第72話 魔王城に桜を植える
マオが楽しそうに花に水を撒いていると、遠くから何人もの人がこちらに近づいてきた。
「お、戻ってきたみたいだな」
先頭を歩いているのはバンポーさんだ。
その後ろには十数人の男女が続いている。
動きやすそうな服を着たおじさんやおばさんたちと、深緑色のつなぎやオーバーオールで服装を揃えたお爺さんたち。
服装からして、おじさんやおばさんたちがバンポーさんの言っていた農家の人たちで、お爺さんたちがこの庭園を管理している庭師なのだろう。
その庭師たちの中に、一人だけ若い女の子が混じっていた。
ハイエルフ姿のマオと同じくらいの年頃に見える。
麦わら帽子の下からのぞく髪は、透明感のある淡い水色のセミロング。
お爺さんたちと同じ深緑色のオーバーオールに、お揃いのガーデンブーツを履いている。
「マオ様、お連れしました」
「ん」
バンポーさんが一礼すると、後ろにいた人たちも次々とマオへ頭を下げた。
俺たちにも挨拶をしてくれたので、こちらも簡単に自己紹介をしておく。
何人かは俺たちのことが気になるようだが、それ以上に視線を集めているものがあった。
鮮やかなピンク色のさくら号だ。
まあ、見たこともない乗り物が庭園の真ん中に置かれていれば、気になるよな。
マオもそれに気づいたのか、シャワーヘッドを元の場所に戻すと、庭師たちのほうへ歩いていく。
「エルデ、来て」
「はい」
呼ばれた水色の髪の女の子が、すぐに前へ出てきた。
やっぱり、さっき気になった子だ。
エルデと呼ばれた女の子は、マオのところまで来ると自然にその隣へ並ぶ。
マオはそのままエルデを連れて、さくら号の前まで戻ってきた。
「これ、車」
「車……ですか?」
「ん。馬、いらない。走る」
「これが自分で走るんですね」
「ん」
エルデが興味深そうに、さくら号を見上げる。
マオはどこか得意げにピンク色の車体に手を置いた。
「庭で使う」
「あっ、私たちも使っていいんですか?」
「ん」
それを聞いていた庭師のお爺さんたちから、小さなどよめきが上がった。
どうやら、みんなで使うためのものだというところまでは伝わったらしい。
「水、撒ける」
マオがさっきまで使っていたシャワーヘッドを指さす。
「ここからですか?」
「ん。魔力水」
「まあ……」
エルデの目が少し大きくなった。
続いてマオは、その隣にある蛇口を指さす。
「こっち、洗う」
「手や道具を洗うのに使えるんですね」
「ん」
さすがというか、話が早い。
マオの説明は相変わらず必要最低限なのに、エルデはほとんど迷わず意味を理解している。
普段からこんな調子で庭の話をしているのかもしれない。
「走りながら、水撒ける」
「こちらからですね?」
エルデが車体の下側に取り付けられた散水ノズルに目を向けた。
「ん」
「それは便利ですね。広いところにも一度に水を撒けそうです」
マオが満足そうにうなずく。
さらに車体の後ろへ回ると、今度はマフラーを指さした。
「植物、元気になる」
「これもですか?」
「ん」
エルデはマフラーとマオを交互に見る。
「さっきマオちゃんが水を撒いていたシャワーもそうなんですけど、この車には植物の成長をうながす機能がついてるんですよ」
さすがにこれだけでは説明が足りないと感じたのだろう。良太が横から補足した。
「それに、魔力水には虫を寄せつけにくくする効果もあるみたいです」
「そんな効果まで……」
エルデだけでなく、後ろで聞いていたお爺さんたちまで興味深そうにさくら号を眺め始める。
庭師なら、俺たちよりずっとこの車の便利さがわかるのだろう。
「マオちゃん、かなり気に入ってますね」
良太が小声で言う。
「ああ。なんか自分の車みたいに説明してるな」
まあ、実際に好きに使っていいと言ってあるし、これからはマオたちの車みたいなものか。
エルデはさくら号の周りを一周すると、再びマオのところへ戻ってきた。
「すごいですね、マオ様。これなら庭のお世話がずいぶん楽になりそうです」
「ん。便利」
マオが少し誇らしげに胸を張る。
まるで自分で召喚したみたいに言っているが、これだけ嬉しそうにしているマオを見るのは気分がいい。
「あとで、乗る」
「私もですか?」
「ん」
「はい。楽しみです」
エルデが嬉しそうに答えると、マオも満足したようにうなずいた。
二人のやり取りを見ていると、ずいぶん仲がよさそうだ。
