第68話 薬草とウイスキーを販売
ドワーフの職員が全員分の飲み物を並べ終えたところで、バンポーさんが静かに口を開いた。
「それと、本日こちらへ参りましたのは、マオ様ではなく、こちらのお二人です」
「こちらの……?」
職員の視線が俺と良太へ向く。
「拓海様と良太様です。お二人とも冒険者でして、本日は素材などの買い取りをお願いしたいそうです」
「冒険者の方でしたか」
「はい。一応、俺たちも冒険者です」
俺は冒険者カードを取り出してテーブルに置き、良太も自分のカードを並べる。
職員が二枚を手に取り、記載された内容を確認して――その手が止まった。
「……Bランク?」
もう一度カードを見てから、今度は俺たちへ目を向ける。
「お二人とも、Bランク冒険者なのですか?」
「はい。ただ、登録したばかりで、まだ依頼を受けたことはないんですけど」
「……一度も?」
「マオちゃんに推薦してもらって、特例でBランクから登録していただいたんです」
良太が説明すると、職員の視線がマオへ移った。
「マオ様の推薦で……」
「ん」
マオが小さくうなずく。
職員は納得したような表情を見せた。
「なるほど。それでしたら納得です」
職員は二枚のカードを丁寧に返してくれた。
「では、本日が初めての冒険者としての活動になりますか?」
「そうですね。買い取りだけですけど」
「初仕事ですね、先輩」
討伐でもなければ護衛でもない。
Bランク冒険者になって、最初の活動が森で集めた薬草の売却になるとは思わなかった。
「それでは、まずこちらをお願いします」
良太が【買い物加護】から、昨日セラフィナイト大森林で回収した薬草を取り出していく。
銀色の筋が入った銀脈草をはじめ、バンデランテに教えてもらいながら集めたものを種類ごとに少しずつ。
全部出す必要はないので、売ってもいい分だけをテーブルに並べていく。
「ほう……」
職員が銀脈草を手に取り、葉の状態を確かめる。
「これは状態がいいですね。採取したばかりですか?」
「昨日です。採ったあと、すぐに収納に入れています」
「なるほど。それでこれほど瑞々《みずみず》しいのですね」
実際には【買い物加護】の中で時間が止まっていたのだから、採ったときとほとんど変わっていない。
職員は薬草を一種類ずつ確認していき、やがて満足そうにうなずいた。
「こちらでしたら、すべて問題なく買い取れます」
「では、お願いします」
「承知いたしました」
これで、バンデランテに言われた用事は済んだ。
――本来なら、これだけで帰ってもよかったのだが。
「あとは……」
俺は良太と顔を見合わせる。
せっかく個室まで用意してもらったのに、薬草を少し売っただけでは、なんとなく申し訳ない。
それに、さっきバンポーさんが言っていた酒やグラスも気になる。
いつもの姿でいるなら、日本から持ち込んだ品をあまり売り歩きたくはない。
変に目立って、俺たちと珍しい品が結び付くのは避けたいからだ。
だが今は、マオの【認識改変】で俺も良太もハイエルフの姿になっている。
この姿なら、少しくらい珍しいものを売っても、俺たちの普段の姿には結び付かないだろう。
「良太。せっかくだし、さっき話してたものも少し出してみるか?」
「わかりました」
良太が【ネットショッピング】を操作する。
「では、まずお酒からいきましょうか」
テーブルの上に一本の酒瓶が現れた。
続いて、形や色の違う酒瓶が数本。
職員が興味深そうに酒瓶へ目を向ける。
「こちらは……お酒ですか?」
「はい。まずこれはブランデーです。コニャックと呼ばれているものですね」
「コニャック……」
「ブドウのワインを蒸留した酒です」
良太が簡単に説明すると、職員の表情が変わった。
「ワインの蒸留酒ですか。それは興味深いですね」
「こっちはウイスキーです。何種類か持ってきました」
「こちらも蒸留酒で?」
「はい。原料や造り方が違うので、味も香りもそれぞれ違います」
「なるほど……」
さすがドワーフというべきか。
薬草のときよりも、明らかに興味を示している。
「あと、こういうものもあります」
良太が今度はクリスタルガラスのグラスを取り出した。
