第60話 12日目 北の山
翌朝――
朝食を済ませた俺たちは、昨日に引き続きセラフィナイト大森林の探索を再開した。
今日の目的は、バンデランテが越えてきたという北の山。
その麓まで向かうことだ。
俺たちは湖畔に停めたグレーの四号車へ乗り込み、昨日と同じように、森の中へ置いてきた赤い一号車を【自動操縦】で動かしていく。
フロントガラスに映し出されたドラレコの映像を観ながら、昨日バンデランテが歩いてきた経路を逆にたどって北上する。
当然、森の中に道などない。
バンデランテに方向を教えてもらいながら、木々の間を縫うように一号車を進ませていった。
ただ移動するだけではなく、途中で気になるものを見つければ一号車を停める。
薬草や食用になる木の実、魔力を帯びた石など、俺たちだけなら気づかず通り過ぎてしまうものも、バンデランテが次々と教えてくれた。
良太も初めて見るものは【遠隔買取査定】で確認し、有用な素材は【買い物加護】で回収していく。
途中、何度か魔物も現れた。
赤い一号車を警戒するように遠巻きに眺めるものもいれば、目の前を横切って森の奥へ消えていくものもいる。
だが、向こうから襲ってこない限り、すべて無視した。
昨日、この森の主とも思えるフェンリルに出会ったばかりだ。
別に何かを言われたわけでもない。
それでも、あの白銀の姿を思い出すと、今日はこの森で積極的に魔物を狩ろうという気にはなれなかった。
良太も同じなのか、魔物を見つけても倒そうとは言い出さない。
そんな調子で素材を集めながら北上を続け、気づけば午前中いっぱい森の中を進んでいた。
「先輩、そろそろお昼にしません?」
「ああ。もうそんな時間か」
時計を見ると、ちょうど昼時だ。
「じゃあ、いったん休憩するか」
◇ ◇ ◇
昼飯は簡単に済ませることにした。
良太が【ネットショッピング】で何種類かのサンドイッチを買い、コーヒーやジュースと一緒にテーブルへ並べる。
朝から俺たち自身は湖畔にいるので、体が疲れているわけではない。
それでも午前中いっぱいドラレコの映像を観ながら探索を続けていたせいか、ちょうどいい気分転換になった。
バハには少し多めに用意したが、それでも物足りなかったらしく、結局いくつか追加することになった。
食後のコーヒーまで飲んで一息ついたところで、再び四号車へ乗り込む。
「それじゃあ、午後の探索を始めるか」
「はい。この調子なら、今日中には山の麓まで行けそうですね」
「うむ。寄り道をせねば、それほどかからんはずじゃ」
バンデランテの言葉にうなずき、俺は再び【自動操縦】を使う。
フロントガラスに映し出されたドラレコの景色が動き始め、森の中で停車させていた赤い一号車がゆっくりと北上を再開した。
しばらく木々の間を進んだところで、バンデランテが何かを思い出したように声を上げる。
「そうじゃ。この先に、でかい魔樹が一本倒れておるんじゃ」
「魔樹?」
「うむ。ここを通ったときに見つけての。なかなか立派なものじゃったんじゃが、わしには持ち帰る手段がなかったから、そのまま置いてきたんじゃ」
「素材になるのか?」
「もちろんじゃ。回収できるのなら持って帰ればよい。立派な素材じゃぞ」
「それなら見てみるか」
バンデランテに方向を教えてもらいながら、一号車をさらに森の奥へ進ませていった。
もちろん、俺たちが乗っているのは湖畔に停めたままの四号車だ。
一号車は【自動操縦】で動かしているため、フロントガラスに映るドラレコの映像を頼りに、木々の間を縫うようにゆっくりと進ませていく。
「もう少し北じゃ。その大きな岩を越えたあたりだったはずじゃ」
「こっちか?」
「うむ。そのまま進んでくれ」
バンデランテの指示に従い、太い幹を避けながら一号車を進ませる。
しばらくすると、フロントガラスの映像に周囲とは明らかに違うものが映り込んだ。
「……あれか?」
「おお、あれじゃ!」
バンデランテが身を乗り出してフロントガラスをのぞき込む。
森の中に、一本の巨大な樹が横たわっていた。
いや、樹というよりも、巨大な丸太と言ったほうが近いかもしれない。
周囲に生えている木々と比べても明らかに太く、根元に近い部分など、一号車の車体よりもはるかに大きい。
いくつかの枝は折れているものの、それでも全体が映像に収まり切らないほどの大きさだった。
「でかいですね……」
後ろで映像を観ていた良太が思わず声を漏らす。
「ああ。想像してたよりずっとでかいな」
「うむ。なかなか立派なものじゃろう」
バンデランテが満足そうにひげをなでる。
「これが魔樹なんだよな?」
「そうじゃ。長い年月をかけて魔力を蓄えた樹じゃな。材として使えば、杖や魔導具の素材になる。これほど育ったものなら、かなり上等じゃぞ」
「それで、持って帰りたかったのか」
「うむ。じゃが、わしには収納がないからの。これほどの大物を持って山を越えるわけにもいかん。そのまま置いてきたんじゃ」
「なるほどな」
それなら諦めるしかなかったのも納得できる。
だが、俺たちなら話は別だ。
「良太、回収できそうか?」
「やってみます」
良太がフロントガラスに映る魔樹に目を向ける。
