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第4話 バハムート(の幼体)との邂逅


「せ……先輩、う、上に」


 上?


 え?


「きゅー」 


 小さな竜が、サンルーフの上からひょっこりと中をのぞき込んでいた。


「ド、ド、ドラゴンですよね……(刺激しない程度の小声)」


 ……少なくとも、猫には見えん。


「きゅー」


 小さな竜は首をこてんとかしげた。


「か……可愛らしいじゃないか。良太、そっとサンルーフを閉めろ(小声)」


「……無茶言わないでくださいよ。天窓に手を伸ばしたら、パクッといかれそうです(小声)」


「きゅー」


「……たしかに可愛いですけど、今ブレスでも吹かれたら丸焦げですね(小声)」


「きゅーきゅー」


「……こいつ、腹が減っているんじゃないか? 良太、『鑑定』してみろ……」


「……わかりました。好物があれば、それを外へ投げて向こうへ行ってもらえるかもしれません」


 よく見たらなかなか愛嬌のある顔つきだ。だが、どうせ食べるなら若い肉のほうがうまいぞ。腹が膨れたら帰ってくれよ。

 

 俺は顎(あご)をくいっとしゃくり、小竜の視線を良太のほうへ向けさせようとする。


 しかし――


 ダメだ、こいつ。さっきからずっと俺を見ていやがる。


 小竜は、不思議そうにちょこんと首をかしげた。


「きゅー」


「『鑑定』できました。――伝説の龍王バハムートの幼体、SSランク。現在は魔力温存のため、最小サイズになっている。好物……好物、あった。好物は『世界樹の実』『フェニックスのもも肉』『Aランク以上の魔核』だそうです……」


「……ちょっと今は持ち合わせていないな。フェニックス食べちゃうんだ」


 さて、どうしたものか。


 ずっと目が合っているが、牙を剥く様子もない。


 威嚇する気配もない。


 ただ、不思議そうに俺を見ているだけだ。


「良太、レベルが上がって、【ネットショッピング】で何かうまいものでも買えるようになっていないか?」


「……そうですね。バハちゃんのお口に合うものがあればいいのですが……」


「きゅー」


 きゅーきゅーって言われてもなあ。……って、あ、入ってきたぞ……。


 天窓からふわりと車内に侵入してきた伝説の龍王を前に、俺の思考は完全に停止した。


 終わった……。


 いや、ははは。どうせ死ぬなら、最後にちょっとなでてみるか。


「きゅ! きゅ!」 


 ……お、意外と柔らかいじゃないか。ほれほれ、ここはどうだ? ……おお、のどを鳴らしてゴロゴロいってるな。お前は1HZエンジンか。


 ん? この車内にいるせいか。恐怖心まで薄れている気がする。


「……先輩、ネットショッピングのラインナップ、いろいろ増えていますけど、から揚げでも買ってみますか? って! ええええ! めちゃくちゃ懐いてるううう!?」


「どうやら、悪意はなさそうだな」


「きゅーきゅー」


「そう言われてみると、なかなか可愛いですね。――あ、先輩、カーナビの画面を見てください。この中央の緑色の丸、きっとこのバハちゃんですよね」


 カーナビの画面を確認すると、自車位置を示す中央の三角マークの真上に、緑色の丸がぴったりと重なっていた。


「良太、から揚げを買ってやれ。俺も腹が減ったな」


「僕もです。この世界に来てから、まだ水しか飲んでいませんしね。ついでにいろいろ買って、ここで食事にしましょう!」


「きゅー」


「いろいろ買うので、後ろの席に行きますね。先輩はバハちゃんを抱いていてください――食べられないものは買わないほうがいいのかな。猫はタマネギとかダメですよね」


「ドラゴンは知らん」


 龍王にも好き嫌いがあるのだろうか……いや、好き嫌いレベルの話ではなくて、種族的な禁忌《タブー》の話か。


 うっかりネギ類を食べさせて、SSランクの龍王が腹を壊して車内で暴れでもしたら目も当てられない。


「良太、もう一度『鑑定』してくれ。弱点とか、口にしたらマズいものとか書いていないか?」


「そうですね。――口にできないものや弱点は書いていないですが、バハムートは同時代に一体しか存在しないようです。なので、この世界の個体はこの子だけということですかね。あ、さっきよりMPが回復していますよ。車内に入ったおかげでしょうか」


「きゅーきゅー」


 同時代に一体だけ……そんな生き物が本当に存在するのか。


 一体だけで、どうやって次のやつが生まれてくるんだ。


「――こいつ、さっきから見ていると、俺たちの話がわかっているんじゃないか?」


「そうかもしれませんね。僕が読んできた異世界ものの中でも、人と話せる竜はたくさん出てきましたし」


「とりあえず、肉なら大丈夫だろう。から揚げを多めに買ってやれ」


「じゃあ、買いますよ。……から揚げのほかに――」


「きゅっ!」


「ポテトサラダと……この子、イチゴとかなら食べますかね。僕はご飯も欲しいからおにぎりをいくつか。あとは飲み物……先輩は運転するからウーロン茶でいいですか?」


「ああ」


「きゅー!」


「女神様から頂いた【買取査定】の『鑑定』に書いていないのですから、バハムートには食べられないものどころか、『弱点』そのものがないのかもしれません」


 そんな恐ろしい推測《すいそく》が交わされている間も、バハムートの幼体は俺の手のひらに嬉しそうに頭をこすりつけている。


 その姿は、およそ世界を滅ぼす龍王のそれとは思えないほど無防備だった。


「なじんでいますね……先輩、取引先のワンちゃんにもよく懐かれていましたし――用意できましたよ。空になった容器はこの箱に入れておいてください」


 異世界に来て最初の食事が、おにぎり、から揚げ、ポテサラ、ウーロン茶か。


 仕事中もよくランクルの中で食ったものだ。


「なかなかうまいな。ほら、お前も食ってみろ」


「きゅー! きゅー!」


 すごい勢いで食っているな。


 バハムートが、から揚げを食うとか世紀の大発見なんじゃないか? ……お、イチゴも食うのか。


「良太、何か皿を買って水も出してやれ」


「スープ皿だとひっくり返しそうなので、足付きの猫皿でいいですかね」


 こうして眺めていると、その辺の子犬や子猫と何も変わらん。


 これが本当に、龍王になるのか?





