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第57話 熊肉料理(前編)

前話(第56話)を修正しました。バハは過去に白銀の狼と出会ったことがあるので、そのあたりを少し改稿しました。


 その後、俺たちはさらに森の中を北上した。


 バンデランテに教えてもらいながら、この土地ならではの香草や薬草を見つけては回収していく。


 食用になる香草。


 傷薬の材料になる薬草。


 中には毒消しに使えるものまであり、知らなければただの草にしか見えないものも多かった。


 赤いショートを進ませながら、そんな採取を続けることしばし。


 気づけば、ずいぶんいい時間になっている。


「そろそろ今日は終わりにするか」


「そうですね。夕食の準備をしましょうか」


 良太の言葉にうなずき、俺は【自動操縦】を止めた。


 森の中を進んでいた赤いショートも、その場で探索を終了する。


 俺たちはグレーの105から外へ出た。


「きゅ~!」


 バハも外へ飛び出し、小さな翼をぱたぱたと動かす。


 ずっと車内にいたからか、体を動かしたかったらしい。


 続いて降りてきたバンデランテが、大きく伸びをしながら息を吐いた。


「いやはや……なんだかすごい一日だったわい」


「まだ夕飯が残っているぞ」


「そうじゃったな。あの熊を食うんじゃったか」


 熊――アーマー・グリズリー。


 そう聞いて、良太が何か思い出したように口を開いた。


「そういえば、熊って雑食だから、肉に寄生虫がいることでも有名ですよね。こっちの熊肉はどうなんでしょう?」


「おるぞ」


 バンデランテはあっさり答えた。


「収納持ちなら、一度収納してしまえば平気じゃが、持っておらん者はよく焼いて食わんといかん」


「ああ、やっぱりそういった使い方があるのか」


 以前、魚をリアカーごと【格納】したとき、寄生虫だけが弾かれたことがある。


 この世界の【収納】にも、似たような性質があるらしい。


「【遠隔買取査定】を通して、僕の【買い物加護】には一度入れていますけど……念のため、先輩の【車両召喚】にも格納してみましょうか」


「そうだな。前と同じなら、それで確認できる」


「……待て」


 バンデランテが俺と良太を交互に見る。


「おぬしら、二人とも収納持ちなのか?」


「俺のは【収納】スキルじゃないぞ」


 俺は右手を軽く上げる。


「車両をしまう【車両召喚】だ。ただ、前にリアカーへ魚を載せて車両と一緒にしまったら、寄生虫だけ弾かれたんだ」


「僕の【買い物加護】も、買った物や売る物を一時的に保管できます」


「…………」


 バンデランテがひげをなでながら俺たちを見る。


「似たようなものではないか……」


「まあ、そう言われるとそうかもしれないな」


 俺は苦笑しながら【車両召喚】でリアカーを出した。


「じゃあ、良太。肉を載せてくれ」


「はい」


 良太が【買い物加護】からアーマー・グリズリーの肉を取り出していく。


 大きな肉の塊が次々とリアカーへ積まれ、あっという間に荷台が埋まった。


「お願いします」


「ああ。【格納】」


 リアカーが淡い光に包まれ、積まれた熊肉ごとその場から消える。


 少し待ってみたが、以前の魚のときのように何かが弾き出される様子はない。


「何も出ないな」


「ということは、僕の【買い物加護】へ入れた時点で、寄生虫は弾かれていたんでしょうか」


「たぶんな」


「なるほどのう……」


 バンデランテが感心したようにうなずく。


「【収納】を授かった者は、国に厚遇され、一生安泰だと言われておる。商人にせよ軍にせよ、いくらでも欲しがるからの」


「それだけ貴重なんですね」