チューリップ型のコニャック用のグラスと、ウイスキー用のロックグラス。
透明なガラスが室内の明かりを受け、きらきらと輝く。
「これは……」
職員が身を乗り出した。
「ガラス製品ですか?」
「はい。クリスタルガラスです」
「少し拝見しても?」
「どうぞ」
職員はロックグラスを一つ手に取り、明かりに透かす。
角度を変えながら、底や縁までじっくりと確認していく。
「非常に透明度が高いですね……。気泡も見当たりません」
「お酒によって、グラスも使い分けるんですよ」
「器までですか?」
「はい。香りを楽しみやすくしたり、飲み方に合わせたりですね」
「なるほど……」
職員が今度はコニャック用のグラスを手に取る。
しばらく明かりに透かしていたが、ふとテーブルに並んだ酒瓶へ視線を移した。
「……こちらの瓶も、同じようなガラスで作られているのですか?」
「ああ、たしかに」
言われてみればそうだ。
俺たちにとっては見慣れた酒瓶なので気にしていなかったが、こちらの世界からすれば、中身だけでなく容器まで珍しいのかもしれない。
職員はコニャックの瓶を手に取り、底や側面をじっくりと眺める。
「グラスほどではありませんが、こちらも見事です。厚みが均一で、形もきれいに揃っている……」
今度は隣のウイスキーへ。
「しかも、瓶ごとに形が違う。酒に合わせて容器まで作り分けているのですか?」
「そうですね。銘柄によって瓶の形もさまざまです」
「そうですか……。これは中身だけを見て値を付けるわけにはいきませんね」
職員は酒瓶を慎重にテーブルへ戻した。
すると、隣でバンポーさんが穏やかに微笑んだ。
「こちらのグラスは、私も以前いただいたことがあります。酒と合わせて使うと、なかなかいいものですよ」
「ジーさんにも気に入ってもらえたみたいですね」
「ええ。大切に使わせていただいております」
職員はバンポーさんの言葉を聞くと、改めてグラスと酒瓶を見比べた。
「これは……少々、私一人では判断が難しいですね」
「買い取りできませんか?」
「いえ、そうではありません。薬草でしたら私でもすぐに査定できますが、これほど見慣れない酒となりますと、適正な価格を付けられる自信がありません。それに、このガラス製品も……」
「でしたら、無理にここで決めなくても大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。ですが、少々お待ちいただけますか? 酒と工芸品に詳しい者を呼んでまいります」
「はい。お願いします」
職員が立ち上がり、酒瓶とグラスをもう一度見てから個室を出ていく。
パタン。
扉が閉まった。
「…………」
「…………」
俺と良太は、テーブルに並んだ酒とグラスへ目を落とす。
「先輩」
「ん?」
「薬草を売りに来ただけだったはずなんですけどね」
「……そうなんだよな」
結局、また少し話が大きくなってしまった。
まあ、初めての冒険者活動としては――
薬草を売って終わるより、多少は格好がついた……のかもしれない。
◇ ◇ ◇
しばらくして、個室の扉が開いた。
先ほどの職員と一緒に入ってきたのは、立派なひげを蓄えた年配のドワーフだった。
「お待たせいたしました。こちら、当ギルドで買い取りを担当している者です」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。珍しい酒をお持ちだと聞きましてな」
挨拶もそこそこに、ドワーフの視線がテーブルに並んだ酒瓶へ向かう。
「こちらです」
良太がテーブルに並んだコニャックとウイスキーを示すと、年配のドワーフは一本ずつ手に取って確認していった。
「ふむ……どれも見たことのない瓶ですな」
「中身もそれぞれ違います。よかったら試飲してみますか?」
「よろしいので?」
「はい。そのほうがわかりやすいと思います」
せっかくなので、グラスも使ってもらおう。
良太がクリスタルガラスのグラスをいくつか用意し、それぞれに酒を少量ずつ注いでいく。
最初はコニャックから。
琥珀色の液体が、透明なグラスの底へ静かに溜まった。
「まずは香りを嗅いでみてください」
「ほう……」
