第70話 昼食後の団欒
食事を終え、空になった皿が少しずつ片づけられていく。
あれだけ大量に並んでいた料理も、マオとバハがいたおかげで、ほとんど残っていない。
満足そうに椅子に座るマオの隣では、バハも膨らんだ腹をなでている。
「きゅ~」
「食ったなあ」
「おいしかったですね。僕、ドワーフ料理かなり好きですよ」
「ああ。肉が多いのもいいな」
食後の飲み物を口にしながら、しばらくのんびりと過ごす。
店内を見渡せば、昼時の賑わいはまだ続いていた。
大きな声で話しながら酒を飲むドワーフもいれば、山盛りの肉料理を豪快に平らげている者もいる。
そんな様子を眺めていた良太が、ふと思い出したようにバンポーさんに顔を向けた。
「そういえばバンポーさん。このあたりの山脈って、僕らがいた湖周辺とはまた違う魔物が出るんですか?」
「ええ。生息している魔物はかなり違いますね」
バンポーさんが穏やかにうなずく。
「このあたりですと、トカゲや甲虫系の魔物などが生息しております。ただ、基本的に人里の近くにいるのはDランク以下の弱いものばかりですよ」
「そうなんですね」
「長い年月をかけて、人と魔物の棲み分けがされてきたのでしょうね」
たしかに、ここへ来るまでにも魔物らしい姿はほとんど見かけなかった。
これだけ大きな国が存在している以上、周辺に危険な魔物がうろついていたら、安心して暮らすこともできないだろう。
「では、強い魔物はいないんですか?」
「いえ。奥の山々に入れば、Aランク、あるいはそれ以上の存在もおります」
「やっぱりいるんですね」
良太がうなずく。
「人の住んでいる場所から離れるほど、強い魔物が増えていく感じですか」
「概ね、その認識でよろしいかと」
「それで、上位の魔物が生活圏に近づかないように冒険者がいるんですね」
「ええ。すべてではありませんが、そういった魔物の討伐も冒険者の大切な役目の一つです」
「なるほど」
「もっとも、四十年前にこの国を襲ったスタンピードのような大規模な事態となれば、私どものようなSランク冒険者にも討伐依頼が届きます」
「そういう役割もあるんですね」
「はい」
その話を聞いて、俺はラズライト湖周辺を思い出した。
マラカイト大草原に、セラフィナイト大森林。
そして湖には、Sランクのタキタロウまで棲んでいた。
「だから、あの湖の周りには町や村がなかったんですね」
「はい。ブルーム王国の周辺も同じです。人々は比較的安全な土地に集落を築き、危険な魔物が多く生息する地域を避けて暮らしております」
「なるほど」
俺たちにとってはランクルがあるから、それほど意識してこなかった。
だが、この世界で暮らす普通の人たちにとって、魔物の生息域はそのまま生活圏を左右する問題になるのだろう。
道や町がどこに造られるかにも、当然影響しているはずだ。
「例外があるとすれば――」
バンポーさんがそこで一度言葉を切った。
「魔王国のある魔王大陸でしょうか」
「魔王大陸?」
「はい。あの大陸には、そもそもDランク以下の魔物が存在いたしません」
「……え?」
良太が目を丸くする。
俺も思わずバンポーさんを見た。
「Dランク以下が、いないんですか?」
「はい」
「それって……最低でもCランクってことですよね?」
「その通りでございます」
最低でもCランク。
俺たちはランクルで魔物を倒してきたせいか、ランクごとの強さはいまだによくわかっていない。
それでも、一番弱い魔物でCランクというのは相当なんじゃないだろうか。
「……魔王大陸って、名前だけじゃなくて本当にヤバい場所なんですね」
「だな……」
俺たちの視線が、自然とマオに向く。
当の魔王はといえば――。
「ん?」
突然こちらを見た俺たちに、小さく首をかしげるだけだった。
俺たちが何も言わずにいると、マオはすぐに視線を手元に戻す。
手元には、先ほど良太からもらった写真集が開かれている。
隣からバハものぞき込み、二人で庭の写真を眺め始めた。
「きゅ」
「ん。きれい」
そんな二人を横目に、良太がバンポーさんとの話を続ける。
「魔王大陸の魔物がそんなに強いんじゃ、それを討伐する人たちも強そうですね」
「ええ。魔王国には、魔物の討伐を主な任務としている軍もございます」
「軍隊が討伐するんですか?」
「はい。人々の生活圏に近づく魔物を討伐したり、街道の安全を確保したりするのも彼らの役目です」
「なるほど」
「中でも第二軍団は、国外への遠征や大規模な魔物討伐を得意としております」
「そういう専門の軍団まであるんですね。やっぱり軍団長も強いんでしょうね」
「ええ。第二軍団長は野戦を得意としており、強力な魔物の討伐にも出向いております」
「へえ……。かなり強そうですね」
「ええ。非常に」
バンポーさんがそこまで言うのなら、相当強いのだろう。
良太もうなずいている。
そんな強い魔物が当たり前のように生息している土地なら、対処する側も強くなるのかもしれない。
それに、これだけ生息する魔物のランクが違うなら、他の大陸とは環境そのものもずいぶん違いそうだ。
元の世界で言えば、ガラパゴス諸島のように、魔王大陸で独自の進化を遂げた魔物なんかもいるのかもしれない。
◇ ◇ ◇
話が一段落したところで、マオたちのほうを見る。
いつの間にか、開いている写真集が『日本庭園』に変わっていた。
バハと一緒にページを眺めていたマオの手が、あるところで止まっている。
