第65話 ドワーフ王国に入国
その言葉をきっかけに、門の前がにわかに騒がしくなった。
「Sランク冒険者の、あのマオ様か!?」
「そうじゃ」
バンデランテがうなずくと、門番たちが一斉に七号車へ視線を向ける。
「し、失礼いたします!」
一人の門番が慌てた様子でこちらへ歩いてきた。
俺は運転席の窓を開ける。
門番は俺の顔を見たあと、助手席に座るマオへ目を向けた。
「マオ様でいらっしゃいますか?」
「ん」
「冒険者カードを確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「わかった」
マオが冒険者カードを取り出し、門番へ差し出す。
受け取った門番は、そこに記された内容へ目を落とした。
俺の位置からでは細かな文字までは見えないが、確認にはそれほど時間が掛からなかった。
「……たしかに。Sランク冒険者、マオ様」
門番が冒険者カードを両手でマオへ返す。
「確認いたしました。お手数をお掛けして申し訳ございません」
「ん」
マオは冒険者カードを受け取ると、そのまましまった。
これだけで本人確認は終わったらしい。
門番は改めて俺たちのほうを見る。
「バンデランテ殿をお送りいただき、ありがとうございます。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
俺が軽く頭を下げると、門番は七号車から離れていった。
やがて門の前にいたドワーフたちが左右へ分かれ、進路を空けてくれる。
「ずいぶんあっさり入れましたね」
「マオが一緒だからな」
俺は助手席へ目を向ける。
「助かったよ」
「ん」
いつも通り短い返事だ。
俺は窓を閉め、シフトを入れる。
「じゃあ、行くか」
「はい」
「ようやく帰ってきたわい」
バンデランテの嬉しそうな声を聞きながら、俺は七号車をゆっくりと発進させた。
巨大な石造りの門が、少しずつ近づいてくる。
――いよいよ、ドワーフ王国だ。
◇ ◇ ◇
七号車は、ゆっくりと門へ近づいていく。
門番たちの横を通り過ぎるとき、一人が七号車へ興味深げな視線を向けていた。
「しかし、変わった馬車ですな」
「まあ、ちょっと特殊なもので」
「なるほど」
それだけで納得したのか、それ以上聞かれることはなかった。
俺たちにはいつもの茶色い80にしか見えないが、周囲からは馬車として認識されている。
以前ブルーム王国でも使った方法なので、このあたりはもう心配していない。
ディーゼルエンジンの音を響かせながら門をくぐっても、誰も不思議そうな顔をすることはなかった。
「問題なさそうですね」
「ああ。これなら普通に走れそうだ」
そして――
「おお……」
俺は思わず声を漏らした。
目の前には、初めて見るドワーフ王国の街並みが広がっていた。
◇ ◇ ◇
門を抜け、改めて街並みを見渡す。
まず目に入ったのは、やはり石だ。
通りの両側には石造りの建物がずらりと並び、どれも壁が分厚く、窓は小さい。
木材も使われているが、柱や梁は俺が見慣れたものよりひと回りもふた回りも太く、全体的に頑丈そうな造りをしている。
「いかにもドワーフの国って感じですね」
「ああ。建物からして頑丈そうだな」
「がはは! そりゃそうじゃ。わしらは石と鉄を扱う種族じゃからの」
バンデランテが嬉しそうに笑う。
俺は七号車をゆっくりと走らせながら、通りの先へ目を向けた。
道はきれいな石畳で舗装されている。
山の中に造られた国だから、もっと起伏の激しい街を想像していたが、主要な通りはかなり平らに整えられていた。
これならランクルで走る分には何の問題もない。
そして、少し進んだだけで聞こえてきたのが――
カァン! カンッ!
キィン――!