その様子を見ていたバンポーさんが、道の両側に並べてある苗木へ目を向ける。
「マオ様、あちらが先ほどお話しになっていた木でしょうか」
「ん。桜」
「桜……」
エルデもそちらを振り返った。
「これ、植える」
「はい!」
今度はエルデだけでなく、お爺さんたちも動き出す。
農家のおじさんやおばさんたちも、それぞれ持ってきた道具を手にしてレンガ道に向かい始めた。
さて。
いよいよ桜並木作りの始まりだ。
◇ ◇ ◇
桜の本数が多いので、全員で手分けして作業することになった。
「良太、リアカーも何台か出そう。これだけ人数がいるなら、そのほうが早いだろ」
「そうですね。肥料も追加で買っておきます」
良太が【ネットショッピング】を開き、園芸用の肥料をまとめて購入する。
俺も【車両召喚】でリアカーを数台呼び出した。
――ドン、ドン、ドン。
レンガ道の脇に、見慣れたリアカーが次々と現れる。
「これに肥料とか道具を載せて運んでください。普通の荷車みたいなものです」
俺が説明すると、農家のおじさんの一人がさっそく取っ手を握った。
「おお、こりゃ軽いな」
「軽く動かせますし、ちょっとした荷物なら楽に運べると思いますよ」
良太が購入した肥料を袋ごと荷台へ載せていくと、ほかのおじさんやおばさんたちもそれぞれリアカーを引いていった。
こういう道具は、さくら号と違って説明するまでもないか。
「じゃあ、苗木を置いてある位置に、順番に植えていきましょう」
「はいよ」
「任せてくださいな」
農家の人たちが何組かに分かれ、庭師のお爺さんたちもスコップを手に散っていく。
さすがに普段から土を扱っている人たちだ。
場所を確認するとすぐに穴を掘り始め、掘り返した土も邪魔にならないところにきれいにまとめていく。
「手際いいですね」
「俺たちが下手に手を出すより早そうだな」
俺と良太も見ているだけというわけにはいかない。
リアカーへ肥料を積み、足りなくなりそうな場所へ運んでいく。
「先輩、こっちもう一袋お願いします」
「ああ」
袋を抱えてリアカーへ載せる。
少し離れたところでは、エルデがお爺さんたちと一緒に苗木の位置を確認していた。
「ここは八メートル間隔で並べてあるんですよね?」
「そうです。その間隔でお願いします」
「わかりました」
良太の返事を聞くと、エルデはすぐにお爺さんたちに声をかけていく。
このあたりの指示はエルデたちに任せておけば大丈夫そうだ。
「マオ様、こちらを少し支えていただけますか?」
「ん」
マオも苗木の一本を両手で支えている。
お爺さんたちが根元に土を戻していき、その周囲をしっかりと固める。
「もう大丈夫ですよ」
「ん」
マオが手を離す。
レンガ道の脇に、一本目のカワヅザクラが真っすぐ立った。
「おお。まずは一本目だな」
「まだ先は長いですけどね」
良太の言葉に、レンガ道の先を見る。
一定間隔で置いた苗木が、ずらりと遠くまで続いていた。
「……何本買ったんだ、これ」
「途中から数えてません」
「俺もだ」
だが、これだけ人数がいれば何とかなるだろう。
農家のおじさんやおばさんたちが穴を掘り、庭師のお爺さんたちが苗木の向きや傾きを確かめながら植えていく。
俺と良太はリアカーで肥料や道具を運び、足りなくなればその場で【ネットショッピング】から追加する。
そしてマオも、エルデと一緒にあちこちを回っていた。
一本、また一本。
レンガ道の両側に、カワヅザクラが植えられていく。
人数が多いだけあって、作業は思っていた以上の速さで進んでいた。
◇ ◇ ◇
しばらく作業を続けたところで、良太が手を止めた。
「そろそろ休憩にしませんか? お茶にしましょう」
「そうだな。まだ先は長いし、一度休むか」
俺たちが声をかけると、作業をしていた人たちも道具を置き、次々と集まってくる。
良太が【ネットショッピング】で二・五リットル入りの冷たいお茶を何本か購入し、用意したコップに次々と注いでいった。
「どうぞ」
「おお、ありがたい」
「いただきます」
農家のおじさんやおばさんたちが受け取り、庭師のお爺さんたちも礼を言いながら手に取っていく。
俺も一杯受け取ってのどを潤していると、マオが【収納】に手を入れた。
取り出したのは、見覚えのある大きな実。
一つ、二つ、三つ。
三つの実が地面に並べられる。
