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第5話 2日目、魔曲が妖精たちを刺激する


 ――翌朝。


「……おはようございます。先輩、だいたい覚えました?」


「ああ。細かいところはともかく、ある程度は頭に入った。あとは実際に使って慣れるしかないな」


「はい。それで、その実戦なんですが……昨日みたいにBランクの魔物が半日に一グループだと、この先は経験値効率が落ちてきます」


「つまり?」


「マフラーを【挑発モード(エキゾースト・ハウリング)】にして、魔物を集めてみませんか? 神様の説明だと、かなり広範囲から寄ってくるみたいです」


「直管のやつか。昨日のより強いやつが来ても平気そうか?」


「女神様の説明どおりなら、まったく問題ないでしょうね。まずは試しに使ってみて、集まってきたらノーマルに戻しましょう」


「集まったところで【バハムートホーン】を鳴らして動きを止める。それから体当たり、というわけか」


「バハちゃん起きちゃいますね」


 良太がシート越しに振り返り、後部座席で丸くなっているバハを見る。


「こいつはいつまで寝ているんだ」


「すっかり懐きましたね」


「走り回っている途中で人がいたら、戦闘に巻き込んでしまいますし、まずはここで空ぶかしして集めてみましょう。反応がなければ場所を変える感じで」


「そうするか。じゃあ、始める前に腹ごしらえをしておこう。腹が減っては戦はできん」


「ですね。戦闘前なので軽めにしておきましょう。サンドイッチと野菜ジュースでいいですか?」


「ああ、それで頼む」


「バハちゃんも起きたら、またフルーツでも出してあげましょう」





 ◇ ◇ ◇





「じゃあ、空ぶかし、いくぞ。バハに聞こえないように窓は閉めておけよ。何か音楽でもかけたほうがいいかもしれないな」


 ステアリングのスイッチでマフラーのバルブを切り替え、【挑発モード(エキゾースト・ハウリング)】にする。


「ブォンッ……ブォォォォン!」


 直6(ちょくろく)ディーゼルの腹に響く重低音が、大草原へとどこまでも広がっていく。


 車内で音楽を流しながら、しばらく空ぶかしを続けていると――


「来ました! 赤丸が一つ……二つ……三つ……五つ。昨日のやつらより移動速度が遅いですね。陸上の魔物でしょうか……六つ目! いったん止めましょう!」


「これ、挑発モードの効果範囲が最大で三キロメートルだったよな? レーダーは半径百キロメートルまで映るなら、最初から映っていてもいいようなものだが……」


「挑発モードの音を聞いて、『襲おう』と思った瞬間に映るのかもしれませんね」


「それなら、先制攻撃をするには自分たちで見つけないといけないのか」





 ◇ ◇ ◇





 窓の外を見ていた良太が、いち早く魔物の姿を捉えた。


「見えてきました。……牛かな? ……バイソン? バラバラに来ているので【バハムートホーン】なしで各個撃破していきましょうか? この車の性能も知りたいですし」


「そうだな。バハを起こすこともないだろう。どのみち体当たりしたら起きると思うが……」


 良太が見つけた牛のような魔物に向かって、俺はランクルを加速させる。


「これも異世界ものの『お約束』なんですが、油断したり相手を舐めた戦い方をして痛い目を見る展開って多いんですよ。下手に舐めプすると、コメント欄の『舐めプ警察』が飛んできますからね」


「いろいろな警察がいるものだな。コロナ禍にもマスク警察がいただろう」


「負けそうになったら【バハムートホーン】を使ってくださいね。地上の魔物には、短音のプップッというのが効くらしいです」


「わかった。ちゃんとシートベルトをしておけよ」


 ランクルが近づくにつれ、前方の牛らしき姿がみるみる視界を占めていく。


「……え、どんどん牛が大きくなっていくんですけど……」


 近づくにつれ、その巨体の全貌が見えてくる。


「……ずいぶん大きい牛ですね」


「余裕があるうちに【買取査定】を使って『鑑定』しておいてくれ……」


 でかい……! 


 これは高さだけで三~四メートルはあるな。


「『鑑定』しました。――『ガレオン・バイソン』、Aランク! 魔法攻撃に耐性がある……弱点は……脚ですね。頭部や体毛に覆われた胴体に比べて、比較的弱い。直進タイプで小回りが利かない――以上です」