「うむ。ただ、中にはおかしな貴族に捕まって、奴隷のように使われる者もおると聞くがな」


「やっぱり、そういったこともあるんですね……」


 良太の表情が少し曇る。


 俺たちも、能力について何でも他人へ話すのはやめておいた方がいいだろう。


「まあ、そのあたりはこれからも気をつけよう」


「ですね」


 俺は再び【車両召喚】を使い、リアカーと一緒に格納した熊肉を取り出した。


「さて、今日は熊肉ステーキと煮込みが食いたいな。あとは白飯だ」


「きゅ~♪」


 バハが嬉しそうに鳴き、小さな翼をぱたぱたと動かす。


「お前は何でも喜ぶな」


「きゅ!」


 すぐに精霊たちが動き始めた。


 シルフたちが熊肉を浮かせ、キッチンカーへ運んでいく。


「あ、そうだ」


 良太が今日採取したものの中から、香草をいくつか取り出した。


「せっかくですから、バンデランテさんに教えていただいた香草も使ってみましょうよ。シルフ、これもお願いします」


 良太が差し出した香草を、シルフが風でふわりと持ち上げる。


「熊肉に合うぞ。臭みも和らぐしの」


「それならちょうどいいですね」


 キッチンカーの周囲がにわかに慌ただしくなってきた。


 その様子を眺めていた良太が、ふと口を開く。


「せっかくお肉もいっぱいありますし、マオちゃんたちにも声をかけてみましょうか」


「マオ様と連絡が取れるのか?」


 バンデランテが不思議そうに尋ねる。


「どうだろうな。車両の近くにいれば、無線で話せるんだが……」


 マオは今、湖底の大庭園を調査している。


 そこには白いトゥループキャリアと、マオが探索に使っているベージュのオープンカーを置いてある。


「ちょっと見てみるか」


 俺はドラレコの映像を呼び出した。


 まずは湖底の大庭園に停めてある、白いトゥループキャリア。


 ディスプレイに映ったのは、相変わらず幻想的な庭園の風景だ。


 だが、車の周囲にマオの姿はない。


「近くにはいませんね」


「じゃあ、ベージュのほうはどうだ?」


 映像を切り替える。


「あ」


「いましたね」


 ベージュのオープンカーのすぐ近く。


 そこにマオがいた。


 淡い水色の花が群生している前にしゃがみ込み、こちらの世界から持っていったカメラを構えている。


 一本の茎に小さな花がいくつも連なり、先端へ向かって細くなるように咲いていた。


 マオは角度を変えながら、何枚も写真を撮っている。


「……何をやっておるんじゃ?」


「庭園の調査かな」


「ずいぶん楽しそうな調査じゃのう」


 俺は【自動操縦】でベージュのランクルへ接続し、無線を通して外部スピーカーからマオへ声をかける。


「急にすまん、マオ。さっき獲った熊肉をこれから調理するんだが、よかったら一緒にどうだ?」


 カメラを構えていたマオが、ぴたりと動きを止めた。


 ゆっくりとベージュのランクルを振り返る。


「いく」


「そうか。よかったらバンポーさんにも声をかけてみてくれ。忙しかったら無理しなくていいからな」


「ん」


 返事を確認して通信を切る。


「来るらしい」


「そうですか。では、たくさん焼いてもらいましょう」


 良太がキッチンカーのほうを見る。


「皆さん、お願いしますね」


 その声に応えるように、精霊たちの光が一斉に明るく瞬いた。


 シルフが熊肉を調理台へ運び、薄い風の刃で大きな塊をステーキ用に切り分けていく。


 別の肉は食べやすい大きさに切られ、大鍋へ。


 ウンディーネが野菜や香草を丁寧に洗い、サラマンダーがコンロへ火を入れる。


 ノームもキッチンカーの周囲を行き来し、必要な食材を次々と用意していった。


 厚く切られた熊肉が熱した鉄板へ載せられる。


 ジュウゥゥ――!


