第67話 ドワーフ王国の冒険者ギルド
工房を出たところで、俺は一度周囲を見回した。
石造りの建物が並ぶ通りには、ドワーフたちが行き交っている。
「マオ、ここで車を出しても大丈夫か?」
「ん」
「じゃあ、頼む」
先ほどと同じように【認識改変】を掛けてもらい、俺は【車両召喚】を発動する。
次の瞬間――
工房の前に、茶色の80が静かに現れた。
もちろん、周囲のドワーフたちには馬車に見えているはずだ。
「それじゃあ、乗るか」
運転席には俺。
助手席には道案内をしてもらうマオが乗り、後部座席には良太、バハ、バンポーさんが乗り込んでいく。
こちらでバンポーさんはジー、バハはバーとして知られているらしい。
マオを含め、三人ともSランク冒険者。
しかも四十年前にはこの国を救っており、ドワーフ王国ではかなり有名だ。
対する俺と良太は――
「そういえば先輩、僕たち冒険者ギルドへ行くの、登録したとき以来ですね」
「そうだな」
俺たちも一応、冒険者ではある。
しかもマオの推薦という特例で、最初からBランクだ。
ただし――
「Bランクなのに、仕事は一回もしたことないけどな」
「今回は薬草を売るだけですけど、ようやく冒険者っぽいことをしますね」
「依頼ですらないけどな」
「そこは言わないでください」
まあ、最初はそんなものでもいいだろう。
俺はエンジンをかけ、マオに道を聞きながら七号車をゆっくりと走らせる。
「マオ、どっちだ?」
「あっち」
助手席から短い返事とともに、指が伸びた。
「了解」
マオが指したほうへ曲がる。
工房の周辺は鍛冶職人が集まる区画なのか、通りの両側には同じような工房がいくつも並んでいた。
開け放たれた入口から赤々と燃える炉が見え、あちこちから金属を叩く音が響いてくる。
カァン――
カン、カァン――
少し進んだだけでも、聞こえてくる音が途切れない。
「すごいな。街中でずっと金属を叩く音がしている」
「ドワーフの国って感じですね」
通りを歩く者も、やはりドワーフばかりだ。
鉱石を満載した荷車を引いている者。
肩に大きな槌を担いだ者。
完成した剣や鎧らしきものを運んでいる者までいる。
その間を縫うように、俺は七号車でゆっくりと進んでいった。
「ん?」
前方を歩いていたドワーフが、こちらを振り返った。
正確には――助手席のマオを見ている。
「……マオ様?」
「ん」
マオが窓越しに軽く手を上げた。
「おお! やっぱりマオ様じゃねえか!」
その声で、近くにいた何人かまでこちらに顔を向ける。
「本当だ!」
「また来てくださったのか!」
「ジー様もいるぞ!」
あっという間に気づかれた。
「人気者だな」
「ですね」
マオはいつも通り、小さく手を振って応えている。
バンポーさんも穏やかに会釈を返した。
何人かに手を振られながら通りを抜け、さらに街の中を進んでいく。
「マオ、ギルドって街の中心にあるのか?」
「違う」
「じゃあ、門の近くか?」
「ん。向こう」
マオが前方を指さす。
俺たちが入ってきた川沿いの門とは、別の方角だ。
考えてみれば、冒険者ギルドは街の出入口に近いほうが便利だ。
依頼に向かう冒険者はもちろん、魔物の素材や採取物を持ち込む者にとっても、わざわざ街の奥まで運ばずに済む。
「ブルーム王国のギルドも、門から近かったよな」
「そうでしたね。冒険者が出入りすることを考えたら、そのほうが便利なんでしょうね」
マオの案内に従って七号車を走らせていくと、やがて前方の建物が少なくなり、その向こうに大きな石造りの門が見えてきた。
俺たちが通ってきた川沿いの門とは違い、ここからは幅の広い街道がまっすぐ続いている。
人通りも多い。
荷物を積んだ馬車が門を行き来し、その合間には武器や防具を身に着けた者たちの姿も見える。
「こっちが普段使われてる門っぽいな」
「冒険者も結構いますね」
