第69話 ドワーフ王国で昼食
冒険者ギルドを出る頃には、ちょうど昼時になっていた。
「さて、これからどうするか」
「バンデランテさんの作業は、まだまだ終わらないでしょうしね」
「ああ。せっかくドワーフ王国まで来たんだし、昼飯もこっちで食べていくか」
俺はマオとバンポーさんに目を向ける。
「マオ、バンポーさん、このあたりでおすすめの店ってありますか?」
「ある」
「ええ。私たちも何度か利用したことのある店がありますよ」
「じゃあ、そこに行ってみたいです」
「ご案内いたします」
「ん」
マオを先頭に、俺たちは冒険者ギルドをあとにした。
七号車はギルド近くの空き地に停めてあるが、目的の店は歩いていける距離らしい。
石造りの建物が並ぶ通りを進んでいく。
昼時だけあって、朝より人通りが多い。
あちこちから金属を叩く音が聞こえ、それに混じって、どこからか肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきた。
「いい匂いですね」
「腹減ってきたな」
「きゅ~」
バハも腹が減ったようだ。
ハイエルフの少年に見えている今も、鳴き声だけはいつも通りだ。
やがてマオが、一軒の店の前で足を止めた。
「ここ」
「ここですか」
石造りの大きな建物で、入口の上には料理とジョッキらしきものが描かれた看板がかかっている。
扉を開けた途端、肉を焼く香りが一気に濃くなった。
「いらっしゃ――」
店員のドワーフがこちらを見て、途中で言葉を止める。
「マオ様!」
「ん」
「お久しぶりです! どうぞどうぞ、空いておりますよ!」
やっぱりここでもマオは有名だな。
俺たちは店の奥にある大きなテーブルへ案内された。
全員が席につくと、すぐに店員が注文を取りにやってくる。
「本日は何になさいますか?」
最初に口を開いたのはマオだった。
「おいしいの全部」
「はい!」
即答だ。
そして店員も慣れている。
バンポーさんが続ける。
「あと、ドワーフ王国の名物料理をいくつかお願いします」
「かしこまりました!」
注文を終えたバンポーさんが、俺たちに顔を向けた。
「拓海様と良太様は、他に何かありますか?」
「いえ、おまかせします」
そこまで答えてから、ふと既視感を覚えた。
「……この流れ、ブルーム王国でもありましたね」
「あっ、そういえばそうですね」
良太もうなずく。
「マオちゃんが『おいしいの全部』って注文して、僕たちがおまかせするところまで同じです」
「ん」
「ふふっ。たしかにそうでしたね」
バンポーさんまで笑う。
俺もつられて笑ってしまった。
国が変わっても、俺たちのやることはあまり変わらないな。
店員が注文を確認して厨房へ戻っていく。
すると良太が、思い出したように口を開いた。
「そうだ。マオちゃん、バンポーさん」
「ん?」
「はい」
「今日付き合ってもらったお礼に、お二人に渡したいものがあって」
「お礼など大丈夫ですよ。私どもも楽しませていただいておりますから」
「ん」
「いえいえ、急なお願いでしたし、ぜひ受け取ってください。もう用意してありますから」
良太が【買い物加護】を操作する。
「まず、バンポーさんにはこちらです」
テーブルの上に現れたのは、透明なクリスタルガラスの灰皿だった。
続いて、酒を楽しむためのグラスが何種類か並んでいく。
「おお……」
バンポーさんが灰皿を手に取った。
「これは見事ですね」
「葉巻を吸うときに使ってください。それと、こっちはグラスのセットです。前にお渡ししたものとは少し違う種類も入れてあります」
「ありがとうございます。これは嬉しいですね」