「マオ様、世界樹の実ですね」
バンポーさんが穏やかに口にした。
その言葉を聞いた途端、農家のおじさんやおばさんたちの表情が変わった。
「世界樹の実!?」
「こ、これが……?」
「三つもあるぞ……」
どうやら名前を聞けば、その価値はわかるらしい。
「きゅ~♪」
一方、庭師のお爺さんたちは驚くこともなく、マオへ深く頭を下げる。
「マオ様、ありがとうございます」
「ありがたくいただきます」
エルデも嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます、マオ様」
その様子を見る限り、庭師のお爺さんたちとエルデは、これまでにもマオから世界樹の実をもらったことがあるようだ。
農家のおじさんの一人が、目の前の実を見ながらおそるおそる尋ねる。
「マオ様……私どもが、このような貴重なものをいただいてもよろしいのでしょうか?」
「食べて、長生きする」
「…………」
あまりにもあっさりと言われ、おじさんが言葉を失う。
周りのおじさんやおばさんたちも、どうしたものかと顔を見合わせていた。
すると、エルデがそんな農家の人たちに笑いかけた。
「大丈夫ですよ。マオ様は、皆さんにも食べてほしいから出してくださったんです」
「そ、そうなのか……」
「はい。ですから、遠慮しないでいただきましょう」
そう言われ、おじさんたちもようやく表情を緩める。
「は、はい。ありがとうございます、マオ様」
「ありがとうございます」
農家の人たちが次々と頭を下げる。
マオは小さくうなずくと、三つの世界樹の実に目を向けた。
「せっかくだから、ウンディーネに冷やしてもらおう」
俺が声をかけると、ウンディーネの冷気がふわりと実を包み込んだ。
表面にうっすらと白い霧がまとわりつき、見るからにひんやりとしていく。
「これくらいでいいだろ」
冷気が消えると、マオが世界樹の実へ手をかざす。
ふわり――
「おっ」
三つの世界樹の実が宙に浮かび上がった。
続いて、マオの手の中に一本のナイフが現れる。
淡い青緑を帯びた銀色の刀身。
以前、カレーを作ったときにも野菜を切るのに使っていた魔剣【ゲイルフェザー】だ。
「またそれで切るのか」
「ん」
マオがゲイルフェザーを軽く構える。
次の瞬間――
シュパパパパッ――!
「おおっ!?」
目にも留まらぬ速さで斬撃が走った。
宙に浮かんでいた世界樹の実が、次々と食べやすい大きさに切り分けられていく。
初めて見る農家の人たちから、今度は別の意味で驚きの声が上がった。
切り終えた実は地面に落ちることなく、そのまま空中に浮かんでいる。
「相変わらず、とんでもない切り方するな……」
「カレーの野菜もこれで切ってましたもんね」
「ああ」
Sランクの魔核を使った魔剣で、世界樹の実を切る。
相変わらず、使い方が贅沢だ。
マオが手を動かすと、切り分けられた実が用意してあった皿に次々と収まっていく。
「食べる」
「はい。いただきます、マオ様」
エルデが嬉しそうに一切れ手に取り、庭師のお爺さんたちも改めて礼を言ってから続く。
それを見て、農家のおじさんやおばさんたちも、おそるおそる世界樹の実に手を伸ばした。
「ほ、本当にいただいてしまった……」
「せっかくなんだから食べようよ。マオ様が長生きしろってくださったんだから」
「そうだな……ありがたくいただこう」
農家のおじさんが意を決したように一口かじる。
「……うまい!」
その一言をきっかけに、ほかの人たちも次々と世界樹の実を口にしていった。
長い桜並木作りは、まだ途中だ。
冷たいお茶とよく冷えた世界樹の実をいただきながら、しばしの休憩となった。
◇ ◇ ◇
世界樹の実を食べ終え、しばらくした頃だった。
「おっ……?」
農家のおじさんの一人が、自分の両手を見つめる。
その体を、淡い光が包み始めていた。
「ひ、光ってるぞ!」
「こっちもだ!」
周囲から次々と驚きの声が上がる。
農家のおじさんやおばさんたちだけではない。
庭師のお爺さんたちやエルデの体も、同じように淡い光に包まれている。
「ああ、これか」
「僕たちも湖底の庭園で食べたとき、光りましたもんね」
俺たちには見覚えのある光景だ。
初めての農家の人たちは、自分の体を見たり、隣の人を見たりと落ち着かない様子だったが、エルデとバンポーさんは慣れているのか、そんな様子を微笑ましそうに眺めている。