「あれ」
マオが門の少し手前を指さした。
そこには、周囲よりひと回り大きな石造りの建物が建っている。
入口の上には大きな看板。
そこに描かれた紋章には見覚えがあった。
「冒険者ギルドだな」
「着きましたね」
やっぱり、この国でもギルドは門の近くにあるみたいだ。
俺は建物の近くまで七号車を進ませていった。
◇ ◇ ◇
七号車を冒険者ギルドの脇に停め、俺たちは車を降りた。
ここでも周囲からは馬車に見えているはずなので、そのまま置いておいて問題ないだろう。
「じゃあ、入るか」
「はい。初めての冒険者活動ですね」
「薬草を売るだけだけどな」
「それでも一歩前進ですよ」
「ん」
マオを先頭に、俺たちは冒険者ギルドへ入っていく。
厚い木製の扉を開けると、中は思っていた以上に広かった。
建物そのものは石造りだが、床やカウンターには分厚い木材が使われている。
壁際には依頼書らしき紙が何枚も貼られた大きな掲示板があり、その前では武器や防具を身に着けた冒険者たちが依頼を眺めていた。
さすがドワーフ王国というべきか、見渡す限りドワーフばかりだ。
昼間だからか、それなりに人も多い。
依頼を選んでいる者。
受付で職員と話している者。
テーブルを囲み、仲間同士で何やら相談している者。
俺たちが中へ入ったところで――
「……ん?」
近くにいたドワーフの一人がこちらを見た。
その視線がマオに止まる。
「おい……」
「どうした?」
「あれ……」
今度は別のドワーフも振り返った。
ざわ――
少しずつ周囲の声が小さくなっていく。
「マオ様じゃないか?」
「……本当だ」
「おい、隣にいるのはジー様じゃねえか?」
「待て。バー様もいるぞ」
「『金黒の月』が揃ってるじゃねえか……」
『金黒の月』――マオたちが冒険者として活動するときに使っているパーティ名だ。
やっぱりこうなるか。
街を走っているときにも声をかけられていたが、冒険者が集まる場所なら、なおさら顔を知っている者も多いのだろう。
「Sランクが三人……」
「何かあったのか?」
「まさか、大きな依頼でも出たんじゃ……」
そんな声まで聞こえてくる。
世界に七人しかいないというSランク冒険者。
そのうち三人が一度に冒険者ギルドへ入ってきたのだから、驚くのも無理はない。
しかも、マオたちは四十年前にこの国を救っている。
俺と良太は、その三人についてきただけなのだが――
「先輩。めちゃくちゃ見られてますね」
「俺たちを見ているわけじゃないけどな」
「まあ、それはそうですね」
「きゅー」
ハイエルフの少年に見えているバハが、いつも通り小さく鳴く。
そのとき、受付の奥が急に慌ただしくなった。
「マオ様!?」
一人のドワーフがカウンターから飛び出してくる。
他の受付職員より少し立派な服を着ているところを見ると、責任者か何かだろう。
こちらまで小走りでやってくると、マオたちの前で足を止め、丁寧に頭を下げた。
「マオ様、ジー様、バー様。ようこそお越しくださいました」
「ん」
マオがいつも通り短く返す。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「ん。近くに寄ったから来た」
「そうでしたか」
職員はほっとしたような表情を見せた。
まあ、Sランクが三人揃って突然現れれば、何か大ごとでも起きたのかと思うよな。
「せっかくですので、奥の個室へご案内いたします」
「ん」
マオはそのままうなずいた。
職員が俺と良太にも目を向ける。
「こちらの方々もご一緒でよろしいでしょうか?」
「仲間」
「承知いたしました。皆様、どうぞこちらへ」
俺たちまで一緒に特別扱いか。
周囲から集まる視線を感じながら、職員のあとについてギルドの奥へ進んでいく。
「あいにく本日はギルドマスターが不在ですので、代わりの者が対応させていただきます」
