第66話 バンデランテの工房
工房の前で弟子たちとの再会がひと段落したところで、俺は振り返った。
そこには、俺たちが乗ってきた七号車――茶色の80が停まっている。
「先にこいつを片付けておくか」
周囲にはすでに何人ものドワーフがいるが、マオの【認識改変】が掛かっているため、彼らの目には馬車として映っているはずだ。
俺は七号車に意識を向ける。
「【格納】」
次の瞬間、七号車がその場から消えた。
「へえ、馬車まで入るのかい」
「ずいぶん大きな【収納】だな」
弟子たちが感心したように話している。
【収納】の一種だと思ってくれたようだ。わざわざ訂正する必要もないだろう。
「それよりバンデランテ。山で手に入れた素材、見るんだろ?」
「おお、そうじゃった!」
さっきまで弟子たちとの再会ですっかりそちらに意識が向いていたが、ここへ来た目的の一つは、山越えの途中で手に入れた素材を工房へ持ち込むことだ。
「良太、出せるか?」
「はい。まず鉱石のほうからでいいですか?」
「ああ。全部出すと大変だから、少しでいいぞ」
「ですね。あれ、かなりの量がありますから」
良太が【買い物加護】を操作する。
少しして、作業台の上に青いものが混じった鉱石が数個現れた。
「おお……」
バンデランテがすぐに作業台へ近づく。
「ゼピュロス・メルト鉱石じゃな」
「ああ。とりあえず少しだけ出してもらった」
「それでよい。あの量をここに全部出されたら、置き場所に困るわい」
「そんなにあるんですかい?」
弟子の一人が尋ねると、バンデランテが笑う。
「がはは! 山ほどあるぞ。比喩ではなく、本当に山に埋まっとったからの!」
「親方、それをどうやって……」
「その話もあとじゃ」
この調子だと、あとで山での話も聞かせることになりそうだ。
バンデランテは作業台の上に置かれたゼピュロス・メルト鉱石を一つ手に取り、弟子たちに見せる。
「よく見ておけ。これからこいつを使うことになるかもしれんからの」
「こいつをですか?」
「うむ。まだ詳しいことは決めとらんがな」
俺たちの腕輪に使う素材は、グリフォンのSランク魔核とヴェントディーヴァが中心になると聞いている。
「良太、もう一種類も頼む」
「はい」
良太が再び【買い物加護】を操作する。
今度は作業台の空いている場所に、鮮やかな青い結晶が現れた。
森の奥で出会った、あの白銀の狼。
突然現れた泉とともに姿を消し、そのあとに残されていた――ヴェントディーヴァだ。
こちらも一部だけを取り出している。
「うわ……」
「なんだ、この結晶……」
弟子たちの視線が、一斉にヴェントディーヴァに集まった。
透明感のある青い結晶の内部では、細い光の筋がゆっくりと流れている。
バンデランテは森ですでに実物を見ているため、驚く様子はない。
それでも工房の中で改めて見ると、鍛冶師として気になるのだろう。
作業台に顔を寄せ、結晶をじっくりと眺めている。
「やはり見事じゃのう」
「工房で見ても変わらないか?」
「うむ。これなら問題ないわい」
バンデランテが満足そうにひげをなでる。
「親方、これは?」
「ヴェントディーヴァじゃ」
「ヴェントディーヴァ!?」
弟子たちの声が重なった。
「本物なんですかい!?」
「本物じゃ。わしがこの目で確かめとる」
バンデランテが青い結晶を指さす。
「こいつと、マオ様からいただいたSランクのグリフォンの魔核を使って、この二人の防護魔導具を作る」
「Sランクの魔核まで!?」
「親方、それで腕輪を作るんですかい?」
「そのつもりじゃ」
これから自分たちの工房で扱う素材だと聞き、弟子たちがさらにざわつく。
何人かがヴェントディーヴァに顔を近づけ、食い入るように眺め始める。
「触るなよ」
「わ、わかってます!」
「見るだけです!」
バンデランテに釘を刺され、伸びかけていた手が引っ込んだ。
「良太。残りはそのまま【買い物加護】に入れておいてくれ」
「はい。時間も止まってますし、必要になったら出せばいいですからね」
「ああ。そのほうが安全だ」
ゼピュロス・メルト鉱石は特に量が多い。
必要な分だけ取り出して使えるなら、わざわざ工房の中に全部積み上げておく理由もない。
これで、山越えの途中で手に入れた二つの素材も無事に工房まで持ってこられた。
あとは――これをバンデランテがどう仕上げるのか。
俺としては、そっちのほうが楽しみだった。
◇ ◇ ◇
素材を確認し終えると、バンデランテはさっそく作業へ取りかかることになった。
作業台の上には、青く澄んだヴェントディーヴァが置かれている。
その隣には、良太が【買い物加護】から取り出したSランクの魔核も並ぶ。
「さて……まずはこいつらを、どう組み合わせるかじゃな」
バンデランテが腕を組み、二つの素材をじっと見比べる。
「すぐ作り始めるわけじゃないのか?」
「当たり前じゃ。どちらもめったに扱えん素材じゃぞ。いきなり叩き始める馬鹿がおるか」