やがて光がゆっくりと収まっていく。
「……ん?」
さっきのおじさんが、不思議そうに腰に手を当てた。
そのまま体を左右にひねり、今度は前に大きく屈む。
「どうした?」
「いや……腰が痛くない」
「え?」
「ずっと痛かったんだよ。畑仕事をしたあとは特にな。それが……」
おじさんが腰を伸ばし、何度か屈伸する。
「全然痛くねえ!」
今度は腕をぐるぐると回し始めた。
「肩も軽いぞ! ずっと凝ってたのに!」
「本当か?」
それを聞いた別のおじさんも、自分の肩を回してみる。
「……おい、俺もだ。肩が軽いぞ」
「私も! さっきまで足が重かったのに」
農家の人たちが、それぞれ調子を確かめ始める。
「なんだこれ。体が軽い!」
あちこちから驚きの声が上がった。
「世界樹の実って、そんなところまで効くのか……」
「僕たちが食べたときは、特に体の悪いところもありませんでしたからね」
だから光ったこと以外、これといった効果は実感できなかった。
だが、こうして目の前で見ると、とんでもない実なのだと改めてわかる。
「マオ様……ありがとうございます!」
腰痛が治ったおじさんが、勢いよくマオに頭を下げた。
「これなら明日から、いくらでも畑仕事ができます!」
「無理、だめ」
「は、はい!」
即座に止められた。
そのやり取りを見ていたエルデがくすっと笑い、バンポーさんも穏やかに目を細めている。
「きゅ~♪」
そしてバハもすこぶるご機嫌だ。
大好物の世界樹の実を食べられたからか、満足そうにお腹をなでている。
「バハもよかったな」
「きゅ!」
さて、十分休んだことだし――
「そろそろ作業に戻るか」
「はい。まだ桜がいっぱい残ってますからね」
「やるぞ!」
「腰も絶好調だ!」
「だから無理するなって」
元気になりすぎた農家のおじさんたちに苦笑しながら、俺たちは再び作業へ戻った。
◇ ◇ ◇
それからは、みんなで手分けして桜を植えていった。
リアカーで苗木や肥料を運び、農家の人たちが穴を掘る。
庭師のお爺さんたちは苗木の位置や向きを細かく確認し、エルデも慣れた手つきで作業を進めていた。
俺と良太も、苗木を運んだり肥料を配ったりと、できることを手伝っていく。
もちろん、マオも一緒だ。
途中からは、さっそくさくら号も使い始めた。
ピンク色のランクルがレンガ道をゆっくりと進み、その左右からウンディーネの魔力水が撒かれていく。
植えたばかりのカワヅザクラが魔力水を浴び、枝先の小さな芽がわずかに膨らむ。
さらに【癒やしモード(ヒーリング・シンフォニー)】も使っているせいか、どの苗木も植えたばかりとは思えないほど生き生きとしていた。
最初は物珍しそうにさくら号を見ていた庭師や農家の人たちも、しばらくするとすっかり作業道具の一つとして受け入れている。
そして――
世界樹の実の効果もあってか、その後の作業は驚くほど順調に進んだ。
長かったレンガ道の両側に、八メートル間隔でカワヅザクラが並んでいく。
最後の一本を植え終えたころには、空が茜色に染まり始めていた。
「終わりましたね、先輩」
「ああ……なんとか今日中に終わったな」
俺はレンガ道の先へ目を向ける。
左右には、等間隔に植えられた桜の木がずっと先まで続いていた。
まだ満開の桜並木とは呼べない。
けれど、ウンディーネの魔力水に【癒やしモード(ヒーリング・シンフォニー)】まである。
この調子なら、予想よりずっと早く成長するかもしれない。
「桜、いっぱい」
隣でマオが満足そうに並木を眺めている。
「ああ。いっぱい植えたな」
「きれいになる」
「楽しみですね、マオちゃん」
「ん」
その向こうには、夕日に照らされたピンク色のさくら号。
いつかこのレンガ道が満開の桜に覆われ、その下をあのランクルが走る日も来るのだろう。
俺もその景色を、いつかこの目で見てみたい。
あとがき
近況ノートに、エルデの【挿絵】をアップしました。
https://kakuyomu.jp/users/misato_ooshima/news/11054822663079893457
本日もお読みいただきありがとうございます。
推敲に十分な時間を取ることが難しくなってきたため、今後は不定期更新とさせていただきます。
現在143話までは執筆済みですので、少なくともそこまではお楽しみいただけます。




