第64話 ドワーフ王国に到着
川沿いを進み始めてから、しばらく経った。
赤い一号車は、川の流れに沿ってゆっくりと下流へ向かっている。
山を越えたばかりのあたりでは、川岸に大小の岩が転がり、周囲には木々が生い茂っているだけだった。
だが――
「ん?」
ドラレコの映像を眺めていた俺は、一号車の速度を落とした。
「先輩、どうしました?」
「あそこ。ちょっと人工的じゃないか?」
川岸の一部に、妙に整った場所がある。
ドラレコの視点を寄せてみると、自然に転がっている岩とは違い、同じくらいの大きさに加工された石が何段にも積まれていた。
「石垣……というか、護岸ですかね?」
「たぶんな」
ようやく人の生活圏へ近づいてきたのかもしれない。
俺は一号車をその場で停止させ、すぐにレーダーを確認した。
表示範囲を広げて周囲を探る。
「……人はいないな」
「青い反応はありませんね」
少なくとも、一号車の周囲に人はいない。
それを確認してから、改めてドラレコで石積みを観察する。
「これはドワーフが作ったものか?」
「そうじゃ」
バンデランテが映像を眺めながらうなずいた。
「王国の者が使っておる設備じゃな」
「じゃあ、かなり近づいているんだな」
「うむ」
俺は一号車を再び走らせた。
そこから先は、進めば進むほど人の手が入った場所が増えていく。
川岸を補強する石積み。
岩を削って平らにした場所。
さらに進むと、川の一部から水を引き込むための水路まで現れた。
「ずいぶんしっかり作ってあるな」
「ドワーフは水をよう使うからの」
「鍛冶か?」
「それもある。鍛えた金属を冷やすのにも使うし、鉱石を洗うのにも使う。それに、水そのものを動力として使うこともあるぞ」
「水車ですね」
良太が言った。
「そうじゃ。川の流れを使えば、昼も夜も勝手に働いてくれるからの」
バンデランテがうなずく。
「このあたりにも、どこかにあったのお」
そんな話をしながら、さらに川を下っていく。
それから間もなく――
「あったぞ」
川から分かれた水路の先。
木々の隙間に、大きな円形のものが見えた。
一号車を停め、ドラレコの視点を向ける。
「水車か」
「大きいですね……」
そこには、巨大な水車が姿を現した。
しかも一基ではない。
水路に沿って複数の水車が並び、流れ込んできた大量の水を受けて、ゆっくりと回転を続けている。
ギィ……ゴトン……。
ギィ……ゴトン……。
一定の間隔で、重い音が響く。
見たところ、近くに粉を挽くような建物はない。
「何に使っているんだ?」
「あれは鉱山の水抜きじゃな」
「水抜き?」
「地下を掘っておれば、どうしても水が湧く。深く掘れば掘るほど厄介での。放っておけば坑道が水に沈んでしまう」
「ああ、なるほど」
水車の回転を動力として、地下から水を汲み上げているのか。
ドラレコの視点を動かしてみると、水車の回転を伝える太い軸が、岩山側に設けられた石造りの設備へ伸びている。
さらにその先を見ると、別の水路から大量の水が川へ流れ込んでいた。
「あっちから出ているのが、地下から汲み上げた水か?」
「そうじゃ」
「魔法じゃなくて、こういう仕組みも使うんだな」
「何でも魔法で済ませられるわけではないからの。それに、水なら勝手に流れてくれる。使えるものは使えばよい」
「たしかにな」
そのあたりは、元の世界とあまり変わらないな。
俺はしばらく回り続ける水車を眺めた。
川の流れを利用して、地下から水を汲み上げ、汲み上げた水を川へ戻す。
見た目こそ古そうだが、かなり合理的な仕組みだ。
「これ、人がいなくてもずっと動いているんですね」
「基本はな。もちろん、定期的に点検はするぞ」
「じゃあ、そのうち誰かが来る可能性もあるな」
「うむ」
俺はもう一度レーダーへ目を向ける。
今のところ、青い反応はない。
「長居はしないほうがよさそうだな」
一号車を再び動かす。
