第71話 魔王国、マオの庭園、8号車購入
バンデランテには明日また来ることを伝え、俺たちはマオの【転移】で魔王国へ向かうことになった。
「じゃあ、マオ。頼む」
「ん」
マオが短く答える。
次の瞬間、周囲の景色が一変した。
「おお……」
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
目の前に広がっていたのは、さまざまな花が咲き誇る巨大な庭園だった。
赤、白、黄、紫。
色鮮やかな花々が一面に広がり、その間を縫うように石畳の小道が伸びている。
背の低い草花だけではない。
見上げるほど大きな木々や、枝いっぱいに花をつけた低木もあちこちに植えられていた。
さらに奥まで庭は続いている。
どこまでがマオの庭なのか、ここからではわからないほどだ。
俺と良太が唖然としている横で、バハは「きゅ~♪」と声を弾ませながら、色とりどりの花をきょろきょろと眺めている。
「ここ、庭園」
マオがいつも通りの調子で言う。
「え、これ全部か?」
「ん」
「…………」
改めて周囲を見渡す。
俺が想像していたものとは、規模がまるで違った。
「僕、もっとこぢんまりした可愛いお庭を想像していました……」
「俺もだ」
まさか、これほど広い庭園だとは思ってもいなかった。
「どれもマオ様が大切になさっている植物ですよ」
バンポーさんが穏やかに教えてくれる。
「これだけの植物を?」
「はい。長く育てておられるものもございます」
「すごいな……」
これなら桜の苗木を数本植える程度では、ほとんど目立たないかもしれない。
マオは庭園を見渡してから、バンポーさんに顔を向けた。
「爺。庭師、みんな、呼んでくる」
「かしこまりました。道も整備なさるのでしたら、農家の方々にも何名か来ていただきましょう」
「ん」
バンポーさんが一歩前に出る。
その直後だった。
ばさっ――
「え?」
背中から、漆黒の羽根に覆われた一対の翼が広がった。
ばさりと大きく羽ばたくと、バンポーさんの体がふわりと地面を離れ、そのまま高度を上げていく。
「…………」
「…………」
俺と良太は、そろって空を見上げる。
バンポーさんの姿はみるみる小さくなり、そのまま庭園の向こうへ消えていく。
「バンポーさんって、空も飛べたんですね……」
「俺も初めて知った……」
考えてみれば、バンポーさんが何の種族なのかすら、俺はよく知らない。
魔王国の宰相という肩書きに慣れすぎて、そのあたりを気にしたこともなかった。
「きゅ~」
空を見上げていたバハが、両手を広げ、ふわっとその場で浮き上がった。
「バハちゃんも飛べますもんね」
「きゅ!」
「張り合わなくていいからな」
「きゅ~♪」
そんなやり取りをしている間に、マオは庭園の奥へ歩き始めた。
「こっち」
「ああ」
「行きましょう、先輩」
俺たちはマオのあとを追い、色とりどりの花が咲く庭園に足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
庭園をしばらく歩いていくと、やがて馬車が余裕をもって通れそうな、幅の広いレンガ敷きの道に出た。
「ここに、植える」
マオが道の両側を指す。
「ここを桜並木にするんですね」
「ん」
左右には色とりどりの植物が植えられ、その間をレンガ道が真っすぐ伸びている。
「たしかに、ここが桜で満開になったら良さそうだな」
この広々としたレンガ道の両側に桜が並ぶのか。
悪くない。
「マオちゃん、並木にはどっちの桜を植えますか?」
良太が【ネットショッピング】を開き、カワヅザクラとソメイヨシノの写真をタブレットに表示してマオに見せる。
マオは二つの写真を見比べると、濃いピンク色の花が咲くほうを指した。
「こっち」
「カワヅザクラですね」
「ん」
「じゃあ、カワヅザクラで揃えましょう」
良太が道の先に目を向ける。
「間隔って、どれくらいでしたっけ。五メートルくらい?」
「それだと、一本の木から左右に二メートル半ずつ枝が伸びただけで、隣とぶつかるな」
「ああ、そうか。大きくなったときのことも考えないとダメですね」