一号車のドラレコには、倒れた魔樹の巨大な幹が映っていた。
「まず【遠隔買取査定】してみますね」
「ああ」
良太が魔樹に意識を向ける。
「【遠隔買取査定】」
少しして、良太がうなずいた。
「大丈夫です。ちゃんと素材として認識されてます」
「なら、そのまま回収できるか?」
「たぶんいけると思います。【買い物加護】を使ってみます」
良太が再び魔樹に意識を集中させる。
「【買い物加護】」
次の瞬間――
巨大な魔樹の姿が、ドラレコの映像から忽然と消えた。
「……おお?」
バンデランテが目を見開く。
つい先ほどまで巨大な幹が横たわっていた場所には、押し潰されていた草と、深く沈んだ跡だけが残っている。
「入ったみたいですね」
良太が確認するようにうなずいた。
「【買い物加護】の一時保存に入ってます」
「本当に、あれ全部か?」
「はい。枝も含めて丸ごとです」
「…………」
バンデランテが魔樹の消えた映像と良太を交互に見る。
「こんなでかいものまで入るのか……?」
「僕もここまで大きいものを入れたのは初めてですけど、問題ないみたいですね」
「しかも、その中では時間も止まっておるんじゃろ?」
「はい。取り出すまでは、そのままの状態で保存できます」
「……便利という言葉で済ませてよいものかのう」
バンデランテは呆れたようにひげをなでたあと、もう一度、魔樹が消えた跡を映像越しに眺める。
「まあよい。持って帰れるのなら文句はないわい。立派な素材じゃからな」
【買い物加護】に入れておけば、そのうち何かに使えることもあるかもな。
俺は再び一号車を動かし始めた。
魔樹を回収した場所を抜け、さらに北へ。
木々の隙間から差し込む光は、少しずつ強くなってきている。
森の終わりが近づいているようだった。
◇ ◇ ◇
それからもしばらく北上を続けた。
一号車を【自動操縦】でゆっくりと進ませていると、次第に木々の間隔が広くなっていく。
地面を覆っていた下草も少なくなり、代わりに大小の岩が目立つようになってきた。
「だいぶ明るくなってきましたね」
「ああ。そろそろ森を抜けそうだな」
俺は四号車の中から、ドラレコ越しに一号車の前方を確認する。
これまで頭上を覆っていた枝葉も少なくなり、その向こうには青い空が見えるようになっていた。
「もう少しじゃ」
バンデランテがフロントガラスをのぞき込みながら、画面の前方を指さす。
「このまま北へ進めば、森を抜けて山の麓へ出るはずじゃ」
「ようやくですね」
良太が嬉しそうに身を乗り出した。
さらに一号車を進ませる。
やがて前方を塞いでいた木々が途切れ――
「おっ」
視界が一気に開けた。
森を抜けた一号車のドラレコに、これまでとはまったく違う景色が映し出される。
緩やかに起伏する草地と、その先に広がる岩混じりの斜面。
そして、さらに向こうには大きな山がそびえていた。
「これが北の山か」
「うむ」
バンデランテが力強くうなずく。
「わしが越えてきた山じゃ」
標高はそれほど高くないのだろう。
山頂に雪はなく、麓から中腹にかけては木々に覆われている。
そこから上は次第に岩肌が目立つようになり、頂上付近にはごつごつとした岩場が広がっていた。
「ここまで来たんですね」
「ああ」
昨日からずっと森の中だっただけに、久しぶりに開けた景色を見ると、それだけで少し気分が変わる。
俺はドラレコの映像を観ながら、一号車を森の外で停車させた。
「さて――」
ドラレコの映像には北の山。
ここから先は、バンデランテが越えてきた山をさかのぼることになる。
「いよいよ山か」
「ここからが本番ですね」
「うむ。まずは山のほうへ進んでみるとするかの」
俺はうなずき、ドラレコに映る北の山に目を向けた。
◇ ◇ ◇
一号車を森の外で停車させたまま、俺はドラレコに映る周囲の景色を眺める。
正面には北の山。
その麓には草地が広がり、西の方角に目を向けると、森がそのまま山裾へ沿うように続いていた。
「そういえば、西に行けば川があるんだよな?」
以前、湖の北側を調べたときに確認した、ラズライト湖へ流れ込んでいる川だ。
「うむ。滝もあるぞ。わしは山を下りたあと、その川沿いを下ってきたんじゃ」
「滝?」
そこで、俺は以前マオから教えてもらったことを思い出す。
「もしかして、マオが教えてくれた滝か?」
「たぶんそうじゃろうな。このあたりで大きな滝となれば、あそこじゃ」
「ああ、あの滝ですか!」
良太も思い出したように声を上げる。
「まだ見に行ってませんでしたよね」
「そうだったな」
場所だけは聞いていたものの、まだ実際には見ていない。
「ここから西へ向かえば、そう遠くはないぞ。なかなか立派な滝じゃ」
「それなら、滝のほうもそのうち見に行きたいな」
「いいですね。川沿いもまだほとんど調べてませんし」
山の麓から西へ向かえば滝があり、そのまま川沿いを南下すればラズライト湖へ出る。
今すぐ行く必要はないが、このあたりを探索するときにはちょうどよさそうだ。
「よし。滝はまた今度にするとして――まずは山だな」
「はい」
俺は再び一号車を動かす。
森を背にして、北の山へ向かってゆっくりと走らせていった。