水車を通り過ぎてからも、川沿いの景色は少しずつ変わっていった。
自然のままだった川岸にも、石で整えられた場所が増え、水路も一本だけではない。
ところどころには荷物を運ぶためなのか、岩盤を削って作られた平坦な場所も見える。
「完全に生活圏に入ったな」
「ですね」
さすがに、いつ人と出会ってもおかしくない。
俺は速度をかなり落とし、レーダーにも注意を払いながら一号車を進ませていく。
そして――
「先輩」
「ああ。見えてる」
川が大きく曲がった、その先。
左右から迫る岩山の間に、明らかに自然のものではない巨大な構造物が見えた。
俺はすぐに一号車を停める。
このまま先へ近づけるわけにはいかない。
まずレーダーを確認した。
「……まだ大丈夫だな」
一号車の近くに青い反応はない。
そのままドラレコの映像を拡大していく。
「おお……!」
隣でバンデランテが声を上げた。
岩山の谷間を塞ぐように、巨大な石壁が築かれている。
その中央には、遠目からでもわかるほど大きな門。
そこへ向かって、川沿いに整えられた道が続いていた。
「着いたぞ」
バンデランテが嬉しそうにひげをなでる。
「あれがドワーフ王国じゃ」
「ようやくか」
「長かったですね」
「きゅー」
俺も座席へ背中を預け、遠くに見える門を眺めた。
山を越え、川を見つけ、そこから下流へ。
遠隔操作とはいえ、ようやく目的地までたどり着いた。
――もっとも。
「ここからが問題だな」
「ですね」
俺はレーダーと、その向こうに見える巨大な門を交互に見る。
今いる場所にはまだ人はいない。
だが、あの門まで行けば話は別だろう。
このまま誰も乗っていない赤い一号車を走らせていけば、まず間違いなく目立つ。
だからといって、俺たち全員で何も考えずに入っていくわけにもいかない。
「さて……どうするか」
俺たちは湖畔の四号車に座ったまま、しばらく遠くに見えるドワーフ王国の門を眺めていた。
◇ ◇ ◇
「……やっぱり、マオに頼むのが一番か」
「僕もそれがいいと思います」
バハをドワーフ王国へ連れていく以上、正体を隠す必要がある。
それにランクルも、できることならそのまま見せたくない。
マオの【認識改変】なら、その両方をまとめて解決できる。
俺は四号車の無線を操作し、湖底の大庭園に置いてある五号車へ回線をつないだ。
「マオ、聞こえるか?」
『ん』
すぐに返事が返ってくる。
「ドワーフ王国の近くまで来たんだけど、ちょっと頼みたいことがある。湖畔まで来られるか?」
『わかった』
通信が切れた。
「相変わらず話が早いですね」
「ああ。とりあえず一号車は、このまま待機させておこう」
俺はドワーフ王国の近くまで進ませた赤い一号車を、人目につかない河原で停車させる。
レーダーを確認しても、周囲に青い反応はない。
これなら、しばらく置いておいても問題なさそうだ。
◇ ◇ ◇
それから少しして、湖畔にマオが【転移】で現れた。
その隣にはバンポーさんもいる。
「急に呼んですみません」
「いえ、構いませんよ」
「ん」
「実は――」
俺は二人に事情を説明した。
赤い一号車はすでにドワーフ王国のすぐ近くまで到着している。
だが、俺たちが向こうへ移動するには【車両入れ替え】を使う必要があり、そのままランクルで入国すれば当然目立つ。
何より、バハムートであるバハをそのまま連れていくわけにはいかない。
「それでマオ、バンデランテ以外の全員をハイエルフにしてもらえるか?」
「ん」
マオが俺たちを見る。
次の瞬間、【認識改変】が発動した。
「きゅ?」
バハの姿が、ハイエルフの少年へ変わる。
俺と良太、バンポーさんもハイエルフの姿になった。
マオはすでにハイエルフの姿なので、見た目は変わらない。
「おお……」
バンデランテが目を丸くする。
「わし以外、全員ハイエルフになってしもうたのう」
「バハちゃんも、これなら普通の少年にしか見えませんね」
「きゅー!」