「せっかく広い場所なんだし、余裕を持たせたほうがいいんじゃないか?」
「じゃあ、大苗を買って八メートル間隔でいったん置いてみましょうか」
「ん」
良太が【ネットショッピング】で桜の大苗を購入し、【買い物加護】から一本ずつ取り出す。
まずは道の両側に一対。
そこから八メートルほど進んで、さらに一対。
また八メートル進んでは、同じように苗木を置いていく。
そうして俺たちは、カワヅザクラの大苗を道の両側に並べながら、ゆっくりとレンガ道を進んでいった。
「これ、結構な本数になりそうですね」
「道が長いからな」
「ん。いっぱい、ほしい」
「まあ、マオの庭だしな。好きなだけ並べればいいんじゃないか」
「はい。苗木ならまだまだ買えますよ」
道の両側には、一定の間隔で桜の苗木が並んでいく。
今はまだ枝も細く、満開の桜並木にはほど遠い。
それでも、この木々が育って両側から枝を伸ばせば、いつか良太が話していたピンク色のトンネルになるのだろう。
「あとで、植えてもらう」
「ああ。さっきバンポーさんが呼びに行った人たちに頼むのか」
「ん」
俺はレンガ道の先に目を向ける。
さて、いったい何本必要になるのやら。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いてみて、改めて庭園の広さを実感する。
「これだけ広いと、乗り物も欲しくなるな。ここにもランクルを持って来ちまうか」
「いいんじゃないですか?」
良太は特に反対する様子もなくうなずいた。
「知らない人に見られる可能性はありますけど、他人の【収納】には入らないことは、マオちゃんとの実験で確認済みですし」
「ああ。【収納】で持っていかれる心配はないわけか」
「それに、ここって魔王様の庭園ですよね。わざわざここから物を持ち去ろうとする人も、そうそういないんじゃないですか?」
「……たしかに」
言われてみればそうだ。
俺たちはマオと普通に付き合っているせいで忘れそうになるが、この庭園の持ち主は魔王だ。
そんな場所へ勝手に入り込んで、見たこともない車を盗もうとする奴がどれだけいるのか。
「じゃあ、一台出しておくか」
「何号車にします?」
「そうだな……」
庭園を見渡しながら考える。
せっかくなら、この景色を眺めながら走るのに向いている車がいい。
となると――
いや、新しく購入しよう。
桜並木を想像していたら、ふと思い出したランクルがある。
「良太、新しいのを一台買わないか?」
「どんなのですか?」
「1960年にアメリカ大陸を南北に縦断した、ピンク色のランクルがあってな。その名も『さくら号』。FJ28VA型だ」
「へえ、そんなランクルがあるんですか」
「北のアラスカから、南はチリまで行ったらしい」
良太がさっそくタブレットで検索する。
「あっ、出てきました。おお、レトロな外見で可愛いですね」
「ああ。ボディだけじゃなく、タイヤのホイールまでピンク色だな」
「本当だ。こんなランクルもあるんですね」
「かわいい」
いつの間にかマオもタブレットをのぞき込んでいた。
「マオも気に入ったか?」
「ん。好き」
「じゃあ、ちょうどいいな。これにウンディーネのシャワーと蛇口を左右につけてもらおうぜ。庭の水やりにも使えるように」
「いいですね。内装もベージュと木目を使って、外見に合わせたレトロな感じにしましょう」
「ああ、それでいこう」
あとは値段だ。
「ポイントが足りなかったら、金貨から換えて使ってくれ」
「それでもいいんですけど……」
良太が少し考えてから、マオに顔を向ける。
「マオちゃん、今、魔核以外で何か価値のある素材を持っていませんか?」
「ん?」
「もしあったら、僕たちの金貨と交換してほしいんです。【ネットショッピング】で、この世界の金貨をあまり減らしたくなくて」
「ん」
マオが【収納】に手を入れ、何かを取り出した。
「これは?」
「なんですか、これ……」
マオの手にあったのは、一本の大きな牙だった。
「ちょっと【買取査定】してみますね」
良太が牙に【買取査定】を使う。
