第74話 14日目 果樹園にさくらんぼを植える
「先輩、おはようございます」
グレーの105から降りてきた良太が、俺の乗る赤いショートへやってきて挨拶をした。
「ああ、おはよう」
「あ、寝ていたらいつの間にか【認識改変】が解けていますね」
「そういえば、そうだな。マオが意識的に解除するか、寝たら切れるのかもな」
「今日行くドワーフ王国にいるバンデランテさんのお弟子さんたちは、ハイエルフの僕たちしか知りませんけど、どうします?」
「ずっと、ハイエルフのままというのもな。あの工房はこれから先も、お世話になりたいし」
「魔王国はどうします? また桜を植えにいきますよね」
「エルデたちは、ハイエルフ姿の俺たちしか知らないのか」
「マオかバンポーさんに連絡して、庭師の人たちには事前に伝えておいてもらうか?」
「はい。じゃあ、コーヒーを淹れてくるので、マオちゃんがランクルの近くにいたら訊いてみてください」
「わかった」
良太は、そう言い残すとキッチンカーのほうへ歩いていった。
「じゃあ、ドラレコでマオを探すか」
まずは、湖底の庭園。
いつもはここにいるが……朝早いこともあってまだいないか。
続いては、魔王国の庭園にある大きな東屋。
昨日夕食をご馳走になった場所だ。
ん……? バンポーさんが、白髪の騎士のような人と食事をしながら話している。
その後ろにも白い鎧を着た騎士のような人たちが立っている。
のぞき見をするのは悪いな。魔王国の大切な話かもしれないし。
最後は、さくら号か。
――いた。
マオは昨日とは違う場所に移動して、花壇の花にシャワーで水を撒いている。よほど気に入ったんだな。
「おはよう。マオ、朝からすまん。拓海だ」
マオがさくら号のほうへ振り返る。
『ん』
「寝て起きたら【認識改変】が解けてしまっていたんだが、元のままの姿で、そっちへ行って魔王国の人たちに怪しまれないかなと思ってな」
『平気』
マオは簡単に言うが、ほんとかよ……。
「また別の桜を植えるときに行くけど、よかったらマオから伝えておいてくれ」
『ん、エルデ』
「はい!」
離れた場所から駆けてくるエルデ。こんな時間からもう働いているのか。昨日と同じように深緑のオーバーオールを着ている。
『拓海。ハイエルフじゃない』
『昨日いらした拓海さんたちは、ハイエルフじゃないんですね。マオ様の【認識改変】でしょうか』
『ん』
エルデはマオと長い付き合いだからか、話が早くて助かる。
「おはよう。エルデ、拓海だ」
驚くエルデ。
「今、さくら号を通して話しかけている。また魔王国に行くときには今度は人の姿で行くから、庭師の人たちにも伝えておいてくれ」
『わかりました。拓海さん、良太さんは人の姿で来ると、皆に伝えておきます』
「ありがとう、助かるよ」
「マオ、残りの桜はいつ植える?」
『今から』
「もうやるのか? こっちはいいけど、じゃあ朝飯を食べたらそっちに行くことにするぞ。昼からドワーフ王国にも行かなければいけないから、少し抜けるが」
『ん』
マオに話しかけながら、こちらの都合をエルデに聞かせておく。
◇ ◇ ◇
食事を終え、魔王国へ向かうためにグレーの105に乗り込む。
「さっきは、さくら号の近くにマオがいたが……」
ドラレコでさくら号の周辺を映し出す。
「マオちゃん、いますね」
「マオ、拓海だ」
『ん』
「今からそっちへ行くから、散水を止めて車から離れてくれ。一度、そのさくら号と入れ替える。バハも元の姿でいいのか?」
『平気』
マオがさくら号から離れたのを確認し、湖畔のグレーの105と魔王国のさくら号を【車両入れ替え】で入れ替える。
魔王国へ到着すると、全員が105から降りたことを確認して、もう一度【車両入れ替え】を使った。
グレーの105とさくら号が再び入れ替わり、これで105は湖畔へ戻った。
「おはよう。じゃあ、何からやるか」