「それとマオ、向こうへ着いたら車にも【認識改変】をかけてもらえるか? 馬車に見えるようにしたい」
「ん」
「ありがとう」
これで準備は整った。
現地へ持っていくのは、先日購入した茶色の80――七号車だ。
俺たちは四号車を降り、七号車へ乗り込む。
運転席に俺、助手席にはマオ。
後部座席には良太、バンポーさん、バンデランテが座り、バハは荷室へ移動した。
ポップアップ式のルーフを上げてあるので、ハイエルフの姿になったバハが立っていても十分な余裕がある。
「それじゃあ、行くぞ」
「はい」
「ん」
俺は現地に停めてある赤い一号車を指定し、【車両入れ替え】を発動した。
次の瞬間――
窓の外の景色が一変する。
さっきまで目の前に広がっていたラズライト湖が消え、代わりに岩の転がる河原が現れた。
七号車と入れ替わった一号車は、今頃湖畔に停まっているはずだ。
俺はまずレーダーを確認する。
周囲に青い反応はない。
「マオ、頼む」
「ん」
マオが七号車へ【認識改変】をかける。
これで準備はすべて整った。
「よし。行くか」
エンジンをかけ、河原をゆっくりと走り始める。
ここからは【自動操縦】ではない。
久しぶりに俺自身がハンドルを握り、ドワーフ王国の門へ向かって七号車を進ませていく。
やがて、前方に石造りの大きな門が見えてきた。
レーダーにも複数の青い反応が表示されている。
「いよいよですね」
「ああ」
「ようやく帰ってきたわい」
バンデランテが後部座席から前方を眺める。
門へ近づくにつれ、そこに立つドワーフたちの姿もはっきり見えてきた。
俺は速度をさらに落とす。
そして、ある程度まで近づいたところで――
「――止まれ!」
門番の一人が大声を上げた。
何人かのドワーフが、驚いたようにこちらを見ている。
「なんじゃ、あの馬車は!?」
「河原から来たぞ!」
まあ、そうなるよな。
街道ではなく、川沿いの河原から突然馬車がやってきたのだ。
俺は七号車をゆっくりと停止させる。
「バンデランテ、頼めるか?」
「任せておけ」
バンデランテが後部座席から降り、門番たちへ向かって歩いていく。
すると、一人が目を細めた。
「……ん?」
隣の門番も、バンデランテの顔をじっと見る。
「おい、あれ……」
「バンデランテ殿!?」
「おう!」
バンデランテが片手を上げる。
「今戻ったぞ!」
「なぜ馬車で河原を!?」
「いろいろあったんじゃ!」
ずいぶん大雑把な説明だ。
だが、バンデランテ本人だとわかると、門番たちの張り詰めた様子もすぐに和らいだ。
「そろそろお戻りになる頃だと思っておりましたが、何かあったのですか?」
「山崩れに遭っての。帰りに使うつもりだった場所が完全に塞がれてしもうたんじゃ」
「山崩れですか?」
「うむ。それで別の場所から下りようとして難儀しての。しまいには向こう側の森まで迷い込んでしもうた」
「それは災難でしたな……」
「がはは! まあ、こうして無事に帰ってきたんじゃ。弟子どもも、まだ騒いではおらんじゃろ?」
「ええ。発たれてからまだ三日ほどですからな。今日明日には戻られるだろうと話しておりました」
どうやら、まだ本格的に心配されるほど遅れてはいなかったようだ。
門番の一人が、今度はこちらへ目を向ける。
「それで、あちらの方々は?」
「途中で助けてもろうたんじゃ」
バンデランテも七号車を振り返る。
「森で倒れておったわしを偶然見つけてくれての。ここまで送ってもろうた」
「そうでしたか」
「それとな――」
バンデランテが少し声を落とした。
「あの馬車には、Sランク冒険者のマオ様が乗っておる」
「…………」
門番の動きが止まる。
「……今、なんと?」
「マオ様じゃ」
「なっ!?」
隣にいた門番まで勢いよくこちらを向いた。
「Sランク冒険者の、あのマオ様か!?」
「そうじゃ」
その言葉をきっかけに、門の前がにわかに騒がしくなった。