あちこちから響いてくる、金属を叩く音だった。
「すごいな。そこら中から聞こえてくるぞ」
「鍛冶工房が多いですからね」
「うむ。このあたりはまだ少ないほうじゃぞ」
「これでか?」
「中心へ行けば、もっとうるさくなるわい」
それはそれで少し見てみたい。
建物の間からは、ところどころ煙突が伸びている。
そこから細い煙が立ち昇り、開け放たれた工房の入口では、赤く熱せられた金属を打っているドワーフの姿も見えた。
さらに目を引くのが水路だ。
通りの脇には石で固められた水路が走り、澄んだ水が勢いよく流れている。
門へ来る途中でも見たが、この国では本当に水をさまざまな場所で利用しているらしい。
「水路も多いんだな」
「鍛冶場には水が欠かせんからの。それに、この国では水車もよう使う」
「なるほどな」
俺は速度を落としたまま、街並みを眺めていく。
道を行き交うのは、やはりドワーフが圧倒的に多い。
背は低いが、男はがっしりした体格の者が多く、立派なひげを蓄えている者も目立つ。
荷車に鉱石を山積みにして運んでいる者。
肩に大きなハンマーを担いで歩いている者。
店先に剣や斧、鎧を並べている者までいる。
「武器屋、多いですね」
「さすがドワーフの国だな」
普通に街を走っているだけなのに、ついあちこちへ目が向いてしまう。
初めて訪れた国というだけでも新鮮だが、ブルーム王国とは街の雰囲気がまるで違う。
もう少しゆっくり見て回りたいところだが――まずはバンデランテを工房まで送り届けるのが先だ。
俺は前方へ視線を戻し、七号車をさらに街の奥へ進ませていった。
◇ ◇ ◇
街の奥へ進むにつれて、通りを行き交うドワーフの数も増えてきた。
七号車とすれ違うたび、こちらへ視線を向ける者もいる。
見慣れない馬車が珍しいのか、それともハイエルフばかりが乗っているからなのか。
とはいえ、立ち止まってまで見てくる者はいない。【認識改変】のおかげで、少し変わった旅人の馬車くらいにしか思われていないのだろう。
「きゅー」
後ろから小さな鳴き声が聞こえた。
ルームミラーへ目を向けると、荷室に立ったバハが窓の外を眺めている。
視線の先にあるのは、通りに面した鍛冶工房だ。
開け放たれた入口の奥で、真っ赤に熱せられた金属が金床の上へ置かれている。
カァン!
大きな槌が振り下ろされるたび、火花が勢いよく飛び散った。
「バハちゃん、気になる?」
「きゅ!」
良太に聞かれ、バハが大きくうなずく。
バハは、見た目はハイエルフの少年なのに鳴き声はもとのままだ。
以前、マオには街で話すなと言われていた。
【認識改変】の効果で、街の人々はディーゼルエンジンの音さえ不自然に思わないのだから、バハの鳴き声も大丈夫な気はする。
それでも、街中で試す必要はないだろう。
ルームミラーでそんなバハを眺めていると、今度は通りの脇から声が聞こえてきた。
「おい、あれ……マオ様じゃないか?」
「ん? 本当だ!」
どうやら助手席のマオに気づいたらしい。
店先にいたドワーフがこちらへ向かって手を上げる。
「マオ様! お久しぶりです!」
「ん」
マオも窓越しに小さく手を上げる。
「また依頼ですかい?」
「違う」
「そうですか! ごゆっくり!」
「ん」
店先にいたドワーフは嬉しそうに笑うと、仲間へ何かを話しながら工房へ戻っていった。
その先でも、マオに気づいたドワーフたちが次々と声を掛けてくる。
「マオ様!」
「また来てくださったんですか!」
「ん」
マオはそのたびに短く返事をしたり、小さく手を上げたりして応えている。
「すごいな……」
四十年前、この国が魔物の群れに襲われたとき、マオはバンポーさんやバハとともにドワーフ王国を救った。
バンデランテからその話を聞いたときにも驚いたが、こうして実際に街を走ってみると、今でも国中で語り継がれているという話がよくわかる。
「マオちゃん、完全に人気者ですね」
「だな。来るたびにこんな感じなのか?」
「ん」
マオは特に気にした様子もなく、また声をかけてきたドワーフへ小さく手を上げる。
マオの名前は、この国でもかなり知られているようだ。
俺はそんなマオを横目に見ながら、七号車をゆっくりと走らせていく。
「バンデランテ、工房はまだ先か?」
「いや、もうすぐじゃ。次の角を右へ曲がって、そのまま真っすぐじゃな」
「了解」
言われた通りに七号車を進ませる。
大通りから一本脇へ入ると、店の数が減り、代わりに大きな工房が目立つようになってきた。
開け放たれた扉の奥では炉が赤々と燃え、あちこちから金属を叩く音が響いてくる。
カァン――!
カンッ、カァン――!