そこに載っていたのは、満開の桜に彩られた庭園の写真だ。
池のほとりに並ぶ桜の木々。その枝いっぱいに淡い色の花が咲き、辺り一面を彩っている。
「きれい」
マオが写真をじっと見つめたままつぶやく。
「マオちゃん、その花が気に入ったんですか?」
「ん。好き」
向かいに座る良太も、テーブル越しに写真をのぞき込む。
「こっちの世界には、似たような花ってないんですか?」
「どうでしょう。この写真だけでは判断しかねますが……」
バンポーさんも写真に目を向けるものの、すぐに困ったような表情を浮かべる。
「申し訳ありません。私も植物にはあまり詳しくありませんので」
「ない」
短く答えたのはマオだった。
「マオちゃんは見たことない?」
「ん」
マオはあちこち旅をしているし、自分の庭園も持っているから、こちらの世界の植物にもかなり詳しいだろう。
そのマオが知らないなら、少なくともこの世界では珍しい植物なのかもしれない。
写真の桜を眺めているマオを見て、ふと思いつく。
「良太。元の世界から苗を取り寄せられないか?」
「あっ」
良太もすぐに意図を察した。
「ちょっと調べてみます」
タブレットを取り出し、【ネットショッピング】を開く。
何度か画面を操作していた良太の指が止まった。
「ありますね。買えそうです」
「本当か」
「はい。桜の苗木、普通に売ってますよ」
その言葉を聞いた瞬間、マオの赤い瞳が大きく見開かれた。
「ほしい」
「ははっ。即答だな」
「じゃあ、お店を出たら渡しますね。ここで苗木を出すわけにもいきませんし」
「ん」
良太が商品を確認しながら画面をスクロールしていく。
「でも先輩、桜ってかなり種類があるみたいですよ」
「そんなにあるのか?」
「はい。どれにするか迷いますね」
良太は写真集とタブレットを見比べる。
「その写真集に載ってる桜は、花を楽しむ花桜ですね。それとは別に、バハちゃんが大好きなさくらんぼがなる木も、品種は違いますけど同じ仲間ですよ」
「きゅ?」
さくらんぼという言葉に、バハがすぐに反応した。
「さくらんぼだよ、バハちゃん」
「きゅ~♪」
途端に嬉しそうな声を上げる。
「わかりやすいな」
「せっかくですし、両方買ってみます? 花を楽しむ桜と、さくらんぼが採れる木」
「いいんじゃないか。育つかどうかは植えてみないとわからないけどな」
「ですね」
良太がマオに顔を向ける。
「マオちゃん、両方いります?」
「いる」
これも即答だった。
マオはもう一度、満開の桜が写ったページに視線を戻す。
花を眺めるマオの隣では、バハが嬉しそうにしている。
「きゅ~♪」
片や桜の花。
片やさくらんぼ。
同じ桜でも、二人が楽しみにしているものはずいぶん違う。
◇ ◇ ◇
店を出て車に戻ると、良太はさっそく【ネットショッピング】を開いた。
「マオちゃん、どれにするか一緒に選びましょう」
「ん」
良太がタブレットを操作すると、フロントガラスに【ネットショッピング】の画面が映し出された。
販売されている桜の苗木を、写真を見ながら順番に選んでいく。
花を楽しむ桜だけでもかなりの種類があり、さらに、さくらんぼを収穫する実桜にもいくつもの品種があるようだ。
「こういう果物って、一本だけ植えても実がならないことがあるって聞くぞ。何本かずつ買っておこう」
「そうですね。品種によっては受粉用に別の品種が必要みたいです」
良太が説明を確認しながら、商品を選んでいく。
「じゃあ、実桜はいくつか品種を選んで……それぞれ五本ずつにしましょうか」
「ん」
「花桜のほうも一種類だけじゃなくて、何種類か買っておきますね。こっちも五本ずつで」
良太が次々と苗木を【買い物加護】に入れていく。
マオはその横で、タブレットに表示される花や実の写真をじっと眺めていた。
「マオちゃん、桜並木を作るなら、もっといっぱい買いましょうか?」
「桜並木?」
マオが顔を上げる。
「道の両側に花桜をずらーっと並べて植えるんです。満開になると、頭の上までピンク色の花に囲まれて、桜のトンネルみたいになるんですよ」
「…………」
マオは赤い瞳を大きく見開いた。
「ほしい」
「あはは」
良太が笑いながら、再びタブレットを操作する。
「じゃあ、並木にする桜も選びましょう。まずは早咲きのカワヅザクラ。これは濃いピンク色の花が咲くみたいです」
画面に表示された写真をマオに見せる。
「きれい」
「それから、こっちがソメイヨシノ。こっちは淡いピンクですね」
「ん。これも好き」
「両方植えれば、咲く時期もずれるみたいですよ」
「いい」
どちらもきれいだな。
「問題は本数ですね。桜並木となると、どれくらいいるかな……」
良太が考え込みながらタブレットを眺める。
「庭の広さも、道の長さもわからないからな」
「そうなんですよね。実際に連れて行ってもらえれば、どれくらい必要か決められるんですけど」
その言葉に、マオがぴたりと動きを止めた。
「…………」
そして、俺と良太を交互に見る。
「来る?」
「庭に?」
「ん」
そういえば、マオが持っているという庭園がどんな場所なのか、俺たちはまだ見たことがない。
「俺はいいぞ」
「僕も行ってみたいです」
「ん。行く」
話はあっさり決まった。
桜の苗木を選んでいただけだったはずが、どうやらこのあと、マオの庭園を見せてもらうことになりそうだ。