職員が奥に案内しながら説明する。
「先輩」
「なんだ?」
「僕たち……薬草を売りに来ただけですよね」
「そのはずなんだけどな……これ、めっちゃ恥ずかしいやつなんじゃないか?」
世界に七人しかいないSランク冒険者が三人も揃って現れ、受付の職員が慌てて飛んできた。
周りの冒険者たちまで、何事かとこちらを見ている。
そんな俺たちが個室へ案内されて、肝心の用件は――昨日森で摘んだ薬草を売りたい。
さすがに釣り合っていない気がする。
「何か売れるものを探しましょうか……」
「ああ……せめて、もうちょっとそれらしいものをな。【ネットショッピング】で伝説の剣とか売っていないか?」
「あるわけないでしょ……」
俺と良太は小声でそんな相談をしながら、ギルドの奥へ進んでいった。
マオたちは特に気にした様子もない。
「こちらへどうぞ」
職員が廊下の奥にある扉を開く。
中には大きなテーブルと、人数分の椅子が用意されていた。
俺たちはそのまま、部屋へ入っていった。
◇ ◇ ◇
個室へ入ると、俺たちは勧められるまま椅子へ腰を下ろした。
さすがにここまで来ると、薬草を売りに来ただけとは言い出しにくい。
俺と良太が顔を見合わせていると、事情を察したバンポーさんが、おかしそうに笑った。
「大丈夫ですよ。マオ様がお越しになれば、用件にかかわらずこのような対応になるでしょう」
「そういうものですかね……」
「ええ。ただ、どうしても気になるようでしたら――」
バンポーさんが少し考えてから続ける。
「以前いただいた、あのお酒やグラスなどはいかがでしょう。この国ではかなり高く売れるかと思いますよ」
「ああ、ウイスキーとかバーボンですか」
「それにグラスもですね」
良太が納得したようにうなずく。
バンポーさんにはこれまで何度か、元の世界の酒や葉巻なんかを渡している。
もちろん、酒を飲むためのグラスも一緒だ。
「本来であれば、そういった品は商業ギルドのほうが専門なのですが、冒険者ギルドでも買い取りはしていただけるでしょう」
「なるほど……」
それなら、少なくとも薬草だけを机の上に並べるよりは格好がつきそうだ。
「先輩、ちょっといいウイスキーでも出します?」
「そうだな。ドワーフなら酒も好きそうだし」
「好きどころではありませんよ」
バンポーさんが穏やかに笑う。
「この国では、酒造りも盛んですからね。見たことのない酒となれば、かなり興味を持たれるかと」
「じゃあ、何本か出してみるか」
「グラスも付けましょう。せっかくですし」
良太が【ネットショッピング】を開こうとしたところで、俺はふと思い直す。
「いや、待てよ」
「どうしました?」
「珍しい酒なら、いきなり売るより一本開けて味を見てもらったほうがよくないか?」
「ああ、それはありですね」
何しろ、この世界では見たこともない酒だ。
こちらが高級品だと言ったところで、それだけでは価値がわからないだろう。
「マオ、酒も売っていいか?」
「ん」
マオはいつも通り、短く答えた。
そんな話をしていると、扉がノックされた。
「失礼いたします」
先ほど俺たちを案内してくれたドワーフの職員が入ってくる。
その手には飲み物を載せた盆があった。
「お待たせいたしました」
テーブルに人数分の飲み物が並べられていく。
さて――
本来の目的は、昨日集めた薬草の買い取りだ。
それに加えて急きょ、元の世界の酒とグラスまで売ることになった。
俺は隣の良太へ小声で話しかける。
「これなら、ちょっとは格好つくか?」
「薬草だけよりは、だいぶ」
「よし」
初めての冒険者活動。
どうやら予定より少しだけ、大きな商談になりそうだった。
あとがき
第25話 『ブルーム王国へ到着、冒険者登録』に、マオのパーティ名『金黒の月』について加筆しています。