剣や斧を看板に掲げた工房もあれば、鍋や農具らしきものが並べられているところもある。
「このあたりは鍛冶工房ばかりなんだな」
「職人街じゃからの。武器や防具だけではないぞ。鍋も作れば、農具も作る。鉱山で使う道具なんかもここで作っとる」
「なるほどな」
「先輩、あそこで打ってるの、剣じゃないですか?」
「ああ。隣は斧っぽいな」
せっかくドワーフ王国へ来たのだ。
あとで時間があれば、こういう工房もゆっくり見て回ってみたい。
「そこじゃ」
バンデランテの声に、俺は前へ視線を戻した。
「右の大きな建物じゃ」
「あれか」
通りの少し先に、周囲よりひと回り大きな石造りの工房が見えてくる。
正面には荷物を運び込める大きな両開きの扉があり、その横には普通の出入口。
屋根から何本もの煙突が伸び、今も薄い煙を吐き出している。
建物の脇には鉱石らしきものを積んだ荷車や、太い丸太、金属の塊まで置かれていた。
「結構大きいですね」
「弟子が何人もおるからの」
そう答えるバンデランテの声が、少し弾んでいる。
「先輩、前に何人かいますよ」
「ああ」
工房の前では、革の前掛けを着けたドワーフたちが荷車から鉱石を降ろしていた。
レーダーにも青い反応がいくつも映っている。
俺は七号車の速度を落とし、そのままゆっくりと工房へ近づいていく。
「このあたりで停めればいいか?」
「うむ。十分じゃ」
工房の前へ七号車を寄せ、邪魔にならない場所で停車させる。
「じゃあ、降りるか」
俺がエンジンを止めるより先に、バンデランテが後部座席のドアを開けた。
「おい、そんなに急がなくても――」
「がはは! 自分の工房に着いたんじゃぞ。急ぐに決まっとるわい!」
そう言って地面へ降りる。
その声が聞こえたのか、鉱石を運んでいた一人がこちらを振り向いた。
「…………」
手が止まる。
抱えていた鉱石を下ろし、目を細めた。
「……親方?」
「おう!」
バンデランテが大きく手を上げる。
「戻ったぞ!」
「親方!」
その声に、近くにいたドワーフたちも一斉に振り向いた。
「親方!?」
「本当に親方だ!」
「帰ってきたぞ!」
工房の中からも何人かが顔を出す。
そしてバンデランテの姿を確認すると、次々と外へ飛び出してきた。
「親方!」
「おうおう、騒がしいのう!」
「お帰りなさい! 何かあったんですか?」
「ちょいと難儀しての!」
「怪我は!?」
「見ての通り、ぴんぴんしとるわい!」
弟子たちがバンデランテを取り囲む。
肩を叩く者。
腕や顔を確認する者。
帰ってきた親方を前に、工房の前は一気に賑やかになった。
「親方、一体何があったんですか?」
「その話はあとじゃ。話せば長くなるからの」
弟子たちはそんなバンデランテを見て、いつもの調子だと安心したように笑っている。
俺たちも七号車を降り、その様子を少し離れたところから眺めた。
「ずいぶん慕われてますね」
「ああ」
国を出てから、まだ三日ほど。
弟子たちも、まさかその短い間に山崩れに遭い、森で迷い、アーマー・グリズリーに吹き飛ばされていたとは思ってもいないだろう。
それでも、こうして大勢がすぐに集まってくるところを見ると、普段から弟子たちとの仲がいいのはよくわかる。
やがて、一人の弟子が俺たちに気づいた。
「親方、そちらの方々は?」
「おお、そうじゃった」
バンデランテが弟子たちの輪から抜け、俺たちのほうへ向き直る。
「紹介せんとな」
そう言って、まずマオへ顔を向けた。
「こちらは――」
「…………」
そこで弟子の一人が目を見開いた。
マオの顔をじっと見つめる。
「……マオ様?」
「ん」
マオが小さく手を上げた。
「やっぱりマオ様だ!」
「なに!?」
「マオ様!?」
また騒がしくなった。
「お久しぶりです!」
「ん」
「また王国へ来てくださったんですか!」
「ん」
この工房の弟子たちにも顔を知られているようだ。
マオはいつもの調子で短く返しているだけだが、向こうは嬉しそうだ。
「親方、マオ様と一緒だったんですか!?」
「うむ。まあ、そのあたりも含めていろいろあっての」
バンデランテがひげをなでる。
「こちらの方々には、わしが森で難儀しておったところを助けてもろうたんじゃ。そればかりか、ここまで送り届けてもろうた」
「親方を?」
「ああ」
弟子たちの視線が、改めて俺たちへ集まった。
「それは……親方を助けてくださって、本当にありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「いや、俺たちはたまたま見つけただけだからな」
「それでもじゃ」
バンデランテが横から口を挟む。
「おぬしらがおらなんだら、わしはまだ森をさまよっとったかもしれんからの」
「そうですよ。親方、方向音痴なんですから」
「誰が方向音痴じゃ!」
「迷ったんでしょう?」
「今回は山崩れのせいじゃ!」
弟子たちから笑い声が上がる。
無事に帰ってきた親方を囲んで、工房の前はすっかり賑やかになっていた。