 Aランクか。昨日より格上の相手だな。


 草を巻き上げながら、ガレオン・バイソンがこちらへ一直線に突進してくる。


「先輩、来ます!」


「取り回しのいいランクルショートボディの力を見せてやる」


「まずはかわして、後ろに回り込んで脚に突撃しましょう!」


 俺は突進してくる巨大なバイソンを、赤いランクルで紙一重にかわす。


「ウヴォーー!!!」


「…………っ!」


 すれ違いざまに急ハンドルを切るが、ランクルは一切ブレず、安定して旋回する。


 こりゃすごい……ロールがほとんどないぞ。


 スポーツカーみたいだ。


 草の上で急旋回したのにスリップもほとんどしない。


 そのまま一気にアクセルを踏み込み、ランクルを加速させた。


「当たるぞ……っ!! バハ、つかまってろよーッ」


 スピードを緩めてこちらへ向き直ろうとしているガレオン・バイソンの左前脚に、フルスロットルで衝突する。


「グヴォーー!!!」


 さすがに衝突時の慣性までは吸収しきれないようで、体が少し前に持っていかれる。


「きゅー♪」


 ガレオン・バイソンに反撃される前に、俺はギアをバックに入れ、すぐさま後退。


 巨体は執念深く追いかけてくるが、左前脚を引きずっているため、明らかに速度が落ちていた。


「回り込むぞ……ッ」


 俺はランクルで再び背後を狙う。


 だが、相手は突進を止め、その場でこちらをにらみすえた。


 無理に追いかけてはこない。


 その場で体の向きを変えながら、常にこちらを正面に捉えてくる。


 ……くそ、脚をやられて学習しやがった。


「きゅーきゅー♪」


「……バハちゃん、起きちゃいましたか。今忙しいから後でねっ。……先輩、他のももうすぐやってきますよ。レーダーを見ると、残りもかなり近づいています。囲まれたら【バハムートホーン】をお願いします」


「わかった……ホーンの効果範囲はどれくらいなんだろうな」


 あんなのに横から突っ込まれたら横転しちまう。


「おそらく、もう入っているとは思いますが……」


 そろそろ百メートル以内には入っていそうだな。


 ――そのとき、またあの電子音が俺たちの頭の中に響いた。




《吉原 拓海の心拍数が一時的に基準値を超え、神の悪戯(かくしコマンド)が発動しました》


《精霊を覚醒させるため、魔曲【H○T LIMIT】を流しますか? Yes/No》


 なんだ? ……魔曲?


「……これは! 先輩……っ! かけてもらいましょう! ピンチのときに覚醒するのも、物語の『お決まり』なんです!」


 ……意味がわからん。ええい!


