第61話 ランクルで山登り、青い鉱石を採掘
森を抜けた赤い一号車は、そのまま北の山へ向かって進んでいく。
麓の草地を越えると、少しずつ傾斜がきつくなってきた。
草に覆われていた地面にも岩が増え、ところどころでは木の根が大きく張り出している。
「このまま登っていけばいいんだよな?」
「うむ。わしは上から下りてきたからの。山を越えるなら、そのまま北へ向かえばよい」
「わかった」
俺は湖畔に停めたグレーの四号車の運転席から、フロントガラスに映る映像を見つめる。
実際に山を登っているのは、百キロ以上離れた赤い一号車だ。
俺たちは湖畔から一歩も動いていない。
それでも【自動操縦】を使えば、まるで自分が運転しているかのようにアクセルやブレーキ、ハンドルを操作できる。
山の斜面が少し急になったところで、一号車を停めた。
「さて……」
ドラレコの視点を切り替える。
前方。
左右。
そして少し高い位置から車体の周囲を見下ろすような映像。
いくつもの視点を切り替えながら、斜面の状態を確認していく。
正面には、斜面を縦に走る深くえぐれた溝がある。
その右側には、大きな岩が一つ張り出していた。
「真ん中は避けたほうがよさそうだな」
「左から行きます?」
後部座席の良太がフロントガラスをのぞき込む。
「いや……左は幅が足りないな」
映像を拡大する。
「右前輪をあの岩へ乗せて、溝をまたぐか」
「なるほど」
少しだけハンドルを左へ切る。
赤い一号車がゆっくりと動き始めた。
右前輪が岩へ乗り上げる。
グッ――
車体が大きく傾いた。
「おお……」
バンデランテがフロントガラスの映像を見ながら声を漏らす。
左前輪は低い位置。
右前輪は岩の上。
それでも足回りは滑らかに動き、残った三輪がしっかりと地面を捉えていた。
「ずいぶん傾くんじゃな」
「このくらいならまだ平気だ」
少しずつアクセルを入れる。
一号車は岩を越えながら、溝を斜めにまたいでいく。
ゴトッ。
タイヤが反対側の土をつかんだ。
そのまま車体がゆっくりと水平に戻っていく。
「抜けたな」
「きれいに行きましたね」
「だな」
思わず頬がゆるむ。
実際にハンドルを握って岩場を走るのも楽しい。
だが、こうして外から車の動きを眺めるような感覚でルートを決めるのも、今までにない面白さがあった。
運転席からでは見えにくいタイヤの位置も、ドラレコなら簡単に確認できる。
車体の傾き。
岩の高さ。
溝の深さ。
どこへ前輪を乗せて、どこへ後輪を通すか。
いくつもの視点を切り替えながら考えられる。
これはこれで、結構楽しいな。
俺は次の斜面へ目を向けた。
今度は岩が階段状に重なっている。
「ここは……真っすぐかな」
「結構大きな段差ですよ」
「そうだな。でも、左へ逃げると木の根がある」
俺は少し考える。
「真正面からじゃなく、右前輪から乗せてみるか」
一号車を岩へ斜めに向け、ゆっくりと前進させた。
ゴッ。
まず右前輪が岩へ当たる。
そのままアクセルを少しだけ入れると、タイヤが岩肌をしっかりと捉えた。
ググッ――
右前輪が持ち上がり、少し遅れて左前輪も岩へ乗り上げる。
車体の前半分が岩の上へ乗ったところで、今度は後輪が段差へ当たった。
一瞬だけ動きが止まる。
「ここで止まるか?」
アクセルを少し足す。
タイヤが空転する――ことはなかった。
ベヒーモスマッドが岩肌へ張りつくように食いつき、そのまま後輪まで持ち上がっていく。
ゴトンッ。
一号車は何事もなかったように段差を越えた。
「……簡単に登りますね」
「ほんとにな」
さらに先へ進ませる。
次はぬかるんだ急斜面。
その次は、片側だけ岩が大きくせり上がった場所。
さらにその先には、木の根が複雑に張り巡らされた斜面が待っていた。
そのたびに一号車を停め、周囲の映像を確認する。
「右かな」
「僕なら左を選びますね」
「左だと曲がったときに、後輪が根にかかりそうなんだよ」
「なるほど、たしかに」
良太と相談しながらラインを決める。
右へ。
左へ。
少し戻して角度を変える。
斜めに岩へ乗せ、溝をまたぐ。
遠く離れた山の中で、赤い一号車が俺の操作に合わせてゆっくりと斜面を登っていく。
「不思議ですね」
良太が笑う。
「僕たち、湖畔のランクルに座ってるだけなのに、やってることは山登りですよ」