バンポーさんは灰皿を光に透かし、角度を変えながら眺めている。
「大切に使わせていただきます」
「はい」
「それで、マオちゃんには……」
良太が少し楽しそうにタブレットを操作する。
「実は、さっき選んでおいたんです」
「ん?」
今度は本が現れた。
一冊。
二冊。
さらに三冊。
全部で五冊の大判の本が、マオの前に積み上がった。
「写真集です」
「しゃしんしゅう?」
「絵じゃなくて、景色をそのまま写したものを集めた本です。マオちゃん、庭造りしてるじゃないですか。参考になるかなと思って」
良太が一冊ずつ表紙を見せていく。
「まず『世界の美しい庭』。こっちは『世界の美しいバラの庭』。それから『イングリッシュガーデン』」
マオの赤い瞳が本に向く。
「それと、アメリカの有名な絵本作家が造った庭を紹介している写真集です」
「ん」
「最後が『日本庭園』。全部、庭の写真がたくさん載っているものを選びました」
五冊がテーブルに並ぶ。
マオは五冊の表紙を順番に眺めると、『世界の美しい庭』を手に取った。
ぱらり。
一ページ目を開く。
「…………」
色とりどりの花に囲まれた庭園の写真を、じっと見つめている。
ぱらり。
次のページには、大きな池を囲むように木々や花が植えられた庭が広がっている。
「きれい」
小さくつぶやいて、またページをめくる。
「気に入ってもらえました?」
「ん。好き」
「よかったです」
今度は『世界の美しいバラの庭』を開き、写真を一枚ずつ眺めていく。
庭造りの参考にもなるし、写真の構図や撮り方を見るだけでも楽しめそうだ。
ページをめくるマオの手は止まらない。
◇ ◇ ◇
写真集を眺めているうちに、厨房のほうがにわかに騒がしくなってきた。
肉の焼ける香ばしい匂いに、煮込み料理らしい濃厚な香りまで混じって漂ってくる。
「きゅ~」
さっきから厨房のほうを気にしていたバハが、待ちきれないように声を漏らした。
「バハちゃん、お腹空いた?」
「きゅ!」
「俺も腹減ったな」
そんな話をしていると、店員たちが大きな皿を抱えて次々とやってきた。
「お待たせしました!」
まずテーブルの中央に置かれたのは、巨大な骨付き肉だ。
こんがり焼けた表面から脂がにじみ、湯気と一緒に香辛料の匂いが立ち上る。
「でかいな……」
「これはヤギ肉の炙り焼きです! 塩と香草をすり込んで、炭火でじっくり焼いてあります!」
「おいしそうですね」
「きゅ~!」
続いて運ばれてきたのは、深い鉄鍋にたっぷりと入った煮込み料理だった。
ごろごろと大きく切られた肉に、ジャガイモやニンジンのような根菜。
とろみのついた茶色いスープから、肉と野菜の濃厚な香りが漂ってくる。
「こちらは黒麦酒を使った肉の煮込みです!」
「ビールで煮込んでるのか」
「はい! ドワーフ王国では昔から食べられている料理ですよ!」
「それは楽しみですね」
さらに、腸詰めを何種類も盛り合わせた大皿。
溶かしたチーズをたっぷりかけた焼きジャガイモ。
川魚を丸ごと香草と一緒に焼いたもの。
黒っぽいパンと、数種類のチーズ。
料理が運ばれてくるたび、テーブルの空いていた場所が埋まっていく。
「……まだ来るのか?」
「おいしいの全部、ですからね」
「そうだった」
注文した本人を見る。
マオは写真集を閉じて【収納】にしまうと、ずらりと並んだ料理に赤い瞳を向けていた。
「マオ、どれから食べる?」
「肉」
「やっぱりか」
「きゅ!」
バハも元気よく手を上げた。
「バハちゃんもお肉みたいですね」
「じゃあ、まずこれを切り分けるか」
俺は大皿の骨付き肉にナイフを入れ、食べやすい大きさに切り分けていく。