「それもそうか」
「まずは魔力の流れを見て、ヴェントディーヴァのどこを使うか決める。それから魔核との相性を確かめて……まあ、いろいろじゃ」
いろいろでまとめられてしまった。
そのあたりは完全に専門分野だ。俺が横から口を出しても仕方がない。
「どれくらい掛かりそうなんだ?」
「少なくとも丸一日は見ておけ」
「やっぱり、そのくらい掛かるか」
「むしろ、この素材で一日程度なら早いほうじゃ。わし一人ならもっと掛かるが、弟子どももおるからの」
「任せてくだせえ、親方!」
「雑用くらいなら俺たちでも!」
「誰が雑用だけと言った!」
バンデランテの怒鳴り声が工房に響き、弟子たちが慌てて散っていく。
ここから先は、本格的な作業になりそうだ。
それなら俺たちが工房に残っていても邪魔になるだけだろう。
「あ、そうだ。バンデランテ、一つ聞いていいか?」
「なんじゃ?」
「このあたりに、ランクルを人目につかないように置いておける場所ってないか?」
今は七号車を【格納】しているが、できればこの国にも一台置いておきたい。
一台でもランクルを残しておけば、湖畔にある車と【車両入れ替え】を使って、いつでも一瞬でここへ来られる。
せっかくドワーフ王国までたどり着いたんだ。今後も何度か訪れることを考えれば、【車両入れ替え】の起点は作っておいたほうが便利だ。
「それなら――」
バンデランテが工房の入口に目を向ける。
「道向こうに、わしの一軒家がある」
「家もここにあるのか?」
「工房に住んどるわけではないからの」
「そりゃそうか」
「家の横に倉庫がある。今は大したものも入っとらんし、あそこなら外からも見えん。おぬしらの車を置くにはちょうどよかろう」
「車ごと入るくらい広いのか?」
「余裕じゃ。昔は荷車やら鉱石やらを入れとったからの」
それなら申し分ない。
「助かる。あとで場所を教えてくれ」
「うむ。作業がひと段落したら教えてやるわい」
これで滞在中に使うランクルの置き場所も確保できそうだ。
「では、私たちはしばらく外へ出ていましょうか」
バンポーさんが作業台から少し離れる。
「そうですね。ここに大勢でいても邪魔になりそうですし」
「ん」
マオもすぐにうなずいた。
すると、作業台へ向き直りかけたバンデランテがこちらを見る。
「そうじゃ。おぬしら、暇なら冒険者ギルドへ行ってこい」
「冒険者ギルド? ここにもあるのか?」
「王国なんじゃから、あるに決まっとるじゃろ」
まあ、それもそうか。
「昨日、森で薬草を採ったじゃろ。銀脈草だけではなかったはずじゃ」
「ああ。バンデランテに教えてもらいながら、何種類か集めたな」
「なら、それをギルドに卸してこい」
「薬草を?」
「おぬしらには、あまり必要ないものじゃろ?」
「……たしかに」
言われてみればそうだ。
怪我をしてもランクルに乗れば治るし、毒に関してもウンディーネがいる。
わざわざ傷薬や痛み止めを作る必要はない。
珍しいものを少し残しておけば十分だろう。
「冒険者ギルドなら薬草の買い取りもしてくれるんですね」
「当然じゃ。薬草採取は駆け出し冒険者の仕事でもあるからの。状態のいいものなら普通に買い取ってくれるわい」
「じゃあ、ちょうどいいな」
俺は良太を見る。
「せっかく冒険者カードも作ったんだ。俺たちの名前で売ってみるか」
「いいですね」
良太が嬉しそうにうなずいた。
「僕たち、冒険者になってから一度も冒険者らしいことしてないですからね」
「たしかにな」
冒険者ギルドに登録こそしたものの、依頼を受けたことは一度もない。
魔物ならそれなりに倒しているし、素材も山ほど手に入れている。
それでも、ギルドを通した冒険者活動となると話は別だ。
今回の薬草採取だって、依頼を受けて集めたわけではない。
だが、自分たちで森から採ってきた薬草を冒険者ギルドへ持ち込み、自分たちの名義で売る。
俺たちにとっては、これが初めての冒険者らしい活動になる。
「じゃあ、行ってくる」
「うむ。わしは作業を始める。しばらく戻ってこんでも構わんぞ」
「わかった」
「マオ、冒険者ギルドの場所は知っているか?」
「知ってる」
「なら案内してもらっていいか?」
「ん」
さすが、何度もこの国へ来ているだけあって話が早い。
俺たちはバンデランテと弟子たちを工房に残し、外へ向かう。
マオとバンポーさん。
良太とバハ。
そして俺。
全員、マオの【認識改変】によってハイエルフに見えている。
工房の外に出ると、石造りの街並みが目の前に広がった。
「さて――」
俺は良太に目を向ける。
「初仕事に行くか」
「依頼を受けたわけじゃないですけどね」
「細かいことはいいんだよ」
「ははっ。それもそうですね」
薬草を売るだけ。
たったそれだけのことなのに、少しだけ楽しみになってきたな。
俺たちはマオに案内され、ドワーフ王国の冒険者ギルドへ向かった。