「だな」
窓の外へ目を向ければ、そこにはいつもと変わらない穏やかなラズライト湖。
だがフロントガラスの向こうでは、赤い一号車が岩だらけの斜面を登っている。
実際に運転するのとは違うが、遠隔ならではの面白さもある。
「ただ……」
何度目かの斜面を越えたところで、俺は少し首をかしげた。
「どうしました?」
「簡単すぎるな」
「簡単、ですか?」
「ああ」
ドラレコに映る一号車を見る。
かなり荒れた場所を選んでいる。
岩にも乗せた。
深い溝もまたいだ。
急な斜面も登らせた。
それなのに、一度も危ない場面がない。
「たぶん、俺がラインを考えなくても登れる」
「ああ……神様仕様ですもんね」
「そうなんだよ」
タイヤはほとんど滑らない。
大きく車体が傾いても、足回りがしっかり地面を捉える。
多少無茶な場所へ入っても壊れる心配はなく、どうしても登れなければウィンチまである。
「旅をするには最高なんだけどな」
「何が物足りないんです?」
「失敗するかもしれないから、どこを通るか考えるのが面白いんだよ」
俺は映像の中の岩場を指さす。
「こっちなら行ける。でも、あっちはスタックするかもしれない。無茶をすれば壊すかもしれない。そういうのを考えながら走るのが楽しいんだ」
「なるほど。どこでも走れちゃうと、その楽しみがなくなるんですね」
「そういうことだ」
もちろん、今のランクルに不満があるわけじゃない。
道のない異世界を旅するなら、これ以上頼もしい車はない。
ただ、遊びとして山を走るとなれば話は別だ。
しかも今は、自分で運転席に座っているわけでもない。
「前に言ってた、普通のランクルが欲しいって話ですか?」
「そうだな。こういうところを走るなら、そっちのほうが面白そうだ」
「先輩が壊れる車を欲しがる理由が、少しわかった気がします」
「壊したいわけじゃないぞ」
「それはわかってますよ」
俺たちは笑う。
その横で、バンデランテは少し考えるようにひげをなでていた。
「わしには十分とんでもない遊びに見えるんじゃがのう」
「まあ、今日のところは、このまま神様仕様で登るさ」
「当然じゃ」
バンデランテが即答する。
「わざわざ壊れる車へ替える必要はなかろう」
「今はな」
俺は再びドラレコへ目を向けた。
赤い一号車の前には、まだまだ岩混じりの斜面が続いている。
まだ山頂は見えない。
ここからさらに標高を上げていくことになりそうだ。
「よし。先へ進むか」
「はい」
俺は【自動操縦】で一号車を再び動かす。
完璧すぎる車でのクロカン。
実際にハンドルを握っているわけでもない。
それでも、外から車体の動きを眺めながらルートを決めるという体験は初めてだ。
少なくとも今は、この新しい山登りをもう少し楽しんでみることにした。
◇ ◇ ◇
それからもしばらく、赤い一号車を山の斜面に沿って走らせていった。
麓に近かった頃と比べると木々は少なくなり、代わりに地面から露出した岩が目立つようになっている。
急な場所では速度を落とし、大きな岩を避けたり、ときには乗り越えたりしながら少しずつ高度を上げていく。
最初こそ細かくラインを選んでいた俺も、神様仕様の一号車なら多少雑に走らせても問題ないとわかってからは、周囲の景色を見るほうへ意識を向けるようになっていた。
「だいぶ岩が増えてきましたね」
「そうだな。このあたりから上は、もっと多くなりそうだ」
そんなことを話しながら一号車を進ませていると――
「……ん?」
隣に座っていたバンデランテが、突然フロントガラスへ顔を近づけた。
「どうした?」
「止めてくれ」
さっきまでとは声の調子が違う。
俺はすぐに一号車を停止させた。
「何かあったか?」
「少し戻してくれ。今通り過ぎた岩場じゃ」
「わかった」
一号車をゆっくり後退させる。
「そこじゃ。止めろ」
言われた場所で停止させると、バンデランテが画面の一角を指さした。
「あの岩の下じゃ」
「どれだ?」
「青く見えるところじゃ」
ドラレコの映像を拡大する。
斜面から露出した灰色の岩。その割れ目には、わずかに青いものが見えていた。
「……これか?」
「もっと近くへ寄れんか?」
「ああ」
一号車を岩場のそばまで移動させ、ドラレコの視点を切り替える。