「残りは、淡いピンクの花が咲くソメイヨシノと、美味しいさくらんぼがなる実桜ですね」
「エルデ、どこがいい?」
「こんな感じの花が咲きます」
良太がソメイヨシノの写真をタブレットに表示して、エルデへ見せる。
「僕たちのいた国では、街道の両脇や川沿いの土手なんかに並べて植えられていましたね。もちろん、お庭に植えてもいいと思いますけど」
「マオ様、庭園ではありませんが、川沿いの土手が華やかになったら、みんな喜ぶと思います」
「ん。川いく」
マオが右手を上げようとしたところで、エルデが声をかけた。
「マオ様、じきに庭師の皆がここへ来ますので、それからにしませんか?」
「じゃあ、それまでにさくらんぼの苗も選んでおきましょう。いろいろありますので」
良太がタブレットで、さくらんぼの苗を探し始める。
「きゅ~♪」
バハもさくらんぼと聞いて、嬉しそうに声を弾ませた。
「種類によっては、別の品種をそばに植えないと受粉しないみたいなので、いろいろ買ってみましょう」
「ん。楽しみ」
「僕も詳しくはないんですけど、佐藤錦、ナポレオン、高砂、紅秀峰、アメリカンチェリーのビング……写真を見てもよくわかりませんね。食べてみましょう。先輩、テーブルを出してください」
「おう」
俺がテーブルを広げると、良太は【ネットショッピング】で苗と同じ品種のさくらんぼを買い、次々と並べていく。
「この高砂は授粉樹としても活躍してくれるそうなので、間に植えたらいいかもしれませんね。ナポレオンや佐藤錦とも相性がいいそうです」
説明を聞いているのかいないのか、マオとバハは我先にとさくらんぼへ手を伸ばした。
「ん。おいしい」
「きゅ~♪」
「エルデさんもどうぞ。味を見て決めましょう」
それを見て、エルデも一粒摘まむ。
「あ、おいしいです。食べてから樹を選ぶなんて贅沢ですね。でも、すごくわかりやすいです」
俺も一粒、口へ放り込んだ。
「昔ながらのさくらんぼって感じだな。俺は好きだ」
「次はこちら、佐藤錦です」
良太が別の皿を前へ出す。
「あまい。おいしい」
「きゅ~♪」
「こちらは甘みが強いですね。とてもおいしいです」
その後も品種を変えながら、四人と一匹で試食を繰り返していく。
結局――
「全部、植える」
「あはは。それが良さそうですね。土地との相性もあるでしょうし、うまく育った品種をあとから増やすのも良さそうです」
「ん」
「果樹園、先いく」
「そうしましょうか。せっかく選んだのに、あと回しにして忘れてしまってもいけませんしね」
そんな話をしながら残ったさくらんぼを食べていると、昨日と同じ深緑のつなぎやオーバーオールを着たお爺さんたちがこちらへ歩いてきた。
◇ ◇ ◇
「おはようございます、マオ様」
「皆さん、おはようございます」
俺と良太も挨拶を返す。
エルデが前もって伝えてくれていたのか、元の姿に戻った俺たちを見ても、誰も驚く様子はなかった。
全員が揃ったところで、マオの【転移】で果樹園へ向かうことになった。
◇ ◇ ◇
マオの【転移】で移動すると、目の前には広大な果樹園が広がっていた。
「……ここも広いな」
「すごいですね。どこまで果樹園なんでしょう」
昨日見た庭園も相当なものだったが、こちらも負けていない。
種類の違う果樹がいくつもの区画に分けて植えられ、その間には人や荷車が通れるだけの道も整えられている。
「さくらんぼ、ここ」
マオがまだ何も植えられていない一角を指した。
「ここなら、かなりの本数を植えられそうですね」
「ああ。さっき選んだ五種類を植えても余裕がありそうだな」
何も植えられていないとはいっても、その一角だけでかなり広い。
少し離れた場所には別の果樹が規則正しく並んでおり、枝には見たことのない色や形の実がついている。
「このあたりの管理は、農家の方々にも手伝っていただいております」