「Yesだ!」


《【妙音神響《みょうおんしんきょう》・ディバイン・シンフォニア】にて、魔曲【H○T LIMIT】を再生します》





 次の瞬間、車内にあの有名な、妖精たちが夏を刺激する曲が流れ始めた――


《左前ホイール、精霊シルフが覚醒しました》

《右前ホイール、精霊シルフが覚醒しました》

《左後ろホイール、精霊シルフが覚醒しました》

《右後ろホイール、精霊シルフが覚醒しました》

《左前タイヤ、精霊ノームが覚醒しました》

《右前タイヤ、精霊ノームが覚醒しました》

《左後ろタイヤ、精霊ノームが覚醒しました》

《右後ろタイヤ、精霊ノームが覚醒しました》

《左前タイヤ、精霊シルフが覚醒しました》

《右前タイヤ、精霊シルフが覚醒しました》

《左後ろタイヤ、精霊シルフが覚醒しました》

《右後ろタイヤ、精霊シルフが覚醒しました》

《前方ウィンチ、大精霊グラビトンが覚醒しました》

《車内エアコン、聖精霊シロッコが覚醒しました》

《バッテリー、大精霊トールが覚醒しました》

《大精霊グラビトン。周囲100メートル以内の敵性対象にグラビティ・ケージを詠唱します》

《【H○T LIMIT】残り時間、3分15秒》

《大精霊グラビトン。詠唱完了》

《警告──対象の質量、および周囲の重力定数を再定義します》


 直後、ガレオン・バイソンの頭上に、漆黒の幾何学模様を描く重力結界が展開される。


《局所重力──20Gに到達。空間の固定を完了しました》


 ピキ、と大気がきしむ音が響く。


 突進していた三~四メートル級の巨躯が、巨大な見えない何かに押し潰されるように、その場に縫い付けられた。


 数トンもの自重が自らの四肢を破壊し、肉体が悲鳴を上げる。


《定義:完全拘束。……これより、聖精霊による「単体消滅シークエンス」へ移行》

《聖精霊シロッコ。ガレオン・バイソン一体に対しセイクリッド・ピアサーを詠唱します》

《──ターゲットの完全固定を確認。追撃シークエンスを開始します》


 脳内に響く電子音声が、続けて次の攻撃を告げる。


 拘束されたガレオン・バイソンが、逃れようと激しく身もだえし、のど元が大きく露出した。


《聖精霊シロッコ、魔力同調(リンク)。……神聖熱風の極小収束を感知》


 シロッコの生み出す風が、白銀の光を帯びながら細い一本の槍へと凝縮されていく。


 キィィィン、と鼓膜を刺すような高周波の音が響き、フロントガラスの向こうで空気が熱に揺らめく。


 それは風でありながら、あらゆる物質を溶かし穿《うが》つ「光の槍」そのものだった。


《照準(ロックオン):対象の頭部──射出します》


 白銀の光が頭部を一直線に貫き、その余波だけで巨大な角まで砕け散る。


 貫通した熱風の槍は、そのまま背後の岩盤に突き刺さり、轟音とともに周囲の岩ごと消し飛ばした。


 ガレオン・バイソンは悲鳴を上げることすらできず、その場へ静かに崩れ落ちる。


《対象の生命反応、完全消滅》

《【H○T LIMIT】残り時間、2分30秒》

《大精霊トール。周囲にインドラ・カタストロフを詠唱します》

《警告──最大規模の電荷集中を確認。周囲の絶縁破壊が始まります》


 脳内に響く電子音声が、さらに次の攻撃を告げる。


《大精霊トール、詠唱を完了しました》


 天が割れたのではない。


 車そのものが『地上に降臨した神の雷雲』と化し、その車体から視界を埋め尽くすほど落雷が爆発的に解き放たれる。


 大精霊トールが操る圧倒的な魔力と、神話級バッテリーに蓄えられた膨大な電気エネルギー。


 その二つが混合魔法として完全に同調し、地上を焦がす一撃へと昇華される。


 ドガガガガガガガガガァン!!!


 逃げ場など存在しない。


 空間そのものを純白の激雷が埋め尽くす。


 三メートル級のガレオン・バイソンたちはその圧倒的な神威《かむい》の前に、咆哮《ほうこう》を上げる暇すら与えられない。


 すさまじい雷柱が、怪物たちの巨体を一瞬で焼き貫き、跡形もなく爆砕していく。


《──全対象の生命反応、完全消滅。エネルギーの余剰出力をアースへ逃がします》


 すさまじい閃光が収まったあと、車体からは青白いプラズマの火花が静かに散っている。


 周辺の大地はガラス化し、白煙の立ち上る戦場で、電子音声はただ淡々と戦闘の終了を告げていた。



【討伐完了】:ガレオン・バイソン × 6

【基本獲得経験値】:10,000pt × 6

 ───────────────

 吉原 拓海:Lv.26 ──> Lv.29 UP! (Next16,394/22,537)

 田原 良太:Lv.26 ──> Lv.29 UP! (Next16,394/22,537)

 ───────────────


 無傷討伐ボーナス × 1.5

 神話級兵器ボーナス × 1.5

【ボーナス経験値合計】:180,000pt

 ───────────────

 吉原 拓海:Lv.29 ──> Lv.35 UP! (Next34,794/41,800)

 田原 良太:Lv.29 ──> Lv.35 UP! (Next34,794/41,800)

 ───────────────


 新たに称号が付与されます。

【神速の先駆者】この世界に来て最速でLv.30になった証。

【天災の体現者】Aランク以上の魔物をオーバーキルで倒した証。


 ───────────────



《通知:吉原 拓海がLv.30を超えたことで、【車両召喚】に新たな能力が追加されます。【車両召喚】に【ドライブレコーダー(Ver.1)】が追加されました》

《通知:田原 良太がLv.30を超えたことで、【ネットショッピング】に新たな能力が追加されます。【ネットショッピング】に【買い物加護《かいものかご》】が追加されました》


《【H○T LIMIT】残り時間、0秒》

《タイムアウト、妖精……精霊たちの覚醒を終了します》




 夢から覚めるように車内は静けさを取り戻し、さっきまで鳴り響いていた魔曲も嘘のように消えていた。



 ――いったい何が起こったんだ……。


「……な、なな、なんですか、今のは!!」


「きゅー! きゅー!」


 フロントガラスの向こう、三メートル級のガレオン・バイソンがいた場所には、ガラス化した焦土が一面に広がり、陽炎《かげろう》のような白煙が立ち上る。


 俺は革張りのステアリングを握ったまま、指一本動かせずに固まっていた。


「おい、これ……俺たち、何をやったんだ……?」


「……あの曲をかけた瞬間、精霊たちが一斉に覚醒して、あんなことに……」


 隣を見ると、良太もシートの背もたれに深く体を預けたまま、完全にフリーズしていた。


 シートベルトを握りしめた手が、小刻みに震えている。


 その視線は、窓の外に広がる惨状に釘付けになっていた。


「きゅー!」



 神話級の車が放った規格外の破壊力を目の当たりにし、エアコンが効いているにもかかわらず、背中には冷たい汗がじわりとにじんでいた。





 

 あとがき


「ランクルで異世界を走り回りたい」という夢を形にしていたら、いつの間にかランクルに精霊が宿っていて神話級魔法を撃つようになりました。


 この回は、動画サイトでたまたま観たH○T LIMIT(と、その動画のコメント欄)に触発されて思わず書いてしまいました。それ以降、ずっとあの曲をリピートしています。


 夏だけでなく、私とランクルの精霊たちも、刺激されてしまいました。


 最後までお読みいただきありがとうございます。


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