年配のドワーフがグラスに鼻を近づける。
その瞬間、太い眉がぴくりと動いた。
「これは……ずいぶん香りが強いですな」
「ブドウのワインから造られた蒸留酒です」
「では、失礼して……」
グラスを傾け、ほんの少し口に含む。
「…………」
黙った。
口の中でゆっくりと味わってから、もう一度グラスに鼻を近づける。
「これは、いい酒ですな……」
「気に入りました?」
「ええ。甘い香りがあるのに、酒そのものは甘ったるくない。余韻も長いですな」
続いてウイスキーも試してもらう。
こちらは種類によって反応が違った。
「これは香りが豊かですな」
「こっちは煙のような香りがする……」
「同じ酒とは思えませんな」
飲み比べるたびに感想が出てくる。
ドワーフは酒好きという話だったが、どうやら本当らしい。
先ほどの職員も興味を持ったようなので、試飲を勧めると遠慮がちにグラスを手に取った。
「……おいしい」
「良かった」
良太が嬉しそうに笑う。
マオたちに出したときも好評だったし、こちらでも受けはいいようだ。
一通り試飲を終えると、年配のドワーフが名残惜しそうにグラスを置いた。
「どれも素晴らしい酒です。ぜひ買い取らせていただきたいのですが……おいくらをお考えで?」
「そうですね……」
元の世界での値段はそれぞれ違う。
だが、一本ずつ細かく値段を変えるのも面倒だ。
「じゃあ、種類に関係なく一本三十万イエンでどうでしょう?」
「三十万……」
年配のドワーフが考え込む。
高すぎたかと思ったが、すぐに顔を上げた。
「その価格でしたら、ぜひお願いしたい」
「わかりました。何本くらい欲しいですか?」
「こちらで本数を決めてよろしいので?」
「はい。用意できる範囲なら出しますよ」
年配のドワーフが先ほどの職員と相談を始める。
俺はその様子を眺めながら、ふと思う。
――別に、金に困っているわけじゃないんだけどな。
今でも良太の【お財布】には九億イエン近く入っている。
当分どころか、普通に暮らしているだけなら使い切れる気がしない。
今日はバンデランテに薬草を売ってこいと言われただけだったはずだ。
それが個室へ案内され、酒まで売ることになってしまった。
完全に成り行きでこうなっている。
「先輩」
「ん?」
「結構欲しいみたいですよ」
「みたいだな」
相談を終えた年配のドワーフがこちらに向き直った。
「もし可能でしたら、コニャックを五本。それから、こちらのウイスキーを三種類、それぞれ五本ずつお願いできますかな?」
「全部で二十本ですね」
「はい。多すぎますでしょうか?」
「良太、大丈夫か?」
「問題ないですよ」
良太が【ネットショッピング】を確認する。
「すぐ用意できます」
「では、それでお願いします」
「承知しました」
良太が【ネットショッピング】を操作すると、酒瓶が次々と現れた。
コニャックが五本。
三種類のウイスキーも、それぞれ五本ずつ。
合計二十本の酒瓶はテーブルだけでは収まりきらず、職員が慌てて別の台を用意していく。
「おお……!」
年配のドワーフが嬉しそうに一本を手に取った。
「これほど譲っていただけるとはありがたい」
一本三十万イエンで、二十本。
酒だけで六百万イエンか。
思っていたより大きな取引になったな。
「それと、このグラスはいかがなさいます?」
「こちらも買い取っていただけるなら、いくつかお譲りしますよ」
「ぜひお願いしたい」
グラスについても種類と数を相談し、その場で買い取ってもらうことになった。
酒と一緒に使えるのだから、セットで欲しくなるのもわかる。
ひと通り話がまとまったところで、先ほど査定してもらった薬草についても職員が書類を確認する。
「薬草のほうは、すべて合わせて五万イエンでいかがでしょうか?」
「はい。それでお願いします」
「ありがとうございます」
薬草が五万イエン。
酒が六百万イエン。
さらにグラスの代金まで加わる。
初めての冒険者活動は、森で採った薬草を少し売って終わるはずだった。
それが、なぜか酒を二十本も売ることになってしまった。
――まあ、薬草だけで帰るよりは、格好がついたかな。
俺はずらりと並んだ酒瓶を見ながら、そんなことを考えていた。