いつの間にか合流していたバンポーさんが教えてくれる。
「昨日来ていた人たちですか?」
「はい。何名かは、こちらの果樹園にも詳しい者たちでございます」
なるほど。
それなら、俺たちだけで適当に植えるより、その人たちにも相談したほうがよさそうだ。
「じゃあ、また手伝ってもらった方がよさそうですね」
「かしこまりました。お連れいたしましょう」
そう答えると、バンポーさんの背中から漆黒の翼が広がった。
ばさっ――
大きく羽ばたいた体がふわりと浮き上がり、あっという間に果樹園の向こうへ飛んでいく。
「やっぱり飛ぶんですね……」
「ああ。昨日初めて見たときは驚いたけど、あれなら人を呼びに行くのも早いな」
「きゅ~」
バハが飛んでいくバンポーさんを見送りながら、翼をぱたぱたさせている。
「じゃあ、待っている間に苗を用意しておくか」
「そうですね。さっき食べた五種類を数株ずつ全部買いましょう」
良太がタブレットを開く。
「佐藤錦、ナポレオン、高砂、紅秀峰、ビングですね」
「ん。いっぱい」
「そうだな。せっかくだし、たくさん植えるか」
マオが何も植えられていない一角を見渡し、満足そうにうなずく。
「ただ、植える位置は農家の人たちが来てから決めたほうがいいんじゃないか?」
「そうですね。高砂を授粉樹として間に入れるにしても、僕たちは果樹園の専門家じゃないですし」
「エルデはどう思う?」
「私も、そのほうがいいと思います。ここの土や日当たりのことは、農家の皆さんのほうがよく知っていますから」
「じゃあ苗だけ買っておくか」
「はい」
良太が【ネットショッピング】で、それぞれの大苗を次々と購入していく。
俺も【車両召喚】で昨日使ったリアカーを何台か出し、届いた苗木を品種ごとに分けて載せていった。
「これなら運ぶのも楽だな」
「肥料も買っておきますね。昨日と同じものでいいですよね?」
「ああ。どうせこれだけ植えるなら多めに頼む」
「了解です」
苗木に肥料、支柱、それに必要になりそうな園芸用品。
リアカーへ次々と荷物を積んでいると、やがて遠くから何人もの人影が近づいてきた。
「あ、来ましたよ」
先頭にはバンポーさん。
その後ろから、昨日も手伝ってくれた農家のおじさんやおばさんたちが歩いてくる。
◇ ◇ ◇
「お待たせいたしました」
「いえ、助かります」
俺たちが挨拶すると、農家の人たちもそれぞれ頭を下げてくれた。
元の姿については、バンポーさんが前もって説明してくれていたらしい。
「今日は、ここに新しい果樹を植えたいんです」
良太がリアカーに積んだ苗木を示す。
「俺たちの国にあった、さくらんぼが実る木です。何種類か持ってきたので、ここの土地に合いそうな植え方を教えてもらえればと思って」
農家のおじさんたちが興味深そうに苗木へ近づき、葉や枝、根元を順番に見ていく。
「ほう……これが、昨日お話しされていた異国の果樹ですか」
「種類によっては、別の種類を近くに植えたほうが実がつきやすいそうです」
「なるほど。それでしたら、同じものだけを固めすぎず、組み合わせながら植えてみるのがよさそうですな」
「日当たりも十分ですし、このあたりなら水はけも悪くありません」
別のおじさんも地面を見ながらうなずいた。
俺には見ただけではさっぱりわからないが、さすがに普段からこの土地で作物を育てている人たちは話が早い。
「マオ様、こちらでよろしいでしょうか?」
「ん。いっぱい、植える」
「では、皆で始めましょう。さくら号が通れる道も空けておいてくださいね」
エルデの声に、お爺さんたちと農家の人たちがそれぞれ動き始める。
植える位置を決める人。
穴を掘る人。
リアカーで苗木や肥料を運ぶ人。
俺と良太も空いているリアカーを引き、決められた場所へ苗木を運んでいく。
「昨日に続いて、今日も植樹だな」
「ですね。でも今度は、育ったら食べられますよ」
「きゅ~♪」