近くで見ると、それはただ色のついた石ではなかった。
灰色の岩に青いつぶのようなものが混じっている。
「おお……」
バンデランテが身を乗り出した。
「間違いない。ゼピュロス・メルト鉱石じゃ」
「それが探してた風属性の鉱石か?」
「そうじゃ」
バンデランテの表情が、すっかり鍛冶師のものに変わる。
「長い年月をかけて風属性の魔力を取り込んだ鉱石での。わずかじゃが魔力の光があるじゃろう」
「こんなところにあったのか」
「わしも驚いとるわい」
バンデランテは、このゼピュロス・メルト鉱石を探すために北の山へ入った。
以前見つかった場所を中心に探していたものの、結局見つけられないまま山の崩落に巻き込まれている。
それが今になって、俺たちが山を登っている途中で偶然見つかった。
「運が良いのう。わしが何日探しても見つけられなんだものを、こうも簡単に見つけるとは」
「僕たちのLUKが高いからですかね」
「そうかもな」
これが本当にLUKのおかげなのかはわからないが、運がいいのは間違いない。
「ヴェントディーヴァがあるから、腕輪にはこっちを使わないんだよな?」
「うむ。おぬしらの腕輪に使うなら、ヴェントディーヴァのほうがはるかに上じゃ」
バンデランテはそう言いながらも、ゼピュロス・メルト鉱石を食い入るように見つめている。
「じゃが、だからといって価値がないわけではないぞ。風属性の魔導具を作るなら、かなり上等な素材じゃ」
「なら、採っておこう」
「うむ。できれば周りも調べてみたいのう。見えておる部分だけとは限らん」
「それならノームに頼んでみるか」
向こうに人はいないが、一号車にはノームも宿っている。
俺は無線を使って声をかけた。
「ノーム。このゼピュロス・メルト鉱石、周りにもあるか調べられるか?」
『…………』
返事はない。
だが次の瞬間――
ゴゴゴ……。
ドラレコの映像の中で、ゼピュロス・メルト鉱石が露出している岩場だけでなく、その周囲まで小さく震え始めた。
「おっ」
「これは……」
バンデランテが画面へ顔を近づける。
岩の割れ目から細かな砂や小石がぱらぱらと落ちていく。
やがて、最初に見つけた場所から少し離れた岩肌にも、青いものが混じった灰色の岩が露出した。
「まだあるぞ!」
「鉱脈になってるのか?」
「そのようじゃ!」
バンデランテの声が弾む。
ノームが岩の中まで探っているのだろう。
地表からは何も見えなかった場所でも岩が少しずつ崩れ、その奥から青いものが混じった鉱石が次々と姿を現していく。
「思ったより広そうですね」
「せっかくだから、採れるだけ採っておくか」
「うむ。そうしてくれ!」
今度はノームへ採掘を頼む。
「周りを崩さない範囲で、ゼピュロス・メルト鉱石をできるだけ掘り出してくれ」
ゴゴゴゴ……。
岩場全体が低く震え始めた。
ただし、無造作に斜面を崩しているわけではない。
ゼピュロス・メルト鉱石を包んでいる岩だけが、まるで選り分けられるように細かく砕けていく。
青いものが混じった鉱石が一塊、姿を現す。
その奥から、もう一塊。
さらに少し離れた場所からも、大小いくつもの塊が岩盤から押し出されてきた。
「すごいな。採掘っていうより、岩のほうから鉱石を取り出しているみたいだな」
やがて地面には、大小さまざまなゼピュロス・メルト鉱石がいくつも並んでいた。
「これだけあれば十分か?」
「十分どころではないわい」
バンデランテが満足そうにひげをなでる。
「良太、全部回収できるか?」
「やってみますね」
良太が【遠隔買取査定】で確認してから、【買い物加護】を使う。
次々とゼピュロス・メルト鉱石が消えていき、最後には掘り出された分がすべて映像からなくなった。
「全部入りました」
「よし」
「なんとも、これほどの量を一度に持ち帰れるとは思わなんだ」
俺は採掘跡を確認する。
山肌そのものを大きく削ったわけではなく、鉱石があった部分を中心にいくつもの窪みが残っている程度だ。
「ノーム、ありがとな」
これでバンデランテが探していたゼピュロス・メルト鉱石も、まとまった量を確保できた。
「さて、先へ進むか」
「うむ。思わぬ収穫じゃったな」
俺は再び【自動操縦】を使う。
赤い一号車が採掘跡をあとにし、岩の増えてきた斜面をさらに上へと登り始めた。