 途端に威勢のいい音が響き、肉から溶け出した脂が鉄板の上へ広がった。


「おお……」


 香ばしい匂いがあたりへ漂い始める。


「いい匂いですね」


「きゅ~♪」


 バハは早くもキッチンカーの前で待機していた。


「まだ焼けてないぞ」


「きゅ!」


 わかっているのかいないのか、元気よく返事だけは返ってくる。


 隣の鍋からも、少しずつ湯気が立ち始めた。


 今日採ったばかりの香草の爽やかな匂いに、熊肉を焼く濃厚な香りが混ざっていく。


「これは楽しみじゃのう」


 バンデランテも鼻をひくつかせながら笑った。


「アーマー・グリズリーは脂がうまいと言ってたよな?」


「うむ。食えばわかるわい」


 そこまで言うなら期待してよさそうだ。


 Bランクのアーマー・グリズリー。


 俺にとっては人生初の熊肉でもある。


 ステーキに、香草を使った煮込み。


 それを炊きたての白飯と一緒に食べる。


 あとはマオたちが来るのを待つだけだ。


 俺は漂ってくる香ばしい匂いを楽しみながら、忙しそうに夕食を作る精霊たちを眺めていた。


 鉄板の上では、厚く切られた熊肉がじっくりと焼かれている。


 その隣では、大鍋に入れられた肉と野菜がゆっくりと煮込まれ始めていた。


 良太はその間に、【買い物加護】に残ったアーマー・グリズリーの肉を一つずつ確認していく。


「そういえば、熊の手もありますけど……これも煮込んでもらいます?」


「熊の手か……」


 熊の手といえば、たしか高級食材として知られていたはずだ。


 ただ――


「そのままの形が残っているものは、どうもな」


「ああ……たしかに」


 良太も想像したのか、微妙な顔になる。


「僕もちょっと抵抗ありますね。バンデランテさんは食べます?」


「わしか? もちろん食うぞ。熊の手は高級品じゃからの」


 バンデランテは当然とばかりに答えた。


「じゃが、わしよりもマオ様にお出ししたらどうじゃ? せっかくの高級品じゃ」


「なるほど。マオちゃんは普通に食べそうですね」


「マオは喜びそうだな」


 あいつの場合、高級品だからというより、うまければ何でも喜びそうだが。


「じゃあ、赤ワイン煮込みにしてもらいましょうか」


 良太が【ネットショッピング】を開く。


「それと、モツも残してあります。せっかくですから、こっちはモツ煮にしてもらいましょう」


「ずいぶん豪華になってきたな」


「せっかく一頭分ありますからね。いろいろ食べ比べてみたいじゃないですか」


 良太はそう言いながら、モツ煮に使う大根やニンジン、ゴボウ、ネギなどを次々と購入していく。


 取り出された野菜をシルフたちが受け取り、キッチンカーへ運んでいった。


「精霊さん、熊の手は赤ワイン煮込みでお願いします。こっちのモツは野菜と一緒に煮込んでください」


 いくつもの光が明るく瞬く。


 すぐに調理が始まり、キッチンカーの中がさらに慌ただしくなった。


 ステーキ。


 熊肉と香草の煮込み。


 熊の手の赤ワイン煮込み。


 それにモツ煮。


「……作りすぎじゃないか?」


「大丈夫ですよ」


 良太は笑いながらバハを見る。


「きゅ~♪」


「ほら」


「こいつを基準にするな」


「がははは! 食いきれん心配はなさそうじゃのう!」


 バンデランテの大きな笑い声が湖畔に響いた。





 ◇ ◇ ◇





 それからしばらくして。


 キッチンカーから漂う匂いがますます強くなってきた頃、少し離れた草原に淡い光が広がった。


「来たみたいですね」


「ああ」


 光の中から現れたのは、マオとバンポーさんだ。


 マオは相変わらず、十六歳くらいに見えるハイエルフの姿をしている。


 その隣には、ワインの瓶を手にしたバンポーさんが立っていた。


「きた」


「お招きいただき、ありがとうございます」


「急に呼んですみません」


「いえいえ。ちょうど一段落したところでございましたので」


 バンポーさんはそう答えると、持ってきたワインを軽く掲げる。


「せっかくですので、魔王国のワインを一本お持ちいたしました。熊肉にも合うかと思いまして」


「ありがとうございます。ちょうど熊の手を赤ワインで煮込んでいるところですよ」


「ほう、熊の手までございましたか」


 バンポーさんがマオへ視線を向ける。


「マオ様の好物でございます」


「ん」


 マオが小さくうなずいた。


「やっぱり好きなのか」


「おいしい」


 予想通りだった。


 俺たちは折りたたみ式のテーブルを二つ出し、横につなげる。


 椅子も用意し、俺、良太、マオ、バンポーさん、バンデランテでテーブルを囲んだ。


 バハもいつものように一緒だ。


「きゅ!」


 料理が待ちきれないのか、すでにキッチンカーのほうを気にしている。


 まだ少し時間がかかりそうなので、俺たちは先ほどまでの探索について話すことにした。


「そういえば、午後に森ですごいものを見たぞ」


「すごい?」


 マオがこちらを見る。


「ああ。森の中に突然、泉が現れたんだ」


「突然、でございますか?」


 バンポーさんが聞き返す。


「そうなんです」


 良太が説明を引き継いだ。


「バンデランテさんが今朝通った場所だったんですけど、そのときには泉なんてなかったらしいんですよ」


「間違いございません。今朝は泉どころか、あの場所には普通に木が生えておりました」


 バンデランテもうなずく。


「それが数時間後に通ってみれば、まるで別の場所になっておったのです」


「泉の周りには花も咲いていて、水も底まで見えるくらい澄んでいた。それで、そこにでかい白い狼みたいなのが現れたんだ」


「白い狼?」


 それまで静かに聞いていたマオが、わずかに首をかしげる。


「ああ。四本脚で立っていても、ランクルの屋根より大きかったな。毛は真っ白で、光が当たると銀色っぽく見えた」


「魔物っぽい感じもしませんでしたね」


 良太も続ける。


「レーダーにも、魔物を示す赤じゃなくて、今まで見たことのない白い点で表示されていました」


「白……」


 バンポーさんがつぶやく。


 マオは少し考えるように俺を見たあと、隣にいるバハへ顔を向けた。


「バハムート」


「きゅ?」


「知ってる?」


「きゅ!」


 バハはすぐに何度もうなずいた。


 マオはその様子をじっと見てから、小さくうなずく。


「たぶん」


「フェンリル」



「……やはり、そうでございますか」


 

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