 ◇ ◇ ◇





「……飯食ったら、寝やがったな」


 から揚げとイチゴをしこたま平らげたバハムートの幼体は今、後部座席で丸くなって寝息を立てている。


「いっぱい食べてくれましたね」


「そうだ、良太。さっきのロック・バルチャーを【買取】してみるか」


「……ああ、すっかり忘れていました。やってみますね」


 ロック・バルチャーの死体の近くにランクルを寄せる。


 売れなかったら、すぐにここから離れよう。


 これを目当てに、また違う魔物が寄ってくるかもしれないしな。


「【買取】できますね。部位ごとに値段が出ています。……うわ、Bランクの魔核十万ポイント! これだけで五十万ポイントですよ。そのほかで売れるものは羽毛、嘴《くちばし》、肉――」


 神様は、これを買い取ってどうするんだ……?


「売れる部位は全部【買取】で、残りは破棄します。お肉だけ少しキャンセルして取り出してみますか?」


「――いや、やめておこう。置く場所がないしな」


「では、すべて【買取】で。――全部で約七十五万ポイントですね」


「一日目の収入にしてはかなりいいな」


「本当ですね。から揚げとおにぎり生活なら、当分は困りませんね」


 これなら何とか食っていけそうだ。


 最悪、どこかの街で仕事でも探そうと思っていただけに助かった。


「食べているときに考えていたのですが、バハちゃんって【バハムートホーン】を鳴らしたから、仲間がいると思って来たんじゃないですか?」


「……神様の説明にそんなこと書いてあったな。だとしたら、呼んだのは俺か」


 やれやれ、どうしたものかね……。


「ガスコンロやヤカンも買えるみたいですし、せっかくですから外でコーヒーでも淹れます?」


 初日からいろいろあって、一息つきたいところではあるが……。


「車から離れると、カーナビのレーダーが見られないしな」


「じゃあ、僕だけ外でお湯を沸かしましょう。

 助手席のドアを開けておくので、赤丸が近づいてきたら声をかけてください。何かあったらすぐ乗り込みます」


 良太が助手席から外へ出ていくのを見送りながら、俺はフロントウィンドウの向こうをぼんやりと眺める。


 日本では見たこともないほど広大な草原が、青空の下、どこまでも波打つように続いている。


 カーナビのレーダーには何の反応もない。


 草を揺らす風の音だけが、静かな草原にさらさらと響いている。


 さて、これからどうするかね。


 テントが買えるようになっても、外で寝るのは無理だろうな。


 あのロック・バルチャーだって、レーダーに映ったと思ったら、もう目の前まで来ていた。


 あんな思いをした以上、当分はランクルの外で夜を明かす気にはなれん。


 開いたままの助手席のドアからは、外にいる良太がガスコンロを点火する「カチカチ、ボッ」という小さな音が聞こえてくる。


 やがて、お湯がふつふつと沸き立つ静かな音が、ランクルの車内へと心地よく染み込んできた。


 いくら疲れないとはいっても、ずっとセミバケットシートで寝るのもつらいしな。


 もう少しポイントを貯めて、荷室の広いランクルを増車するのもありか。


 日本にいた頃、一度はロングボディのトゥループキャリアに乗ってみたいと思っていた。


 この世界なら、その夢も案外かなってしまうのかもしれない。





 ◇ ◇ ◇





「インスタントのコーヒーも、大自然の中で飲むとうまいものだな」


「レベルも上がって、ちょっとしたものなら買えるようになったみたいです。ただ、収納スペースが限られているので、考えて買わないとですね」


「そのことなんだが、車両はまだ買えないのか?」


「車両はまだ出てきませんね。リアカーなら買えるので、この車に積めなくなったらそちらに移して、先輩の【車両召喚】で収納してもらえますか?」


「それもいいが、魔物を狩ればレベルも上がるし、【買取】でポイントも増えるんだよな? まずはそっちを頑張って、車両が出てきたらすぐに買えるようにしておくか」


「いいですね! レベル30を超えたら、また何か変わるかもしれませんしね」


「じゃあ、走り出す前に、もう一度このランクルの性能を教えてくれ。戦闘中に説明されても頭に入らん。後れを取るわけにはいかないからな」


「了解です。今日は移動しながら復習ですね」


「ああ。今日中にしっかり頭に叩き込んで、明日から本格的に動こう」





 

 あとがき


 さて、このお話はバハちゃんの登場回でした。


「タマネギは気にするのに、から揚げは食べさせるんかいっ!」


 ……とツッコミたくなった方もいるかもしれません。

 拓海と良太はペットを飼ったことがないので、ネットや人づてに聞いた偏った知識だけで話しています。


 この先、神様に手紙で確認する場面も出てきますが、バハちゃんは毒や状態異常に完全耐性を持っているので、そのあたりはご安心ください。


 本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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