとはこいつを使って、ドワーフ王国へ移動するだけだ。
◇ ◇ ◇
俺たちはマオたちに挨拶を済ませ、魔王国をあとにすることにした。
あのあと、苗代にとケルベロスの牙をもう二本、バンポーさんから渡されてしまった。
金額的には多すぎる気もするが、またソメイヨシノや、実桜を植えるために来るだろうし、頂いておいた。
グレーの105へ乗り込み、ドワーフ王国に置いてある茶色の80と【車両入れ替え】を使う。
一瞬で周囲の景色が切り替わり、俺たちは105ごとドワーフ王国へ移動した。
これで魔王国の庭園には、105と入れ替わった茶色の80が残っているはずだ。
そのままバンデランテの工房へ顔を出すと、頼んでいた腕輪の製作はまだしばらくかかるらしい。
前もって話していたとおり、工房の向かいにあるバンデランテの家、その倉庫へ105を置かせてもらう。
「これ、差し入れです。皆さんでどうぞ」
良太が【ネットショッピング】から酒瓶を数本取り出して渡すと、バンデランテだけでなく、弟子たちも嬉しそうに受け取っていた。
あとは腕輪の完成を待つだけだ。
最後に、倉庫へ入れた105と湖畔に置いてあるブルーメタリックの60を【車両入れ替え】。
俺たちは60と入れ替わる形で、ようやくラズライト湖へ帰ってきた。
◇ ◇ ◇
「ふう……今日もいろいろあったな」
「ですねえ……」
湖畔へ戻ってくると、一気に力が抜けた。
朝ここを出て、初めてドワーフ王国へ行き、そのあとには魔王国まで訪れた。
一日のうちに、新しい国を二つも回ったことになる。
しかも、バンデランテに腕輪の製作を頼み、マオの庭園には桜並木を作って、ピンク色のさくら号まで増えた。
「……ランクルも、いつの間にか八台になったんだな」
「最初は一台だけだったのに、ずいぶん増えましたね」
「ああ。しかも、今はあちこちに散らばっているしな」
一度、頭の中で整理しておくか。
一号車――赤いショートは、ここラズライト湖。
二号車――白いトゥルーピーは、湖底の庭園。
三号車――紺色のキッチンカーは、湖畔。
四号車――グレーの105も、湖畔。
五号車――ベージュのオープンカーは、湖底の庭園。
六号車――ブルーメタリックの60は、ドワーフ王国にあるバンデランテの家。
七号車――茶色の80は、魔王国の庭園。
そして今日増えた八号車――ピンク色のさくら号も、魔王国の庭園だ。
「こうして考えると、本当に増えたな……」
「でも、全部ちゃんと使い道がありますよね」
「まあな」
旅をするための車。
飯を作るための車。
マオが湖底の庭園を調べるための車。
そして今日、新しく庭仕事をするための車まで増えた。
ただ数が増えているだけじゃなく、それぞれに役目がある。
「きゅ~」
バハの声を聞きながら、俺は見慣れた湖へ目を向けた。
ドワーフ王国へ行って、魔王国へ行って、最後はいつもの湖畔へ帰ってくる。
今日もずいぶんと濃い一日だった。
「さて……明日はまたドワーフ王国か」
「ですね。腕輪の完成が楽しみです」
「ああ」
どんな腕輪に仕上がるのか。
そんなことを考えながら、俺たちは湖畔で残りの時間をのんびり過ごすことにした。
あとがき
近況ノートにエルデの【挿絵】をアップしました。
https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/11054822663079893457