「……ケルベロスの牙。一千万ポイント」
「ケルベロスか」
三つの頭を持つ犬だったか。
「これも討伐した魔物の素材か?」
「ちがう」
「違うのか?」
「生え変わったやつ」
「……生え変わった?」
マオはいつもと変わらない様子でうなずく。
「じゃあ、どこで手に入れたんだ?」
「城にいる」
「ケルベロスが?」
「ん。五匹」
「五匹もいるんですか」
良太が驚いて聞き返す。
「魔王城にケルベロスが五匹か……」
「なんというか、すごくそれっぽいですね」
「だな」
三つ首の犬が五匹もいる城。
想像してみると、いかにも魔王城らしい光景だ。
「マオちゃん、この牙はそのケルベロスから抜けたものなんですね?」
「ん。たまる」
「なるほど。五匹もいれば、生え変わるたびに増えていくのか」
「ほかにも、ある」
そう言って、マオが再び【収納】に手を入れた。
一本、二本、三本――
同じような大きな牙が、次々と地面に置かれていく。
「本当にいっぱいありますね……」
「これ、全部生え変わった牙なのか?」
「ん」
「捨てずに取ってあったんだな」
マオは地面に並べた牙を見下ろしている。
「それが一本一千万ポイントになるんだから、すごいな……」
良太が並べられた牙を数えていく。
「ちょうど十本ありますね。一本一千万ポイントですから、全部で一億ポイントになります」
「それなら十分だな」
「はい。マオちゃん、この十本を白金貨百枚と交換でいいですか?」
「あげる」
「いえ、それはダメです。ちゃんと交換にしましょう」
「ん」
「では、お支払いしますね」
良太が【お財布】から、白金貨百枚の入った革袋を取り出してマオに渡す。
ずしりと重そうな革袋を受け取ったマオは、そのまますぐに【収納】にしまった。
「じゃあ、ケルベロスの牙は買い取りますね」
牙が【買い物加護】に入り、一億ポイントへと変わる。
「これだけあれば、かなり余裕がありますね」
「せっかくだ。庭で使いやすいように仕上げてもらおう」
「そうですね。シャワーと蛇口のほかにも、何か付けます?」
「そうだな……」
これだけ広い庭園で使うなら、庭仕事に役立つ装備はいろいろありそうだ。
「後ろの荷室は、苗木や肥料、園芸道具なんかを積みやすいようにしておこう」
「棚とかもあったほうが便利そうですね」
「ああ。スコップとかハサミとか、細かい道具を置ける場所も作っておこう。床はいつもの黒いラバーマットでいいだろ」
「神様仕様なら、泥のついた道具をそのまま積んでも汚れませんしね」
「庭仕事用にはちょうどいいな」
「マオちゃんには【収納】がありますけど、庭師の人たちも使うなら普通に荷物を積めたほうが便利ですもんね」
「ああ」
「それなら、オートマのほうがよくないですか? 庭師の人たちも運転しやすいでしょうし」
「そうだな。そうするか」
「じゃあ、見た目はそのままでオートマに変更しておきますね」
「頼む」
良太がタブレットを操作し、さらに仕様を追加していく。
「せっかくだし、ゆっくり走りながら左右に散水できるようにもするか?」
「いいですね。シャワーとは別に散水ノズルを付けましょう」
「それなら、さっきの桜並木にも使えるな」
レンガ道をさくら号でゆっくり走りながら、車体の左右から桜へ魔力水を撒いていく。
わざわざ一本ずつ停まって水をやる必要もないし、あれだけ長い並木道ならかなり楽になるはずだ。
「いいですね。庭園を回りながら、そのまま水やりできますよ」
「ああ。手で撒きたいところはシャワーを使えばいいしな」
「じゃあ、シャワーと蛇口からはウンディーネの魔力水。左右に散水ノズルを追加。内装はベージュと木目調。荷室は園芸道具を積める庭園仕様で、オートマに変更……」
良太が画面を確認しながら、一つずつ設定していく。
「あとはルーフキャリアに作業灯をつければ、暗い場所でも作業できるな」
「作業灯っと。こんなところですかね」
「十分だろ。完全に庭仕事用のランクルだな」
「ですね。じゃあ注文しますよ」
「ああ」
良太が購入画面に指を伸ばす。
「では買いましょう。ポチ!」
――ドン!