焼き目のついた表面とは違い、中は柔らかく、刃を入れたところから肉汁がじわりとにじみ出した。
「マオ、ほら」
「ん」
まずは隣に座るマオの皿に。
「バンポーさんもどうぞ」
「ありがとうございます、拓海様」
バンポーさんの皿にも取り分け、良太とバハの分も続けて載せていく。
「先輩、ありがとうございます」
「きゅ!」
最後に自分の皿にも取り分けたところで、全員に行き渡った。
「じゃあ、いただきます」
一口大に切って口に運ぶ。
「……うまいな」
ヤギ肉と聞いて少し癖があるのかと思ったが、それほど気にならない。
しっかりとした肉のうま味があり、表面にすり込まれた塩と香草もよく合っている。
「先輩、これおいしいですよ。噛むほど味が出てきます」
「炭火の香りもいいな」
マオはどうだろう。
そう思って隣を見ると、すでに二口目を食べていた。
「おいしい」
「気に入ったみたいだな」
「ん」
バハもフォークで肉を刺し、大きく口を開けてかぶりつく。
「きゅ~!」
「バハちゃんも気に入ったみたいですね」
「わかりやすいな」
続いて、黒ビールを使った煮込みを食べてみる。
スプーンですくった肉は、持ち上げただけで崩れそうなほど柔らかい。
「おお……」
口に入れると、ほろりと繊維がほどけた。
黒ビールのものだろうか。
わずかな苦味と香ばしさがあり、肉と野菜のうま味が溶け込んだ濃厚な味になっている。
「これもいいな」
「パンにつけてもおいしそうですね」
良太が黒っぽいパンをちぎり、煮込みのスープに浸す。
「……うん。これ、合いますよ」
「じゃあ俺も」
真似して食べてみる。
少し硬めのパンが濃厚なスープをたっぷり吸い込み、これだけでも十分うまい。
「こういう煮込み、今度作ってみてもいいな」
「黒ビールなら買えますしね」
「ああ。肉もいろいろあるし、試してみるか」
料理が得意というわけではないが、最近は暇なときに料理本を眺めているせいか、食べながら作り方を考えることも増えた。
次は腸詰め。
太いものを切ると、中には粗くひかれた肉がぎっしり詰まっている。
一口食べた瞬間――
「おっ」
皮が弾け、肉汁が口いっぱいに広がった。
「これは酒が欲しくなる味だな」
「香辛料も結構効いてますね」
「拓海様、こちらもおすすめですよ」
バンポーさんが示したのは、溶かしたチーズがたっぷりかかった焼きジャガイモだ。
「では、いただきます」
熱々のジャガイモを崩し、チーズを絡めて口に運ぶ。
「……これもいいですね」
「素朴ですけど、おいしいですね」
ほくほくしたジャガイモに、ほどよい塩気のチーズ。
凝った料理ではないが、相性が悪いはずもない。
マオも一口食べる。
「おいしい」
肉。
煮込み。
ジャガイモ。
また肉。
マオは黙々と食べ進めている。
「マオちゃん、ブルーム王国の料理と比べてどうです?」
良太が尋ねると、マオは少しだけ考えた。
「どっちもおいしい」
「そうですね」
「ん」
俺も同感だ。
ブルーム王国にはブルーム王国の料理があり、ドワーフ王国にはドワーフ王国の料理がある。
どちらが上というより、それぞれ違うものを楽しめるほうがいい。
俺は改めてテーブルを見渡した。
豪快な肉料理に、濃厚な煮込み。
腸詰め、チーズ、ジャガイモ、川魚に黒パン。
全体的に飾り気は少ないが、腹いっぱい食べるには申し分ない料理ばかりだ。
「ドワーフ料理、結構好きかもな」
「僕もです。また来たいですね」
「きゅ!」
「バハちゃんも一票ですね」
「ん。また来る」
「もう決定か」
俺たちが笑うと、バンポーさんも楽しそうにほほ笑んだ。
ドワーフ王国にも、これから何度か来ることになりそうだ。