「バハはそれが一番楽しみそうだな」
「きゅ!」
まあ、俺も楽しみだけどな。
今はまだ若い苗木ばかりだが、これが育ってたくさんの実をつけるようになれば、マオの果樹園に新しい楽しみが一つ増える。
何年先になるのかわからないが――ウンディーネの魔力水があることを考えると、案外それほど待たなくてもいいのかもしれない。
◇ ◇ ◇
最後の苗木を植え終えるころには、何もなかった一角に何列ものさくらんぼの木が並んでいた。
「これで全部か」
「はい。五種類、ちゃんと植え終わりましたね」
支柱に支えられた苗木が、一定の間隔を空けてずらりと並んでいる。
その間には、さくら号が余裕をもって通れる道も確保してあった。
「マオ様、水やりしてみますか?」
「ん。エルデも乗る」
「はい!」
二人がピンク色のさくら号へ乗り込み、ゆっくりと走り出す。
やがて車体の左右に取り付けた散水ノズルから、細かな魔力水が一斉に噴き出した。
陽光を受けてきらきらと輝く水が、植えたばかりの苗木へ降り注いでいく。
「おお、ちゃんと両側に届いているな」
「これなら水やりも楽ですね」
さくら号は苗木の間をゆっくり進みながら、次々と魔力水を撒いていく。
マフラーからは【癒やしモード(ヒーリング・シンフォニー)】の心地よい音色も流れていた。
昨日思いつきで追加したような装備だったが、こうして実際に使っているところを見ると、庭園だけでなく果樹園でもかなり相性がよさそうだ。
「さてと……」
隣で良太がテーブルを広げ、【ネットショッピング】から何かを次々と取り出し始めた。
「またさくらんぼか?」
「はい。せっかくなので、農家の皆さんにも食べてもらおうと思いまして」
「ああ、それはいいな」
佐藤錦、ナポレオン、高砂、紅秀峰、ビング。
さっき俺たちが食べ比べたものと同じさくらんぼが、種類ごとに皿へ盛られていく。
「皆さん、よかったら休憩がてら食べてみませんか? 今植えた木になる実です」
「ほう、もう実があるんですか?」
「苗とは別に、食べるためのものを持ってきたんです。種類ごとに味が違いますよ」
農家のおじさんやおばさんたちが、興味深そうにテーブルへ集まってくる。
良太が皿を順番に示していった。
「こっちが佐藤錦で、その隣がナポレオン。こちらが高砂、紅秀峰、最後がビングです」
「では、いただいてみます」
一人のおじさんが佐藤錦を摘まみ、口へ運ぶ。
「おお……甘いですな」
「きゅ~♪」
いつの間にかバハも一緒になって、さくらんぼを頬張っている。
「こっちの赤黒いものは、またずいぶん色が違いますね」
「それがビングです」
おばさんが一粒摘まんで口にすると、何度かうなずいた。
「こちらは味が濃いですね。これもおいしいです」
「品種によって結構違うでしょう?」
「ええ。実際になるものを食べられると、育てるのも楽しみになりますね」
別のおじさんは高砂とナポレオンを食べ比べている。
「この二つを近くに植えた場所もありましたな」
「はい。種類の違う木が近くにあった方が実がつきやすいものもあるそうなので、そのあたりはお願いします」
「承知しました。花が咲くころには、こちらでもよく見ておきましょう」
さすが農家の人たちだ。
俺たちは単純に「どれがうまいか」で選んでいたが、この人たちは味を確かめながら、すでに育てるほうへ頭が切り替わっているらしい。
「おっ、戻ってきたな」
顔を上げると、苗木への散水を終えたさくら号がこちらへ向かってきていた。
ピンク色の車体が果樹の間をゆっくりと進み、運転席にはマオ、その隣にはエルデが乗っている。
マオはかなり気に入ったのか、どことなく得意げだ。
植えたばかりの苗木には魔力水の雫がきらきらと残っている。
いつかここにたくさんのさくらんぼが実ったら、今度はこの人たちが育てたものを、みんなで食べ比べるのも面白そうだ。