見慣れた音とともに、目の前に新たなランクルが姿を現した。
「おお……」
現れた車体を、思わず隅々まで眺める。
丸目のヘッドライトに、大きく張り出したフェンダー。長い車体に箱型のボディという、いかにも昔の車らしい姿だ。
そして何より目を引くのは、その色だった。
ボディは可愛らしいピンク色。
さらにホイールまで同じピンクで塗られている。
「いいなあ……このレトロな感じ」
今まで買ってきたランクルとは、また時代が違う。
丸目の愛嬌ある顔つきに、飾り気のないバンパー。
古い車らしい無骨さがありながら、ピンク色のおかげでどこか愛嬌がある。
「先輩、実物で見るとさらに可愛いですね」
「ああ。桜の中を走らせたら似合いそうだな」
「かわいい」
マオもさくら号をじっと見ている。
まだ苗木が並べられただけのレンガ道。
いつかこの場所が満開の桜並木になり、その下をピンク色のランクルで走る。
そんな光景を想像すると、今から少し楽しみになってきた。
◇ ◇ ◇
「よし。こいつはこのまま庭園に置いておくか」
「ここに?」
「ああ。庭師の人たちにも使ってもらえばいいし、マオも湖底の庭園に置いてあるオープンカーと同じように、好きに使ってくれ」
マオがさくら号を見る。
「嬉しい」
「ああ。好きなだけ使ってくれ」
「ん。いっぱい、乗る」
「ははっ。そうしてくれ」
「じゃあ、さっそく追加した装備も試してみるか」
「ん」
俺はさくら号の後ろへ回り、マフラーを指す。
「マフラーを【癒やしモード(ヒーリング・シンフォニー)】にしておけば、植物の成長にもいいからな。それに――」
今度は車体の横へ回る。
車体の左右には、今回追加してもらったシャワーと蛇口がそれぞれ取り付けられている。
「シャワーからはウンディーネの魔力水が出るから、好きなところに水を撒くのに使ってくれ。蛇口も同じ魔力水が出るから、庭仕事のあとに手を洗ったり、道具を洗ったりするのに使えるぞ」
「ん」
「それと、走りながら水を撒きたいときは散水ノズルだな。さっきの桜並木なら、道をゆっくり走るだけで両側の桜に水を撒ける」
「便利」
「だろ?」
マオは説明を聞き終えると、さっそく片側のシャワーヘッドを手に取った。
「もう使うのか」
「ん」
シャワーの栓をひねると、ヘッドから水が勢いよく飛び出す。
マオはそれを近くに植えられている花に向け、楽しそうに水をかけ始めた。
きらきらと陽光を反射する魔力水が、色鮮やかな花や葉の上に降り注いでいく。
「おっ……」
魔力水を浴びた花が、目の前でわずかに茎を伸ばした。
少し垂れていた葉も持ち上がり、新しい芽までゆっくりと開いていった。
「おお……成長してるな」
「すごいですね。これなら、さっきの桜もどんどん大きくなりそうです」
さらに、葉の裏に隠れていた小さな虫が何匹か飛び出し、魔力水を避けるように飛び去っていった。
「成長を促して、虫まで寄せつけにくくするのか。庭にはぴったりだな」
「ん」
マオは嬉しそうに、今度は隣の花にシャワーを向ける。
そこでも魔力水を浴びた花が茎を伸ばし、葉が生き生きと持ち上がっていった。
「きゅ~♪」
バハも水が飛び出すのが気になるのか、マオのそばに寄っていく。
マオはそのまま、次々と花に魔力水をかけていった。
「いい」
「気に入ったみたいだな」
「ですね」
どうやら、さくら号はマオの庭園でさっそく役に立ってくれそうだ。
あとがき
『さくら号』というランクルの存在を、私も今回はじめて知りました。
とても可愛い車両なので、みなさんもぜひ画像検索してみてください。
本文に登場する『さくら号』は、この外見をベースに、運転席と助手席、天張りなどをベージュで統一し、パネル類はウッド調でまとめています。
後部の荷室は、右側に棚を設置。床は黒系のラバー素材です。
後部座席や、その横のドアはありません。
その代わり、車体の左右にはウンディーネの魔力水が出るシャワーや、散水システムが取り付けられています。




